第1部 力の原点

第1章 長き旅路の始まり

旅立ち

「ようやくこの時が来たのか...」


 頭上から照り付ける太陽の光に目を細めながら、俺は感慨深く呟く。その傍らには背負えるように加工された木箱が置いてある。


「あいつはまだなのか...?」


 逸る気持ちをどうにか落ち着けつつ、相棒が来ないことに首を傾げる。すると、そんな俺の眼に、見知った赤い髪と大きな体が見えた。


「ウォロ! 待たせて悪い!」

「ったく、昨日あんなに騒ぐからだぞグレン。言ったとおりになったじゃねぇか」

「ほんとに悪い。けど仕方ねぇじゃねぇかよ」


 俺がグレンと呼んだ大男はニッと笑って言い放つ。


「なんせ今日は、待ちに待った旅立ちの日だからな!」




 《ファーリエンス王国》南端に位置する小さな村がここ〈カリャ〉だ。この村で育ったのが俺、ウォロ・カルゴンと親友のグレン・アルベス。俺達、と言うより俺が先日17歳を迎えたことで二人とも第一次成人を迎え、村を出ることを正式に許された。だから俺達は今、村の玄関口にいるわけだ。


 俺の腰には鉄鋼で造られた直剣が鞘に入って吊るされている。装備はできるだけ軽くするため、防具らしいのは鉄製のブレストアーマーと膝あてや肘あて、ワイバーンの皮でできたレザーコートくらいだ。後は足元に置いてある木箱と腰に着用しているポーチ、短剣くらいか。


 一方グレンは背中に背丈ほどある大剣を背負い、頭以外を防具で固めている。盾こそないが、その防御力はそれなりに高い。その腰には俺と同じように回復薬や小道具を入れるポーチと短剣が刺さっている。


 グレンと装備をざっと確認していると、遠くからまたもや見知った顔が二つこちらにやって来るのが見えた。しかも今度はどちらもおっさんだ。


「ようやくこの時が来たなぁ二人とも。俺が鍛えた防具と武器はどうよ?」

「おっちゃん。すげぇなこの防具は。鉄製なのに全然重さを感じねぇぜ」

「はっはっは。当たり前だろうが。そいつら全部軽量化の魔法を刻印してあるんだからな! そこらの防具屋じゃも買えやしない」


 そう言って快活に笑うのはこの村一の鍛冶師、バルク・セノハンだ。本人も言っていたように俺やグレンの装備をほぼすべて用意してくれた。見返りとして材料集めに駆り出されはしたが、そうして当然と言える仕事をしてくれた。


「ウォロ、グレン。とうとうだな」

「そうだな、父さん」


 俺に声を掛けてきたのが、俺の父でありこの村の兵長であるウォドル・カルゴンだ。バルクさんとは旧知の中で、父さん自身の装備もバルクさん謹製だ。父さんは若い頃王国の騎士団に入っていたこともあったらしく、40を超えた今でもその実力は折り紙付きだ。実際に、俺やグレンに指導をしてくれたのも父さんだ。


「流石に所持金ゼロじゃ辛いだろうから、これを渡しておく」

「ありがとう。大事に使うよ」


 渡された小袋を手に取り、軽く振ると、金属の触れ合う甲高い音がした。こっそり中を確認してみると、銀貨が6枚入っていた。1人当たり3枚だ。この村の宿屋が一泊銀貨1枚しなかった覚えがあるから、まぁ妥当だろう。それに、俺達には今まで溜めてた分もあることだし、そんなに多くもらう必要はない。


「忘れ物はねぇか? 大丈夫なのか?」

「おっちゃん、そんなに心配しなくたって大丈夫だって」

「まぁお前達だったら大丈夫だろうが、たまには顔を見せに来い」

「もちろんだよ父さん」


 俺達はそれぞれ言葉を交わすと、村に背を向ける。


「ウォロ」


 歩き出そうとした俺の背に声が掛けられる。


「...元気でな」

「ああ!」


 父さんの言葉に元気よく答えると、地面を蹴って走り出す。


 冒険が、始まる。



       〇   〇   〇



 数時間後。出発した時はまだ東の方にあった太陽は真上を通り過ぎ、今や空を茜に染め上げていた。


「さて、そろそろ野営の準備を始めるか」


 そんな空の様子で大体の時間を把握した俺は、グレンにそう提案した。グレンが頷いたことを確認し、街道から横に逸れる。


「確かこっちのほうに川があったよな?」

「村から続いてるあれか。あそこじゃねぇのか?」


 グレンが指差した先には、小石でできた広い場所があった。よく見ると、その先に小川も確認できる。


「野営の仕方は覚えてるか?」

「もちろんだ。俺は寝床の準備すっから、ウォロは飯を頼む」

「分かった」


 グレンと役割を確認し、それぞれ準備に取り掛かった。


 まず手頃な枝を拾ってきて、魔法を使って火を起こす。小さな鍋に入れた水が沸騰するまでの間に木箱から干し肉、近くに生えていた香草と茸をそれぞれ加工していく。そして具材を鍋に入れ、ゆっくりとかき混ぜていく。保存がきくように干し肉が塩辛くなっているため、味付けは必要ない。これは父さんに教わったことだ。


 味が染み出すまでの間、グレンは石ころをどけて寝やすい環境を整えたり、倒木をその大剣で叩き割って簡易な椅子を作ったりしていた。これはバルクさんが教えていた気がする。


 そんなこんなしているうちに日は完全に沈み、満天の星が頭上で輝いていた。遠くから響く夜行性の鳥、オウルの静かな鳴き声を聞きながら、俺達は『旅をしている』ことを強烈に感じていた。


 それからさらに立つこと数分。今日の夕食が完成した。名前を付けるなら干し肉と茸のスープと言ったところか。


 俺とグレンは椅子替わりの倒木に腰かけると、焚き火を明かりに初めての野営を始めた。


「...うめぇなこのスープ。やっぱ野営の飯はいつものとは別の意味でうまい」

「同感だ。にしても...」


 俺は空を見上げると、胸にこみあげる思いを口に出した。


「俺らは今、旅をしてるんだな...」

「...そうだな。夢に見た旅だ。今でも少し信じられねぇけど、俺らは今、旅に出てんだよ」


 暫しの間静けさが漂う。聞こえるのは森のざわめきと焚き火の音だけ。それが俺達に『旅をしている』という実感をもたらす。


「そういやさ」


 そう声を上げたグレンは、空になった皿を地面に置きながら話す。


「俺らは今〝アルバン〟って言う街に向かってんだよな?」

「ああ。それで合ってる」

「んで、到着したら冒険者ギルドに加入する」

「そうだ」

「そんでもって、その後のことは未定、と」

「そうだな」


 〈アルバン〉とは、《ファーリエンス王国》内でも王都に次いで大きい街だ。ここは商業都市として栄えていて、年中商人が集まる街として有名だ。また、冒険者ギルド都市支部もここに有るため、冒険者を目指す者達はたいていこの街にやって来る。俺達もそのうちの1人、と言うわけだ。


「そういや一回だけ言ったことがあったっけか」

「確かあれは5年前くらいじゃないか? バルクさんの弟子が見聞を広めるために外に出るってのを見送るため、だった気がする」


 あの時は〈カリャ〉との圧倒的な面積の差と人の多さにびっくりした記憶がある。そこが一番最初の目的地だってことを強く感じたっけ。


「ギルドに加入したら、晴れて冒険者だな!」

「だが二人だけじゃ心細いな。せめて一人、それも魔術師が良い」

「出来るだけ回復薬の消費も抑えないといけねぇしな。見つかると良いなぁ...」


 グレンが呟くのを耳にしながら、俺は冒険者ギルドについてもう一度思い出す。


 ギルドには様々な依頼クエストが寄せられる。飼い猫の捜索から薬草や鉱物の採取、魔物討伐、護衛等々。簡単に言えば、冒険者とは何でも屋のようなものだ。ただし定住している人たちとは違って住民税がとられないため、自由である。それが冒険者の一番の利点だと思う。


 確か、冒険者ギルドにはパーティー制度がある。人数は三人からで、その中で最もランクの高いものがパーティー全体のランクになる。ランクによって依頼も分けられていて、ランクが高いほど高額の報酬を得れるために高ランカーをパーティーに引き入れるという手もあるが、それだけ難易度も高いため精々一つから二つ上のランクの人がいいって父さんは言っていた。ただ、できれば同じランクの人が良い。


「これから一体どうなるんだろうなぁ」


 思わず口からこぼれたその言葉は小さかったもののグレンの耳に届いたようで、グレンは笑みを零すとこぶしを突き上げた。


「そんなことわかる訳ねぇじゃねぇか。ただ確かなのは、俺らだったらどんなこともへっちゃらってことだけだ。そうだろ?」

「...あぁ。その通りだな」


 俺はそう言って、グレンと拳を合わせる。


「もう旅は始まってんだ。精一杯楽しんでいこうぜ!」

「ああ!」


 そんな二人の様子を、夜空を照らす星たちが柔らかく見守っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る