第四話 千人舞踊

千人舞踊 1

「おはようございます」


 マオと二人で朝食を取っていると、朝の鍛練帰りと見えるネージュが食堂を通りかかった。


「早う!」

「ああ。身体の調子は?」

「問題ありません。いつでも出撃できます」

「……てか、やっぱ朝飯食った方がいいんじゃねぇか」

「幼少から周囲の人間がみな毎日二食でしたので、むしろ食べることに違和感があります。健康にはよくないとは分かっているのですけれど」

「そういう文化なのかね」

「おそらくはここ百年で出来たものでしょう。魔王の脅威に晒され続けていて、十分な食糧が確保できていなかったのではないかと」

「それっぽいな。まあいいけど」

「せっかくの美味だがなぁ」

「あは。ところで、今日はどうしましょう。そういえば具体的な予定は話していませんでしたね」

「ああ……そうだな。特にないなら、組合に行って決めるか」

「お心のままに」

「……ふむ? 昨夜の駆け落ちは功を奏したか?」

「駆けっ──」「は?」

「随分と顔が柔こくなっているではないか。お主も罪な男よの」


 見られていたのか。あるいは、夜半時まで戻らなかったことからのカマかけだったかもしれないが、どちらでも同じことだ。


「……まあ、罪な男っちゃ罪な男だけどな。存在が」

「あは……。ええと、単純に、長年の胸のつかえが晴れただけかと」

「よいよい。ま、どちらにせよ、稼業ならば我は外そう。戦いは好まぬ」


 まあ、戦闘なんて敵意と害意の具現だしな。


「んじゃ、お嬢様にお出かけを伝えといてくれるか?」

「あいわかった。でえとじゃな」

「やめろよな」

「かか、冗談よ。怪我のないようにな」

「ああ」

「武具は持っていきましょうか?」

「あー……身軽な方がいいかもな」


 あの固有魔法を使わないと太刀打ちできない相手と戦うつもりはない。ならば荷物が増えるだけだろう。

 それに昨夜の尾行の疑いもある。万一のとき逃げるのにあれでは不向きだ。加えて──武器がないとしても、やりようはありそうだ。


「分かりました。では、そのように」


 その後簡単な身辺の準備を経て、ネージュと組合に出向する。二人で掲示板を眺めていると、不意に職員から声がかかった。


「ネージュ・ミーガ氏でよろしいですか?」

「はい。何かご用件が?」

「ええ。貴女に、指名での依頼をお預かりしております」

「指名……ね。流石、Aランカー」

「そんな。指名なんて、数えるほどの経験しかありませんよ。ええと、それで、どういった依頼でしょう?」

「広域殲滅です。場所はヴラル大平原。平時はC-Bクラス魔物が跋扈する地ですが、今後の行事予定から予め数を減らしておきたいと、近隣市街のアンヘル行政から」

「……大討伐レイドとしては募らないのか?」


 横から口を挟むのはあまり褒められたことではないが、今回に関しては誰もが同じ疑問を抱くはずだった。

 依頼の発行理由は広域殲滅依頼としてよくあるものだ。しかしこれを個人に向けて発行する意味がわからない。いや、まあ、陰謀の線を考慮しない限りは。


「なんでも、民に無用な心配を与えたくないとか」


 大討伐で声高に安全をアピールしたほうが心配も薄れるだろうとは思ったが、もはやツッコミも野暮だろう。

 十中八九、先日の筋肉ダルマと昨夜の監視を送ったヤツの次の手だ。


「……どうされます?」

「B-C帯っつーことは、殲滅依頼としてのランクはAかBだよな。どっちだ?」

「Bです」

「なら、俺も付き合える。せっかくの指名を無下にするのもマズいだろう?」


 そう──指名依頼は、様々な手数料と煩雑な手続きの積み重ねの先にある、冒険者への依頼として最大と言っていい大口契約だ。それを大した理由もなく断るのは、冒険者としての今後に関わってくる。

 断れないのだ。たとえ罠と分かっていようと。

 黒幕はまだ見えて来ないが、どうもやり口が汚いヤツらしいことは間違いない。


「では、お受けします。彼とのデュオでよろしいですか?」

「はい、パーティー構成に制限はありません。それでは最終契約を、奥のほうで」


 受付の奥にある個室で紙の束に目を通す。

 依頼の概要はもちろん、守秘義務等々への同意を求めるものも多数。依頼そのものが不審であるという点を除けば、それら全てに目立った粗は見当たらなかった。ネージュと二人でサインを入れ、契約は完了となる。


「……どう思われます?」


 冒険者組合から出るなりネージュが不信感を露にした。当然彼女にも違和感はあったようだ。


「マトモじゃねぇことは確かだな。まず間違いなく何かある。多分俺らをヴラルに行かせることか、この街から引き離すことか、それかそのどちらもに意図があるんだろうな」

「あなたについてもですか? 私への指名でしたが……」

「多分俺らがデュオで動いてることを知ってるんだろ。何より、そうじゃないならランクがおかしい。AかBかの境目の依頼なら、普通は大事を取ってAにする。指名依頼なら尚更だ」

「……それもそうですね。それで、どうしましょう?」

「やるしかねえだろ、ご指名なんだから。もちろん、冒険者やめるつもりならバックれるのもいいが。そのつもり、あるか?」


 もちろん聞く前から答えは分かっている。


「いえ。可能ならば、続けたいです」

「だよな。ただ、今日のところは様子見に行こうぜ。期日は来週いっぱいまであるし。……とりあえずアムクゥエルに知らせに行くのが先だな」

「そうしましょう」


 今後の方針を一致させたところで、屋敷に一度帰る。その間も、背後には静かな視線がついて離れなかった。

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