Ep.1 若奥様は恋愛初心者

「………………で?結婚式から同居を初めて以降まだキスの段階で止まってるって?」


 息抜きの名目で招待された王家の空中庭園。頬杖をついた仏頂面の王妃様アイちゃんの言葉に、真っ赤になりながら頷いた。


「こくりじゃないわよ馬鹿もんが!あんた達が結婚式したの春よ、春!今何月よもう秋でしょ、見てご覧なさい庭の紅葉の綺麗なこと!それで?『新婚なのにちょっと流石に健全がすぎるような気がして……』って、相談に来るのおっっっそいわ!!今日日きょうび高校生でもまだ一歩先な恋愛してるわよ!!!」


「はい、仰る通りです王妃様……!」


 勢いよく机を叩いて立ち上がったアイちゃんの怒涛の突っ込みにぐうの音もでない。やっぱり今の状況おかしいのよね、知ってた……!


「はぁ~……あっっっきれた。て言うか、この数ヶ月間一度もそう言う空気になんなかったわけ?」


「いえ、無かった訳じゃないんだけど、その……」


 結婚式の日の夜、初めての深い口づけで私はあろうことか気を失ってしまったのだ。ガイアはそれをかなり気にしているらしく、以降私が少しでも身構えたりしていると引き下がるようになってしまったのである。まさに昨夜の出来事のように。


「そもそも護衛としてうちに来た一年間も何もなかったわけだし、師匠達曰く色事関連は『絶望的にセンスない』って……!飽きられちゃったらどうしようアイちゃん~~っっ!!」


「それだけは絶対あり得ないから安心し……って、あんたら実質同居してたあの一年間本当にプラトニックなままだったわけ!?」


「う、うん。特になにもなかったけど……」


 答えた瞬間、アイちゃんは人目もはばからず思い切りテーブルに突っ伏した。


「や、やっぱり魅力ないかな、私…………」


「そんっっっな訳ないでしょこのおバカ!あんたはガイアスの理性と自制心の強さに感謝しなさい!もうヘタレ通り越して賢者として称賛してあげたい位だわ!!!」


「うぅ、なにもそんな怒らなくても……。そもそも結婚式の少し前から色々お互い忙しくしてたから、タイミングも悪かったんだもの!」


「あぁ、それはまぁ……ねぇ。なんせ魔法学校設立やら他の魔術大国との国交の仲介なんてあんたの旦那にしか出来ないものね」


 そう。二年前のあの事件後、国を守っていた例の結界はガイアによって張り直され、この国……“アストライヤ王国”は正式に、国際魔術連盟に名前が載ることになった。それにあたって国民への魔術への造詣を深めるため、新たに即位したウィリアム王が提案したのが、国立の魔術学校の設立である。その初代学園長になることが内定しているガイアはこの一年大忙しなのだ。


「何せ国内初の試みだし、実際に学校が始動するにはまだ時間がかかるみたい。一度、他の国の魔法学校がどんな場なのかを見てみたいと言ってたわ」


「それは良いわね、今度ウィルにも伝えておくわ」


「えぇ、ありがとうアイちゃん」


「それくらいお安いご用よ。それよりあんたも、旦那のサポートもいいけど休めるときに休みなさいよ?ブランドの仕事だって忙しいんでしょ」


「えへへ、お陰様で」


 アイちゃんの苦言に笑いながら、テーブルにかかった桜柄のクロスを指先でなぞる。

 実は、私が結婚式の際に自分で刺繍したウェディングドレスの桜が評判になり、結婚直後、王都一のドレス店である“ロザリア”からデザインを売って貰えないかと私に打診があったのだ。

 公爵家としての財政もまだ安定しないし、少しでも足しになるならと請け負ってみた所、アイちゃんが王妃として即位式に私のデザインしたドレスを着てしまったからさぁ大変。一気に人気に火がついてしまい、今や“キルシュ”と言う名前の一大ブランドとなってしまったのである。


「あんたとガイアスの恋バナをテーマにした小説、バカ売れしたもんね。キルシュのハートの花びらが可愛い花の刺繍入りのものを身につければ初恋が叶うって、巷じゃもっぱら評判みたいよ」


「そうなの!?もうっ、アイちゃんが小説なんか書くから……!」


 実はアイちゃん、生前ネットで小説を書いていたそうで。あの事件の後に私達の話を元に一冊書き上げて、きちんと商品として売り出してしまったのだ。しかも名前とかは変えてた筈なのになんかいつの間にやら噂まで広まってる!?


「うぅ、お陰でガイアへの横恋慕が減ったのはありがたいけど、やっぱ恥ずかしいよ……!」


 そう狼狽え立ち上がろうとしたら、ふわっと後ろから抱き締められた。驚いて振り向くと、柔らかく目を細めたガイアと視線が重なる。


「何が恥ずかしいんだ?俺としてはセレンの心は俺だけのものだと知らしめることが出来て最高の気分なんだが」


「ーっ!!?」


 ボッと熱の集まった耳に、ちゅっと軽い音を立ててガイアの唇が触れる。

 それを見ていたアイちゃんが、やれやれとあきれ顔で首を振った。


「はいはい、ごちそうさま。何よ、もうウィルとの打ち合わせは終わっちゃったわけ?」


「えぇ、滞りなく。と言うわけで、妻は返して頂きますよ、王妃様」


 わざとらしく敬う態度でアイちゃんとバチバチ火花を散らし、ガイアが私の肩を抱き寄せる。『ちょっと待って』と、抱きついてきたアイちゃんに首を傾いだら、ガイアには聞こえない位の小声で囁かれた。


「多分そいつあんたに初対面でひどい態度取った負い目もあるから、あんたから誘ってやんないと一線越えないわよ。これ、男の理性ぐらつかせる成分入った香水だから、今夜にでもこれつけて誘いなさい!」


「えっ、えぇぇぇっ!?」


 断る間もなくポケットに可愛い小瓶を押し込まれ、怪訝な顔のガイアに連れられ馬車に乗り込む。

 僅か10分の帰路が永遠に感じてしまうほど、心臓がバクバクとうるさかった。









 一方、エトワール公爵夫妻を見送った後の王宮で、アイシラはウィリアムに笑顔の圧をかけられていた。


「確かにガイアスの奥手さには私もやきもきしていたから、多少の後押しくらいは構わないとは思うけどね?初夜に私を『何されるかわかんないから一緒のベッドで寝るのヤダ!』と閉め出した我が王妃は、臣下の閨の世話を焼けた立場なのかな?」


 『ねぇ?』と、首を傾いだウィリアムに青ざめ後ずさるアイシラは、いとも容易く捕まり抱き上げられてしまう。


「エトワール公爵婦人にあんなことを囁いたのだから、当然君自身も覚悟は出来ているのだろうね?今夜は楽しみにしているよ」


「いや、ちょっ、それとこれとは話が……っ!」


 アイシラの抵抗など意に介さず、ウィリアムは寝室に直行した。

 翌日の王宮には晴れ晴れとした表情で職務を勤める若き王と、頑なに王の顔を見ようとしない王妃の姿があったと言う。



     ~Ep.1 若奥様は恋愛初心者~

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