幻想殺しの烈日

 幸いなことに、竜は街にはそれほど近づいていなかった。

 つい数刻前に逃げ出したときと、その様子はほとんど変わっていない。


「よう。元気そうだな。雷にでも打たれて死んでくれてりゃ一番良かったんだけどな」


 本当に当たったら逆に生き生きしそうな気もするが。雷吹くヤツだし。

 そんな軽口を解すわけもない竜は、力強く咆哮した。

 雨を切り裂いて襲い来る雷を木々の合間を縫ってかわしながら接近。鋭い音を立てて着弾を受けた生木が炎上し、背後で赤々と輝く。まるで炎の波が迫ってくるようだ。


「抜けてくれれば楽なんだがな」


 若干祈るような気持ちで聖剣に手をかけ、鞘を引く。

 竜に勝てる手段といえばこれだけだ。果たして──すらり、鋭く軽い音を聞く。

 直後、背後から注ぐ燐光すらかき消さんほどの絶対の銀白が開帳した。

 どぷんと音すら聞こえそうなほどの莫大な魔素が剣身に集約され、撃滅の光へと変換されていく。


 そして、天に座します御神より奇跡を賜りし幼日のように、白の光輝の内に浮かび上がってきた、その冠名タイトルうたい上げる。


「──祈り奉る逆光魔剣クラウソラス再鍛セカンド──!」


 光は雷を正面から打ち消して直進し──しかし竜は、己の不利を悟って回避に転じていた。

 視界を覆い尽くさんとする範囲をもつ逆光魔剣だが、それでも、竜の動きが僅かに速い。


 必殺の一撃だった。

 しかし、片翼を奪うにとどまった。

 そして、必殺技とは、必ず殺す技ではなく、それで必ず殺さなければならない技のことを言う。


 翼の片方を失い、荒れ狂う竜が再び咆哮した。

 自棄を起こした子供が玩具箱をぶちまけるのような、取り留めなく容赦のない蹂躙。

 ただ狙われるよりも回避は数段難しく、加えてこちらの足は聖光の放出に踏ん張った姿勢のまま止まっており、更に言えば先ほど束ねて撃ち放ってしまったせいで、周囲の魔素は目に見えて枯渇している。聖剣での迎撃はできない。


「まあ、結局こうなるんだよな」


 焦りも恐怖もなかった。それは閉め出した扉の向こうに置いてきてしまった。

 もともと、聖剣は抜ければ儲けものくらいに考えていたのだ。この戦いに、勝ちを望んではいなかった。

 リオ・ベックマンは弱いから。

 だから、あとはどうるかだ。


 なおも臨界と放出を続ける『息吹』。第一波を五体満足で避けられたのは半分以上運だ。

 どちらにしても、喉と気力さえ残っていればどうでもいい。


固有術式プロトコード解放アクティベート──幻想殺しの烈日ファンテクス・メロウ


 幻想ゆめ殺し。ありとあらゆる幻想を現実へと繋ぎ止める外法。クウィンヒー卿は、大英雄という幻想が人間であった証、英雄の息子であるという出生から出で来たものではないかと推測していたが、結局のところ固有魔法の性質なんて天の気まぐれ。そのあたりは論じるだけ無駄だ。

 いまここで使えるということだけで言葉は足りる。


 魔法を物理に変える。

 これはかなり扱いづらい性質だった。特に防御、それも持続操作が必要な魔法に対して用いるには。

 例えば眼前で迫る『息吹』の雷にこの魔法をかけたところで、それは物理の雷に変わるだけだ。状況は何も改善しない。

 それどころか、物理存在となり一時的に魔法操作を脱した雷は、まさしく自然の雷となって、術者である竜すらもを呑み込んで暴走を始める。

 すぐに念動の魔法あたりを使用すれば多少違うが、固有魔法である以上完全に初見殺しな上、再度物理化を受ければ念動の魔法自体もすぐに暴走する。


 引き分けるにはこれ以上ない、リオ・ベックマンの最後の切り札。盤上狂わせの神秘の禁じ手は、いまここに顕現した。


 光がある。前面には白く輝く稲妻が。背後には赤に燃える地獄が。

 そこに一切の影は存在できない。ものみなすべてが光に染まる。


 余りある結末だ。

 己が雷に焼かれる竜を、最後の目に焼き付けようと、顔を上げて。

 

「──抗い続く不滅の魔剣デュランダルッッ」


 しかし目の前に影を見た。逆光を受けて輝く姿。


「ああ──良かった。ようやく。守れましたね」


 色の薄い髪は揺れるたびヒカリに溶けていくよう。

 異郷の少女、ネージュ・ミーガ。

 光の奔流の中にあってなお光輝く槍を携えて、ネージュがそこに立っていた。

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