Ep.7 桜の刺繍が繋ぐもの・前編

「「ガイア、おきりょーっ!!」」


「ぐぁっ!だから毎朝毎朝人の胸に飛び乗って起こすのをよせと言ってるだろうが!!おいセレスティア、お前からもちゃんと言ってくれ!」


「あらあら、今朝も賑やかね。でも大丈夫よ、ちゃんと二人同時に飛び乗っちゃ駄目だよって言ってあるから!」


「あぁ、それなら安心……ってなるか!一人でも十分重いんだよ!!」


「「ガイアーっ、あしゃのおしゃんぽいこーっ!」」


「って目を離した隙にまたあいつ等は……っ、今行くから待ってろ!」


「行ってらっしゃーい」


 郵便受けに入った手紙なんかを回収しながら、先に飛び出していったルカとルナを追いかけていく彼の背中に手を振った。


 ガイアが我が家で一緒に暮らすようになって早半月。あれ以来少しは打ち解けてきたのかガイアも何だかんだ優しくしてくれるし、ルカ達も彼に懐いてるしで幸せな毎日だ。


「あ、そう言えば明日って、ゲーム通りならガイアの誕生日だよね」


 ふとカレンダーを見て気がついた。確か生家で虐待を受けていた彼は、ヒロインと恋に落ちて結ばれるまでは自身の生まれ日を知らないはずだけど……。でも、私と同じ転生者であるナターリエ様と幼馴染みなら彼女からもう教えてもらってるのかな?

 まぁなんにせよ、お誕生日なら明日の夜はご馳走とケーキくらい出してあげたいな。


 と、その前に。あの子達が帰ってくる前に手紙の整理をしちゃいますかね。


「さてと、これはお父様宛、こっちはスピカの学校の先生から。これは……あ、学園の友達から私宛だわ。今日はいつもより多いわね……あら?この紋章って……」


「「セレンねーさま、たらいまーっ!」」


「ーっ!お帰りなさい、早かったのね」


「「うんっ、これ見て!!」」


「あら、なあに?」


 帰るなりルカとルナがずいっと私の目の前に差し出してきたのは二本の四つ葉のクローバーだった。散歩の時に森の中で群生しているクローバーを見つけたので、四つ葉を探してきたらしい。


「「ガイアがみつけてくれたの!たかりゃものにしゅるからおしばなにして!」」


「ふふ、わかったわ」


 小さな手から差し出されたそれを受け取って綺麗な紙に挟む私を見て、遅れて帰ってきたガイアが呆れたように息をついた。


「日課の散歩中に見つけた雑草も“宝物”か、幼児は純真で良いよな。セレスティア、お前そんな我が儘を毎回聞いてたら屋敷の中ガラクタだらけになるぞ」


「あら、大切なものがたくさんあるのは良いことじゃない。道端の雑草だって本人が大切だと思うなら立派な“宝物”よねー」


「「ねーっ」」


 手頃な辞書にクローバーを挟みつつ声を揃えた私と双子に、ガイアはやれやれと肩を竦めて言う。


「ったく、じゃあそう言う自分にはさぞ素敵な宝物があるんだろうな?」


「えっ!?わ、私!?私は、えーと……」


 あれっ、なんか不意打ちで私が矢面に!?


 意地悪く笑って返事を待っているガイアから思わず視線を逸らした。


(どうしよう。宝物はあるっちゃあるけど、あのハンカチのこともあんまり覚えてない今のガイアにあれを見せるのはちょっと抵抗あるって言うか……!)


 パニックになりつつ、見つからないように椅子にかけてあった私の“宝物”を背中に隠した。……ら、それをバッと取り上げたルカとルナがガイアの手に渡してしまった。おいぃぃぃぃぃっ!!


「ねーしゃまのたかりゃものはこりぇでしゅよ!」


「小さいときかーさまといっしょにはじめてつくったとくせーのエプロンだ!!」


「きゃーっ!二人とも止めてーっ!!!」


「へぇ、エプロンて作れる物なのか。あれ?このピンクの花って……」


 慌てて止めに入ったのも虚しく、受け取ったエプロンを広げて眺めるガイアがエプロンに刺繍された桜模様に気づいた。うちの領地で昔名産だった特殊な染料で染めたピンクの糸で刺繍したものだ。そして幼いあの日、ガイアのハンカチに桜を刺繍したときにも私は同じ糸を使っていたりする。

 せっかく綺麗な色なのに、染料の材料が手に入らなくなっちゃって今はもうこの糸手に入らないのよね……じゃなくて!!


「……セレスティア、このエプロンに刺繍されてる花って」


「あーっそうだ!ガイア、あなた宛に王都からお手紙が来てたわよ!ほらこれ!!なんとナターリエ様からなんだから!!」


「ーっ!?本当か!?」


 慌てて話を逸らすために差し出した手紙をバッと引ったくられる。その隙に彼の手からエプロンを取り返して、ほっと息をついた。


「ナターリエの方から手紙をもらうなんて初めてだな……」


 でもそれと同時に。シンプルな封筒に記されたナターリエ様の名前を指先でなぞったガイアの横顔があんまり穏やかで嬉しそうで、その事にチクリと胸が痛んだ。


「「ねーしゃま、どうしたの?」」


「ーっ!」


 いけない、ぼーっとしちゃった。 心配げにこちらを見上げている双子の声にハッとなる。


「ごめんなさい、ちょっとぼんやりしちゃったわ。さぁ、明日は収穫祭のお祭りに行くんでしょう?今日のうちに支度を済ませておきなさいね。アーチェ、準備を手伝ってあげてくれるかしら」


「かしこまりました、セレスティアお嬢様。さぁルカ様、ルナ様、お部屋に参りましょう」


 昔から我が家に仕えてくれているメイドのアーチェが二人をつれていってくれて、リビングにはガイアと私の二人きり。

 気になって彼の表情を窺うと、ガイアは何だか驚いたような呆けた顔をしていた。何て書いてあったんだろう?


「ガイア、ナターリエ様のお手紙にはなんて?」


「……丁度今この近くに来ているから、明日の収穫祭を視察しに来るらしい。俺に、同伴をして欲しいそうだ」


 ガイアが差し出してきた手紙に美しい筆跡で書かれた『二人きりでお祭りを回りましょう』と言わんばかりのナターリエ様の誘い文句に、ざわりと胸が騒いだ気がした。


    ~Ep.7 桜の刺繍が繋ぐもの・前編~


    

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