第18話 傭兵と異世界の魔法。
(神の愛……か。水が飲み放題に、火も起こし放題。そりゃこんなヒョロいケヴィンでも、白パン食えるってんなら、この世界は紛れもなく愛されてんよ。それを敬うのは当然だ。)
向こうの屋台で、簡単な火の魔法を使っているのを見やるジキムート。
彼はなんとなく、この世界の仕組みを理解する。
神と言う絶対正義は確かに、世界の中心たる実力があるだろう事も。
「あぁ……。イーズのビールの歌思い出したら、飲みたくなってきちまった。ケヴィン、やっぱ俺はビール飲むわ」
「ええ、良いですよ。そこに売ってるはずです」
歩き出す2人。
するとジキムートは、目の前を横切った蒼に、目を奪われた。
雑踏の中。
眼の端に居た、ガラの悪そうな傭兵たち。
そいつらに、非常にあでやかで清潔な青が、声をかけていく。
「そこの君たち。それはなんだ」
「あぁんっー? なん……っ」
一拍。
「こっ、これは。うちの地方のおまじないで……」
「そうか。一見したところそれは、大樹の神であるユングラード様を敬う物。大変敬意あるものであるな……。だが、しかし。この町では外してもらいたい」
「えっ。いや……でも」
汗を流して抗議――。
いや、〝ご質問″するガラの悪い傭兵。
「捨てろとは決して、微塵も私は言っていない。この、水の神をまつる町だけでは外して……。そう、一時だけでも、水の神への敬意を払ってもらえると、助かるのだ、が?」
がっちりと腕をつかみ、男ににじり寄る水色。
「はっ……はい」
声をかけられた男は即座に、素直に、剣にあったストラップを外すっ!
それを見届けてすぐに、別の方向へとフラフラと歩きだす、水色の物体。
「あれは一体、なんだ」
店で買ったビールを受け取りながら、ジキムートが独り言ちる。
「あれはダヌディナ様を祭る方々、〝アジュアメーカー(蒼の聖典守護)″様だよっ。ほら……。さっきもヴィエッタ様に、追い返されてたじゃない? 本当は彼らは、ああいったお姿なのさ。旅先でもよく似た人たちと、会った事あるでしょ?」
「……ああ、あの魚だけを一生食えとか言う、クソ面倒な連中かよ」
嫌な顔をするジキムート。
面倒な宗教指導者が市場でも、難クセをつけて回っているのだ。
(市場なんてもんは、喧嘩っぱやく脳足りんの、荒っぽい傭兵だけじゃねえ。スリと連れ込み娼婦。それに、事あるごとに吠えてくる騎士団と、憲兵。あとは乞食の巣窟じゃねえか。その上、あんなの居るのかよ……。まいったね。)
一気にやる気が失せるジキムート。
目立った動きをするとどうやら、あの〝アジュアメーカー(蒼の聖典守護)″様に詰問されるらしい。
彼は異世界の人間だ、あまりはしゃぐ訳にもいかなくなった。
「でも教会なんかでは、苦しむ人や旅人への施し。それに、孤児救済の活動なんかもしてくれていますから、ね。僕もたくさんお世話になってます。だからあんまり、嫌な顔はできないんですよ。あぁ言ったお姿で出歩く時は、注意ですけど」
「教会に、〝アジュアメーカー(蒼の聖典守護)″か……」
(教会の必要性は、どこの世界も同じなんだな。ただ、牙をむかれると難しい相手ってのも、同じだとは。うちの世界のテンプル騎士団も、クソ面倒だった。ヤレヤレ……)
大体近そうな者をチョイスし、当てはめる。
「それに何より、あのお姿で見られるのは、光栄でもあるんですよっ! 前にはこの町には、彼らはいなかった。でもねでもねっ! 彼らがああやって出歩くという事は当然っ。この国はついにっ。神を奉じる楔、〝福音″の仲間になったという証明っ!」
ケヴィンは満面の笑みで、高らかに言葉を発するっ!
「福音……?」
(何度か聞いた、気になる言葉の1つだな。なんか、この世界に根差したドス黒いモンを俺は感じるんだが、な)
ジキムートが興味を隠し、静かにケヴィンの言葉に耳を傾ける。
「これもすべてっ。全ては我が、我らがニヴラドがっ。にっくきクラインから、神の水都を奪ったおかげっ。王都でも我らの名声ははばかられず。栄光のニヴラドと呼ばれてるんですよっ!」
「……」
涙を浮かべ、喜ぶケヴィンっ!
雑踏の中、げしげしと体を擦られながらも、天を仰ぐ。
そんなケヴィンの様子を見て、今までのこの世界の神への、ジキムートの考え。
そこに少し、別の道が開かれた気がした。
(神を奪い合う……ってのか、この世界は。もしかして、こいつらが言う神ってのは、〝物″かなんかなのか?)
傭兵は今まで、神は人。
もしくは似た存在であると、そう考えていた。
なぜなら自分の世界が、そうだったから。
だが、ケヴィンの言葉を信じるなら、人間ではないのかもしれない。
意思ある生き物で、その上人間より上位の者は、奪い合えないはずだからだ。
そうなると〝物″だという考えに至る。
物ならば、奪い合うのも合点がいくわけである。
神無き故郷世界で、傭兵が訪れた町や村々。
そこでも、御神木やご神体。
それに、神に等しい英雄など。
様々な神〝もどき″がいたのだから。
(だがどうも、この質問はいけないな。異民族だとすぐばれる。)
神様はモノですか? 人ですか?
――そんな質問をするバカはいない。
思案しながら歩くジキムート。
「へぇ。じゃあ神様は、この国に来れてさぞお喜びなんだろうよ。なんせにっくきクラインから、奪い取ったんだからさっ! 景気よくお祭りとかはねえのかよっ、祭りだ祭りっ!」
話しを促す為にジキムートが、ケヴィンの話好きを盛り立てようとする。
だが……。
「ううん。神様がお喜びかどうか、それは分からない。〝カムイ(神威)〟と〝リービア(尊神)″は違うから」
質問したその瞬間、思いもよらぬテンションが返ってきた。
「はぁ? カム……イ?」
さっきまでは、神の話にしゃぎにはしゃぎ極めていたケヴィン。
それが静かににこりと、誠実に笑う。
その顔には、覇気もなければ喜びや嬉しさ、そして悲しみ苦痛……。
そう言った、人間らしさがない。
ケヴィンをジキムートが、訝しげに見る。
(なんだこの、気味わりぃ〝悟り″は。じゃあ神を奪ったってのは一体、何の為なんだよ。)
首をかしげるジキムート。
すると、さっきまでの覇気を取り戻したケヴィンが、傭兵に言葉をかける。
「ところでジキムートさん。どこに行きたいとか、ありますか?」
「んっ? あぁ。じゃあ、ここのギルドを見てみたいぜ。なんせ、な? 金儲けも今の俺には、必要だからよ」
「あっ――。アハハ……。えと、ごめんなさい」
その言葉にケヴィンが、憐れむように笑い、謝罪を口にした。
「おめえが謝る事はねえさ」
ジキムートがため息交じりに、ケヴィンに言ってやる。
ケヴィンは知っているのだ。
ジキムートが見つかってしまったあの、『金塊。おおよそ500万』。
あれは入国税という理不尽な理由で、取り上げられた事を。
「じゃ、じゃあとりあえず、行き先はギルドでっ!」
暗い雰囲気を誤魔化すように、ケヴィンが元気を出して、ジキムートを誘導しようとする。
「頼む」
ケヴィンについていく傭兵。すると……。
「親方ぁ……。コレで良いんでしょうか?」
「あぁっ! そこを4つ、打っておいてくれっ!」
「……」
ジキムートの視線が1点で止まる。
その目線の先。
進行方向20メートル位先に、1人の少年がいる。
脚立のような物に上がって、地上4メートルくらいの高さで作業する、10歳頃の男の子。
「ジキムートさん。どうしました?」
動きが鈍ったジキムートに、ケヴィンが問うた。
「いや、あんなガキ、大丈夫かなって」
「あぁ……。まあ大丈夫ですよ。むしろ羨ましい。きっと彼は、幸せなんでしょうね……」
ケヴィンがしゅん……と、悲しそうに笑う。
「……?」
「じゃあ。土よ土よ……。大いなる大地の勇ましさよ。我に宿りて力とし、我と同じと構えたまえっ!」
少年の体が光り輝き、そしてっ!
ドンッ!
ぱららっ。
打ち付けられる杭っ!
一撃で、壁の深くまで刺さっていくっ!
「……っ!?」
ドンッ! ドンッドンッ!
次々と看板に杭を打ち付け、少年の体の光が解けた。
その光景にクギ付けになり、目が離せないジキムート。
彼の眼は、真剣だっ!
「はぁ……はぁ。あぁ……っ」
「おぅ、できたか? どれどれ。ん~? 少し、終わってねえな」
疲労の色が濃い少年と、仕事の出来栄えを交互に見て、親方は少し納得のいかない顔をした。
「すっ、すいませんっ!」
「まっ、しゃあねえな。お代から引いておくからよ。今日はもう休めっ。ほれ、今日の代金だっ」
そう言って親方は、握った手のひらを少年に近づけ――。
チャリン。
銀貨1枚。
それを少年に渡してやる。
「お代だと? 徒弟じゃねえのかっ!?」
その光景に思わず、ジキムートが驚愕の声を上げたっ!
てっきり彼は少年を、『徒弟』だと思っていたのだ。
(若いうちから奉公に出されるのは、珍しくねえ。だが、若すぎるとは思ったっ。しかも、金を支払ってもらえるなんぞ、どういう話になってるっ!?)
奉公はあくまで無料だ。
自分の子供を預け、そして、自分も他人の子を預かる。
学校がないこの時代。
そうやって子供は社会性を学ぶ、そんな仕組みが中世にはあった。
すると隣のケヴィンが、少し寂しそうに笑う。
「孤児院も、もうすぐ卒業ですね、きっと。あんなに優秀なんだ。彼は多分すぐに、あの親方に引き取られると思います。樹の神ユングラード様のご加護を色濃く、受け継げたんでしょう。第3、第4階級まで到達するかもしれませんね」
笑顔で脚立から降りて、走っていく少年を見やるケヴィン。
「……。マジかよ」
そのケヴィンの言葉に、ジキムートが人知れず油汗を流していたっ!
頭の中が真っ白になり、傭兵の心と足が震える……っ!
(孤児院のガキでもあんな魔法が使えて、仕事ができて、金が稼げるだとっ!? そんな事あんのかこの世界っ! あぁ~、やべえ。自信無くなって来た。俺でもあんな魔法、そうは簡単に使えねえってのにっ!)
ジワリ……と湿る手の平。
彼がこの世界で傭兵として生きていくには、『しのぎ』を得る必要がある。
だが、あのような子供でも、先ほどのような強靭な魔法が使えるならば……。
(不味い。これは本当にヤバいぞ。)
おびえて、歯音がしそうな自分を必死に押さえつけ、なんとか言葉を発する傭兵っ!
「第4に……第3階級、か。あ~、なぁケヴィン? こんな不思議な村、知ってるか? 第4階級の魔法を使えるヤツが10人。しかも、10つ子でいたんだぜ?」
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