第38話 傭兵の宿命。

「来た来た、きっったーっ!」


ぶるるっ! と全身を震わせる傭兵。


その瞬間、ジーガがすぐに退くっ!


目の前にはすでに、ジキムートがいたのだっっ!


「うっっしゃーっ!」


超高速で近づいた彼は、手にした盾。それをパンチグローブの様に、叩きつけていくっ!


右手の剣も同様。


完全に鈍器として、乱れ打つ傭兵っ!


ガンっっ。ガガンっ!


「ぐぎっ!」


流れる様な傭兵の攻撃っ!


ジキムートからの攻撃を嫌がらり、ジーガが高速で逃げて行く。


だが、逃げたその先……。


「ヒァッハアアアーっ!」


ガスンっ!


必ずジキムートがいる。


ぴったりとへばりつき、連打を重ねてくる影っ!


ガスガスッ! ガガッ!


「うへひゃーっっ!」


獣のような雄たけびが響き、傭兵の乱攻撃が続くっ!


「ギャガっ! ギャッ」


逃げるジーガ。


だがどんなにどんなに逃げても、その先にはジキムートがいた。


盾と剣(鈍器)で、ジキムートがジーガを滅多打ちだっ!



「ガっっ、ガっ!」


回避を諦め、パンチを繰り出すジーガっ!


だが、すんでのところ――。


いや、実際はとらえている。


人間ならその温かい触感に、確実に筋肉の動脈を感じるはず。


それなのにジーガのパンチは、皮を切り裂くことさえかなわない。


まるで魔法のようにジキムートは、紙一枚より小さい隙間を見事、すり抜けていくのだからっ!


「何ボサッと、止まってんだよっ!」


避ける勢いで彼は、カウンターを張ったっ!


グシャッ!


その瞬間、血がはじけ飛ぶっ!


「うっひーーっ!」


ジキムートの血だ。そして――。


ボキキっ!


左の小指と中指が、へし折れた音がするっ!


ジーガの体は鋼を凌駕するのだ。


その体にガントレットで殴れば、当たり負けしてしまうのも当然っ!


盾はすでに物理耐性に負けて、崩れ落ちていた。


痛む指にジキムートは……っ!



「ぎゃが……?」


止まった。


ジーガの目の前で、ジキムートが止まったのだ。


そして……。


「おーっ、真っ赤っ赤。肉だ肉か? あれ……ニンジ……ン」


そう言って、自分の拳を食べるジキムート。


ズロッ……とよだれと血がしたたる。


「あぁ~、ニンザン。ニンザンねえかねぇ。あぁ~あぁ~。腹減った?」


突然ボトッと、剣と盾の残骸を落とし、やおら地面を探し始めるジキムート。


傭兵は、不審な動きでふらふらと歩き回る。



「ガッ!」


それに一気に襲い掛かるジーガっ!


だが……。


ヒュンヒュンっ! ヒュンっ!


「こっちはニンザン探してんだっ! 邪魔スンナっ。かぁっぺっ!」


避けに避けまくり、吼えて叫んで唾を吐きつける傭兵っ!


そうかと思えば――。


ガスっ! ガガッガスッ!


流れるように落ちていた盾と、それと、人間の腕。


それを拾って、ジーガを再度殴り倒し始めた傭兵っ!


その姿はまるでボクサー。


「ニンジンジンっ! ジンニン……。おぉー、ニジン~」


鼻歌交じりにジキムートは、剣を持っていたのを忘れてしまったように荒々しく、ジーガを殴り倒すっ!


ガスンッ! ガッガガガっ!


「ギュガっ!」


あまりの連打に耐え切れず、ジーガが体勢を崩してしまうっ!


そこに食らいつくように、殴り込み続けるジキムート。


こう言っては何だが、ジキムートよりもジーガに同情しそうな位に、苛烈な連打だっ!



「おっしっ! 俺が首折りすっぞ、こらぁっ。姉ちゃん見てなよっ!」


ロレツが回らない喋りで、何かを言って……。


彼は何を思ったか、ジーガの上に乗ったっ!


「ぎぎぃっ!?」


ジーガの首を、手に持った人間の腕を使って絞め始めた傭兵っ!


口から血が出るほどに、歯を食いしばっているジキムートっ!


「ギュ……っ」


だが当然、ジーガはゴーレムだ。


首を絞めようと意味はない。


ジーガは上の異物をそのまま、地面に擦りつけようとするっ!


「おっとっとぉ。馬が乗っちまったらごめんなさいね~」


何かをしゃべり、ロデオする傭兵。


いくらジーガが擦っても、その異物の体制は崩れないっ!


どんな凶悪な体制でも彼は、ジーガの上から落ちないのだ。


体バランス、そして、体幹。



「ねぇ、あんたの本気。そんなもんなの?」


「姉……さん」


「あんたの〝カミサマ″に頼ったって、全然私に勝てないじゃない」


そう言って姉は、自分をさす。


「そのカミサマ……。あたしに使ったけど、全然効かなかった」


「ちっ違うっ! 俺はあの時……。あの時」


「私が死んでたらどうしてたの? ねぇ」


「俺は……。僕は姉さんを殺さない……。決して……。殺せないんだ」


「じゃあ……そう。私を犯してたの? ねぇ……。私を犯してめちゃめちゃにして……」


「ちっ、違う。僕はそんなことしないっ!」


「じゃあなんであの時、あの子の手を取らなかった?」


「あの子? 誰だそれ」


「あなたがよく知ってるじゃない? あなたに全部――。穴という穴をささげた、私の敵」


「敵っ? アンタの敵って……。敵ってなんだよっ」


「敵敵敵敵敵敵敵っ」


「なっ……。何のことだ!? なっ……なんの」


「ほら取りなよ、あの手を。ジーク……。私の敵の名前」


「姉さん、俺をその名で呼ばないでくれっ! それはあんたの名前だっ!」


「ジーク……。勝利の名前。勝つためには手段を選ばない、薄汚い、あんたの名前」


「違うっ。それは、それは姉さんの……。勇者の名前だっ! 勝利はアンタにっ! 勇者が名乗るべき――」


「ジーク」


「ジーク」


「ウッ、ウワァああああ! 来るなっ来るなよっ!」



足でジーガの頭を、必死に踏みつけるジキムートっ!


ガスっ、ガスっ!


「ギャッ……。ギャガっ……」


その猛攻に、ジーガの限界が来ていた。


もう少しで、ジーガが倒れ落ちる。


勝利の瞬間は近い――がっ!


シュッ!


「うっ!?」


ゴロゴロゴロ……。


ジキムートが転がる。


「くっ……。致命を外した」


ローラが悔しそうに、血の付いたナイフを見る。



「はぁはぁ……。てめえ。いってえじゃねえか」


顎を押さえ、立ち上がるジキムート。


そこからは脈々と血が流れ、白い骨が見えていた。


「その目、〝クスリ″を決めたか」


ローラが目を細めた。


明らかに、イカれた目をしているジキムート。


雰囲気がおかしい。


汗も異様なほど出て……。


ビクッビクと肉が張って、脈打っている。


「はぁはぁ、おかげ様ですっげぇ気分が良い……うぅええ」


ボタボタっと、吐しゃ物が落ちた。


「ふふっ。貴様は生粋の冒険者だな、確かに。それは信じようか」


ジキムートの醜態に笑うアサシン。



冒険とは言葉の通り、危険を冒す行為だ。


そこには一筋の……。


たった一筋で良いから、たいまつがいる。


勇気を絞り出すための、一縷の光。


恐怖心を取り去り、自分を高めてくれる何か。


すがるべき光。


それはきっと友情……愛情。信心に理想。ではなく、麻薬だ。


人間性などそんなのは、幻想である。断言しよう。



疑うのならば、では聞こう。


あなたは結核を、友情で治すだろうか?


あなたは盲腸を愛情で処置するか?


医者がもし、インフルエンザにかかったあなたに笑って、信心を……神を信じてください。


と言ったら、どう思う?


人間性程度で、一体何に勝てるというのか?


「私達には、麻薬が必須だからな」


剣の切っ先が喉にかかった人間に、何を処方すべきか?


ドラゴンの牙で、微塵に消えそうな人間に渡すべき薬は、なんだろうか?


ドラゴンはインフルエンザより弱いのか?


グリフィンは盲腸よりひ弱か?


――答えは麻薬。


それが正解でそして、間違い無い言葉だ。



「あぁそうだぜ。地図に迷ってんなら、地図を燃やしゃあ良いんだ。恐怖に怯えてんなら、恐怖を壊せば良いっ! そんな事すりゃ、小心者の俺ら自身も壊れちまうが、まっ、しゃあねえっ。俺ら無能はこうするしか……。ねぇよな」


解決策がないなら、自ら壊れれば良い。


彼らは自分を保つ為、クスリに手を染めそして、自分を失う。


もし、あなたが中東にでも行って、テロリストになり、大いなる信心を試したいならまず、麻薬を買うことを勧める。


それが一歩目で、そして何より、あなたの冒険の最後だ。


口元を拭きながら、ぐらぐらする体を立て直すジキムート。



「てめえは口減らしの類か? それとも、自分に裏切られたか?」


「裏切られた口だ、同胞」


口元をゆがめるアサシン。


彼らの冒険はつらく苦しい……。


例え、自分が無能だと途中で気づいても、還る場所などは無い。


「そうか。俺は口減らしだ。仲良くしようぜ」


「ふんっ」


鼻で笑うとローラはすぐさま、ナイフを投げるっ!


その一閃が投げられるより早く、傭兵は瞬く間に、ローラと距離を詰めていたっ!


「ヒッ!?」


思わず声が出るローラっ!


「でぇりゃっ!」


目にも止まらぬ俊足さで、敵の目の前に到達っ!


そして、必殺の一撃っ!


ジキムートは満を持して放ったっ!



ヒュンっ!



それをなんとか避けるローラっ!


だが剣筋は見事、彼女の肩をかすめ、血を吐き出させるっ!


「……」


アサシンは傭兵と距離を取り、肩を押さえた。


……がしかし、ローラの目は、勝ち誇ったように笑っている。


そしてもう一本ナイフを取り出し、切っ先で傭兵を指し示す。


「ふぅ……。ふふっ。危ない危ない。〝貴様を知らなければ″、私は今ので死んでいただろう。だが私は貴様の手の内を全て、知っているぞ詐欺師」


「……」


その言葉にジキムートは頭を掻き、そっぽを向いた。

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