襲撃
「お前ら! 気ぃ引き締めやがれっ!」
「「「おう!」」」
〈アルバン〉西門前。開けた土地があるそこには、いつもならば街の中に入る商人や冒険者が長蛇の列をなしているのだが、今この時はそんなことを言っている場合ではなかった。
「クソッ! 隊長、左翼が押され気味だ!」
「クルスっ、向こう行け!」
「人使い荒いっすよ先輩!」
クルスと呼ばれた青年が毒吐きながら向こうへと走り去っていく。後輩の後ろ姿を見届け、突撃してくるワイバーンを切り伏せる。
「ったく、なんだこの数は...」
現状を見渡し思わずげんなりする。
彼の名前はジャン・ブロイド。アルバン警備兵団・第3分隊隊長である。いつもは南門の守護を仕事としている第3分隊だが、今回の非常事態を前に援護命令が入り、こうして前線に出て戦っているというわけだ。
「せっかくの休みだったってのによぉ!」
久々の休暇を潰され軽くキレているジャンは、後ろから迫ってきたフラップリザードを叩き切る。
事前情報には〝ワイバーン約50体接近中〟としか言われていなかった。しかし現状は、ワイバーンに加えフラップリザード、そしてゲイルドラゴンの姿が確認されている。
フラップリザードはEランク、ワイバーンもCランクだが、ゲイルドラゴンはBランクに相当する。おそらくこのゲイルドラゴンが親玉だろう。ジャンはそう考えていた。
「今はまだフラップリザードがほとんどだが...ワイバーンを俺達で捌き切れるとは思えねぇ」
Cランク、すなわち中堅冒険者なら危なげなく討伐できるワイバーンだが、侮ってはいけない。何故なら、彼らは毒を持っているからだ。尾の先についている鋭い骨に通っているその毒は、体内に入るとたちまち制御機能を奪い、呆気なく死に至らせる。その為、冒険者たちは討伐する際、何よりも先に毒を受けないようにすることが鉄則となっている。
毒があるのは尻尾だけなこともあり、そこまで相手しにくいとは思われていないが、それも数が少ないからこそ。少なくとも50体はいると言われている今現在、警備兵団約20人そこらで全てを相手できるわけがない。
「うわああああ!!」
現実にとうとう理性が崩壊したのか、兵団のある少年が叫びながら武器を放り投げ、一心不乱に門へと走っていく。それを見たジャンは、仕方が無いと思う反面、その行動に一人首を振る。先頭において、いついかなる時も行ってはならない行動の一つ。
「相手に背を向けるのは、命を投げ捨てるのと同じだぞっ」
眼前に迫るワイバーンを相手しながら少年にそう叫ぶ。しかしパニック状態の彼に届くはずもなく、少年はただただ真っ直ぐに走る。そして、その後ろを追いかける一体のワイバーン。
「クソがッ...!」
そう吐き捨て、何とかワイバーンの首を斬り飛ばしたジャンが走り出す。だが、近くで同じ隊の仲間が襲われかけていることに気が付いた。
「どっちに...っ!」
どちらに向かおうか。一瞬迷ったそのとき、とうとうワイバーンが少年を捉えた。しかも、少年が石ころに躓き転んでしまう。死の一撃が少年を襲う、まさにその時だった。
「はぁぁぁあああ!!」
彼とジャンの間に割り込むように入ってきた一人の少年が、気合と共に剣を振り抜く。同時に飛び散る鮮血に、ジャンも彼も目を見開く。
「あ、あの...」
「逃げたいなら早く逃げろ。正直これ以上構ってはいられない」
「――っ」
あまりにも辛辣なその言葉に少年は息をのむ。そんな彼をおいて、少年は左に目を向けると、腰を落とし、前傾姿勢になる。すると、彼の足元に淡い緑の光が収束していく。
「まさか...」
思わず呟いたジャンへと一瞬だけ目線を向けたその少年は、純白の髪をしていた。
「バースト」
彼がそう呟くと同時に、足元の光が破裂し、瞬間、彼は猛スピードでワイバーンの群れへと突っ込んでいった。
〇 〇 〇
「バースト」
俺がそう呟くとともに、高速で飛び出す。向かう先は眼前にたむろするワイバーン計5体。前方に大きな空気抵抗を感じながら剣を上段に振りかぶった俺は、一体目の首を切り落とすと、足で急制動を掛けながらターン。突然の出来事に戸惑うワイバーン達に剣先を向けながら、吐き捨てる。
「かかってきやがれ。お前ら纏めて生活の糧にしてやる」
言葉は通じなくとも煽っていることは分かったのか、4体のワイバーンが同時に襲いかかる。俺も剣を顔の横に構え迎え撃とうとしたが、右から火の玉が飛来しまとめて吹き飛ばしていった。
「せっかくいい所だったってのに...」
「そんなこと言ってる場合じゃねぇだろうが」
俺は犯人、もといグレンにそう言った。当の本人は肩をすくめるだけだったが。俺はグレンから視線を外すと、辺りを見渡して現状を把握する。
「フラップリザードがいるな。そして、上空にゲイルドラゴンか...」
悠々と空を飛ぶ巨体を睨み付ける。そんな俺にグレンが後ろから声を掛ける。
「あいつを倒すにゃ地上に引きずり下ろす必要があるな。それに、
「今戦っているのは...20人弱か。警備兵団か?」
「胸章もあるしそうだろうな。後は今来た冒険者16名と合わせて30人強。まぁ何とかなんじゃねぇの?」
「そうあってほしいな」
俺はそう返すと、グレンを伴って近くの群れへと突撃していく。余談だが、ソフィアは後方の支援部隊の応援に入っている。
「おいあんちゃん!」
すると、横から俺達を呼び止める声が聞こえた。そちらに目を向けると、凶悪な顔をした30代前半の男とチャラチャラした20代半ばの男が居た。
「呼び止めて悪い。俺の名前はジャンってんだ。第3分隊隊長をしてる」
「自分はクルス・ロイドっす。副隊長っすね」
「は、はぁ...」
どう反応していいか分からず思わずおざなりな態度を取る。しかしそのことに特に反応することもなく、俺達の後を付いて来る。
「あんちゃんたち、結構できるだろ。だが二人だけだと荷が重いと思ったんでな。助太刀に来た」
「っす」
「お、おぅ」
珍しくグレンも戸惑いが隠せないらしい。だが、何気に初めての他人との共闘。むしろ大歓迎だ。
「ありがとうございます。助かります」
「ならよかった...っと」
ジャンと名乗ったおっさんは死角から迫ってきていたワイバーンを危なげもなく回避すると、その流れのまま翼を切り落とす。墜落していくその体を下からすくい上げる様に切り上げると、その命は反撃もままならず砕け散った。
「無駄がねぇ...」
「あぁ...」
思わずそう呟いてしまうほど、ジャンの動きは洗練されていて、冒険者の様な粗さはない。そうしてボーっと呆けていた俺の後ろから、別のワイバーンが死の鎌を突き付けようとする。
「あぶねぇぞ!」
ジャンが叫ぶのとワイバーンが尻尾を俺の首筋に突き刺そうとしたのは同時だった。だが、それを許すほど俺は甘ったれではない。
俺が首を右に傾けると、尻尾は得物を失い空を切る。動きを一瞬止めたその瞬間、俺は剣を振り上げると、尻尾を根元から切り落とした。
『ギィィィ!!』
耳障りな鳴き声を上げるワイバーンを一瞥すると、俺は剣先を向けると、体を捻って突き出す。剣はまっすぐにワイバーンへと突き進み、ずぶりと突き刺さった。
『ギッ、ガグッ...』
そしてワイバーンは力なく地面に墜落した。
「やるねぇあんちゃん」
「こりゃ負けてられないっすね先輩!」
「そうだなぁ!」
俺の動きに感化されたのか、ジャンとクルスの口元に笑みが浮かぶ。その気合は俺とグレンにも伝染し、気付けば口元が上がっていた。
「それじゃ、パッと終わらせるぞ!」
「おうよ!」
そして、竜狩りが始まった。
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