第26話 旅人たち。

キィ……っ。


「……」


「……」


いらっしゃいの一言もなし。


薄暗い、陰気な店内。


だが、掃除はしているのだろう。


その店内を照らす明かりには、ホコリの白が滅多に横切らない。


そして店の奥にはぽつり……と、老人が何かの煙を吐き出し、座っていた。


「なんだこの臭いっ!? 妙な臭いさせやがって。まぁ良い。おい店主。そのイカした奴。リアブレイスまである、ガントレット見せてくれ」


「どれだ若造。たくさんあるぞ。うちにはそんなの」


「……分かってんだろ」


ジキムートが顔色変えず言うと――。


「……」


腰が悪いのだろう。


億劫そうにゆっくりと腰を押さえて、無言で立ち上がる。


そしてそのすっかすかの、まるで木枠の様なリアブレイス。


要は、肩から手の甲付近まで伸び、腕を完全に保護する形のガントレット。


それを取り出してくる爺さん。



「……」


「欲しいか」


そう言って3つ、指を立てた。


「金貨3枚、か」


「ほほぅ……」


ジキムートの応えに満足げに笑う、爺さん。


どれくらいかと言うと、1000万円位だと思えばいい。


その値段なら恐らくは、良い魔法耐性がついた、フルプレートの装備が買えるだろう。


店主はさらに続けた。


「2に負けてやる。完成形が見えるのか、これの」


「あぁ……。俺は、重いモンは持てねえ。だがそのせいで、色んなもんを狭めちまってる。でも、これなら……」


触る。


彼には見えた、そのガントレットの完成された姿が。


すると、店主が睨むように目を細めて聞く。


「そんなに力が欲しいか? 傭兵。負けっぱなしの人生の、更に底。一番勝ちたい人間にこれで……。勝てそうか?」


その瞬間――。



羅刹だ



「……」


ジキムートが羅刹になる。


その目は尋常じゃない。


ピンっ……と張った空気。


怒りも憎しみも悲しみも、この目には勝てない。


なぜなら3つ共、その目に含まれているのだから。



「あなたじゃ無理よ、ジキムート。それよりお姉さん――。お姉さまはどこ?」


「姉は……いません」


「そんなっ。こんな大変な時にどこにっ!? 困るわぁ」


「ヤバいぞっ。あの人がいなきゃ、俺達どうなっちまうかっ!?」


「あの弟はどうなんだ? 使えるだろ。なんせドラゴンキラー様の弟君なんだろうっ!」


「いや、あの子は普通以下だ。俺達よりも弱い、使えやしないぜ」


「大体お前の姉が貴族を殴ったりしなきゃ、こんな事にならなかったんだぞ。どうしてくれるっ!」


「こんなゴミたくさん集めて……。どうするつもりなんだっ、全くあの女は」


「やめなさいよ、あの女が帰ってきたらどうするのっ!」


「ちっ。ジキムート……いや、……。お前にはお似合いの名……」



ふと、ガントレットから手を放す。



「まだまだ。全然足りねえよ。これは前金だぜ」


そう言って彼は、露店から巻き上げた銀貨を渡し、店を出る。


「そうか」


キィ……パタン。


「稼がなきゃなんねえな」


傭兵の瞳に、闘志が灯る。


だが言葉は本気だろうが、短期で600万を稼ぐには相当、ド級の仕事が必要であった。


「その宛てがねぇ訳じゃねえよ。なっ、シャルドネ」


笑う傭兵。


彼には予感があった。


数日中に起こる、何かへの予感。




そして帰り道。


太陽が陰り、赤と橙が街を染め上げる頃。


人々がさらに活気づく。


「あ~、早く帰らなきゃ」


ケヴィンがびくびくと、しきりに辺りを見回す、


帰りを急ぐ彼。


当然のように、傭兵が集まり始めたこの国は、治安が悪くなっていく。


それでなくとも『レイス』等もいるのだ、簡単には夜出歩けない。


「なぁ、せっかく日が暮れたんだ。歓楽街とかねえのか?」


闇の先触れを告げる夕暮れに、ジキムートが嬉しそうに聞く。


当然人外の生き物は、闇を好む。



「お酒が飲みたいんですか?」


「いや、女と一発ヤリたいっ! できればここの古参の娼館で」


ぶふっ……と音を出して、含んでいた水をこぼすケヴィン。


「……もぉ。一応ありますけど。お金は――。お金は絶対にそう、全く貸しませんよっ!」


「チッ」


ジキムートは今、お金が無いに等しかった。


つてはケヴィンだけである。


「全くもぉ。大体、給料日前に僕に相談がある時は、お金を貸して欲しいって話だというのは僕、もうよくよく、よ~くっ知ってるんですっ! 食費が無いだの、腹が痛いだの姉がダニに噛まれただの。でもそのお金で、娼婦小屋に行ってるのは僕、知ってますからねっ」


ぷんすか怒るケヴィン。


「……まぁ、すっきりしたいだけじゃねえんだが、な」


彼は思う。


(娼婦ってのは話好きだ。色んな事――。ここの事情は特に、裏事情までよーく知ってる。騎士団の常連もいるからな。)


ああいう場所は必ず、情報が蓄積している。


近所の旦那は、屋根裏で猫を飼ってるとか、見知らぬ男が入って来たとか。


嗅いだこと無い匂いが無理だの、あいつはアレが長いだの、良い動きするだの……イク時、聞きなれぬ言葉を言っただの。


全ては全員で共有されていたりする。


「聞き出し方は難しいが、最高に物知りなんだがな。イーズも居ないわけだし、楽しめる――」


傭兵は自分の言葉に、立ち止まった。



「んっ? いや待てよ。イク時に聞きなれぬってそもそも、俺の言葉がなんで通じてんだ?」


ジキムートはふと、大前提に気付いてしまう。


「なぁ……。『そう言わず、金を貸してくれよ。』」


「駄目ですっ!」


「――。そっか……。しゃあねえな」


頭を掻くジキムート。


今の『』内は、全く別の言語を話した。


故郷とは違う言語だ。


だがケヴィンは、動じることなく答えていたのだ。


(そう、か。何語でも通じるのか。どうなってるかは知らないが、良いのか悪いのか……。)


立ち止まって、深刻そうに考えるジキムート。


「?」


それをみやる、ケヴィン。


「おいっ、イーズっ。どうおも……」



……。



バっと振り返ったその先。


そこには、ケヴィンが目をぱちくりして、立っているだけ。


(そうだ。アイツ、いねえんだ。)


「なぁ……。ほんとにこんなので痛みが消えるのかよ?」


「まっちがいないわっ、任せてよっ。へへぇ……」


興味深そうに彼女は、彼の左腕のラグナ・クロス。


ラグナロク柱からの、電波受信器をいじくっている。


木漏れ日の中


相棒の女魔法士は、一心不乱にジキムートの腕にかぶりつく。


(あ~不安だ。こいつのこの好奇心の目っ。それが怖いったらありゃしない。)


頭をかかえるジキムート。


イーズは今、飼いならした鷹が肩に乗るように、彼の腕に覆いかぶさっていた。



「あっちょっ! すごいっ! あたし初めて見た~っ。どったらいっしょ~ね~」


「どったらいっしょ、だとっ!? なっ、お前っ! 何度か修理したっつったよなっ」


「あ~。死体でちょこちょこってねっ。生きてるのはアンタが初めてっ! 声かけると血相変えて逃げるんだもん。でもやっぱ、ナマってすごいんだな~」


うりうりと遊びながら、悦に入った声を上げるイーズ。


「あぁ~。任せたのは間違いだった」


ジキムートは頭を、空いている右手で掻きむしる。


「……」



その時、太陽の光が反射し、流れる風が彼の髪を揺らした。


隣では美しく短い赤毛が、毛玉のように動く。


風に乗って、ジキムートの鼻孔をくすぐる、良い匂い。


その毛玉が――。


相棒の顔が嬉しそうに左右するのを見て、なぜか……。


それはそれで良いような気がした。



「ねぇジーク」


「あんだよ?」


「本当はこんなラグナ・クロスがなくても、魔法は使えるんだよ?」


「……。へぇ、良いね。無料か?」


その時彼女が、にやり……と口角を広げたのを、透き通る髪越しに感じ取る。


「命をかければなんとっ、大特価の無料っ!」


笑う魔法士の顔には少し、悲しい何かがあった。


「そうか……。でもまぁ今は、高い金払って、一か八かコイツを移植して、教会から1枚3銅貨もするタトゥー買い取ってぇ」


「一回30銅貨の依頼に、タトゥー2枚使いながら、はたまた8枚使って、マイナス食らっちゃって。そこから税金取られて生きてくしかないね~」


やれやれ……と言った顔つきで、2人は笑った。


風が気持ちいい。



目の前の道をトコトコと、人々が歩いていく。


2人が知らない自分の土地へと、還るのだろうか?


それともどこへも行けず、そのまま風と共に、消えていくのだろうか。


……彼らはどこへ行き着くのだろうか?


「そうだお前。聞いておきたいことがあるんだ。不思議だったんだが」


「あっ……。うん」


ジキムートの声に少し怯え、髪をなでるイーズ。


「ラグナ・クロスって、俺のチン〇でも移植可能なのかっ!?」



……。



「……。はぁ?」


「いや、お前のデカ乳が俺の腕に当たって、勃ってきやがったからなんとなく……。思いついたんだっ!」


ペチッ。


彼女は、やおらタトゥーを自らの右腕に張り付け、命令を下すっ!


「……水の精霊っ、牙の陣っ!」


「わっ……。やめろっ! タトゥーがもったいねえっ!」


しゅう……と肉が焼ける匂いがし、文字が肌に刻まれていくっ!


そして、彼女の前には『色のない』水の精霊が現出し、形を変えていった。


お望み通りの、牙の形だ。


それを見て、全力で逃げるジキムートっ!


相棒である彼女の魔法は、天才の一品なのだ。




(魔法技術も、帝都の魔法提督すら舌を巻くほどだったんだぜ。なぁ相棒。)


どこにもいない相棒に、声をかけた。


「どうしました?」


「いやっ、何でも良いよ。そうだ……な。どったらいっしょ、な」


彼は気を取り直し、歩き出す。


ここで止まってもしょうがない。


そう、言い聞かせた。


(例えこれが、俺を喰い殺す呪いでも……な。)


良い効果をもたらし続けるとは限らない。


だが、今全てを投げだし、くじけるわけにはいかなかった。


「待ってくださいよ~、そんなに娼婦小屋行きたいんですか~?」


追いかけてくるケヴィン。


すると、ジキムートの視界に何か、大きな大きな未完成の神殿。


そんな物が見えてきた。


「ありゃなんだ?」

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