願い願えど 4

 マオの待つ自室に戻る前に、ネージュの部屋の扉を叩く。


「どうされましたか?」

「いや、聞き忘れたんだが、明日はもういけそうか?」

「ああ、はい。もちろん。昨日今日とご迷惑をおかけしました。明日からの働きで汚名を返上できればと思います」

「汚名っつーか、それを言ったら死にかけの酔っぱらいが一番無様だったろ」

「あは。……そうだ、リオ様。リオ様の固有魔法は、魔法の水を物理的な水に変えるものでしたね」

「まあ……そうだが、それで?」


 少し言い淀んでしまったが、ネージュはさして気にする様子もなく続ける。


「一方的に固有魔法を知っているというのは、対等ではないでしょう?」

「そりゃ、そうかも知れんが……気にすんなよ。俺の固有魔法なんて何の役にも立たねぇんだから」

「いえ。私があなたに、知っておいてほしいのです」

「……そこまで言うなら、聞こう」


 ネージュは満足そうに微笑んでから、何かに思い当たったように思案顔になる。


「さすがにこの時間に庭を使うのは迷惑ですね。どこか人のいない開けたところに……」

「待てよ。実際に使って見せる気か? お前自分が今日魔素切れでぶっ倒れたこと忘れてねぇだろうな」

「あは。もう平気ですよ。それに、あまり関係ありませんから」

「あまり関係ない?」

「魔素の残量如何に関わらず、使用後は行動不能になるので」

「なんだよそりゃ……何か用意はいるか?」

「特には。眠れば解決しますが、翻せば、眠るほかに解決手段がありません。帰り道の背中だけ貸していただければと」


 つまり一度使ったらその後は戦闘不能になるということか。


「それまともに使えんのかよ……」

「正直なところ、あまり。ただ、反動はともかく、効果自体は非常に優秀ですから。最後の切り札、という表現がしっくり来ます」


 ある意味固有魔法らしい固有魔法だ。

 少なくとも魔法を物理に変えるなどという際物よりは、遥かに。


「ふうん……今夜眠れば、明日には影響しないんだな?」

「はい。その点はご安心ください」

「んじゃ、行くか。この時間に人気がなくて開けたとこっつーと、どこだろうな」

「そうですね……ああ、闇蝙蝠にリベンジというのは?」

「悪くない」

「では、エンリケ山に」


 ネージュはひとつ頷くと、部屋の壁に立てかけてある武器をひょいひょいと背中に背負い始める。おそらくこれは本当に最後の切り札で、今までロクに使っていないのだろうな、などと妙な笑みが込み上げてきた。

 普段からこの格好なら、極北の姫君よりハリネズミと呼ばれそうだ。


 すっかりトゲトゲになったネージュと共に夜の街を歩く。

 転移扉は冒険者組合前の広場──この間肉ダルマと決闘を行った場所──の隅にまとめて設置されている。ここから十分くらいだろう。


 転移鍵はたいてい高価なので、零細冒険者がそう何本も持てるような代物ではない。そんな彼らにも遠隔地の依頼が受けられるよう、冒険者組合が設置しているのが転移扉だ。

 転移鍵が行先の扉だけを指定したものなら、転移扉は入る扉も指定されたものというだけで、その移動効果自体は同質である。多少の通行料を取られるとはいえ、ありがたいサービスだ。


 ふと、(主にハリネズミ姫に向けての)酔っぱらいたちの奇特の視線に混じって、妙な気配がするのに気づく。気味の悪いほど静かな視線。これは……。


「あの肉ダルマ、意外と手が早い……いや、それか、あいつ自体雇われだったか?」


 あの場で難癖をつけてきたように見えたが、それはもしや理由づけになればなんでも良かったのか? だとすると、非常に面倒な展開だ。


「? どうかされましたか」

「いや」


 勘違いであることを祈りたいが、悪い勘ほどよく当たるのが人生だ。

 夜の内へと思考を回しながら、ネージュと二人転移扉をくぐった。

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