第3話

初めて痛みを知ったのはまだ10代の頃だった。

彼女に「話したいことがある」と呼ばれ、素直に呼ばれた場所に行くと、彼女と僕の親友がいた。

彼女は僕の顔を見て、想像通りの言葉を発すると泣き崩れた。僕は何もできずただ大丈夫と笑った。ごめんと言うたびに僕の中のヒビが少しずつ増えていった。


その時僕はもう2度と裏切られたくない。2度と誰も信じないと誓った。

ただ人間というものは一度心地いいものを知ってしまうと、誘惑に負けてしまうものであり、その後も人を愛した。


ただとはいっても警戒心はある程度人よりも強かった。

次に裏切られたのははっきり物をいう人だった。歯に衣着せぬ物言いとはまさにこのことかと思い、この人がいうことは信用ができた。


ある日この人が僕へ好意を寄せていることを伝えてきた。瞳はなぜかいつもより潤んでいて、体もわずかに震えていた。何月かはもう思い出せないがそれなりに寒い季節だった気がする。息は白くなり、彼女の顔は寒さからか赤くなり、ピンクのラインが入った白いマフラーをつけていた彼女はいつもとは違ってほんの少し遠回しな言い方をしていて、それが当時はとても可愛らしく思え、俺は落ちた。


彼女は溌剌としていて、どちらかというとお洒落なお店が好きだった。どこでもいいから僕と一緒にいたいといってきていた1人目とはまた違っていた。そんな彼女との1回だけのクリスマスは少し背伸びをしたレストランだった。まだお酒も飲めない年齢だったから有名なお店なんてものは勿論行けずに、髭を整えたお洒落な中年男性が家族で経営する個人飲食店だった。右隣の席では常連客らしい男が彼女にプロポーズをしており、反対の席では老夫婦が緩やかな時間を過ごしていた。レストランで彼女はなんだかわからない魚介系のパスタを頼み、僕は何を頼んだか忘れたけど僕もパスタを頼んだと思う。何を頼んだかなんてほとんど記憶にない。


それは例えば、就職面接のために会社に移動しているときに、メジャーリーガーに出会ったようなもので、痛ましい事例で言えば、頭痛に苦しんでいるときに足の小指をどこかにひっかけたようなもので、何か強い衝撃が1つあるだけでその他の出来事をかすめてしまうのだ。僕の場合その衝撃とはプレゼントだった。ネットでこれでもかと調べ、彼女にあうものを選んだ。色々と検討を重ねた結果、ネックレスになった。とはいっても予算はたいしたことない。高校生が背伸びして買える程度のものだ。大枠の品物と予算が決まればブランドを選ぶ。


あとはタイミング。待ち合わせ場所で会ったとき、お店に入るとき、お店の中にいるとき、お店をでるとき、それともプレゼントを渡すために他の場所をセッティングするか。あの頃の僕はそんなことにさえ一生懸命だった。あの瞬間僕は生きていた。いや、生命が途絶えていない状況を生きているというのであればあの当時も今も僕は生きている。本当の意味で生きているというのがいつかはわからないが、それでも今とあのときの生はまったく別物だっただろう。


結局タイミングはお店を出た後に渡すことにした。いろいろな可能性を考えたたが、一番は彼女に僕の顔を見られたくなかったからだ。


「これ、クリスマスプレゼント」


震えた声を悟られないように短く、端的に空気を震わせた。

少し間があり、彼女もまた空気を漏らせた。ハッとした感じだったと思う。彼女の顔が赤くなった気がする。僕も恥ずかしさでより一層風が冷たく感じた。


「嬉しい。ありがとう。ネックレス?」


他愛もない話をしているとき僕らは友人のように見えていただろう。ただ確かに、この瞬間僕らは恋人だった。相手の息遣いも、着ているコートに少しだけついている毛玉も、靴の擦れたような傷も、風で崩れた髪型も全てが愛しくて、また彼女の全てを僕がわかり、僕の全てが彼女に伝わっている。そんな気分だった。そしてその瞬間なぜか僕は許された気がする。神への懺悔で許しを求めることを僕はしたことがない。けれども、彼女はその瞬間、愛で僕を許してくれた気がする。


ただ、そんな日々も突然終わった。結局僕は何をしても仕方ない。

ある雨の日、彼女は僕に言う。


「あなたといることが退屈になった。彼の方があなたより色々な景色を見せてくれるの。だからごめんね。別れましょう?」

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