第2話後編
そこから合コンは始まった。ワインも店員が手際よくサーブしてくれ、名前、仕事、趣味なんかを話した。王様ゲームなんかをやるほど若くない俺だったので、話だけで楽しもうとする心意気は受け入れられた。
求められればピエロにもなった。なんとかうまくことを運ばせ無難な結果をもたらす。プライベートでの俺のモットーだ。
もう何回盛り上がらせただろう。映画の話、仕事の話、ノリ、ときには吉田や佐藤をあげることもした。そして3杯目のワインも飲み終わろうとする頃、小動物の女がじっとこちらを見つめてくる。
「大丈夫?目が据わってるけど。酔った?」
「…なそう」
据わった視線をこちらに向けつつ口だけ動かす。
声はせっかち女と吉田の声でかき消される。佐藤と髪が長い女もうまくやってるみたいだ。
「つまんなそう」
「楽しいよ、最高、本当に。」
適当に笑って見せたが、一瞬考えたあとに小動物の女はグラスに残ったワインを一気に飲み干した。
「行くよ。君の友達のためにも」
俺にだけ聞こえるように言っていたかと思う。
他の盛り上がっている連中は大人のふりをしていたのか聞こえていなかったのかわからないがとにかく反応していなかった。このときこの女は酔っていたのか、それとも全くのシラフだったのか、どちらかであることは確かだが、それは俺には知る由もない。
女はせっかち女に何か耳打ちし、せっかちは俺の方を向いて微笑んだ。
−ああ、そういうことか。
「吉田、すまん、女の子潰れかけてるから送ってく。他の子は任せた。会計は明日会社でいいか?」
吉田はせっかちとアイコンタクトをし、すぐに俺を店から出した。
飲み会では酔えない。秋の風はすぐにアルコールを飛ばして行った。
「最近急に寒くなったね。大丈夫?」
「大丈夫。あなたは?」
「大丈夫。電車、地下鉄だっけ?」
「そう、丸ノ内線。」
「副都心線だから近くまで送るよ。」
ケタケタと女は笑い出す。
「ハジメくんって、不器用だね。ありがと。」
「何が不器用なんだよ。」
「ねえ、酔ってる?」
「いや、ワイン3杯じゃほろ酔いもしない。」
「じゃあ気が抜けてたんだね。」
「何か世紀の大発見でもしたのか?」
「うん。すっごくつまんなそうにしてた。笑顔で。」
「そりゃ随分と演技派だな俺は。」
「バレちゃったけどね。」
「バレてない、ただの誤解だ。楽しかったからな。」
「そっかそっか。送ってくれてありがと。」
「どういたしまして。疑惑が晴れて心からお喜び申し上げます。」
「なんてね。帰ろっか。駅こっちでしょ?それとも女の子と二人っきりで電車は送り狼みたいで緊張しちゃうかな?」
「路線違うって。」
「朝7時59分発 3号車の左隅。たまに流されて左ドア前。」
「あ、もしかしてファンの子?」
「そう!ずっとあなたのファンだったんです!なんのメディアにも出ていない、無名スターのハジメくんのたった一人のファン!」
「吉田のやつにいじられてらめんどくさいだけだから、もう最寄駅まで送るよ。」
「ハジメくん明日朝何時?」
「いつも通り、7時59分発の電車だよ。」
「じゃあ私の家で飲み直そう!」
この女はどういうつもりだ。会話のペースからして飲まれている気がする。
だが、俺が合コンに行くのも今日決まったことのはずだし、この女と出会ったのもたまたまか?
−ああ、なるほど。たまたま合コンで目の前だった男がいつも電車で見かけている男だった。そして周りはもうカップル成立しかけ、この女は運命でも感じているのか。それとも残り物同士で傷の舐め合いでもしたいのかもしれない。暗闇の中の光と少しのアルコールは人を感傷的にさせる。
「いや、帰るよ。明日も仕事だ。」
弱みを見せるな。人はすぐ裏切る。だからと言って傷つけてはいけない。断ると女は少し悩み、沈黙が生まれる。人間は裏切る、だからこそ深く付き合ってはいけない。少なくとも俺はそう思っている。孤独は苦しいが、人に裏切られるなら、いや、人を裏切るなら俺は孤独な方がいい。触れなければ壊れることもない。
「仕事じゃ仕方ないね。じゃあハジメくん、ここで問題ね。」
少し悲しそうな視線がその奥に見えたので申し訳なくなる。
「おう。なんでもこい。」
人はとても単純だ。きっと俺がこの女のことを一度も名前で呼んでいないから名前わかる?とでも聞くつもりだろう。そんなへまはしない。
「私の名前は?」
「『まどか』でしょ。ちゃんと話聞いてたってば。」
少し茶化しながら言う。やはり単純だ。単純だからこそ、裏切りは深く刺さる。真っ直ぐな人はそのまま真っ直ぐに裏切る。真っ直ぐの方が深く刺さる。だから今日もうまくやる。
「あと言ってたのは、白ワインと梅酒が好きで結構お酒も飲むんだっけ?仕事はWeb制作会社でデザイナー。休みの日は買い物とか映画とかで最近はアクションものをみてて、主役の俳優がかっこよくてって話は聞いてたよ。」
女は目を丸くする。喜びなのか単純な驚きなのか、不気味さなのかはわからないがとにかく動揺をしていた。そしてふふっと笑い俺の方を見る。
「大正解!意外と人の話聞いているんだね!じゃあ家まで送って!」
「失礼じゃないか?家までか、わかったよ。」
女と共に夜の住宅街を歩いた。案内人はときどき騙しを入れながら俺を案内した。4、5分も歩いたところで、女は立ち止まる。
「もうここまでで大丈夫!ここ曲がったらすぐだし。家の前まで送ってもらったら『軽い女だな』って思われそうだし。」
「わかった。じゃあ気をつけて。」
手を振り見送ろうとする。さっきまでのふざけた様子から一変して、真っ直ぐ温かい目で女が俺の目を見る。
「一くん、私さっきの場では嘘ついてたの。可愛げないところがたくさんあるから。白ワインよりスコッチが好き。梅酒なんて甘すぎて飲めない。それ以外は大体あってるけど。」
「スコッチは俺も好きだ。あの店にはいいのがなかったから頼まなかったけどな。」
意表を突かれた気がするが、話の先が見えない。この女は何を話しているのか。嘘をついた罪悪感か。本当の私を愛してほしいという理想主義者なのか。それともただ俺を帰したくないだけなのか。
「自分を守るための嘘ってみんなあるよね。っていうかその『何言ってんだこいつ』って顔ひどくない?つまんない話で引き留めてごめんね。おやすみ。気をつけて帰って。」
「ああ、おやすみ。もうすぐだろうけど気をつけて帰って。」
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