第4話  明かされた真実

外気がひんやりしてきたので、リューイとそろそろ戻ろうか!と庭園から室内へ戻ると、何となく先ほどのダンスの相手の男性を探してしまう。

もう帰ってしまったようだ。

少し残念なような複雑な感情を抱いていると急に、

わっ!と令嬢たちに囲まれた。


なっ!なんだなんだ!?


「オリビア様はユーグレ公爵様とどういったご関係で?」

「《氷の結界王子》にどうやって結界を解かせたんですの?」

「僕も結界にはじかれたーい」

「お二人は恋人同士なんですか?」

「馴れ初めをお聴きしたいわ〜!」

「あ〜ん私ユーグレ公爵様に憧れてましたのに〜」


おい、なんか一人変なのが混じってるよ。

うっかり令嬢らしからぬツッコミを心の中で入れてしまったが、ダンスの後から庶民だった頃に引きずられている気がする。


「ちょっ、ちょっとお待ち下さい皆様!何がなんだか分からないのですが........一体何のお話をされてますの?」



一瞬シンっ、とした後また一斉に話しかけて来た。

ちょっと!訳がわからないんだけど!


リューイが横からチョイチョイと肩を叩き、耳元で説明してくれた。


「さっきシーナのダンスのお相手がジン・ユーグレ公爵だよ。彼は周りから《氷の結界王子》って呼ばれてるんだ」


ージン・ユーグレ公爵


それがあの人の今世の名前ですか。


それにしても《氷の結界王子》とは?


その疑問はリューイが解決してくれた。


「ユーグレ公爵は人間嫌いで有名なんだ。特に女性を嫌悪していて、一定の距離に近づかないように常に結界を纏っているらしいんだ。寝る時でさえ解かないみたいだよ。」


何ですって?!

女嫌い?あの人が?

何かの間違えじゃ.........


「常に結界をって.....何か魔道具を使っているのかしら」

上位魔術師でも魔法を発動し続けるのは数時間が限界だ。それを寝てる間の意識がない状態でも常時コントロールし続けるなんて並の人間に到底なし得ないことだ。



「いや、公爵自らの魔力を使っているらしい」


今度こそ目を見開いた。

前前世では、ジオ様に魔力の適性が皆無であったため、ずいぶん落ち込んでいたようだったのを思い出したからだ。


そう、今世では魔法が使えるのね。

きっと嬉しかったでしょうね。

しかも相当な使い手になるなんて。


「知らなかったわ。あの方は公爵様で、魔術師だったのね」


いや、とリューイが続ける



「ユーグレ公爵は騎士だ」


「え!?常に魔力を纏っていられる程の実力がありながら騎士になったのですか?」


「ああ、噂では難なく特大魔法も使えるらしい。王宮魔術師がやっきになってスカウトしていたが、首を縦に振って貰えなかったらしい。しかも、第一王子のヘリオス殿下と友人関係で、王子付きの近衛騎士に誘われているのに断り続けているらしいんだ。」


目眩がしそうなほど優秀なのね。

誇らしい気持ちと、なんだか遠い存在になってしまったなと寂しい思いが込み上げてきたが、いやいや!今世ではかかわらないと決めじゃないの!なに寂しがっているのよ!

と自分を叱咤する。



それで、とリューイが話を続ける。


「普通は魔術の才能があると魔術師になるけど、ユーグレ公爵は剣術の才能も国のトップ3に入るほどの実力なんだって!だから騎士団に入団したんだけど、最近では魔法と剣術を合わせた戦いを考案しているらしくて騎士たちに魔法を教えて魔法剣術なるものを作り出したらしいよ!」


ほぇ〜

すごいのね。


この国では魔術師は魔術師、騎士は騎士と分かれているため、どちらかの適性があれば魔術学園か騎士学校へ入学しそれぞれに特化したカリキュラムしか学ばない。そのため、騎士が魔法を使うという発想自体がなかったらしいの。それを覆したのがジン・ユーグレ公爵というわけ。

彼が学生の頃に身体強化魔法を作り出し、騎士への使用を考案し実践で使用されるようになってからは魔獣討伐の際、騎士の殉職者を一人も出していない。

さらに、風魔法を応用して魔石を砕いて足底に使うことで魔力のない人でも瞬発力を上げる事ができる魔道ブーツの開発も手がけ、今では騎士団だけでなく一般市民にも広まっている。

最近設立された、魔術も剣術も同じくらい秀でている者が通える魔術騎士学校はジン・ユーグレ公爵の提案なのだとか。


私が15歳になって魔術学園に通う頃には騎士は身体強化魔法を当たり前のように使用していたようだし、うちの領地でも身体強化魔法は当たり前のように使用されている。


我が領土は辺境で常に魔獣の脅威にさらされてきたため、女である私も幼い頃から戦えるように鍛えられている。

実践では使える者は魔法と剣術の両方を使うのは当たり前だが、いざという時どちらを出すか決めておかないと一瞬の躊躇が命取りになる。

そういうわけでやはり得意な方を中心に訓練し、魔術師はおもに後方支援が多い。

私は6つの頃から剣術の教師がついて今はそれなりに強いと豪語している。

魔法については一度目の前世が魔術師でかなりの腕前だったことと、さらに二度目の前世の科学の理論を取り入れたことにより現在はかなりチートだ。

けれどあんまり目立ちたくないので、基本は剣術で対応している。おそらく家族も生活魔法以外は使えないと思っている事だろう。


本当はのんびり暮らしたいのだが、お父様とお兄様が魔獣の討伐をしているのに私だけなんて、そうはいかない。




やってくる令嬢たちの輪から抜け出すと、執事らしき人物に話しかけられた。

第一王子ヘリオス殿下が私をお呼びとのことだ。

途端に警戒して体を硬くする私に、気を使ってくれたのか、リューイも連れてきていいと言われた。

少し安心したけれど、なぜ呼び出されたのか分からずにリューイと二人揃って不思議そうに顔を見合わせる。



室内に通されると、そこにはこちらに背を向けていたこの国の第一王子ヘリオス殿下がゆっくりと振り返る。

しばらく何も言葉を発せず、じーっとシーナを見ていたので、少し居心地が悪い。

リューイに関しては見えていないかのようだ。




「ふ〜ん、君が.....ね。」

何か含みのある言い方をする。



「あの...私が何か?」



「いや、単純に興味があったんだ。とても優秀だそうだね。剣の腕も」


剣の腕・も・?



「私の友人にね、前世の記憶があるという変わったヤツが居るんだ」



心拍数が跳ね上がる。



殿下の友人は、前世では地球という星の日本という国で育ったと言う。その前の人生の記憶もあるんだそうです。


それから殿下の口から話された内容はどこかで聞いた事のある話だった。


「その者は、何度生まれ変わっても同じ女性と巡り合うのだという。そして毎回ささいな誤解ですれ違い、女性は命を落とすのだそうだ」

そう言って振り返った殿下は真っ直ぐこちらを見据える。


ヒヤリと冷や汗が流れる。


まさか、あの方も前世の記憶が?


だとしたら殿下はどこまで知っているのでしょうか。


「些細な誤解、ですか。それはどんな誤解なのでしょう」


探りをいれてみる。

殿下は私のこの返答を聞いて何か確信を得たようだ。


「さて、君はどう思う?」


回りくどい言い方に少し焦れたが、冷静を装う。こんな所で令嬢としての教育が功を成した。


「さぁ.....男性が浮気でも致しましたのでしょうか」


その答えに殿下は目に見えるほど不機嫌な顔になった。


「本人に聞いたのかい?」


「え?」


「女性は彼に『浮気をしたのか?』と、直接たずねたのかい?」


「そんなの聞かなくたって見たら分かります!」

昔見た光景を思い出し、ついムキになって言葉を発した後に、話している相手が誰なのかを思い出す。

これでは件の女性が私だと話したも同然だ。いつの間にか殿下のペースにのせられていた。令嬢の仮面も跡形もない。


「おや、では君はその彼がなぜその状況にあったのか聞かずに勝手に決めつけたんだね」


「そんな事っ!」


「そんな事ないと言い切れるかい?」

責めるように言われて口籠る。


あんな現場を見せられて信じろという方が無理よ。

でも、とシーナは思う。

私は本人に直接「浮気をしたの?」とは聞いたことがないことに気がついた。

女性と二人で会っていた。それだけでもう有罪だと確定していた。その後、彼の派手な女性関係の噂・を聞いて傷ついていた。

そのことに気づいてシーナは愕然とした。

そう、全・て・は・噂・だ・っ・た・の・だ・

本人に直接確かめた事がなかった。


なぜ?


怖かったからだ。


私の《真実の目》が見極めてしまうのを。

私を裏切っていたと確定してしまう事が怖かったから。


もしも彼が私に嘘をついていたらどうしよう、と。私以外の人を愛してしまったら立ち直れない。ならば突き放される前に自分から離れた方が楽だと。


自分でも気づいていなかった、いや気・づ・き・た・く・な・い・真実を突き付けられてショックで声が出せなくなった。


口下手な彼はいつだって私を愛していると伝えていたのに。



急に黙り込んでしまったシーナを今までずっと黙って側についていたリューイが心配そうに顔を伺う。



でも、とシーナは思う。

最後に見たジオ様と侍女の光景を思い出して、やはり、と確信を持つ。


その時第一王子はシーナの心を読んでいたようにあることを話し出した。


「その男は王命で、あるスパイを調べていたようだ」


スパイ?


唐突に話が飛んだので思わず顔を上げる。


「その女は侍女に扮して潜入していたらしい」


「.......侍女.....ですか」



まさか



「ぁあ、何でも、振られた女が腹いせに流した根・も・葉・も・な・い・噂・のせいで、女遊びが激しいとされ周りから孤立していた男を国王が利用したらしい。」



ああ.....そんなっ

もしその話が本当なら......


「そしてその現場を彼の婚約者が目撃してしまった。」

チラリとシーナを見ながら話を続ける。


「そして、侍女を取り逃がしたせいで真実を婚約者に話すことを許されなかった。男は愛を伝えたがもう耳を塞いで聞いてもらえなかったそうだ。そして会うことさえ拒まれ、婚約者は戦争で亡くなったらしい。彼の周りには味方は一人も居なかった。家族も友人も婚約者も誰一人信じ、味方になってくれる人はいなかった。

最後には結構無茶をして、ほとんど狂ったように亡くなったようだよ」


シーナの目には涙が溢れていた。

この国の王子の前だというのに取り繕うことさえできずにいた。


「そして、再度生まれ変わった男は同じ女性を愛した。その後、また疑われ信じてもらえぬまま婚約者は亡くなったらしい。

そして、今世で彼は《氷の結界王子》と呼ばれている。誰にも心を開かず、誰にも頼らず、常に結界を自身に張って人を寄せ付けずにいる。だが、男の心は氷とは程遠い。私は彼が大好きなんだ。笑顔の仮面を貼り付けて寄ってくるハイエナどもよりよっぽど暖かい心を持っている。彼ほどに美しい心を持っている人間を私は知らない。」


ヘリオス殿下は最後に目を閉じてこう言った。


「彼はなぜその話を私にしたと思う?」

そう言って後ろを向いた後、質問しておいて勝手に話を進めていく。

「『いつか現れる女性を救ってください。彼女が今世では長く、幸せに生きれるように。』だってさ。『名前はきっと《シーノ》か《志乃》に近い音の名前で生まれてくるはずだ』と。そしてその条件を呑むのなら国ではなく私自身に忠誠を誓ってくれるとまで言ったのだ。あの人嫌いがね」

と言って、堪えきれずといったようにふふっと笑いをもらした。



シーナはもう立っていることさえできずに座り込み、手で顔を覆った。喉から嗚咽が漏れる。



すると、今まで黙って聞いていたリューイがシーナを庇うように前に出て口を開いた。



「ですが!その男に関する噂が本当かもしれないではありませんか。全て誤解だと証明してくる者も、今となってはいないのですから」



「証拠はあるよ」



殿下はゆっくりとシーナの前に膝をつき囁いた。

「君が本当に真実を知りたいのなら、男の腹を見てみるのだな」



腹?



すっと立ち上がると側にいる騎士に声をかけた。



「オリビア嬢を馬車まで送ってやれ」



一緒に退室しようとするリューイに向かって殿下は声をかける。




「ぁあ、貴殿にはまだ話があるので残って貰いたい」


シーナが騎士に付き添われ部屋を後にすると、初めてリューイと目を合わせた。



「さて、話してもらおうか」



「殿下、何のことでしょうか.....」



「君にも前世の記憶があるんだろう?弟くん。いや、義理の弟と言うべきか」






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




ヘリオス殿下と話してから数日

かつての記憶を掘り起こしながら、自分が当時の婚約者に何を言い何を言われたかを考えていた。

今更自分が彼にした事は変えられないし言ったことも取り消せない。

けれど、やはり、と自己嫌悪が続いていた。

何が《真実の目》の保持者だ。

目を背け、彼の真実を何ひとつとして拾えてなかったではないか。

《真実の目》は沢山の嘘を看破してきた。

知りたくない事まで知ってしまう。

嘘のまま信じていたかったと思うような事が沢山あった。だからといって大切な人の真実を捻じ曲げて良いはずがない。

他人との接触を結界という形で拒絶を表す彼にどうすれば償えるだろうか。

それほどまでに人嫌いにしたのは紛れもない自分なのだ。



謝りたい。

会ってくれるだろうか。

何を今更と思われるかな。

もう、私と関わり合いになりたくないかもしれない。


それでもやっぱり、会いたい


会って話がしたい。

声が聞きたい。


堰き止めていた想いの蓋を、一度開けてしまえばもう溢れ出て止まらなくなる。


今度は私が追いかけよう。彼がしてくれたように。



そう決意した最中のことだった。




領地に警報が響き渡った。



魔物の異常発生スタンピードだ。



その報告を受けてその場は騒然となった。



「まさか!次はまだ50年は余裕があったはずだ!」

そう、兄が今言ったように、なぜ発生するのかはまだ明らかにされていないが大体100年毎にスタンピードと言う名の魔物大発生が起こる。

その規模はその年によって違うが、だいたい魔物800〜1000体ほどと言われている。

そして、森に面した我が辺境領が先に接触する。



だが我が領地の騎士たちは対魔物に特化した戦いをする。

発見が遅れたとて、いつも通りに魔物を屠れば良いのだ。少しくらいその数が多かったとしても何も問題はない。

誰もがその顔にやる気をみなぎらせていた。


だが、いざ迎え撃って見ればその規模に誰もが唖然とした。


「あんなにたくさんの魔獣が........」


迎え撃つにあたってこちらに有利な、少し高台となっている開けた場所に陣地を構えた。

まだ遠くに蠢いて地を埋め尽くすような黒い生き物たち。あれはすべて魔獣.....?


騎士団が到着するまで早くても3時間。

辺境伯の戦力は500に対して魔獣の数は現在目視できるだけで2000は優に超えている。


いくら鍛えられた辺境の騎士とはいえこの数は........


いいえ、なんとしても守りきらなければ!

壁を超えられるわけにはいかない。

ここで食い止めなければ後ろには領民がいるのだ。誰もが守るべき大切なものを思い浮かべ、一人として逃げようとする者はいない。それを私は誇りに思うわ。


「我々は最も魔獣との戦いに優れた辺境の騎士であるっ!!!!今更少し数が増えたとて動じる事はないっっ!!一匹たりともここを突破させるわけにはいかんっ!!我らに挑んだが奴らの不運、今!この時をっ!!我らの辺境騎士の武勇伝として歴史に残すぞ!!意地を見せてみよーーーっ!!!!」


「「「おおーーーーーーーー!!!!」」」


普段のお父様では考えられないほどの腹の底に響くような怒号に、騎士たちが雄叫びとダンダンっ!と足踏みで答える。

私もグッと拳を握り空に突き上げ叫び声をあげる。




最初の生では戦争終結後に命尽きた。

今度もまた生きては帰れないかもしれない。

でも、前回のようにヤケになったわけではない。守りたいものがあるのだ。

だから家族の反対を押し切って共に戦うことを選んだ。

今はお父様とお兄様がいる。

孤独で戦争に挑んだ時とは訳が違う。

今回は出し惜しみはしない。

隠してきた魔法も全力で使う。

もしも後に目をつけられ悪用されそうになったら逃げればいい。家族と離れるのは辛いけれど、私一人が黙秘すれば解決する問題なら迷う事はない。




敵を睨みつけながら隣で指揮するお父様へ声をかける。


「お父様、今まで黙っていてごめんなさい。」



同じ方向を睨みつけていたお父様が怪訝そうに顔を動かさずにこちらを横目に見る。



魔獣たちがあと50メートルほど先に迫ってきた。



ーよしっ!十分引きつけた。



両手を広げて手先に魔力を溜めていく。



「暴轟竜巻トルネード!!」



その瞬間、暴風が発生し、一点に集まっていく。

次の瞬間あらゆるものを巻き込みながら進む竜巻が発生した。

魔物を巻き込みながらゆっくりと確実に進んでいく。

久しぶりの大きな魔術行使に思ったより身体が重くなる。

だがしっかりと足を踏みしめ腕を動かせて竜巻の進路をコントロールしていく。

これ以上はキツイなと開いていた両手のひらをグッ!と握りしめた。

その瞬間竜巻は鋭利な風を切る音とともに霧散した。消えときの余波でも沢山の魔物を巻き込んでいった。


突然の竜巻の襲来に慌てふためく魔物たちと、何が起こったか訳がわからずにいる辺境騎士はポカンとしていた。


父親は同じように、簡単な生活魔術しか使えないはずの自分の娘が王国魔術師でもなし得ない大技の行使に動揺していた。

が、瞬時に立ち直り指揮をとる。


「魔獣どもの均衡が崩れた!今こそ好機!!一気に畳み掛けろー!!!!」



さすがお父様。一瞬動揺したけれど直ぐに立ち直りましたね。

後で説明しろ!と視線を投げかけて戦闘に戻っていった。


今のトルネードで半分とはいかないが結構な数を葬ったはず。


シーナは剣を鞘から抜き構えた。

ここからは混戦していくから大技はもう使えない。戦いながらある程度殺傷力のある魔法を剣と併用して行く。


それから数時間の間、数の差があるとは思えないほど圧倒的に押していた。騎士の誰もがこのまま押し切れると思っていた。


その時、


「アォーーーーーーーーン!!!!」


突如瀕死の状態の狼型の魔獣が遠吠えを始めた。すると、周りにいる多種多様の魔獣たちも声を上げ始めた。


「ガーーーーーーーウ!!!」

「ケケケケケケケーーー!!」

「ギャウギャエ」

「グルルルルルル〜!!!!」


突然の魔獣たち大合唱に森全体が揺れ始めた。木々が怪しく揺れ始める。

すると突如地面が大きく割れた。



「おいおいおい、冗談だろ.......」

呟いたのは誰だっただろうか。


地響きとともに割れた地面の中から現れたのは、真っ黒の身体に羽と鱗、目玉は人の頭ほどの大きさで鼻の穴は人が吸い込まれそうなほど大きい。半開きの口には鋭利な牙がズラリと並んでいた。


「森の主、黒竜......」

いつの間にか隣に来ていたお兄様が呟いた。


「黒竜!?」

お兄様の言葉に周りが動揺し出す。


「黒竜?!!あの世に終焉をもたらすと言われている?」


もしこの生き物が本当に森の主ならば、普通の人間では到底太刀打ち出来ない。


一体どうすれば!!


ガチャ!と腰を抜かせた騎士の鎧のこすれる金属音に、黒竜の目が不快そうにその者を捉えた。


黒竜の口内にエネルギーが溜まって行くのが分かる。


ブレスが来る!!


あれを受けたら一撃でうちの騎士たちは壊滅だわ。かといって避ければ真っ直ぐに我が領地に向かってしまう。


選択の余地はない。シーナは走り出した。

尻餅をついている騎士の前に立ちはだかると、黒竜がブレスを放つのが分かった。

持てる力最大級のシールドを張る。

シールドと黒竜の放ったブレスがぶつかって余波で周りにいた人が吹っ飛ぶ。


「っくっ!!重いっ」


黒竜の力をはじき返すと同時にシーナも吹き飛ばされ地面に叩きつけられる。

自分の放ったブレスを食らった黒竜がいらただしげにシーナを睨んでくる。

にじり寄ってくる黒竜に全身を強打されたシーナは身動きが取れない。



ーもう終わりね


死ぬかもしれない。そう思うと同時に自分が傷つけてしまった彼の姿が脳裏に浮かぶ。

一言謝りたかった。



その時、突如太陽に影が入った。

なんとなしに上を見ると太陽が欠けている。いや、人が降ってくる。


ドゴン!!



黒竜とシーナの間に着地したその人物は、地面にクレーターを作りながら参上した。


ーまさか



ジン・ユーグレ公爵。



まるで少年ジャ◯プみたいな登場の仕方ね。なんて呑気なことを一瞬考える。


「待たせたな!シーナ、よく頑張った。」


ははっ

やっぱりあなたはずるい人です。


私が1番来て欲しい時に来てくれるなんて......


しかもナチュラルに名前を呼び捨てにしてるんですけど........


「王国騎士団と魔術師たちを転移させた。いったん下がって体制を整えよ!怪我をしているものは今のうちにヒールをかけて貰え!」


ジン様が声を張り上げ指示を出す。


「シーナ!立てるか?」

前を見据えた戦闘体制をキープしたまま問いかける。


「自分でヒールをかけたので大丈夫です」

傷は癒えたが衝撃からまだ立ち直れずによろけながら立ち上がるシーナの腰をジンが支える。


急なジンの接触にシーナはたじろいだが、その温もりに涙が出そうになった。


泣くなっ!!

今はそんな時じゃないのよ。


両足に力を入れる。


「それで、どうするの?」

シーナは前世の口調になっていたが、そんなこと考えている余裕はない。


ジンはニヤっ!片方の口角を上げて不適に微笑む。

「叩きのめすさ!だがとりあえずは、後ろと合流しよう。」

ジンの登場で黒竜の視界からシーナが遮られたため、黒竜は興味を失ったようでマイペースにも毛づくろいならぬ鱗づくろいを始めていた。

黒竜の出現で魔獣たちも圧倒されて今は大人しくなっている。

体制を整えるには絶好の機会だ。


ジンがシーナを支えながら王国騎士団と辺境騎士と合流した。

本当は支えてもらう必要はもうないのだが.....

なんとなく言い出せずにそのまま歩き続けた。

心配そうに駆け寄ってきた兄と父は、シーナの腰にあるジンの手を見て驚愕し、目だけで疑問を投げかける。

どういう事だ?聞いてないぞ!

そう語っていた。

だが今は問いただしている時ではない。


「それで、どうしますか?」


お父様がジン様に聞いた。

戦闘において彼ほど頼りになる人はいない。

そう思うからこそ指揮を請うている。

彼の周りには戦闘においての主要メンバーが集まり真剣に話していた。


「まずは周りの雑魚を一掃するぞ。魔術師達は回復に専念しろ。あとは黒竜のブレスが町に向いたときだけ弾くのだ。まともに受け止めるな。ブレスの方向を上に変えるだけでいい」


騎士の配置や魔物の行動のパターンによっての動き方の作戦を立てていくなか、最後の一言で反論が上がった。


「お前たちは黒竜に手を出すな」


「一人で戦うおつもりですか!いくらユーグレ公爵とはいえ無謀です」


「そうです!私たちも戦えます。」


「他の者は足手纏いだ。下手に手を出すと無駄死にする。それに、一人ではない」

そう言ってシーナを見た。


皆の視線がシーナに向く。


「ま、待ってください!確かにシーナの腕は立ちますが剣の腕は私の方が上です!」


兄様は慌てて私後ろに隠すように前に出た。

それを見て、ジン様は少し考えるようなそぶりを見せる。

シーナは今世で魔法を使えると公言していない。それを考慮してくれているのだと分かる。


「やります!」

先ほどトルネードを使ってしまったのを沢山の人に見られている。今更だ。


ジンがじっとシーナを見て口を開いた。


「いいのか?」


力を隠していたのにいいのか?この先周りが放っておかないだろう。そう言外に告げている。


「はい。もとよりそのつもりです。あなたを一人で行かせるなどありえない」


ジンの目を見てきっぱり言い放った。

父と兄の表情が険しい。


「お前たちはいつの間にそんなに仲良くなったのだっ!」

兄がシーナに詰め寄る。周りの者も興味深いとばかりに好奇心の目を向けていた。


「お、お兄様っ、今はそんなことを言っている時ではありませんし......」


ムっ、としながらも渋々離れていったが後で覚えておけよ!と言葉を吐いた。

お兄様、それは悪役のセリフです。

騎士たちも残念そうな顔をしないで下さい。


それから各々配置に着くと、シーナとジンは打ち合わせていく。


「一撃で決める。長引くとこちらが不利になる。タイミングを合わせて同時に打つぞ!君なら出来るだろう。」


それは質問でなくて断定の言葉。


過去を知っているからこその信頼。

その言葉が嬉しい。


そして、今更ながらに思う。


ーやはりあなたも過去の記憶があるんですね。


あなたが身体強化の魔法をつくりあげたと聞いた時から、もしかしてと思っていた。

そしてヘリオス殿下の言葉で確信できたけれど、実際に接するあなたは前世のどのあなたより逞しく頼りになる。

過去に酷い仕打ちをした私にも普通に接してくれる。それに先ほどは心配までしてくれた。


「はい!」


こんな時だというのにこうして一緒に戦えるのが嬉しい。

この人に背中を任せて貰えたことが嬉しくてたまらない。

死ぬかと思った時、今世でも思い浮かんだのはジン様の顔だった。

たとえこの先この人に愛されなくても、愛していることはきっと変わることはない。

戦いが終わったら誤魔化さずに伝えよう。

もう逃げるのはやめにしなくては。



戦闘が始まった。


依然として黒竜はマイペースを貫いている。

騎士は三手に分かれてている。

黒竜を中心に魔獣たちが集まっているため、そのサイドから挟み込むように騎士が位置し、さらに誘うように付かず離れずの戦闘を繰り返し少しずつ黒竜から魔獣を引き離していく。

その後ろには戦闘のできるヒーラーを配置。


正面側には魔術師たちを領地を背に黒竜のブレスが来た場合に備えている。他のところにブレスが来た場合は自力で避けて貰うしかない。ブレスを放つ時には予備動作と数秒の溜めがあるためよく動きを見ていれば難なく避けられる。


シーナとジンは黒竜が動いた時のために待機している。

周りに人がいては攻撃力の高い魔法は打てない。

だからこそ、騎士には離れたところで戦闘してもらいたいのだ。

魔獣を巻き込むのはいいが味方を巻き込んでは元も子もない。


魔獣戦に関しては圧勝だった。かなり数を減らせていた事と援軍が来たことにより、駆逐するのにさほど時間はかからなかった。


あらかた魔獣が片付きはじめた頃になってやっと黒竜が動き出した。

イライラと大きな尻尾で大地をバシバシ叩いていた。


「そろそろだな。用意はいいか?」

「いつでも!」


ジンが黒竜の真上に魔法で雲を作り出した。

黒竜がそれに気づき雲に向かって攻撃態勢をとる。

「させないわよ!」

先ほどのトルネードの応用編で、トルネードになる寸前の暴風を黒竜を中心に周りに発生させる。

その時点で打ち合わせしていた通り騎士たちは避難を始めた。

ジンが発生させた雲が段々と黒く変色し電気をまとい始めた。

その時点で黒竜はマズイ!と思ったようで逃げようとするが、そうはさせない。

シーナは風の威力を強め、さらに水魔法を混ぜていく。完全に水が黒竜を覆ったタイミングで、ジンの作った雲の魔力が膨大に膨れ上がる。


「雷檻ゲージオブサンダーー!!!!」


「散サン!!!!!」


数百もの雷が矢のように黒竜に降り注ぐとともに、シーナの暴風が散解して水浸しになった黒竜は感電して黒い煙を上 あげていた。


倒れる黒竜を見て、ジンは腰についてる剣を抜き走り出した。魔法を剣に纏わせて一気に首を落とす。


雄叫びのような歓声があがる。


あれだけの威力の魔法を打ち込んだ後にあんなに剣をふるえるなんて凄すぎる....とシーナは考えていた。


「本当に一撃で倒しやがった.......」

「氷の結界王子もすげーけどあの嬢ちゃんもヤベー」

「あの子何もんだ?」

勝利の喜びと共に混じって色々聞こえてきけど、取りあえず聞こえないふりでもしておこう。


黒竜と一緒に、残っていた魔獣も全て巻き込まれたようだ。


シーナとジンを褒め讃える者の中には畏怖の表情で見ているものもいた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




後書き

あまりにも長文すぎて分ける事にしました。

今日は続けて投稿します。

なんだか終わる終わるサギのようで申し訳ないです:(;゛゜'ω゜'):



読んで下さってありがとうございます〜!

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