第25話 大都市になりあがる為の条件。
すると目の前、広場があった。
「あっ、ジキムートさんっ。ココで一息つきましょうか?」
「あぁ。良いぜ」
ジキムートが同意する。
傭兵は特に疲れては無かったが、ケヴィンの顔色が優れなかった。
それでも笑顔で、旅人であるジキムートに街を案内しようと、広場を指さすケヴィン。
「この広場では結構、催し物が最近頻繁に――」
「てめぇ、ここは俺らのギルド〝笑いの街道一座″の場所だっ! 勝手に講演するんじゃねえっ!」
「なんだね君は。私はきちんと〝ギルド・静かなる喜び″に賃料を払っているっ!」
ケヴィンが示す先。
つかみ合いになっている、ピエロとハゲ親父っ!
「わわっ、ちょっと2人ともっ! やめてやめて」
「な……なんだね君は」
「こっちは生活かかってんだ、チビはすっこんでろ!」
男たちの喧嘩沙汰。
ケヴィンが慌てて止めるが、大きい2人のおっさんに揉まれ、なよなよと引き倒されている。
(人の流入に目を付けて、金目当てに大道芸人が来たってところか。それなのにまともなギルドもねえから、場所の取り合いが表面化してきてやがる。)
大道芸人について、何か勘違いをしているかもしれないから言っておく。
この世界の彼らは〝スター″を意味する。
基本知識として、誰も立ち寄らないような田舎には、娯楽なぞない。
全く、微塵も。
夜9時に寝る。朝4時に起きる。
夕方暗くなるまで、地域によって違うが、5時まで働く。
10時間労働の世界。
しかもそこには賦役である労働税があり、見回りや公共工事に〝無償″で、徴発されてしまう。
毎日残った6時間に、ご飯とトイレなどを済ませるのだ。
この状態でどうやって、簡単なジャグリングやトランプ芸を覚える気になる?
ネットもなければテレビも無いから、ジャグリングという発想すら思い浮かべられないのに。
(大都市でやれば、結構な年収になる。特にこんなポッと出たての都市は穴場で、一攫千金。良いカモがたくさんいるはずだ。)
そう考えジキムートがあたりを見渡すと、たくさんの町人らしきものが遠巻きに見ている。
人生初、(自分の世界)最大のピエロが行う、ジャグリングショーを見に来たのだ。
「おいおい、やめろお前たちっ!」
憲兵が出てきて、仲裁にはいろうとした。
だが……。
「おいっ、ひどいじゃないかっ! 俺はこの国が認可したギルドに、大枚はたいて仕事してるんだぞっ!」
「そうだっ。おかみがしっかりしてくれなきゃ安心して、仕事もできやしないですよっ」
「なっ……。我々のせいだというのかっ!」
もう、ひっちゃかめっちゃかである。
生活がかかっているのだ、譲り合いをしていては飢餓になって、死ぬばかり。
口を閉じて良い場面じゃないっ!
「ちょっと困るんだよね、ああいうの。全く、この頃の騎士団は情けない。客が逃げちまう」
「騎士な~。そういや俺、聖典守護者様に怒られてるとこ見たぜっ! なっさけねえツラして、道徳がなってないっ! って言われてた。すっかり威厳がなくなっちまって、まぁ」
ひそひそと声が聞こえる。
つかみ合いになる男たちを、冷たい目で見る取り巻き立ち。
迷惑な喧嘩もそうだが、それを規律で押さえ込めない騎士団にも、苛立ちがつのっていた。
(どうやらここの奴ら全員、まだまだヒヨッコだな。)
収集は遠い。
ならば……。
「おいばあさん。儲けたくないか」
露店の店主に、声をかけたジキムート。
そこでは肉とビールを売っている。
「……」
「とりあえず、2人とも詰め所に来いっ!」
「いーやっ、断る。これはギルドを通して、抗議させてもらいマスよ」
「このクソピエロの青鼻を、真っ赤な血でそめてやるまでは動かねぇっ!」
未だに押し合いをする2人の道化。
すると……っ!
「そうか、だがその前にデブ……。。お前もピエロになれっ!」
ガスっ。
顔面に掌底を叩き込まれるデブ男っ!
「あっ。あががっ。ひっひさまっ、何をする」
鼻をつぶされ、声がうわずっているデブっ!
しかし全く興味を示さず、掌底をぶち込んだジキムートが続ける。
「ほら、ピエロだっ。仲良く2人でピエロだぜ、へへっ」
ジキムートは指差して笑ってやるっ!
すると、聴衆から笑いが漏れる。
デブの鼻の周りは晴れ上がり、ピエロのようになっていたのだ。
「ぎゃははっ、確かに確かに~。豚ピエロだ、豚ピエロだ~。ぶひぶひー」
その姿に、おどけて馬鹿にする青鼻ピエロ。
それを怒り心頭で、にらみつけるハゲ親父ピエロっ!
「てめぇ、殺すっ!」
取っ組み合いが終わり、本当の殴り合いが始まってしまうっ!
すると……。
「おっしゃやれっ。そうだっ!」
殴った本人は、ビールに肉を片手。
観戦を決め込んでいたっ!
「おっ、ピエロの決闘か。面白そうだっ!」
人が段々と、集まり始めている。
激しい殴り合い。
そこには小銭が投げ込まれていた。
娯楽が少ないと言ったが、そのせいかどうかは知らない。
だが、こういう殴り合いは、中世の〝大衆娯楽″の範囲内であった。
例えそれで、本人たちが死んだとしても、だが。
盛況な現場をジキムートは後にし、憲兵に何かを渡す。
そして人ごみの中スッと、その場を去って行こうとする傭兵。
「おし。依頼が平和に終わった終わった。さて行く……っ!?」
その時、ポケットの中で何かに触ったのを確認するジキムート。
「紙……?」
見たことない紙だ。
紙を見ながら怪訝そうに周りを見ると――。
女の影。
青いその影が、目の端に入った。
「ちょっ、ジキムートさん。あれは――」
そこに駆け寄ってくるケヴィン。
ジキムートの視界の影はすぐに、姿を消してしまった。
「……。良いんだよ、あれで」
そう満面の笑みで肉をくわえ、ジキムートは紙を捨てて、そそくさとその場を後にした。
「かぁっ。うめぇ」
「あんなの良くないですよっ! 争いを止めないとっ」
「あぁ~ん? かてえ事言うなよ。あんなの、大都市だと日常茶飯事だぜ」
笑いながら、食した肉の残骸を捨てるジキムート。
「むしろ依頼を先手取って、解決してやったんだ。俺の優秀な傭兵生活の一端が、しっかり見られたろ?」
自慢げに言い放つジキムート。
確かに、あのままでいけば2つのギルドは、小競り合いになったかもしれない。
依頼されれば、ジキムートのような傭兵が、どちらかの陣営で戦うかもしれない。
下手をすれば、雇った傭兵の気性によっては、流血沙汰にも十分なり得る。
「しかし、ここは神の土地としてっ、模範的な都市にならなければなりませんっ! 傭兵達が来ても、荒くれた町にならず、きちんと教育と規律に従う国っ! 神威(カムイ)と尊神(リービア)が守られる、立派な福音に……っ」
「……って、ヴィエッタ様がおっしゃったか」
「……っ!?」
突如出た名前に、ケヴィンは口どもるっ!
「お前、あの嬢様にほの字だろ」
「そそっ……。そんなことは」
「でも脈はねえ、あきらめろ」
顔を真っ赤にするケヴィンに、あっさりと言い放つジキムート。
「ひっ、ひどいじゃないですか。まぁ、分かってます。分かってます……けど。だけど、彼女は今、大変なんですっ! 反対する人たちも多い。お城の中でも孤立した状態ですっ! あまりに可哀そうで……」
ヴィエッタに心底同情的になり、口を尖らせながらケヴィンは言う。
(そりゃそうだ。騎士団なんて全員脳足りんの、腰抜けばかり。そいつらに経済なんて分かるかよ。)
ジキムートは笑う。
「だけど……。その、良いじゃないですか。例え身分違いだとしても――。僕があの人を守れればっ! 僕が騎士になり、剣を奉じる。そしてあの方の全てを、受け止めれるような人間でありたいっ! そう、僕は勝手にですが、思うんです」
「例えそのせいで、死ぬだけでもか。死ぬってのは――」
傭兵は口から出かかった言葉を、飲み込む。
(俺は止めてやんねえぞ、ケヴィン。他人の生きざまにどうこう言えるほど、俺は立派じゃねえ。)
鼻を鳴らす傭兵が、ケヴィンから目を逸らす。
「あの人の剣になれるなら、僕は死も恐れませんっ」
柔らかい微笑みを浮かべるケヴィン。
泣きそうな目だが、とても慈愛にあふれ、陽だまりの女性のような匂いがする。
中性的でくったくのない、美しい笑み。
その笑みは、男性も魅了するほどの……。
「……やべぇ」
ジキムートは一目散に、お店に入っていったっ!
ケヴィンを残して。
――全く見てなかった。
事実だ。
すまないケヴィン。
そして……〝後ろ″。
「にっ……。兄ちゃん、どこの子? な、なな……何歳かな?」
おっさん――。
むっきむきのおっさんが顔を赤らめ、ケヴィンに聞く。
「えっ……。えっえっ、ちょっと」
「すっ、少し。ちょっと話をしよう、可愛いボーイ。話……。筋肉とかの話だけだから」
「ジッ、ジキムートさーーーーーん!」
声が響き渡る。
達者でな、ケヴィン。
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