第三惑星《ネージュ・ミーガ》
死神の鎌は砕かれた。
ネージュ・ミーガは課せられた使命を見事達成し、竜を単身で屠った人間として一躍時の人となり、ひっきりなしに来客があるようになった。
彼女は律義に否定しているが、少なくとも死神にとって都合のいい結末にはならなかったのだから、大衆にとって都合のいい顛末になろうとどうでもいい。
しかし真実が伝わらないことを不満に思っているらしいのもそうだが、本当に客の数が多すぎて応対が面倒になってきたのか、最近ではネージュはあまり外出しなくなった。
幸いにして、腐っても鯛の諺そのままに、全身丸焦げというとんでもない悪状態でも竜は竜だった。ネージュと山分けにしてもお互いあと一年は暮らせそうな額が手元に残ったので、冒険者稼業を急ぐ必要もない。騒ぎがせめてもう少し落ち着くまでは休養期間ということで、アムクゥエルも加え三者で一致した。
ただ、金銭の問題はないとはいえ、身体という資本は使わなければ鈍ってしまう。
鍛練の相手としてネージュは思っていた以上に都合が良かった。
槍は扱わないので足運びだけでも見て学ぼうかと思ったが、千人舞踊に数多の武具を使っているだけあって短剣にも明るいようだ。
さすがにそれひとつでやってきたこちらに優るほどではないが、そう劣っているというわけでもない気がする。
「しかし、なんでいちいち別々の武器を?」
「隊列を組むのに分かりやすいからです」
「なるほど」
ベンチに腰かけて水分補給のついでに訊ねると、簡潔な答えが帰ってきた。タオルで汗を拭いたネージュが隣に腰かける。
「私も質問をしても?」
「どうぞ? 答えるかはわからんが」
「では、何か欲しいものは?」
「……なんで?」
「お礼……というよりは、お祝いでしょうか。無事に全て収まりました、ちゃんちゃん」
「元々俺の撒いた種に付き合わせたみたいなもんだろ。お前こそ何かないのか? 俺って結構懐が温かいんだぜ」
同額がネージュの懐にもあるわけだが。
「私には何も。あなたの側にいられれば、それで」
「……やっぱ金持ちはそれだけでモテるもんなんだな」
「あは。それはそうでしょうね」
向けられた瞳の色は読めなかった。
今までに向けられたことのない色だったから。
「で、何かないのか?」
「あなたこそ。それを聞くまでは話しません。私は十分祝福されましたが、あなたを祝う人が誰もいないのでは倒された竜も浮かばれない。せめて私は心尽くしのものを。アムクゥエル嬢のように日々の歓待では示せませんから」
アムクゥエルは、付き合いが長いだけあって、素直な好意を受け入れ難く思ってしまうひねくれ者のことをよく理解していた。表向き普段通りに、しかし翌日の夕食では輪をかけて豪勢な料理を並べてくれた。
「ああ。それか日々の歓待で示しましょうか?」
「例えば?」
「ほら、夜のお供とか」
「その素面で下ネタ言うの止めろよ。扱いに困るから」
「あは、失礼しました。それで、何かありませんか?」
「……そうさな」
自分が欲しいもの。彼女に望むもの。
ああ、そういえば、己はなぜ組合での揉め事が起こったあの日、彼女に固執したのだったか。彼女の何を願っていたのか。
「──ああ」
「思い当たりましたか?」
「思い当たったさ」
最果ての街カンシアの出身と聞いて。父同士に親交があったと聞いて。心の奥で望んでいたのは、きっと、自分の知らない父の姿を。英雄ではないゼン・ベックマンを知りはしないかと、そう願っていたのだろう。
「昔のお前の話を聞かせてくれよ」
そして、いま願うものは少しだけ違っていた。
ネージュは束の間驚いたようなとぼけたような顔で固まっていたが、やがてにっこりと微笑んで。
「では、私の欲しいものも同じですね」
「聞いてて楽しいもんじゃねぇけどな」
「それはお互い様でしょう」
「かもな」
「それではまずは、私から」
ゆったりと深く腰かけて、ネージュの思い出話に耳を傾けた。
背中に伝わる木の温もりを、きっと彼女も感じている。
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