第9話

主要駅からは少し離れているが、それでも最寄り駅からは歩いて10分はかからない、薄暗過ぎもしないところの1階にファストフードのお店がある建物、その2階にMumoはある。


バーというとお洒落な雰囲気でジャズ調のBGMが流れいて、ジレを纏った無口な店主がお酒を作るような空間をイメージしやすいかと思うがこの店は違う。

いや、正確にはそのような一面もあるが、Mumoはその時々のお客で店の雰囲気を変える。


そのコンセプトは個人的に嫌いではないが、初めは悩んでいたものだった。店主のこだわりということもありそのコンセプトを許しているものの、一般的にバーをイメージしているお客が来た時にとてつもなく賑やかな雰囲気であれば想像と違い幻滅する恐れもある。ましてバーなんていう店はデートのあとの2軒目として使われることも少なくない。デートの2軒目と言えば突っ込んだ話をしっとりとした空間で行い、男のタイプにもよるが本気で口説きにかかる時につかったり、低俗な使い方であれば今日の決め手として使用する方法もあるだろう。


とは言いつつも最近はいわゆるバーではない何か強烈なコンセプトを持ったバーがある。1990年代のゲームができるバーだったり、ボードゲームができるバー、あげたらいくらでもある。それらのバーと比べるとこの店は特徴がない。言ってしまえば、この店はどっちつかずなのである。コンセプトを前面に出していくにはコンセプトが弱すぎる、出さないと出さないで一般的なバーとは雰囲気がやや違っているときがある。


それでも常連客の中にはこの雰囲気が好きという人も多く、頻度の高い常連さんと常連さんが連れてくる新規客の輪で売り上げをなんとか立たせている。そんな具合の店なので、コンサルをする側としてみても課題は山積みである。がらくたと違って客単価が高いとは言え新規顧客が少ない。現状の回転率でよければそれも問題ないが、店の売上を改善させるのであれば、新規顧客の獲得施策を実施しなんらかの形で回転率も改善させなければいけない。


ただどちらかというとMumoの店長は夜間にしか店を活用できていないことに問題を感じている。物件は賃貸で月額で借りており、夜間の20時〜2時の6時間の営業時間では18時間分を損しているということだ。閉店時間については設定しているもののないようなものであるし、伸ばすとしたら営業時間を早める方向になる。人的な問題を除けばこの営業時間の問題は2,3時間伸ばす程度であれば営業時間は問題なくできるだろう。ただ営業時間を長くするということは1軒目に選ばれる必要がある。そのためには今のフードメニューでは心許ない。1軒目になるというのはある程度食事も済ませられる必要がある。だが今のフードメニューで食事として提供できそうなのは精々カレーくらいでそれ以外はつまみ系のナッツやピクルスになっている。フードの種類を増やすのであればキッチンの設備ももう少し力を入れないといけないだろう。


いつものようにそんな仕事のことを考えながら歩いていると、Mumoはもう近くだった。ファストフードを軽く腹に入れてから店へと一瞬過ぎったが、フードのことも相談しようと思ったので、直接Mumoへの階段を1段ずつ上がっていく。階段はすごく簡素だ。何もない灰色の段が続いている。段差がやや大きいため、鉄製の手すりが左についている。店主は金属ではなく木製の暖かみのあるものに変えたいと言っていたが耐久性の問題が気になるのだろうか管理会社は断ったらしい。カーブがある階段を12段ほど登っていくとMumoの扉が見える。Mumoの扉はがらくたのものと違って、格子のない窓のようなものがあり、店内の雰囲気がわかるようになっている。プライバシー的には気にならないのかという問題があるが、気になる人は念のため備え付けられている奥の席に座れば扉からみられない。また店主のこだわりでできるだけ見える扉をとのことで当初の計画では前面ガラスのコンビニのような扉にしようとしたという話も聞いている。扉を押して中に入ると営業開始時間の数分前ということもあり、店主が念入りにグラスを磨いているところだった。

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