Ep.86 仕込みは上々

 まだまだ話したりないが、そろそろタイムリミットだ。渋い顔をしたルドルフが、俺の背後に回り手枷を取り出す。

 『はめるぞ』と言う囁きと共に、後ろ手にされた手首に重たい感触がかかった。ただ魔力を遮断される嫌な感覚は無い。当然だ、これは魔封じではなく、見た目を似せたただの鉄の手枷なのだから。


「ま、こんなもんお前にかかれば引きちぎるなんざわけないだろうけど。流石に外したまんまじゃ怪しまれるからね」


 それから、と。右手に1本の万年筆を握らせられる。元々手紙で頼んでいた物だ。ありがたく袖口に隠させて貰った。


「ありがとう。無理を言ってすまないな」


「別に良いけどさ、何に使うの?そんなもん」


 怪訝そうな問い掛けを、『ちょっとな』と笑ってはぐらかす。 こう言う場合の俺にはいくら問い正しても無駄だと身を持って知っている友は、やれやれと肩を竦め再び手枷への細工に戻った。すでに日が傾き薄暗い塔牢に鎖がぶつかり合う金属音だけが僅かに響く。


「……ま、なんだって構いやしないけどさ。それで?わざと餌撒いてまでセレンちゃんをこっちの牢から移動させたのは何の為?」


 暗に、彼女には聞かせたくない話があるのではないかと。そう言いたいのだろう。全く勘の鋭い男だ。敵に回したくないと苦笑し、冷たい石柱に背を預ける。


「ーー……俺達の処刑の日取りが決まった」


「……っ!」


 今更誤魔化した所ですぐ耳に入るだろう。そう端的に告げたそれに目に見えてルドルフが青ざめた。普段の飄々とした伊達男はどこに行ったと笑うと、不服げな顔を向けられる。


「笑い事じゃないだろ、なんて呑気なっ……「まさかこっちが何の策も講じていないとでも?」ーっ!」


 仕掛けは上々、セレンとルドルフのお陰で証拠カードも揃った。眷族達に集めさせた情報によれば陛下も少しずつながら回復の兆しを見せ始めている。だからこそ、向こうは焦って畳み掛けてきたのだ。それが罠とも気づかずに。


「功を急いた時ほど足元を掬いやすいってことさ」


「……腹黒め」


「いやいや、お前には負けるさ」


「はぁ!?俺は別にそんな鬼畜じゃないしあくどい笑い方だってしないし!てかお前さっきからマジで失礼だな!?あんま態度悪いと本気でセレンちゃん口説くぞマジで!!」


「はっ、セレンが靡く訳がないだろう」


「ハァァ!?腹っっっ立つなんだその余裕!どうせ彼女は俺しか見てないってか、幸せな奴はいい御身分だなぁ!!」


 ルドルフは血の涙を流し何やら捲し立てているが誤解だ。自分の視線が白けたものになっているのがわかる。


「何言ってんだ、そもそも口説かれてるって気づかねぇからだよ」


「ーー………ごめん。お前がこの一年散々苦戦してきたことはよーっくわかった!」


 冗談のつもりが殊の外冷めた声音になってしまったようだ。気まずさに耐えかねたのかいそいそ帰り支度を整え窓枠に手をかけた友が、僅かにこちらに振り返る。


「……まぁ今のは冗談としても。良いのかよ、俺なんかに思い出のハンカチの娘の護衛任せちゃって」


「……っ、どうして……」


 話した記憶はないのに何故その話を知っているんだと目を見開けば、左胸ポケットに隠したくだんのハンカチーフを指先で軽く弾かれる。振動で、空色に映える薄紅色の花の刺繍も揺れた。


「お前は忘れてるんだろうけど、俺今の騎士団入る前にもお前と同室になったことあるんだぜ?丁度10歳くらいだったかな」


 俺の記憶にあるルドルフとの初対面は、騎士団に入ってすぐの15の時だ。驚いて目を見開くと、やっぱ覚えてないかと笑われる。


「お前その頃ほとんど無口だったのに、ハンカチの刺繍とその女の子の話だけはやたら饒舌でさ。だから初恋の相手なんだろうな、位には思ってた。でも……」


 一度公爵家の命で離れてから再び同室になった15歳。その時には、俺の記憶からその出来事がほとんど消えてしまっていた。ものの数年で、そんなに急に記憶が変わるなど自然にはあり得ない。だから。


んだろうな、とは思ってた。お前があの女に絡め取られ出したのも同じ時期だったしな」


 見て見ぬふりをしてすまなかったと。そうルドルフは頭を下げた。謝ることはないと返してから端と思う。何故ルドルフは今の話からセレンがその少女だと気づいたのかと。


「あぁ、学院で拾った彼女のポーチに同じ花の刺繍がされてたからね」


あぁ、なるほど。……いや、ちょっと待て。つまり?


「お前まさか、陛下に俺をセレンの護衛にするよう進言したのか?」


「……まあね。これだけお膳立てしてやったんだ。しくじるなよ?」


 わざとらしく肩を組んできたその悪戯な笑みに頭を抱える。いや、手が塞がっているから実際には無理なのだが。


(マジかよ……。いや、今にして考えれば俺はずっとこいつの言葉に焚き付けられて来たのか)


 自分の本心に気づいたきっかけさえ、思えばこいつのひと言だった。


 気恥ずかしいやら、有り難いやら。なんとも言えない俺に対し、ルドルフが憂いある笑みを浮かべる。


「でもまぁ安心したよ。お前が生きることを諦めてなくて」 


 当然だろう。もう二度と彼女から離れるものか。そう答えると、ルドルフは笑ってこちらに背を向けた。


「はいはい、お熱いこって。じゃ、王子様が自由の身になるまではお姫様の護衛頑張りますかねー」


「…………それで全部が終わったら、お前はどうするんだ?」


 ハッとした顔で振り向くその手に、風に乗せ黒い羽を届ける。事件の日の夜、こいつが落として行ったものだ。


「…これを拾っといて聞くのはそこ?普通、俺の正体から聞かない?」


「別に、予想はついてるしな。それに聞くまでもない。お前はお前だ」


 ぐっと、驚いたように目を見開いているらしくない表情に笑ってしまう。そうだ、聞くまでもない。信頼している。

 時が来れば、きちんとすべてを話してくれると。軽薄な男のフリをして、貴族たちの闇を暴いてきたその理由もな。


「キャンベル公爵の罪を裁くには陛下のお力が必須だ。解毒剤はセレンのブローチにハマってる。容態も芳しくないと聞くし、早めに頼むぞ」


「……ホンっト、人使いの荒いやつ」


 でも、任せとけ。


 そう頼もしく笑ったルドルフの背に開いた扉が盛大にぶつかった。飛び込んできたセレンが蹲るルドルフに平謝りしている。既視感のある光景だ。


 そんなルドルフにセレンが一度実家に寄りたいと伝え、今度こそと二人が去っていく。


「……セレン」


「なに?ガイア、……っ!」


揺れた薄紅色の彼女の髪に小さく、口づけた。


「どうか、気をつけて」


 君を失ったらもう、立ち上がれない。


 月並みな言葉だが気持ちは伝わっただろうか。頬を赤らめつつもしっかり頷いた彼女も去り、静かになった牢獄の天窓から月明かりを見上げる。


    〜Ep.86 仕込みは上々〜


  『処刑日決戦の日まで後、一週間』


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