第3話 播磨守の巻 2

 こうして安倍播磨守靖晶は、なぜだか自分より背が高くてイケメンの自分の偽者と占いの行列に並ぶことになった。明空と預流は二組挟んだ後ろで、話しかけて話せなくはないが間の夫婦やら従者を連れた長者の老人やらにウザがられるのは必至。社の中で神楽かぐらでもそうしているのか、やたらと太鼓の音がうるさくて近くにいてもなかなか会話が聞こえない――


「葡萄、味はいいが食べていると手がべたべたになる! 皮と種が面倒くさい!」


 ――しかもこの〝播磨守さま〟、やたら大きな声で独り言をおっしゃる御方だった。高価そうな狩衣の袖を容赦なく葡萄の汁で汚していた。狩衣なんだから片方の袖をたくし上げればいいのに。


「え、ぼくが食べさせてさしあげた方がいいんですか……?」

「……いや、別に」


 よかった。やれと言われたらどうしようと思った。……ということはあれは明空ならではの行動。


「源四郎は尼と何の話があると言うのだ、女嫌いのくせに。誰だあの尼は、知り合いか?」


 しかも愚痴られた。


「ははー、何でしょうね……」


 ――好きな女の好きな男の好きな男? 仲よくすればいいのか? どうすればいいんだ?

 ……ええっと。ていうか、誰? 偽者のくせに本物に謝らないわけ? 態度大きくない? 君、いくつ? もしかして年下? と思っても敬語を使ってしまう自分の腰の低さが恨めしい。

 何せとても場違いな絹の狩衣をお召しでいらっしゃる。靖晶は市のTPOに合わせて麻だが、この方はもしかしてどんなに場違いでも絹以外を着てはいけなかったりするのでは。


 この時代、一人称が〝予〟の人は珍しくない。普通の人でも使う。むしろこれまで他に誰もいなかった方が不思議だ。

 それよりも。……京の都の大抵の貴族は占いやらまじないやら儀式やらで出会ったことがあるはずで。見覚えがないのにやたら偉そうな方が重要だった。いや、受領国司とか六十人くらいいるので全員の顔を憶えているわけないのだが、そんなショボい相手という感じがしない。

 そもそも、あの明空が敬語を使ったり手ずから葡萄を食べさせたりする相手だぞ? 権律師も五位の殿上人だぞ? 伝統的衆道の攻受は基本、性的指向にかかわらず社会的立場が低い方が受だぞ?


 五位より上位だとすると――顔がわからないのは非常に恐ろしい。高級貴族や皇族の顔を忘れるとか。しかもそちらは〝本物の播磨守〟を見知っていた。

 ……明空を〝飼い犬〟だの〝道鏡〟だのと呼ぶ人がいた。普通に考えて僧侶の飼い主はもっと偉い僧侶だが〝道鏡〟とは。

 いっそストレートに、聞くか。

〝播磨守〟が葡萄を食べ終えたところを見計らって、茎だけが入った空の蓮の葉を引き取ってやりつつ。


「ええと、お名前をうかがっても……?」

「陰陽師ならばわからんか?」


 言われると思った!


御諱おんいみなは存じておりますが言霊ことだまを操る者がおいそれと口にするわけにいきませんし、こんなところで大袈裟おおげさな言葉を使っていると誰に聞かれるかわかりませんのでかりそめのものとして、何とお呼びしようかと」

「ああ、そういえばそうだな」


 よーし、「ごめんなさいわかりません」と言わずに済んだぞ! これで住んでいる場所とかあだ名とかヒントが出るはずだ!


竜驤りゅうじょうとかどうだ。竜驤麟振りゅうじょうりんしん竜驤虎視りゅうじょうこしだ」


 厨二。――「軽空母みたいだな」と思ってはいけない、「竜驤麟振」で「竜が天に昇り麒麟きりんが走り出す」、「竜驤虎視」で「竜が天に昇り虎が鋭く周囲をにらんで見張る」という意味になりどちらも「とても景気がいい」という感じ。


「昇った竜はいつか落っこちるだけだ。香り高き沈香じんこうも燃えつき灰になる。世に永遠に生きる者なし」


 ……そこから自虐ネタに接続するのはコメントに困るのでやめてほしい。へらへら笑っているので一層戸惑う。そうか。客観的にはこう見えるのか。自分も自虐ネタは自粛しようと思った。

 予想が悪い方に当たって靖晶は今頃、心臓がバクバク言い始めた――この時代、この国に自分のことをドラゴンにたとえていい人はものすごく少ない。というか先帝は崩御したので現状、一人しかいない。麒麟は、賢王の治世を表す瑞獣ずいじゅうでこれもそんな簡単に使っていい言葉ではない。正月の祝いとかめでたい席で詩に詠み込んだりする。


 そしてドラゴンである御方を実名で呼んではいけないのだった。いや、諱・真名まな隠し文化システムが実装されているので大抵の人は本名ではなく官職で呼ばなければならないのだが。この御方の場合、官職すらも呼んではいけない。――官職か?

 とにかく言えないことだらけだ。陰陽師の態度としてはセーフだったが結果はアウト。明空、何で二人きりになんかするんだよあいつマジで呪い殺そうかな。年下のくせに偉そうだし陰陽寮の技術の粋を尽くして呪っちゃおうかな。タイトル回収しちゃおうかな。憎しみで人が殺せたら。

 ていうか落ち着かない。踊っちゃ駄目だろうか。祭文さいもんの長いの読んだり名前の画数を占ったりは。――この人の前で何もしないとか、落ち着かない! 働きたい! 働かせてください!


「いや勝手に名を使って悪かったな、予が言うのも何だがこんなところにいるとは思わなくて」


 そうだよ、何であんたがこんなところにいるんだよ! 江戸時代なら近侍は切腹だ!


「はあ、まあ、ええと。長期物忌み中で、その……先の……穢れ祓いの件で……」


 靖晶がしどろもどろで言いわけしているのはどういうわけだ。あんたがここにいるのに比べたらぼくなんかどこにいたっていいだろうが。


「知っている。ひどい目に遭わせてしまったな」


 なぜかこの御方は偽者なのがバレたときよりよほど気まずそうに視線を落とすのだった。


「陰陽頭が自分のせがれを差し出すと言い出したときにはにえのようで気が引けたが、思ったより元気そうで何よりだ」

「生け贄?」

「まさか知らされていないのか」


 高貴の御方がシュッとした眉をひそめた。


「――このところ予が不調であると相談したらそなたの父が、そなたは予と歳が近く霊的感受性が強いので憑坐童よりましわらわとすれば予を祟る悪鬼疫神あっきえきじんが全てそなたに寄りつくであろうと。そなたはかの安倍晴明の嫡流で幼い頃から壮絶な修行をしているから疫神が憑いてもたやすく退けられる、心配するなと」


 憑坐童――悪霊を調伏する際、一度子供などに悪霊を取り憑かせてから追い詰める。密教僧が護摩を焚いて祈祷するときに使う。陰陽道的には名前を書いた紙の人形ヒトガタなどで身体の悪いところを撫でて病魔を人から人形に移し、焼いたり川に流したりして浄化する。文化人類学的には類感呪術。詳しくは『金枝篇』を読め。


「え……ちょっと待ってください。まさかぼくが突然、従五位上じゅごいのじょう播磨守なんてご大層な身分をいただいたのは」

「いざというときに参内謁見できる身分にしておこうと関白が」

「父ー! あなたや関白さまはいいんです、邸に同居してるうちの父親は説明責任を果たせー!」


 ……いや、父の目論見は大体わかる。

 こちらの御方は清涼殿のド真ん中で常々、立派なエリート官僚やら上達部かんだちめやら女官やら后妃おきさきやらに囲まれてさぞかし息苦しい日々を送っておられるのだろう。陰陽師だって高級官僚だが大半が地下人で身内なので自覚は全然ない。

 ていうかあの賢木中将と権律師・明空が自宅で四六時中バトっているとかストレスフル。大臣とかもっとすごい妖怪変化がそこに参戦する。考えたくない。後宮の后妃もそれは雅やかな大臣の姫などが揃っていると思うと羨ましいと言うより、怖い。何が自宅だ。実際こんなところでお忍びで葡萄食べながら占いの列なんかに並んでいるのはしんどくなっていろいろヤケになったのだろうし。


 そのような御方が靖晶のような自らのどんくささ生きづらさで苦しんでいるやつを見たら「あ。世の中ってちゃんとした人ばっかりだと思ってたけど、これくらいダメでも生きてていいんだ。予はマシな方なんだ。じゃあもうちょっとだけ頑張ってみようかなっ」という感じになると。

 ――意図はわかるから事前に説明しろ! それらしくやってみせるから! 鬼に憑かれてへどを吐いたり月が出ているのに道に迷ったりするような陰陽師でも生きていていいんだって言ってやるから!

 しかしどうやらダメキャラでアピールする段階を過ぎていた。


「そしてついにあの儀式で、そなたが予に代わって姉上の呪詛じゅそを引き受けてくれたのだろう? 見た目にはそなたが一方的に苦しめられているようだったが、実のところ凄まじいサイキックバトルの末に、貴船で生成りになりかけていた姉は人に戻ったとか。そのまま呪詛を返すと姉は死んでいたところを、そなたがあえて手傷を負うことで命まで取らずに済ませてくれたと」


 いつの間にか、何やら期待に満ちたキラキラした目で見つめられていた。


「……そ」


 ――こんなとき、晴明公ならどうするか。平安京を守る最強の魔法使いなら。


「そうです! 呪いの力が足を蝕んで毒蛇のように噛みついて、それはみっともなく悲鳴を上げるほど痛かったですが、我が心眼には怨念に囚われ血の涙を流す高貴の女人の姿が見えました」


 靖晶はここ十日ほど休んで溜め込んでいた迫真の演技力を一気に放出し、拳を握って目に力を込めた。何なら自分の目から血の涙が出るくらいに。


「ええ。呪詛を返すなどあまりに惨い。呪う方も大層苦しいのです。簡単に呪詛を返して高貴の姫君を苦しめ惨たらしく殺めたのでは陰陽の師の名折れ。晴明公の名を穢す行いかと。そこで一度我が身に呪詛を移して土御門の邸に持ち帰り、一族全員の全霊をかけたまじないによって呪いを散らしました! いやあ此度ばかりは命はないかと思いました! しかし我が家の務めなれば、命を懸けるもやむなきこと!」


 ――決して我に返らず全力で話を合わせてさしあげる! 安倍家の嫡流は陰陽の位相の全てを見透かし、この京の都に知らないことはない! 「いや、足が攣っただけなんです。暑くて寝苦しいとよく攣るんです」なんて誰も望んでいないしょうもない真実は死んでも言ってはいけない!

 ……少しは我に返って、脳裏に父や従兄弟の良彰の姿がちらついていたが。――あいつら! 黙ってぼくを売りやがった!

 儀式自体が失敗したにもかかわらず、あの後、陰陽寮に勅使が来て山ほどの褒美をたまわったのはそういう――心当たりがないような顔をしていたが、明空に「そういうことにしておけ」と言われていたのに違いない! それっぽくするから連絡しろ!


「その後、呪詛にむしばまれて寝ついていると聞いたが」

「見た目は元気に見えますが霊力を使い果たしてまだ戻らないのです! 弱点をさらしてしまうので世間におおっぴらにすることはできませんが今のわたくしは只人同然。霊感の全てを失い、物の怪や鬼を見ることもできず、占いも全く当たらなくなりました!」

「それは大変だ!」


 真に受けてくれる辺り、この人、いい人だなあ、と少しばかり気が咎めた。占いなんか前からそんなに当たらない。しかし走り出したら止まるわけにいかないのだ。


「こんな心許ないありさまは生まれて初めてです。何と只人はこれほど何もわからないまま生きていなければならないのかと。目や耳を塞がれているかのようです! 人がわたくしのつたない占いにすがる気持ちがよくわかりました、貴重な人生経験です。しかし命あっての物種。今は預流さま、五位の尼御前さまの法力でご守護いただき、お勤めを休んで養生している次第です! いい機会ですので市井の占い師の様子を見ることにしました。遊んでいるわけではありません。いずれ霊力も徐々に戻りましょう!」

「そうか、治るのか、よかった! ――もしや先ほどの鬼に取り憑かれたとか百鬼夜行に遭って泣いていたとかいう話は、霊力を失ったせいだったのか!」

「そうなんですよいつもと同じつもりで油断してたら術が使えなくてひどい目に遭って!」


 藻の世話になったの清涼殿より前で時系列が矛盾するが、勢いよく無視! 高貴の御方はショックを受けたのか、口許を袖で隠してよろめいた。


「何と、そなたほどの陰陽師が予のために力を失ってあのように民草に指さされ笑いものにされようとは……」

「お気になさらず、給料や名誉のためにやっているのではございませんので! 藻さんに助けてもらったのに変わりはありませんし、平安なる御代みよのため務めた結果なれば、御身おんみがこのわたくしの忠義をご存知でいらっしゃると言うだけで身に余る光栄、報われた思いです!」

「やはりそなたは予が思っていた通りの男だ! 受けた恩を忘れず高潔で誇り高い……内裏の公達どもは見た目ばかり気取って和歌や漢詩の美辞麗句でごまかす者ばかりだがここにこれほどの忠臣がいるとは、予は嬉しい」


 素直に感激された。目が潤んでいる。――ごめんなさい、ぼくも見た目ばっかりで美辞麗句でごまかしてます! かなり気が咎めてきた!


「では蛙を殺す術などは今は使えないのか。安倍晴明が木の葉で蛙を殺したという」

「あれは惨いのでやりたくないです! 小さい生きものを殺すのはやめましょう!」


 ――晴明公直伝という設定の良彰考案の蛙殺しの術(手品)、教わったものの異常に難しいので披露したくない。

 それはともかく、気になるフレーズが。


「……姉上さまに呪詛されるお心当たりが?」

「姉上は予がお嫌いでな……まだ童子子供の頃に離宮……別邸の池に落とされて」


 ここで高貴の御方は列の他の者に聞こえないようにか、声をひそめた。


「知らぬか、前斎院さきのさいいん


 ……前斎院というと、女二にょにみや静子しずこ内親王、通称〝あかねさす斎院〟。

 この京の都で最も高貴な地雷女と密かにささやかれる、賢木中将の北の方。御簾みすから出て歩く地雷女は五位鷺ごいさぎの翼を持つ尼天狗・預流の前がダントツだが、御簾のうちにいるのでは一番の大妖怪と評判の八岐大蛇やまたのおろちの九つ目の首・茜さす斎院。……気の好さそうなドラゴンが頼りなく見えるラインナップだ。不動明王を添えてもまだ不安が残る。


「先帝……我が父が跡継ぎにしてやるなどと雑な約束をなさって以来、それが予のせいで果たされなかったと一方的に予を憎んでいて。こんなもの、なっても何も楽しくないのに予が何を言っても悪い方に悪い方に解釈して逆恨みしてきて。先帝は何もおっしゃらないまま崩御してしまうし。――今の東宮……跡継ぎは予の弟なわけだが、姉は夫と組んで予を退位……引退に追い込み、己の娘を弟の妃として帝室……お家を乗っ取るつもりだと。呪詛もその一環であると」

「あのう、聞いといて何ですけどその話、全然知りたくなかったです……いや、人の悩みを聞くのは陰陽師の務めですが……〝人〟の悩みなのかなー……ちょっとぼく今霊力がなくて只人だからキャパ超えてるんだけどなー……マジで憶えてろオヤジと良彰ー……」


 自分に本当に呪いをかけたり解いたりする力があるなら明空と父親と良彰は今頃悶え苦しんでいるはずなのだが。世の中は間違っている。

 そんなことを言っている場合ではなかった。


「先月は特に夢見が悪くて。姉が」


 高貴の御方は袖で目許を隠した。


「首を絞めてきて。よく眠れなくて」


 それを聞いて。

 狩衣の下に汗が噴き出した。心臓の音が早くなった。頭の中にまで血が流れる音がした。

 ――靖晶がそんな夢を見ても「何だ、夢か。最近暑くて寝苦しいからな。疲れすぎているとかえって眠れない」で済む。晴明公ならともかく姉が夢に出てきたからどうだと言うのだ。


 しかし一般的な夢占いでは、夢に知り合いが出てくるのは。

 自分がその知り合いをどう思っているか――ではなく、。大抵は男が女の夢を見て「お前の方が会いたがってるんだから素直になれよ」としょうもない口説き文句に使う程度だが。

 


「それは……どなたかにおっしゃったりは……」

「そなたと源四郎と、陰陽頭だけだ。言えぬよ」


 


「しばらく気鬱だったが、儀式の日からよく眠れるようになって」


 ……偶然だ。冬が近づいていい加減涼しくなって寝つきがよくなった。あるいはプラシーボ効果。

 だが言えない。

 自分だって賢木中将が怖くてへどを吐いてしまった。

 寝て見る悪夢と起きて見る悪夢に何の違いがあると言うのか。


「呪詛は重い罪だ。かつては死罪もあった。我が姉でも明らかになればどのような罰を受けるか」


 ――何百年も前の話だが、井上内親王いのえないしんのうなど帝の姉にして元斎宮さいぐうにして皇后にして皇太子の母でありながら、呪詛の罪で皇太子ともども捕縛され、幽閉されてそのまま死んだという。生き埋めにされたとも。

 平安はそんな時代ではない。そんな時代ではないが。


「それでも姉を太宰府だざいふ出雲いずもに流したくはないのだ。予は甘いか」

「滅相もない、御身内に慈悲を抱くのに悪いことなどございません」


 彼は夢を見て、靖晶は「それは大変です」とうなずいた。ただそれだけだ。

 。後はうなずいていればいい。

 これまでもそうやって生きてきた。

 ――もしかして、あの儀式がつつがなく終わってもこの御方は納得していなかったのでは。

 靖晶がよくわからない理由で苦しんでもがいていたと聞いて、やっと自分は解放されたと思ったのでは。

 それが憑坐童というものだ。苦痛が別の人間に移るのを見て安心する。

 全ての病に効くわけではないが、こうして格別に効くときもある。

 憑坐童の半分は儀式の雰囲気でおかしくなるもので、もう半分はだとも。


「呪詛を受けたときにそなたが見たもの、誰にも口外しないでくれ。ひどい目に遭わせておいて虫のいいことを言っていると思うが」

「当然です、秘密は守ります」


 うなずいたのは先ほどまでの軽口とは違う。


「御身のためにわたしが犠牲になったなどと気に病まれる必要もございません。この通り命を取られたわけでもなく、己の務めを果たしたのみです。下賜の品も多すぎるほどです」


 狩衣の袖の中でぎゅっと手を握った。己の言葉に背くようなことがあったら命はないものと思え、播磨守靖晶。たとえ明空に殺されなくても。

 自分はこの御方を救ったのだ。成してしまったからには命尽きる最期までそのようにふるまえ。

 それがまじない師の本分だ。

 木っ端役人とはいえ人を押しのけて播磨守にまでなったからには。


「――比べるような話ではございませんがうちも姉は性格がきついです。自分の産んだ子がいるからぼくなどいつでも引退していいと邪険にします」

「どこも言うことは同じか」


 高貴の御方は少し笑った。そのせいで少し調子に乗って口が滑った。


「呪詛にせよ鬼にせよ返したり祓ったりできるのはマシな方で真に恐ろしいのは陰陽師にも祓えぬ女鬼、ぼくは今ろくに働きもせず飯を食って寝てばかりで酸素の無駄遣いと指さしてくるのですから」

「め、飯」

「……丁寧な言葉では御物おものと言うんでしたっけ」


 ドン引きされてしまった。……高級貴族はご飯をお代わりしないって本当だったのか。本来、ヒラ陰陽師は殿上人などではないのでいくら身分を盛っても上品が板についていない。


「……ところであの。あちらの律師さまは随分仲がおよろしいようですが、それほど親しいご友人でいらっしゃるのでしょうか」


 ふと思い出した。――夢の話までしてしまっているのはかなり踏み込んでいないか?


「ていうか、愛人?」


 高貴の御方はあっけらかんとおっしゃった。

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