Ep.87 歴史の監督者

 ガイア達が捕らえられている塔が振り返っても見えなくなる位歩いた後、るー君が夕暮れのなか徐に振り返った。


「さてと、これからどうする?」


「……一度、実家に帰る。確かめたい事があるの」













 夜の帳も降りた時間。闇に紛れて見上げた我が家はしんと静まり返っていた。一箇所だけ明かりのついた場所がお父様の書斎だ。


「わかってると思うけど、君が脱走した時点で家族の方にも見張りがついている可能性は高いからね。気をつけて」


「えぇ、ありがとう。じゃあ、月が真上に昇る時刻にまたここで落ち合いましょう」


 彼が頷くと同時に風が吹き、一瞬目を閉じた隙にその姿は消えていた。忍者みたいな人だ。


 さて、私も行かなきゃね。


 サフィールさんが魔術をかけてくれた姿を消せるマントを纏い、久方ぶりに自宅に入る。懐かしい空気に緩みかけた気を締め直し、真っ直ぐ父の書斎に向かう。


 ノックはせずに扉を開き、足音もなく書斎に入る。このマントにかかった魔術は上級で、姿どころか物音や気配まで全てを遮断出来る優れ物。

 まして父はこちらに背を向けて何かの書類を書き込んでいるので、こちらから声をかけない限りは私がここに居るとわからない筈だ。


 本当に、父がならば。


「……おかえりセレスティア。帰ったならきちんと玄関から入って挨拶をしなさい、皆心配していたのだから」


 何の迷いも疑いもなく、ごく自然にかけられた声に、予感が確信に変わる。

 マントを脱ぎ捨てると、父がやっとこちらに振り向いた。


「やはり、お父様もなのですね」


「そう……とは、どう言う意味かな?」


 突然現れた私の姿に驚く素振りさえなく、父がいつもと変わらない微笑みで首を傾げる。弱小だろうが貴族の当主だ。腹の読み合いじゃ分が悪い。だから、直球に聞くことにした。


「お父様にも、魔力を無効化する能力があるのでしょう。だから認識阻害の魔術を跳ね除け、私が書斎に入ったことに気がついた。違いますか?」


 真っ直ぐ父の目を見据えて一歩踏み出す。しばし見つめ合ったあと、降参したのは父だった。


「参ったな、その芯の強い目……フィリーネにそっくりだ」


 母が死んでから、父の口からその名を聞くのは初めてだ。儚げに笑みを浮かべた父が、真剣な表情に変わり机の上で指を組む。


「私が話す前に自分で知ってしまったんだね。どこから勘付いたんだい?」


「……現在、無実の罪で捉えられているアイシラさんからこの国の歴史の闇と、他国における魔術への馴染み深さを聞いたので」


 他の国では魔力も魔術師も当たり前に存在する力で、魔力が潤沢に貯まっているこの地はそういった人々から見れば宝の宝庫。まして魔術師の圧倒的な武力に対抗出来るほどの軍事力もない国が、どうやって自国を守ってきたのか。

 話し合いを設けるにしたって対話に向かった人間が魔術で洗脳されてしまっては意味がない。相手の国に行くならば尚更、対等に話し合い正しく条約を結ぶのは不可能だ。危険過ぎて誰もそんな役割は果たせない。それこそ、でも居ない限りは。


「今にして思えば、不自然な点はたくさんありました。家長でありながら、お父様は昔からよく長期に渡り屋敷を留守にしていた。そしてお母様は、それを咎める事もなく当主代理を務めていらっしゃっいました。それに……」


 ざっと部屋を見回しただけでも目に入る、一風変わった調度品や絵画に書物。この書斎だけじゃない。考えてみれば、うちには昔からちょっと変わったデザインのものが当たり前にあった。全て、長期に家をあけて帰ってきたお父様がお土産として持ち帰った物だ。


 それに、ろくな名産も観光地も無い上に財政に乏しい我が家でありながら、スチュアート伯爵領は今まで困窮したことが無い。豊かでは無いが暮らしに困ったことはなかった。そうなる前に、必ず陛下から援助を受けて救われていたからだ。


「お父様、貴方はこの能力を使いずっと他国の使者と対峙し国を影から護って来られた。変わった土産は全て他国の物。そしてその見返りとして、我が家が没落しないよう王家から援助を受けて領地の安定を保ってきた。そうでしょう」


「はは、参ったなぁ。まだまだ子供だと思っていたのに、少ない情報からそこまで正解に近づくとは……」


「……っ、じゃあ……!」


「あぁ、セレスティアの予想通りだ。我がスチュアート家は建国時より代々、国を他国の魔から護り、国内に生まれた魔持ちの人間の抑止力となる役割を賜っている」


 豊かでないにも関わらずうちに子供が多いのは、誰が無効化の能力を継承するかの条件が定かで無かった為。陛下が援助を惜しまないのは我が家が国家への反発を抱かないように。逆に強い財力や武力を持たせないのは、万が一反逆された際に脅威とならないようにだ。モブだと思い込んでいた自分の実家は、とっくに歴史と言う大きな物語の歯車に組み込まれていた。


「今まで能力を受け継いだ者は皆男子だったから、私の跡を継ぐのはソレイユだと思っていた。セレスティアが5歳になる年、隣のエトワール領に魔持ちの少年が現れたと聞くまではね」


 一度目を伏せた父の様子に、実は幼い頃私とガイアの婚約話があったと聞いたことを思い出す。あれは、まごうこと無き政略結婚だったのだ。


 いずれ国の脅威にもなりかねない強大な力を秘めた少年の、正に抑止力として年が近く“異性”である私が、選ばれた。


「男女を末永く共にいさせるならば婚姻以上に最適な手は無いが、これまでスチュアート伯爵家の人間が魔持ちの人間と縁を結んだ事はなかった」


 理由は簡単。現れた魔持ちの人間とスチュアート家の子供達の年が掛け離れていたからだ。極端な年齢差のある二人を無理に婚約させれば必ず理由を勘繰られる。故に今まで現れた魔持ちの人々は力を使う場さえなく、王家の隠密として飼い殺されて来たのだろう。サフィールさんのように。


 だけど、ガイアの時だけはそれが出来なかった。


「彼が生家で一度魔力暴走を起こした事で隠蔽が出来なくなった。と言うのはもちろんだけれど、それだけではない。彼の存在を隠さないと決めたのは、他ならない陛下だ」


「陛下がですか?これまで魔持ちや我が家の力についてひた隠しにしてきたのは王家なのに、何故今になって……」


「先程、自分で言っていただろう?セレスティア。我が家の力はあくまで無効化、故に、対話の場でしか役に立たない。魔力を用いた武力行使に出られた際の対策は、別の所が担っていたのだよ」


 『我が国の周りには、大賢者級の術者でも打ち破れない結界が張られている』


 しかしその結界は、かつての初代魔術師が国の未来を憂いて遺したもの。父の言いたいことが、わかってしまった。


「……弱まってきているのですね、その結界が」


「そうだ。百年前に一度5つの柱で補強をしたが、応急処置にしかならない。本当に元の状態に戻すには、かつての大魔術師と同等かそれ以上の力を持つ者が必須だ」


「……それが、ガイアだった」


 私のつぶやきに父が頷く。ようやく全てが腑に落ちた。

 ゲームのバッドエンドで魔力暴走により国を全て滅ぼすだけの力がある人。たった一人で他の魔術大国にも立ち向かえるだけの可能性を持った人。

 あの強欲な悪役令嬢が、彼に執着するわけだ。


「ただ、陛下は彼を飼い殺そうとしていた訳ではないよ」


「……っ!」


「陛下はね、この国の魔力のあり方を、負の歴史を改変すべく戦って来られた。その負の歴史を食い物にし私腹を肥やしてきた貴族達とね。その筆頭は、お前ももうわかるだろう」


「はい、お父様」


 淋しげに笑った父が、ビロードの箱を私に渡す。そっと開くと、中から現れたのは純白の、珠……。


「お父様、これは……!」


「結界を補強している鍵の一つだ。持っていきなさい。決して、破壊されてはいけないよ。さぁ、もう行きなさい。守りたい人がいるのだろう」


 頷いて、深く頭を下げ書斎を後にする。『子供達の安全はお父様に任せなさい』と笑ったその手の震えには、気づかなかったフリをした。






 屋敷を出る前、私室に寄った。目当ては母の形見の裁縫箱だ。


「お母様、お母様の死は、本当に事故だったのでしょうか……あら?」


 私、鍵なんてかけていたかしら? 

 見覚えのない小さな南京錠に首を傾ぐと、桜模様がキラリと反射する。

 そうだ、ガイアに貰った鍵!


 ポーチから取り出した鍵を恐る恐る、南京錠に差し込む。カチリと軽い音を立て、いとも容易くソレは開く。その瞬間、まばゆい魔法陣に呑み込まれた。


    〜Ep.87 歴史の監督者〜


『長い歴史の裏側に、取り残された一家のお話』


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