初依頼
不思議な夢だった。
見た事のない大きな街が、目の前で業火に見舞われている。視界を真っ赤に染めるその炎はとどまることを知らず、火柱を上空へと伸ばしていた。
それを見ている俺は、どうやら丘のようなところにいるらしい。傍らにはグレン、ソフィア、そして朱色の長い髪を三つ編みにして肩から垂らす少女、綺麗な金髪とオッドアイを持ち、目の前の光景に打ちひしがれる少女、そんな彼女を横から抱きしめるようにして佇む右耳のピアスが特徴的な女性がいる。
音は全く聞こえない。しかし、俺を含めた皆が焦燥感に狩られていることがわかる。いったい何に焦っているのかは分からないが、行かなければという思いだけが強く心に刻まれていた。
そんな中、無音の世界の中で、オッドアイの少女の声だけが鮮明に聞こえた。
『お父様――ッ』
〇 〇 〇
「――ッ!!」
俺は勢いよく起き上がった。なぜか乱れる息を必死になだめながら、今の状況を確認する。冷や汗がひどい。頭も少しくらくらする。何かとても大変な夢を見た気がしたが、その内容は何故か全く思い出せない。
「なんなんだよ...」
俺はそう毒吐いて頭を抱える。どうにか落ち着いてきたところで窓へと視線を投じると、丁度太陽が昇ってくるところだった。
「にしてもここ、本当に〝陽光〟要素はあったんだなぁ」
その事に今更ながら驚く。昨日の時点で薄々予想はしていたが、実際に太陽が昇ってくるところを見ると感慨深い。
俺とグレンの部屋は南側に面していて、大きな窓が取り付けられていた。そこからはなんと、〈アルバン〉の景色が一望できたのである。どうやら、[陽光の宿]の南側に高い建物が無く、また周りより高い所に位置していたようだ。
「思いがけずいいとこを当てたな」
太陽の日差しに目を細めながらそう呟くと、部屋の扉が開かれた。振り返ると、タンクトップ姿でタオルを首に巻いている大男が立っていた。
「朝練か、グレン」
「おう。日課は続けてこそってウォドルさんも言ってたしな」
正体はグレンだ。こいつは早朝素振りや筋トレをすることを日課としていて、今まで欠かしたことは一回もない。もちろん、〈カリャ〉を出発してからも毎日やっていた。
「二人とも、もう起きていたのね」
すると、グレンの後に続くようにソフィアも入っていた。もう着替えたらしく、昨日会ったように魔法衣を着ていた。
「...グレン、貴方は何で汗だくなのよ」
「朝練だ」
「相当激しく動くのね」
「まぁな。ちょっと殺り合って来たからな」
そう言って笑みを浮かべるグレンだったが、俺とソフィアはその言葉に疑問を感じる。
「おいグレン。お前、一体何と戦ってきた...?」
「んーと、昨日会ったあのでけぇやつだな!」
「まさか、バンカーレックス?」
「あぁ、そんな名前だったか」
グレンの能天気なその言葉にソフィアが思わず頭を抱える。
「貴方ねぇ...それで、倒したの?」
「あぁ。胴体をこう、バッサリと」
「グレン。お前やっぱり根に持ってんじゃないのか?」
「ちげぇよウォロ。ただ俺も自分の力を試したかっただけだぜ」
「はぁ...」
ソフィアが重い溜息をつく。まるで、俺らが何かおかしなことをしたかのようなその態度に、グレンが思わずかみつく。
「おいおい、なんだその反応」
「いやね? 初心者パーティーのうち二人がソロでCランクの魔物を倒すなんて、普通あり得ないから。変なやつに目を付けられるわよ、絶対」
「まぁ、残る一人も詠唱破棄できるしなぁ?」
「うっ、うっさいわね!」
ソフィアが顔を赤らめたところで一回退室してもらい、俺とグレンは着替える。ものの数分で準備を済ますと、荷物を取りに行っていたらしいソフィアと合流し、一階へ。
受付には、昨日と同じく猫を膝に乗せ、新聞を読むガルセンさんの姿があった。彼は階段を下りてくる俺達に気が付いたのか、新聞を畳むと猫と共にわざわざ出てきてくれた。
「おはようございます」
「おはよう。よく眠れたかね?」
「おかげさまですっきりだぜ」
「そいつは良かった」
俺はガルセンさんに二つの鍵を渡す。
「出るのか?」
「はい。戻るのは日没後になると思います」
「分かっている。部屋の掃除とかはどうする?」
「俺らのとこは大丈夫です。ソフィアは?」
ソフィアは逡巡したのち、一つ頷いた。
「と、言う事で」
「相分かった。そんじゃ、気ぃ付けてな」
「ありがとうございます」
俺達はガルセンさんに会釈を返し、宿の扉を開けた。
重厚な扉を開けると、昨日と何ら変わりない喧騒が俺達を出迎えた。
「気分上がって来るぜ...!」
「さて、それじゃあ初
「おぉー!」
俺は二人にそう言うと、意気揚々と受付カウンターへと向かう。そこでは、リズさんがせっせかと作業をしていた。俺はそこに声を掛ける。
「リズさん、おはようございます」
「おはよう、ウォロ君。グレン君と、ソフィアさんも」
「おう!」
「おはようございます」
朝の挨拶も済ませたところで、さっそくリズさんがいくつかの
「ウィンドウルフ殲滅...ホーンラビットの巣破壊...ミネラルスネークの掃討...」
「これ、全部討伐系じゃねぇか!」
俺の横でグレンが叫ぶ。横ではソフィアが頭に手をあてがいやれやれとでも言いたげに首を振っている。
「聞いたわよ? なんでもCランクのバンカーレックスを討伐したとか。ホント?」
「ああ。俺も今朝一狩り行って来たぜ!」
そう言ってグレンがバンカーレックスの牙を見せつける。褒めてくれるリズさんとは裏腹に、ソフィアの顔が何とも言えない表情になっていく。
「それを聞いて、君達には薬草採取なんてちまちましたものよりも、これらみたいにガツンとしたものの方が良いと思ったのよ」
「こらリズ、ちまちましたなんて言わないの」
「あら、つい昔の口癖が出ちゃった」
「まったくもう...」
後ろからリズさんをたしなめる女性が一人。深緑の瞳にブロンズのショートヘア。そして何より、そのとがった耳が特徴だ。そう、彼女はエルフだった。
こんなところにエルフがいる、という事に少しテンションが上がると同時に、俺は彼女と会ったことがあることに気が付いた。
「もしかして、昨日の?」
「...あぁ、昨日の子か」
彼女はそう言うと、わざわざこっちに来てくれた。
「私はアリサ。見たとおりエルフよ。リズとは同期でね。一時期パーティーも組んでたかしらね」
「そんなこともあったわね。っと、無駄話は控えなきゃ」
「そうね。それじゃ」
アリサさんはそう言うと、俺達に手を振りながら奥へと向かう。それに会釈を返しながら、俺はどの依頼が良さそうか考える。
「俺はウィンドウルフ殲滅が良いと思うぞ。〈カリャ〉でも相手してたし勝手を知ってるからな」
「私はミネラルスネークがいいわね。鉱山資源を落とすことがあるからお金も集まりやすいと思うし」
グレンとソフィアがそれぞれ意見を述べる。そして悩む。なんせ、俺はホーンラビットを選びたいからだ。奴らの肉は柔らかくてうまい。
考え抜いた結果。俺は閃いた。
「よし」
「おっ、決めたのか」
「どうするの?」
三人が注目する中、俺が選んだのは...
「これでお願いします」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます