第7話

最悪な気分だ。

吐き気がする。

目が覚めたときは仕事用の机の上だった。


確か、あのあと俺はすぐに家を出た。

ダウンジャケットも何も羽織らずにスウェットで出たものだから酷く寒かった。

誰にも会いたくないと思い、近所の公園で一夜を明かそうとした。


時刻は3時を回っていたし4時間そこらの戦争だったのだ。コンビニで缶のハイボールを3本購入し、それだけが夜明けまでの戦いの道具だった。今思えば、あのときすでにかなり飲んでいたので、ハイボール1本でもアルコール的には問題なかったし、温度的にも冬のど真ん中のこの季節には問題なかった。


しかし失敗はそれだけではなかった。ダウンジャケットがない中で真冬の深夜3時の寒さははアルコールによる暖房効果でも太刀打ちができなかったのだ。血の中のアルコールすらも冷え、あるのは風を凌ぎたいという希望ばかりであった。3時半を回った頃には2本の空き缶が誕生していた。カランという音がもの寂しさを演出している。


公園の端に佇む自動販売機の光を見つめながら、最後の一本に手を掛ける。喉を動かしていると手の中にある重さが少しずつ消え去って行く。もう残りも僅かとなった所で、角度をつけて飲み干そうとする。

想定よりもまだ残っており、食道に流れ込むそのアルコールのシャワーに溺れそうになる。口元からこぼれ落ちるハイボールを見て朦朧とした意識の中で世の中の無残さとか世界の冷たさとか何か言い難い、壮大な不条理のようなものを感じた。


地面に落ちた水はすぐに砕け、もう戻ってこない。無理やり回収をしようとすれば出来なくはないのかもしれないが、それを必ず元どおりにできることはない。泥や汚れなどと混じりあったり、もしくは別の調味料と混ざるかもしれない。コップの外に出て、何かと触れ合うということはつまりそういうことなのだろう。


僕は変わりたくない。だから仮面を作って僕が世界と交わることを避けている。


水がこぼれ落ちたあとの記憶は正直言って全くない。だからその間に電柱に話しかけたり、誰かに恋をしていたり、ともすると人を殺しているかもしれない。だが真実は誰も知らない。大学生の時ですら、これほど酔ったことはなかった。


とにかく、目が覚めたら俺は自宅での仕事用に使っている机に突っ伏して寝ていた。その机は天板は焦げ茶色で、骨が真っ黒に塗られた金属で出来た安物だ。量販店で適当に購入したもので、左側には本棚になるようなスペースがある。本棚のスペースには会計関連の本や、税金関係の本を置いている。右側は壁にぴったりとつけていてパソコン用のモニターを設置してある。造作こそ何もしていないが、これはこれで使いやすいように色々試した結果なのだ。

目覚めたときに皮膚の感覚で俺が家にいて仕事用の机にいることがわかった。仕方なく今日という1日をスタートさせるが全くもって気分はのらない。



−休日は嫌いだ。


−自分と向き合わなければいけないから。


溢した水は戻ってこず、進んだ針は戻らない。休む暇もなく明日が来る。少し疲れたからと言って一度休んでしまえば、もはや立てなくなるのがわかりきっているから、今日も進むしかない。立ち止まってから再び歩け出せるほど僕は強くない。


だからこそ俺は仕事をする。平日は打ち合わせや社内調整、確認などで定時を終える。そこから資料作りだ売り上げ管理だというものを22時ごろまでやって帰宅すると、平日に現場に足を運ぶことは難しい。休日に現場に行き話を聞くくらいがちょうどいい。


本来なら俺の立場であれば、担当の店舗をもたずに担当の店舗を持つ部下のマネジメントのみをするのだが、今は喫茶店とバー、それから焼肉屋の3店舗だけは担当させてもらっている。俺を育ててくれた先輩の担当していた店だったので、社長に直談判をしたのだ。


実際問題としては焼肉屋は店長さんがかなり出来た人で俺が出る幕は相談役だったり、会社としての力を使って欲しいときのみだ。バーは初見のお客様が少ない、常連さんばかりの店舗になっており、その解決。喫茶店はもう問題がなんと表現するのが適切かわからない。2週間に1回は必ず全店舗に顔を出すようにしている。状況の把握はもちろんのことだが、コミュニケーションの重要性、信頼してもらうことの重要性をあの人から教わったというのもある。


特に件の喫茶店「がらくた」に行くときはあの人のことをつい思い出してしまう。


『前田、お前がどんな人よりも優れているところ、これは天才レベルだ。それは弱さを持った上で強いことだ。痛みを感じないから強くいられるやつはいくらでもいる。だが、お前のように痛みを感じてなお進むことができるやつはそうはいない。その感覚は大事にしろよ。』


そんな話をぼうっと思い出しながら歩いていると、気がつけばがらくたについていた。

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