第19話 人の信念。騎士の御旗。
「……なっ!? 第4階級の方が、10人ですかっ!? しかも10つ子という事は、一度に10人もっ。王都ですらそんなにいないって聞きますよっ! 一体どこなんですかその、素晴らしい神に選ばれた村はっ」
目を見開き、ケヴィンは大声を上げるっ!
(あっやべっ。数盛り過ぎたか。)
「っていう噂だよ噂。そこに行ってみたけど結局、水晶みたいな物の中に、人影が埋まってただけさ。村の奴らいわく、第4階級の聖人様達っ! 村を守ってドラゴンに食われ、吐き出されたんだーっ。だとよ。」
「あぁ。そんな話が世界には――。すごいっ! 僕も見てみたいです、それっ。面白い伝承をありがとうございますっ。やっぱり旅をするって楽しそうですねっ! 僕もいつか旅して、いろんな所に行って見たいなぁ……」
ケヴィンはそのジキムートの話に、楽しそうに聞き入っている。
その顔を見て、ジキムートも顔がほころぶ。
なぜなら……。
(この様子だと、第4はほんの一握りだな。王都でも選りすぐりって事か。あの土の魔法使ったガキで将来、第4か第3。本職が魔法士ってなら、まだギリギリ通用すっかもしれねえっ。)
ほっと胸を撫でおろし、さっきの親方の前を通り過ぎていくジキムート。
彼の心に余裕が広がると共に、イーズとの思い出が胸をよぎった。
(イーズがその水晶カチ割ろうとして、俺らは逃げるハメになったがまぁ、楽しかったよ。ふふっ。ただ本当に全員が、ラグナ・クロス開けてたのだけは、不思議だったが。)
ジキムートが懐かしさに笑う。
しかしてそんな彼をよそに、また『蒼』が……。
「そこの方」
蒼が呼びつけたのは、さっきの大工の親方。
汗まみれになって、店の上に乗って工事している。
そんななんとも筋肉質で、ぶっきらぼうそうなおっさんに、蒼の者が声をかけた。
「あぁんっ?」
……。
「へっ……へぇ。なんでやんしょ」
「そこの赤。青に変えられないだろうか?」
指さすのは、家名の紋章。
シャルドネ邸で嫌と言う程飾ってあった、赤の紋章だ。
「しっ、しかしこのニヴラドってのは、騎士団の紋章……。〝真紅の鬼″が目印なんじゃあっ!? なぁ……」
他の職人たちも、コクコクと首を振る。
おそらくは、そう言う依頼で受けたのだろう。
「尊神(リービア)は尊重したいと思う。だがここは、水の神をまつる町。ましてや聖都であるディヌアリアの、直接保護都市となった。彼女の色に合わせたい。大聖典にも書いてある。我は蒼を好む、我の目には青を入れよ、我のひざ元は青がよいと」
何も読まずスラスラと、聖典の一部を暗唱する蒼の者。
(大聖典……)
この言葉に、ジキムートの耳が聞き入った。
遠のく大工たちの会話に、傭兵が耳を澄ましていると。
「大聖典っ!? そりゃ紛れもない〝カムイ(神威)〟じゃねえかっ。そいつはいけねぇやっ! そっ、そういうことなら喜んで、変えさせてもらいやすよっ!」
血相を変えて、大声を出す大工の統領っ!
「あぁ……親方。それじゃこれ、外したほうが良いんですか?」
さっきの少年が打ち付けた紋章を指さす、1人の弟子。
「あぁ、良い良いっ! おい青だっ! 青のペンキもってこい。もう上から被せちまおうっ!」
「あいよっ!」
号令一下、次々と職人たちが騎士団の『御旗』。
命と信念をかける国旗をあっさりと、神の〝ご要望″で塗りつぶしていくっ!
「〝蒼の聖典守護(アジュアメーカー)様″、申し訳ありやせんっ! これからは気を付けますんで」
へへへっと笑い、大工が仕事に戻る。
すると満足そうにうなづき、蒼の者もどこかへと行ってしまった。
(あんま好きじゃねえ感じだ、これ。かなり稀だが……。そう、あれは魔女にたぶらかされた貴族だったかね?)
耳でしっかりと察していたその光景に、わずかながら記憶を重ね、そして――。
ジキムートは耳をほじる。
いい気味がしない雰囲気だ。
(そんで、大聖典に小聖典、な。これが神と人間との格差って奴か)
この世界には、聖典が2つある。
1つが大聖典。
紛れもない、神の言葉。
大工が青ざめ有無を言わず、信念すらも打ち砕く物。
そしてもう1つが、小聖典。
それは、人間の発想。
ヴィエッタが嫌がり、ローラが毒づき、騎士も吐き捨てる存在。
その差は絶対的だと、すぐに分かる。
(貴族も王も所詮、俺らと同じ人だ。殺せば死ぬ。だが、絶対上位の神はどうなんだろうな? もし神が永遠なら、こいつらずーっと、終わる事なく神の足舐めて、生きていくのかね? 代わり映えしない正義と、神の世界。それは――。幸せなものなのか?)
ジキムートがしげしげと、ケヴィンを見やる。
異世界人の彼には分からない、この世界の人間の、心の根底に流れる物の〝形″。
すると――。
「あっ、ここですよジキムートさんっ。ギルドです」
少し歩いた所。
市から外れた、比較的寂しい場所で、ケヴィンが止まった。
「おっ、サンキュ……っ。て、ちっっせ」
ジキムートは青く塗られた、小さな小さな塔を見る。
というより小屋だ。2畳1間。
ともすれば――。
現代なら、浮浪者のお屋敷にも見えるそれ。
そこから出てくる、しなびたおっさんが応えてくる。
「いやあ……。申し訳ない。今改装中でして」
「受付のイグナスおじさんですっ!」
「よ~ぅケヴィン坊。よく来たな。でも今日は、仕事はねえぞ。すまねえなぁ。この頃忙しくてよ……」
受付が言ったけケヴィンへの言葉に、ジキムートが怪訝そうな目になる。
「うん、今回は傭兵さんが来たいって」
そう言って、ジキムートをさすケヴィン。
「ああ。とりあえず、情報が欲しい。この町の」
ドカッ。
「あぁ……」
「わりぃ」
ドンっと、建付けの悪い机に腕を置いたせいで、机が倒れた。
それを見てせっせと、イグナス――。
やせっぽちで、見るからに弱そうな男、イグナス。
彼がこの小屋ギルド唯一の、まともな調度品である板を、必死に直していく。
「それで……。ふぅふぅ。何用で?」
「地図を見せてくれ。仕事を選びたい」
「はいはい」
応えるとすぐ、手元の地図を広げる受付。
地図には、手垢と書き込みで汚く汚れた、この町周辺。
そして周りに広がる、広大な世界の形が浮きぼられていた。
「……」
(そう……。地図はギルドのじゃねえと、意味ねえんだよな。)
じっと、地図に見入るジキムート。
だが、世界地図くらいはどこにでもある。
実際シャルドネ廷にもあった。ただし……。
「これ……〝きちんと″、最新のもんなんだろうな? 俺ら傭兵的に、よ」
「えぇ。当然」
笑う受付。
(そう……か。これが最新の〝軍事境界線″か。)
この時代、国境なんてすぐ変わる。
そしてなにより、情報が遅い。
他国の領土を自分の物だと、勝手に吹聴する輩も大勢いるし、それが国家的に間違った教育、出版につながるのは常識の範囲内だ。
なのでギルドは〝軍事境界線だけ″を書き、それを広める網を持っていた。
さもなければ、自分たちの命に関わるのだ。
(昔、イーズがうっかり税金を納めちまったせいで、えらい事になったな。)
「あぁ~。疲れた……。こんなに歩くとは~。日が暮れるギリギリで、せーふっ! 良かった良かった、あ~」
汗を流すイーズ。
赤髪をかき分けて、ひたいを拭い、苦しそうに息を吐き出していた。
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