第31話 傭兵稼業。その哀しい実態。

「あぁ……。さっすがに俺も疲れたわ。しかし金は潤沢っ。くくっ。良い飯が食えるぞーーっ、今日はっ! ささっ。もうちゃちゃっと宿に行こうぜ」


体を伸ばし、バキバキっと音をさせるジキムート。


彼の方も苦笑いだ。


剣も失くしてしまっていた。


彼らはもう、心身ともに疲れ果てている。


「うん。ココの宿は多分、ギルドと併設かな? あと酒場も。全部入ってる口だ。まぁこんな田舎じゃあね。全部やらなきゃ、食べていけないんだねぇ。大変だ~」


「そうだな。人も少ない……。つうか、誰も居ないな。まぁ良いさ。さっさと入ろうぜっ」


「そうそっ。まずは休養って事で……。ちわぁ、宿下さいっ!」



カランっ!



「……」


音がした……が、どうだ。そこに居る人間が動く気配が、無い。


ずっと椅子に座って、前を向いている。


トットット。


(なんだ、この音? 足音だな。)


「おーいっ、おっちゃんっ! そこのガタイの良いおっちゃんっ!」


動かないその、生き物。


「おっちゃんじゃなくて、おばちゃんかもな」


「おぉ……。おばちゃんか。そっか、ごめんさない。機嫌直して早く来てよぉ。こっちは疲れているんだからさぁっ!」


イーズは少しイライラしながら、言葉を放った。


実際下級の宿屋だと、こういった事はよくある。


大声で主張しないと一切、相手にしてこないのだ。すると……。


「……」


ジキムートが周りを見回す。


なんだろうか……?


宿に併設された飲み屋。


そこに人だかりがあるのだ。


しかし、気になる事が一つ。


(どう言うこった、コレ。生きた顔をしてねえぞ、奴ら。蒼白い顔。息してねぇ。村の中も、人の気配もしなかった。……。まさか……。おいおい、まさかココはっ!?)



「おっ、来た来た。ねえおばちゃんっ! 私達ジーク……。ジキムートとアイネスっていうの。この宿に止め……。っ!?」


ビクンっ!?


その顔。


その鉄仮面にイーズは一瞬、止まる。


異様なその、能面のハガネ。


「ジキムートさんとアイネス様……。よう、おいで下さいました。御用ですね……。イヒヒっ!」


笑う、鉄仮面。


その目は血走りそして、宣告をする目だ。


そう……。絶対不可避の、地獄へのいざないを。


「やばええええっ! イーーズっ!」


「うんっ! うんうんっ! 逃げ……っ、逃げるのじゃっ!」



ガタンっ!



ズラズラっ!



「ふしゅぅ……。ふしゅぅ……。通さんよ、絶対にっ! そう……。ぶふーっ。何人たりとも、な」


「あぁ……。あぁああっ!?」


回り込まれていたっ!


この宿にはすでに、包囲が敷かれていたのだっ!


イーズを抱えたジキムートが顔を白くし、後ろに下がるっ!


すると……っ!


「うっ……うわぁあああっ! 嫌だっ! 絶対に嫌なんだーーーっ!」


ドンッ!


音を立てながらすごい勢いで立ち上がり、裏口に向かって走る酒場の傭兵一人っ!


全力だっ。全力なんだよっ!


だが……っ。


「逃がさんっ! うわらぁあああぁっ!」


がすっ!


「ぐべっ!? ごぉ……」


裏手もしっかりと、固められてしまっていたっ!


転がる傭兵。


その顔は絶望と苦しみ、そして……涙。



「分かるな……。ふしゅー。ジキムートとアイネス。この意味が……フシューッ! 良く考えろ、傭兵っ!」


盾を構えた騎士団が、息を漏らしながら近づいてくるっ!


その目は血走り、そして、殺気に満ちているっ!


その姿にイーズが涙をポロリ……と、片目から流し、相棒を見る。


「あわわわ……。ジーク……。あたし、やだよ。こんな終わり。もっと楽しい冒険したかったんよ」


「そうだな……。イーズ。わりいな、こんな所で。じゃあ……なっ!」


ぶんっ!


「おい騎士団どもっ! この女はあの有名な女、アイネスだっ! コイツはお前らに絶対に必要なハズっ! ほら……よっ!」


そう叫ぶと一目散、アイネスを騎士団に投げ捨てたジキムートっ!


「きゃあっ!?」


「なっ……なにっ! キサマ……。仲間をっ!?」


走る傭兵、ジキムートっ!


その先にはとてもとても狭い、とてもじゃないが、人が通れる隙間ではない細い窓。


すると……っ!


「うわぁぁっ! 俺はまだ、生きたいんだよ、ボケがーーっ!」


なんと体をひねり……っ!


完全完璧、地面に垂直の『一』を描く、歴戦の傭兵っ!


そう、決して諦めないその心が、明日をひら……っ。


「ど……せいよぉおおっ!」


ドガァっ!


「ぐべっ!? ごぉおっ……」


吹き飛ばされる、ジキムートォっっ!


「うらぁあっ! ジークっ!」


ガスッ!


「ぐあっ!? ぐあぁっ!? 頼む……。死にたくなかっただけなんだ、堪忍してくれ……。頼む……。イーズぅっ!」


ガスッガスッ!


「死ね……。死ねジークっっ!」


これ程までにイーズが、ジキムートを憎んだ事があっただろうか?


いや、ない。


蹴りたくる女魔法士っ!



「我らファランクス・タックル部隊に死角無ーしっ! イェーイっ!」


ガッ、ガッ、ガツ、ガツっ! イエェーイ。


楽しそうに騎士団様達が、腕を組み交わすっ!


「……」


終わったのだ。試合は、終わったのだ。



「……そういう訳で、だ。この山で、未確認のドラゴンが目覚めたようだ。ドラゴンの方は、貴族の方々に任せるとして、な? 我々は先遣隊を務める。良いなっ!」


ずぅぅうん。


「あば……。あばば……」


泡を吹く、イーズ。


「うむ。それでだ。何人かやった事があるとは思うが、我々のやるべき事は1つ。そこから逃げて出てくるモンスターの群れ、それの進路変更っ! それを第一とする」


にこやかに言う、騎士団長様。


そこはあの、併設の酒場だ。


全員にビールがなんとっ!


無料で配られているのだぁっ!


……誰も口をつけてはいないが。



「あぁ? 進路を変えるだけ、だと? なんだそりゃ、そんだけかよ。別に倒しちまっても……構わんのだろ?」


「あばあっ!? あぁ……ジー……ジー……」


初心者のクソガキがなんか言ってるよっ、ねぇジークっ!? どったらいっしょっ、ジークっ。どったらいっしょねぇっ!?


「押さえろ……。押さえるんだ、イーズ」


ジキムートが必死に、イーズを押さえ込む。


「どうなんだよ? 騎士様よ。俺らの活躍の報酬って奴さ」


新人らしき冒険者の、勇ましき宣言。


「……」


それを聞くやいなや、目線を仲間の騎士団員達に這わせ、そして……。


「ふふっ。あぁっ! 大歓迎さっ! 是非頼む、勇ましい傭兵よっ。当然死体は君たちの物だっ! 私達は、税金と言って搾取したり、よもやの横取りなんて事を絶対に、決して、断じてしないよっ!」


眉根を寄せて騎士団長が、高笑いしながら、言葉を吐き出しているっ!


「代金もなんと、拘束時間はたったの3日でなんと……。銀貨30枚っ! 最低最悪の仕事と言われるが、そんな訳が無いさっ! あっはっはっはーー……っ!」


キラキラと血走った眼で、その新人冒険者に言い放つ騎士団長様。


日給3万円。


日給3万円だよっ!


……誰一人、先輩達はピクリともしないが。


誰かがツバを吐いた。



「お……おぉ。太っ腹じゃねえか、なぁ? な……なぁ? お前……ら?」


ちなみにだが。


周りはあの、絶対無敵、何が何でも仕事サスンジャーこと、ファランクス・タックル部隊が固めている。


その新人冒険者を見守る眼は……、優しい。


「それで、だ。こちらに来そうなモンスターの詳細だが。まず、オーガだ。奴らはデカいぞ。ガタイも良いから気を付けろっ!」


「ヨダレまみれ」


「……あぁ」


数百のデカいオーガが、死に物狂いで逃げる時に放たれるその、ヨダレ。


舞い散るヨダレはまるで、ミストのように降り注ぎ続ける。


虹がかかる事も珍しくはない。


何日磨いても取れないその、匂い。


服や鎧に染みついた臭いを嗅ぐ度に、彼らは後悔の念を抱くだろう。



「それと、リザードマンも確認された。奴らは動きが早く、捕まえるのは相当に難しかったハズっ! 心してかかれっ!」


「泥まみれの、糞まみれ」


「……ひくっ。……ひくっ」


泣きむせぶ、イーズ。


数百のリザードマンが逃げるその周りには、泥が散乱するっ!


それに糞尿を漏らす事も多く、泥に混じって大量の、ダートがまき散らされる事になるだろう。


口の中に何か、訳の分からない味がしたら……忘れろ。



「それとスライム、な。奴らは比較的、魔法士にとっては簡単だろう。タトゥーの支給品もこんなにっ! ほらっ。しかもなんせあの、高名な魔法士アイネ……っ。……っ!?」


びくんっ。


睨む美少女魔法士の目に怯え、騎士団長殿が数千の札束を手に、口どもる。


「臭いぞぉ……。アレ」


「……」


数百のスライム、それは粘液性の生き物だ。


倒した瞬間に破裂する事も多く、液まみれの臭いまみれとなる。


しかも酸性なので、当たればヤケド。


そしてその臭いは、大量のアルカリ臭を放つのだ。


カビキ〇ーを直接肌にかけられながら戦う。


そう考えれば、近いかも知れない。


数百合わさればそれは、公害と呼ばざるを得ない物っ!



「まぁ……。スライム位なら良いじゃないか? なっ、俺らはやっぱオーガに向かって行くだろっ! やっぱ一攫千金だろうよ、ココはっ! 傭兵ならぜった……」


「うらぁっ!」


ガスッ!


ロケットキック一発っ!


イーズが我慢ならなくなったのか、新人いじめに走るっ!


その新人が青筋を立て……っ!


「てめっ! 何しやがるっ、この女っ!」


「うへへっ……。」


「俺らは冒険者だろっ、危険を引き受けスリルを楽しむっ! それが……俺……ら?」


笑っているように見える、女魔法士の顔。


だが蹴ったそのイーズの心は……。泣いていた。



「うひひっ……。うひっ。うぅ……。うえぇ……。ぇーんっ! うえええーんっ。やだ帰る、帰るんだもんっ! どっかに帰る……。どっかに帰るぅ。誰かが待っててくれるんだもんっ。誰も……誰も居なかった人生を諦めて、グズッ。誰かに認められる旅なんだもんっ!」


次第に泣き始めるイーズっ!


その泣き声は、子供を思い起こさせる。


その切ない涙に、他のゴツイ殺し屋達の目に、光る物が。


「強くなりたいんじゃないもんっ! こんな事する為に戦ってるんじゃないもんっ! もうやだっ。きっともう、私を受け入れてくれる温かい場所が、世界のどこかにきっと……ひぐっ。きっとあるんだ……もん。うあああっ!」


「分かる、分かってるぞイーズ。大丈夫だ、大丈夫」


泣きつくイーズを抱きしめ、半泣きになりながらジキムートが、言い聞かせる。


そう、自分に言い聞かせているのだ。


誰も分かってくれないこの、心の痛みを。


「びええぇっ! やだーーーっ、絶対ヤダもん。うわぁあああん」


「っていうのもあるぞ。行くか? 小姓(ペイジ)でも大歓迎だと思うがな」


「……」


青ざめるケヴィンを見て、笑うジキムート。


「ほれ仕事しろ。俺ももう、眠いんだ」


「うぅ……。ジキムートさんも手伝ってくださいよぉ」


「やだよ。俺は明日の準備がある。それに俺はここでも、余裕で寝れるんだ。例え外でも臭くても汚くても、そして、墓場でも、な。ぐっすり眠れるってのも、旅師のスキルだよ」


「墓場って……。うっ、嘘ですよね? 貴族のお宅の、ですよね? さっ、さすがに。そんな危ない場所で寝るなんて、自殺行為だっ!? あんなモンスターの食料保管庫で寝るなんて、あり得ないですっ!」


「食料保管庫、ねぇ。確かにな。なんせ、人の死体がタダで置いてあるもんな。いーっぱい。それに群がり、うじゃうじゃ集まって来るよな、やっぱ」


墓場はこの時代、何かと危ない場でも有名だ。


幽霊が出るとか、そう言う非物理の世界ではなく、先ほど記述した知能ある化け物。


オークなどでも墓場だけは、襲ってくる場合が多い。



「だがそれでも、寝なきゃいけないなら、寝るんだぜ? レイスもゾンビも黙ってりゃ、近づいてこないしよ。アイツら目が悪いんだから」


生きた人間を守るのでさえ、難しい世界だ。


死体を守るなんて発想は、論外だったろう。


だから墓所に死体を埋葬する事は、モンスターに餌をやっている事とほぼ同義である。


(貴族はそのせいで、専用の墓地を持ってる。庶民は庶民用の墓地に、気にもせず捨てるってのはどうやら、この世界でも同じみたいだな。モンスターが寄ってくるのを承知で、俺らは死体を捨ててた。こっちの理由はどうかは知らんが、これも自然への帰化だと。そう地元のクソ神父は言ってたぜ。)


この世界の墓所。


そこはこの上なく危ないので必ず、城外でもかなり離れた場所に作るのが相場だった。


だが彼らはそれでも、遺体を焼くことはない。


森や大地から奪うだけでは、自然界が成り立たないと知っているからだ。


一種の自然崇拝も混じった話の、一例でもある。


「ふふっ……。まぁ傭兵になるのは無理だな、ケヴィン。さっさと諦めて拭け」


「うぅ。そんな馬鹿なぁ。それにジキムートさんさっきから、ナイフ研いでるだけじゃないですかぁ……」


「それが俺の最大の準備だよ。話は終わりだ、ほれ頑張れ」


傭兵は天を仰ぐ。


彼はまだ一つ、傭兵についての役割を話していなかった。


実は、モンスターを率先して狩る奴も、中には確かにいる。


先ほどジキムートが少し口にしたが、モンスターの『テリトリー』を壊す為だけにいる、〝害獣駆除班″だ。


そいつらは10人から、多くは200人までの徒党を組み、専用の狩りの道具を持った『プロ』。


半プロの有象無象が混じる、傭兵ギルドの戦士とは違って、傭兵でも別格だ。


国が好待遇で雇い入れる。


(イェーガー……か。ケヴィンに言っちゃだめだな。騎士団からのこいつへの好意も、無下にできねえ。)


「……。じゃあジキムートさん、最後に一つだけお願いします。今まで戦って一番怖かったのって、どのモンスターなんですか?」


「お前……。俺の話聞いてなかったのか?」


ケヴィンの言葉に、ジキムートが止まる。


「いえっ。ドラゴンとかはいるんですよね、人間を襲うのって。グリフィンとかも鳥類だし」


「……」


屈託なく聞いてくるケヴィン。


それにため息をつくジキムート。


「……人だ。人間。それ以外が怖い事なんてねえよ。それを理解する事こそが、傭兵になる一歩目でそして、最後の歩みだ」


犯し、盗み、殺し、嬲り、騙し……。


全ては人。


そして自分も、その1人であることを理解する事。


人の終着点。モンスター名、人間。


(お前には向いてない、ケヴィン。騎士団はお前を、止めてくれてるんだぞ。)


ジキムートはケヴィンを見て、ため息を吐いた。

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