第2話 播磨守の巻 1
一方で生来、どん底の自己嫌悪と無縁な人もいる。
「今日こそは辻説法よ!」
五位の尼御前、預流の前は二十一歳にして貴族の贅沢品となっている平安仏教の現状に心を痛め、民衆にブレイクスルーを起こすべく自ら
金ピカの仏像とか作ってお布施をしては高僧に
それでいつもの萌黄の
「今日は無理なんじゃないですかね……」
だのに例によって市のそばで待ち合わせた靖晶のテンションが低い。この預流の功徳伝説を特等席で見せてやろうと言うのに。
「ていうかあなた、意外と暇ね? 陰陽寮、メチャメチャ忙しいのかと思ってたのに。どうしてこんなに休めるの?」
「うーん、何から話せばいいのか。実は
「は?」
何気なく尋ねたら、さらりととんでもないことをカミングアウトされてしまった。
「……まあ内裏で儀式の最中に転んで悲鳴上げて中断しちゃったんだから干されるのは当たり前か……それってあなた、失業の危機なの? 同情した方がいい? ヤケ酒おごる?」
普通、大騒ぎだと思うのだが。「やっぱりぼくはいらない子なんだ。
「どうなんでしょう、それにしては皆、優しいんですよね。気持ち悪いほど」
「陰陽寮は皆さん、あなたの親戚なのだから優しくて当たり前なのでは?」
「普段そんなんじゃないんですけどねえ。何かひと月やふた月、世間に姿を見せなくていいって。出歩いても播磨守の名前は出すなと。いやぼくは働かなくても播磨国の年貢米で暮らせるのラッキーって感じなんですけど。遠慮なく悪代官生活満喫しますけど。惣領なんて良彰や子供が勝手にやればいいんですよ、何ならぼくなんか座敷牢に閉じ込めて次世代にスキップしてくれていいんですよ」
「儀式の最中にコケただけで座敷牢はないわよ」
「わりとありえますよ平安の人権意識なら」
なぜか靖晶は別に落ち込んでいるわけでもないのだった。この自己肯定感の低い男はヤケになっていたら「ははっ、もう頭丸めて正式に預流さまの弟子になって熊野古道とか攻めちゃおうかな」くらい言いそうなので何だかこちらが落ち着かなかった。いや座敷牢は落ち込んでいるのか? テンションが読めない。何なんだ。
「でも今日はマジで預流さま、辻説法とか無理だと思いますよ」
「どういう意味?」
「ここ最近、左京の市でそういう商売は飽和状態です。まあ百聞は一見にしかず、見たらわかります」
「商売とは何よ、功徳の行いよ」
と言いながらも市に足を踏み入れ、人の多い雑踏を歩き出すと。
「陰陽寮よりよく当たるって本当に?」
「迷子を家に送り届けたとか」
「大臣さまの大事な太刀を見つけたそうだぞ」
「十四の
道行く人も、店でものを売る人も、皆同じ話をしているのだった。
「今日も大行列だよ。藻さまがあそこに陣取って以来商売上がったりだ」
修験者がため息をついていた。
どこからか太鼓の音がして。
「藻さまの占い、今なら
客引きが声を張り上げて。
左京の真ん中に人が並んでいた。その先に白木の社があるようだった。
しかも並んでいる者たちの話が聞き捨てならなかった。
「賢木中将さまの家人が文を落としたのを見つけて、中将さまの恋人にと望まれたのをお断りしたとか。断るとはまるでかぐや姫だ」
「まさか
「陰陽寮の安倍
「誰だよ。陰陽寮なんか全員安倍ナントカじゃないのか」
……預流は恐る恐る靖晶の気配を窺ったが、肝心の靖晶は嘆くでもヘコむでもなく何やら生ぬるい笑みを浮かべるばかりだった。
「まあこういうことになっておりまして。今日、こちらで御仏の功徳を説いても効果はないかと。右京でも一緒なんじゃないですか?」
声音も落ち着いていてまるで悟りの境地。
一応、安倍ナントカ当人であることがバレたらまずいかと二人して
「……あれ、全方位的に喧嘩売ってない? わたしの説法が無期延期になったとか些細な話じゃない?」
「売られてますねー。いやぼくからすれば、藻さんはいつかこっち側に来ると予想していたと言うか。思っていたより早かったなってだけで。感慨深いです」
「ミステリ研の後輩を見守るプロ作家のようね」
「良彰が大騒ぎで、ぼくはかえって
「本当ってあなた」
「いやー真実の前には多少のアレとか無力ですよ」
靖晶の暢気な態度に預流は
三日前のこと。靖晶は自分の寝室で昼まで眠り、起きたら水漬けをかっ込んで、畳にごろ寝して普段なら読まない恋愛小説の
夕方になって陰陽寮を退出した良彰が先触れもなく駆け込んできて。
「左京の市に妙な
「卜占?」
「播磨守がへどを吐いたのを助けたとか言ってる!」
藻に出会ったのは清涼殿で儀式をするより前の話だったか。……二十日? それくらい経っていた。
「あー、うん。そんなこともあった。藻さん、プロデビューしたの?」
「あったのか! 原因はお前か! メチャメチャ心当たりがあるのか!」
うっかり正直に言ってしまったため、良彰に嫌というほど締め上げられた。
「播磨守が鉄輪の鬼に憑かれて以来不調なのを巫女が祓ったと言うのは!」
「……大体事実?」
「否定しろ! 何おれたちに断りもなくいつの間にか鬼に憑かれてるんだ!」
「人間なんだからたまには鬼にも憑かれるさ」
「陰陽師が鬼に憑かれるなー!」
靖晶は
「……まさかへどを吐いて妙に道に迷った夜、その巫女と何だかんだあったのか? 男女のあれこれが? 〝逢ひ見ての後の心にくらぶれば〟みたいな? 尼御前さまだけでなくまさかのモテ期が? やっとお前にも平安男子の自覚が?」
「平安時代みたいなセクハラやめろ。それはない。ちょっと顔洗ってお湯飲ませてもらっただけで、後は単に道に迷ってた。十四歳とか無理だって」
「だから何で碁盤の目があって月が出てたのに道に迷うんだお前は! 女にほだされたんなら多少は許してやろうと思ってたのにどうしてそういう甲斐性はない!」
こちらはハニートラップを避けたつもりだったのに、なぜか怒られた。
「いいじゃないか、もう陰陽師も何も。ぼくは占いとかおまじないとか人の顔色をうかがう仕事が大嫌いなんだ。これを機会に領主として播磨国の経営に専念する。NAISEI系チート主人公に転職する。数学と統計の力で物流と治安とインフラ全部が最悪の平安社会を地元から作り替えていく。異世界に転生しなくてもここではない播磨なら」
「このタイミングでスネるな! 迎え撃て! 商売敵だぞ!」
「迎え撃ったらかえって致命的にしくじると思わない? 今、しくじって謹慎中なのに」
「ウッ!」
これで「しくじりそう」と思われてしまう辺り、自分でも
「まあそのうち収束するんじゃない? 最初は何でも物珍しいものだし、京の都から陰陽寮がなくなって困るのはぼくらじゃない」
「……陰陽寮は元々、安倍氏のものじゃなかったんだ。晴明公のような術師が他に現れたら他の家のものになってしまうぞ。おれたちより賀茂の方が必死に噛みつくぞ」
「きっとね」
……せめて巫女として持て
かえって陰陽寮の近くにそんなものを置くわけにはいかないのだ。
彼女と自分たちは違うものであるということにしておかないと。
「……ええっと、それって」
靖晶の語りを聞くに、彼の中では綺麗な思い出になりつつあるのに水を差したいわけではないのだが。
「あなたが据え膳を食わなかったらその後、賢木中将にお出しされちゃったってこと?」
「は」
預流が言って、初めて気づいたらしい。靖晶は動揺したのか、その場でつま先立ちしてぐるぐる高速回転を始めた。
「こ、断ったって話だし! き、きっと大丈夫! きっと!」
「落ち着いて靖晶さん、混乱したからって踊らないで! マジカルステップ踏んじゃってるわよ!」
「何かこの太鼓、踊りやすくて!」
ようやく回転を止めたのはいいが、地面にへたり込んでしまった。別に目を回したわけではないらしく、悲鳴を上げた。
「言わないでください! こんなことならぼくの愛人にしておいた方がよかったとか、預流さまにだけは言われたくない!」
「ま、まあ親御さんに問題があるみたいだし……」
男がかわいそうな女の子など見かけて助けてあげたい、世話してあげたいと思ったら、自分の愛人や妻にしてしまわなければならない変な時代。
「貧乏人の家じゃ娘なんて大体そんな扱いですけどね。受領の愛人がワンチャンなら中将さまとか五億円キャリーオーバーですよ」
「悪い方に悪い方に考えすぎよ。……賢木中将、人妻専門っぽかったのに未婚十四歳に興味あったのかしら。わたしには二十過ぎくらいがいいって言ってたのに」
「ぼくがそういう状況に対応できなかっただけでこの時代的には本当のところロリコンではないですからね。いろいろ言われるけどこの時代的には十四歳は大人扱いです」
「若紫どころか
「それもあるし、今更サイキックっていうだけで算術ができるかわからない子を入れるわけにはいきませんよ」
座り込んだまま、靖晶はため息をついた。
「高級貴族には家柄だけで漢文が読めなくても出世する人がいるけど、ぼくらくらいの中途半端な役人は成績が悪いと容赦なく
「及第?」
「
「
「おととし。問題は解けるから天文博士の枠が空くまで待ってようと思ったら
――悲しい身の上話かと思ったのに、自慢かよ。
「皆、必死で勉強して殺伐としてるのにサイキックの女の子とか出てきたら神経逆撫でしまくりますよ。ぼくの愛人ならまあそんなもんか仕方ないなお前死ねってぼくが思われてお終いとして、そうでもなくてただこの子かわいそうだから親切にして、だけじゃ何考えてるんだお前、先に身内の食い扶持を何とかしろってなるのに決まってます」
「下心がない方がやましいって言うのも変な話ね」
「陰陽寮では学生扱いなのによその役所で出世してるやつとかざらにいるし、むしろそんな器用じゃない
「愛人ルートが避けられないのね……むしろ京の都、身分の低い女の子に愛人業以外の仕事がないのね……」
「勝手に預流さまのお邸の紹介状書いたけど彼女、行かなかったんですね」
「来なかったのねえ」
靖晶は座り込んだまま頭を掻いていたが。
「……ちょっと藻さんが今何やってるのかメッチャ気になってきたから預流さま、占われてきてくれませんか。お代はこっちが持ちますから。良彰も多分無駄に気にして暴れてるだろうし。ぼくが直接様子見るのはいくら何でも」
「わ、わかったわ。どうせ辻説法どころじゃなさそうだし、児童の労働環境は確認しないとね」
ということで彼を置いて、預流は行列に並んでみたが。板を持った列整理の男が案内するには。
「最後尾、こちらです。
「ど、どれくらいよ。結構並ぶわね。さっきより増えてる。ひーふー……九組待ち?」
なかなか果てしない。他に並んでいる者は男女だったり男ばっかり三人組だったり従者を連れていたり。靖晶は話し相手くらいしてくれないかと思っていると。
横合いから衝撃を受けてよろめいた。
「尼! どこ見てやがる!」
荒っぽい男の声。麻の狩衣の、どこかの
「どこって、こっちは行列で立ち止まってるのにそっちがどこを見ているのよ」
女だからって怒鳴れば言うことを聞くと思っているのか。
「――さてはあんたそういう種類の痴漢ね、女を見るとわざとぶつかって来るタイプね! この五位の尼御前、預流の前が悪くもないのに謝るような女と思っているなら大間違いよ!」
「おれが悪いってのか!」
「……預流さまはどうして突っ立っているだけで喧嘩になるんだ……?」
靖晶は呆れてないでこっちに来て助けろ。ていうかこういうトラブルを避けるための列整理スタッフじゃないの、さっきの板を持った人はどこに行ったの、と思ったとき。
「みっともない真似はやめなさい」
すっと横から割って入る者がいた。
「
すらりと背が高く、預流も少し見上げるほどだ。雑色の安物の狩衣と違い、紋入りの厚手の絹の狩衣で言葉遣いも丁寧だ。
眉がくっきり描かれているせいか目つきが凛々しい。口は少し大きいが全体に爽やかなお顔立ち。どこのお家の
その次のやり取りは、全く真っ当でなかったが。
「何だてめえ。おれが悪いってのか。そもそもお前、どこのどいつだ。偉そうに。おれは太政大臣さまにお仕えしているんだぞ」
「ふ、大臣の名で怯むと思うたか。そのような話で臆したりはせぬ。予は安倍播磨守、陰陽寮の末席を汚す者。検非違使などではないが役人として非道は見過ごせぬ」
「……誰って?」
ありえない言葉だがはっきりと聞こえた。列に並んだ人々も「安倍播磨守?」と聞きつけて振り返った。
預流は
……おかしいな。陰陽寮の役人は預流がまだ会ったことのない者がいるとして、播磨守がそう何人もいるはずがないんだが。先代の播磨守とか? いや「安倍」って言った。そんなに安倍さんばっかり播磨守やってるわけ? やっぱり陰陽師の安倍播磨守、一人しかいなくない?
「安倍播磨守というと、例の陰陽師の安倍か」
列の間からもざわついた声がしたが――
それは果たしてこの
「鬼に取り憑かれてへどを吐いて
「道端で百鬼夜行に行き遭って木陰に隠れて半泣きで震えていたのを藻さまに助けてもらったんじゃなかったか?」
「よくこんなところに得意げに顔が出せるな」
「いや、世話になった礼をしに来たんじゃないのか」
「陰陽寮はなぜそんな尸位素餐に
「安倍晴明の血筋だからむげにできんのだろう、摂関家などとは次元が違うだけで結局貴族の馬鹿息子だ」
「ん?」
――明らかに絶賛からほど遠い評価に〝播磨守〟は首を傾げた。
「寄ってたかって根も葉もない噂を! 予は健在であるぞ!」
根も葉もないんだろうか――厩の陰では靖晶がしゃがみ込んで何やらどんよりした様子で頭を抱えている。ものすごく心当たりがあるらしかった。
「何だてめえ、ヘタレなんじゃねえか」
雑色が笑うと、〝播磨守〟は拳を握って反論した。
「違う! 播磨守は当代一の陰陽師、安倍晴明の再来だ! そなたらこそ播磨守が清涼殿で鬼と戦い、帝の
……知らん……何それ……怖……
清涼殿って預流の目の前で足が攣ってコケて悲鳴を上げていたやつ? それとも預流の見ていないところでは何かめざましい活躍が? そのわりに仕事を干されているわけだが?
……この〝播磨守〟、強火の陰陽師ファン? その解釈も靖晶は嬉しそうじゃないんだが? ファンだからって勝手に名乗っていいの?
「偉そうに、鬼と言わずおれが泣かせてやる! 術で打って止めてみろ!」
雑色が腕を振り上げると――
それを後ろから掴む手が。
「何をしておいでですか、拙僧が戻るまで大人しくお待ちくださいと申したのに喧嘩など」
こちらはメチャメチャどこかで聞いたような坊主の声。
墨染めの半素絹をまとった小柄な影。綺麗に剃髪した丸い頭に不似合いな姫君のように可憐な顔。
だのにとても凶暴でたちまち、雑色の腕をひねって関節を
「鬼か。宇宙の中心たる大日如来を守護し奉るは不動明王の務めだが、
左手に何か持っていて、右手だけで手際よく雑色の腕をねじって下駄で蹴りを入れて転ばせた。だけでは飽き足らず、背中を踏みつけた。
「手足が腐って落ちないだけましだと思え、逆臣が。みこさまの御目を穢すことはまかりならんゆえ命だけは助けてやる」
「あのう……
預流の話など聞こうともせず。
「大事ないですか」
「
しかも
「みこさまがどうにかおなりだったら源四郎は短刀の切っ先を口に含んで清涼殿の屋根から飛び降ります」
「僧のくせに内裏を穢すな、皆の迷惑だぞ」
二人でイチャイチャしている間に、雑色は這いつくばってずるずると動き、やがて立ち上がって逃げ出した。……いいやつではなかったけど、やりすぎてごめんね。怪我してないといいね。こいつとかかわると本当、ろくなことないから二度と近づかない方がいいよ。
片手が塞がっていたというのに、明空のやり口があまりに手際がよすぎたせいか播磨守の悪い噂をささやいていた列の人々も、何も見なかったと言いたげに押し黙って背を向けた。暴力、恐怖による解決。
いやちょっと待て。
〝源四郎〟?
――
つまり。――この呼び方自体が「予はこの坊主を出家前から知っているぞ」というアピール。
かの大陰陽師、安倍晴明はこうおっしゃったそうだ。「名前はこの世で一番短い
「で、それは何だ」
と指さすのは明空の左手の包みだ。
「野葡萄でございます。お毒味は済んでございます」
「ふうん」
彼は恭しくそれを〝播磨守〟に差し出し――
ここで
自称〝播磨守〟は当然のように屈んで口を開けて――明空がそこに葡萄を一粒、指でつまんで軽く押し潰して皮を爆ぜさせて。
食べさせてやると、残った皮だけ道端に捨てて。
「うん、甘い」
「お気に召して光栄です」
葡萄の粒は明空の爪より小さいのを、いちいち一粒ずつ皮から押し出して実だけ食べさせてやる甘やかしぶり。ちまちま食べさせるのがバカップルっぷりに拍車をかける。
しかも明空は、慈母のような地蔵菩薩のような柔らかなアルカイック・スマイルでいつもの凶暴で不機嫌そうで触る者皆傷つける尖った印象がない。それはまるで小鳥が雛に餌をやるような
「ちょっと待って、情報量が多い」
預流も頭を抱えた。
――あれ、わたし、何しにここにいるんだっけ? ここはどこ? 地獄? 僧を男色の妄想で穢した者が落ちる地獄? わたしはこれから未来永劫過去永劫、好きな男が男とイチャイチャするのを最前列で見続ける運命なの?
そのとき。
「ええーっと。あのー。ピンチなのかチャンスなのか全くわからないけどぼくはその〝播磨守さま〟に質問があるのよろしいでしょうかー」
やっと靖晶が厩の陰から出てきて、なぜか揉み手しながら遠慮がちに尋ねて――幸せそうに葡萄を食べていた〝播磨守〟の表情が一変。明空の素絹の袖を引っ張った。
「どうしよう、本物がいる! 本物だ!」
明空も先ほどまでの慈愛の表情はどこへやら。いつになく顔をしかめていた。
「……は、播磨守……何て間の悪い嘘をおつきになったのか!」
「適当に受領の名でも名乗っておけと言ったのは源四郎ではないか! 六十人以上いるのだからバレはしないと!」
慌てる二人に、むしろ靖晶の方がぺこぺこと頭を下げる。
「いや、あの、気を悪くしているとかじゃないんです。そっちの方がイケメンだしむしろ安倍家のイメージアップにつながってるかなって。いやぼくがイメージダウンさせてすみません」
「あなた自己評価低すぎよちゃんと抗議していいのよこれ」
「偽者が現れるとかシリーズが成熟した証じゃないんですか」
「シリーズが成熟ってよくも恥ずかしげもなく」
と呆れ気味に預流がつぶやいていると――明空はやっと彼女の存在に気づいたらしく、まじまじと顔を見て――真顔になってから、耳まで赤くなった。
「〝播磨守さま〟! 拙僧はこちらの尼……尼御前と信仰に関する話がございますので、後ろに並び直します! 〝播磨守さま〟はこちらでお二人で並んでご歓談ください! 葡萄の残りご自分で召し上がってください!」
と〝播磨守〟に葡萄を蓮の葉ごと押しつける。
「えー。自分で食べるのか」
「非常のときです、無礼をお許しください!」
それで預流の袖を掴んで引っ張り、歩き出した。
……何だ、この状況。
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