[陽光の宿]
喜びもつかの間。俺達はぐったりとしながら夜道を歩いていた。
「先に宿を決めときゃよかったなぁ」
「言ったところで遅いわよ。まぁその気持ちには同感だけどね...」
「と言うより、これは完全に道に迷ってるなぁ」
そう。俺達は現在進行形で道に迷っていた。
この街は広すぎるだけでなく、整備されていない路地が多くあった。中央の大きな通りから少し逸れるだけでそこは迷路へと変わり、初めてきた者達に牙をむく。
「これが都会の洗礼ってやつか」
「それは違うと思うけど」
俺が思わずつぶやいた言葉にソフィアがツッコミを入れる。しかしその言葉に力はない。何せこの街に着いてから何も食べてはいないのだ。興奮していたとはいえ、もう少し先を考えて行動するべきだったと、この日何度目か分からない後悔が胸に押し寄せる。そんな時だった。
「おい、あれって宿じゃないか?」
グレンのその言葉に俯かせていた顔を上げる。指差した先を見ると、そこには[陽光の宿]と書かれた看板があった。しかし、その不自然さに首を傾げる。
「なぁ、ここって...」
「どう考えても陽光なんて入ってこなさそうだな」
今は夜だから分かりにくいが、俺達がいる路地は道幅がかなり狭く、また建物も密集している。しかも、宿は北側に面していて、とてもじゃないが太陽の光が入ってくるほどの場所には見えない。
「仰々しく書いてはあるが...」
「とにかく、今更選り好みしている場合でもないし、入ってみましょう」
ソフィアのその言葉に首肯し、俺達は恐る恐る[陽光の宿]へと足を踏み入れた。
場所こそ細く曲がりくねった路地の先にあったが、建物の中は綺麗だった。狭くもなく広くもない。落ち着いた木の温かみが俺達の心にしみわたる。
ホッとひと息ついてから受付へと歩み寄ると、そこには猫を膝に乗せ、新聞を広げて椅子に座る男の姿があった。
「すみません」
「...何の用だ。冷やかしなら失せろ」
「い、いや。宿を探していまして...」
そう言うと、男がバッと新聞から目を逸らし、俺達の方を向く。そのまま見つめ合う俺と男。
「え、っと...」
「...こりゃ失礼。なんせ久しぶりの客なもんでな。思わずバカにしに来たのかと思っちまった」
男はそう言うと、新聞を傍に置いて椅子から立ち上がる。よく見ると、その右足が膝からなく、代わりに棒が付けられている。
「あぁ...こいつのことか」
男は俺の視線を読んだのか、義足を軽くたたいて笑みを浮かべる。
「俺も昔、冒険者だったんだよ。だが、いろいろあって足を失っちまってね...そんで嫌々この宿を継いだのさ」
「そうなんですね...」
「おっと嬢ちゃん。そんな顔せんでくれ。俺はもう受け入れたからなぁ。っと、自己紹介がまだだったな」
男は俺達に手を差し伸べながら言った。
「俺の名前はガルセン・レイダーってんだ。今はここ、[陽光の宿]の宿主だ」
返すように、俺達も自己紹介を返す。それが終わると、ガルセンさんは宿について説明を始める。
「ここは一泊銅貨7枚だ。安いと思うだろうが、残念なことに飯は出ないし風呂もない。裏庭に井戸だけはあるから、軽く汚れを落とすだけでいいならそこを使ってくれ。後は特に言う事はねぇな」
「ガルセンさん。公衆風呂って近くにあったりしますか?」
そう聞いたのはソフィアだ。冒険者になったといえど、流石に入れるなら風呂に入リたいか。まぁ、俺もだが。
「そうだなぁ...あぁ、この近くにゃねぇが、ギルドの横っちょにあるって話を聞いたことがあるな。すまねぇが俺も詳しい場所は分からん」
「そうですか。ありがとうございます」
ギルドの近くなら明日リズさんにでも聞けばわかるだろうと俺は思った。多分二人もそう考えているだろう。
その後、俺達はひとまず5日泊まることにした。1人当たり合計銀貨3枚支払う。まさかたった一回で父さんから貰ったお小遣いを使い切るとは思っていなかった。少し割引してくれたおかげで貯金まで出すことにはならなかったが、これはますます
「そんじゃ、これが部屋の鍵だ。何かあったら俺に行ってくれ」
鍵を二つ受け取り、頷きを返すと、階段を上って二階の客室へと向かった。ひとまず男と女に分かれて荷ほどきを済ませると、男部屋の方に集まり、これからのことについて話すことにした。
「...とはいっても、最優先は」
「「飯だな」」
そう。俺達はいまだに何も食っていない。流石に空腹が限界に来ている。
「だけどよウォロ。もう金がねぇじゃねぇか。確かに貯金があるにはあるが、そんなに多いわけでもねぇぞ」
俺とグレンは村にいたとき、実戦訓練で得たアイテムを行商人を通してお金に換金していた。しかし、全て足しても銀貨一枚にも満たない金額だ。折角なら初日くらいしっかりしたご飯を食べたい。
「私も心もとないわよ。奢れとか言わないでしょうね」
「流石に言わないよ、そんなことは」
俺はソフィアの言葉に苦笑いと共にそう返す。そして、得意げな顔をしながら人差し指を立てる。
「俺に考えがある」
俺達は場所を再び戻し、ギルドへとやって来た。
「人が少なくなってるわね」
「たいていの奴らは酒場にいるんだろ。夜だしな」
グレンの言葉が的を射ている。場所によってはギルドの建物と酒場が一緒の所もあるらしいが、ここは違ったようだ。
それはさておき。俺は足を進め、受付カウンターの右側にある窓口へと進んでいった。
「こんばんは。素材の買取ですね」
「はい。ここに来るまでに採ったものですが、大丈夫ですか?」
「全然平気ですよ。冒険者カードをお願いします」
受付嬢の言葉に従い、つい数時間前に得たばかりの冒険者カードを取り出す。それを受け取った彼女が機械を操作している間、俺は背負っていた木箱からいくつか選んで卓上に並べていく。
受付嬢は微笑みながら俺の動きを見ていたが、あるものを取り出したとたんに驚いた表情をした。
「まさか、これって...!」
「バンカーレックスの牙です。これもこの街に来るまでの間に討伐した時の物です」
俺がにこやかにそう言うと、受付の女性は牙と冒険者カード、そして俺の顔を何度も見返す。
「...失礼ですが、ウォロさんはEランクですよね?」
「はい、そうです」
「それでいて、Cランクに該当されるバンカーレックスを討伐したと?」」
「そうなりますね」
「ランク差が二つもあるんですよ?」
「そうですね。もしあれでしたら血液もありますよ? これを調べればこれが俺の力なのかそれとも違うのかがわかると思いますが」
俺はそう言って血液の入った小瓶も取り出して置く。バンカーレックスの血液が消毒薬に使われることを知っていたからこその行動だった。
薬の素材は新鮮さが大事だ。血液の色は真紅。鑑定を生業としているであろう彼女ならほぼ新鮮であることを示している事がわかる筈、という事を見越しての提示だ。出来ればここで売りたくはない。薬屋の方が高く買い取ってくれるからだ。
「...嘘、ではないようですね」
「嘘を言ってどうするんですか。もしさっさとランクアップ、もしくは金稼ぎをしたいのならば、もっと上の魔物の素材を持ってきますよ」
「ごもっともですね。正直新人と侮っていました。ウォロさんは頭の回転がお速いようで」
「いえいえ。そう言ってもらえて光栄です」
そんな俺と彼女の応酬を少し離れたところから見ていたグレンとソフィアは、何とも言えない表情をしていた。
「んんっ。では、今回買い取る物はこちらで以上ですね?」
「はい。これで全部です」
血液を回収し、彼女の言葉に頷く。すると、素材の入った籠の代わりに、硬貨の入ったトレーが出された。
「今回の合計金額は銀貨五枚と銅貨八枚です。お確かめください」
「確かに。夜遅くにすみませんでした」
「いえいえ。これも仕事ですので」
俺は彼女に会釈すると、踵を返してグレン達の方へと向かう。
「これが考えってやつか」
「と言うかウォロ、あなたいつの間に血液なんか採取していたのね?」
「あぁ。後は眼球とか睾丸とかも取ってあるぞ」
「......」
その言葉にソフィアの顔が呆れを通り越して嫌悪に変わっていく。
「そんな顔をされても困るんだが...」
「まぁ、少し衝撃が強いからなぁ。あの反応も仕方ねぇよ」
グレンがやれやれとでもいうように肩をすくめる。
「ま、まぁさ。これでお金も手に入ったし、今からご飯を食べに行こう!」
「その前にアンタはその木箱を置いてきなさい」
「アンタって...それに、わざわざ置きに行く必要もないだろ」
「私は嫌なのっ!」
ソフィアがそっぽを向いて先に行ってしまう。思わず首を傾げる俺の肩に、グレンが手を置く。
「まぁ、仕方ねぇな」
「何が何だかさっぱりだ...」
そして俺らは小走りでソフィアの後を追いかけた。
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