Ep.2 旦那様は新妻をいじめたい

 だいぶ夜更けになっても、ガイアは書斎で書類仕事をしていた。ウィリアム陛下から外交関連で色々と仕事を任されてきたらしい。

 一通りきりのよくなりそうなタイミングを見計らって、夜食と温かい飲み物を用意した。使用人はガイアの意向で夜は敷地内に別に建てた専用の寮に引き払って貰っている為、この時間帯は屋敷には私達しか居ないのだ。


 カップにお茶を注ぎ終えて、ふとネグリジェのポケットから可愛らしい小瓶を取り出す。


(いやいやいやいや!いくらなんでも薬頼みは駄目だよね!?ガイアにだって自分の意志があるわけだし……!)


 ふるふると頭を振って誘惑を振り払ってから、小瓶は割れないよう自室の化粧品入れにしまった。これは今度アイちゃんに返そうっと。




 書斎を覗くと、丁度片がついたらしく机の上を片したガイアの姿が見えた。声をかけようとして、憂いを帯びた表情で引き出しから出した便箋をなぞるその様子に口を閉じる。


 『おめでとう!せいぜい末長くお幸せに!』


 そんな一文だけが記された、手紙とも呼べないような代物。それがガイア宛に届いたのは、結婚式の晩の事だった。何の前触れもなく突然降って沸いたそれに驚き目を開いたガイアが、見慣れた友の字を確かめ呆れたように笑った。あいつらしいと。

 ルドルフさんは旅立つ前、そのめでたい日にガイアの元へとサフィールさんに手紙を預けていたのだ。


 ガイアは私の前では態度に出さないけど、時折こうして、未だ安否のわからないルドルフさんの事を憂いていることを知っている。


(……強がらないで、たまには頼ってくれたらいいのに)


 音がしないようにそっと夜食のトレーを置いて、その広い背中に抱きついてみる。ガイアは一瞬ピクッとした後、自分の腰に回された私の手を優しく握った。


「どうした?寂しくなったか?」


「……うん」


 頷くと、正面を向いたままのガイアの口元が綻んだように見えた。夜用の淡いオレンジの灯りの中、振り向いたガイアが流れる様に私を抱え上げソファーに移動する。


「忙しくて中々時間が取れなくて悪いな。やるべきことが色々多くて」


「えぇ、わかってるわ。大丈夫?あまり無理はしないでね」


 申し訳なさそうな表情をしているその頬にそっと触れると、ふっと柔らかく微笑まれる。『大丈夫だ』と。

 それに若干不満がっているのを感じたのか、

ガイアが苦笑ぎみに私の額に口づけを落とす。


「どうした?機嫌が悪いな」


「えぇ、うちの旦那様が意地っ張りなんですもの」


 寂しいなら寂しいって、言ってもいいのに。

 暗にそう示す私に、ガイアは手紙をしまった引き出しに視線を流す。


「……まぁ、顔を出さなかったと言うことはまだその時じゃないんだろうさ。その内ふらっと帰ってくるよ」


 自分自身に言い聞かせるように呟くその姿をじっと見上げる。


「あ、信じてないな?」


 頷けば、ガイアは困り半分に、でも少しだけ愉快そうに笑った。


「いやぁ、友人ひとりの行方でここまで案じて貰えるとは。妻に愛されてて幸せだな、俺は」


「愛……っ!?もうっ、誤魔化さないで!そんな浮わついたセリフ一体どこで覚えたのよガイアったら……!」


「それこそ、俺相手に女絡みの話題振れる猛者なんざひとりしか居ないだろ」


 ルドルフさんだなー?もうもうもう、うちの旦那に変なことばっか仕込んで勝手に居なくなるだなんて!


「もう、心配して損した。一体独身時代どんなことを吹き込まれてたのか教えて頂きたいわね!」


 ぷいっと顔を背け、ガイアの膝から降りる。が、その瞬間腰に腕を回され、一瞬でソファーに組み敷かれていた。


「……なら、試してみるか?」


「あっ……!」


 薄明かりの中で妖艶に笑ったガイアに、そのまま唇を塞がれる。心まで一緒に絡め取られそうな大人のキスは、長くて。息と心臓に限界が来た辺りで弱々しくガイアの胸板を押した。

 若干名残惜しそうに離れたガイアが、ヘロヘロの私とは対象に余裕な笑みを浮かべている。


「はは、これだけで腰砕けになっているようじゃこの先はまだまだ教えられそうにないな」


「~~~っ!い、息が出来なくなるほどするからじゃない……!もうガイアなんか知らない!私今日はひとりで寝るから!」


「ーっ!?」


 勢い任せについた悪態に、ガイアが固まったのはほんの一瞬で。寧ろ彼を更に愉快そうな笑顔にさせただけだった。


「……ほう。その身体で一人で寝室や客間だけ行けるのか?それとも、ここでこのまま寝るつもりなのかな?」


「ひゃっ……!」


 寝間着用の薄布越しに、ガイアの指先が砕けた私の腰をなぞる。甘い刺激にビクッとなるけど、実際逃げようにも立ち上がれない私。

 さぁ、どうする?と、嫌味な程余裕に色気を放つガイアが、意地悪な笑みで腕を広げた。悔しくて涙目になりつつも、その背中に腕を絡めしがみつく。


「……ベッドまで運んでください」


「畏まりました、お姫様」


 クスクス笑いながら、私を抱えたガイアが立ち上がる。

 『意地悪』と呟くと、ガイアはいっそう愉快そうに笑った。


    ~Ep.2 旦那様は新妻をいじめたい~


 『お前が可愛すぎるのが悪いんだ』と言う反論は、狸寝入りで聞かなかったことにした。


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