第16話

 私は、マルセルさんと打ち合わせ通り疲れたふりをして夜食室で待つ事にした。

 正直、慣れないパンプスで足は疲れていたのだけど、身体の方は全然大丈夫だ。

 精神的には、少し怖い……だって、予定通りなら、私、誘拐されてしまうんだもの。

 マルセルさんは、無理はしなくて良いって、断ってくれて良いって言ってくれたけど……。

 でも、これは私の家の問題だし、何よりも、父や母の仇をとりたい。


 パーティーに、お母さんのお兄さんや他にも親せきが何人か来ていた。

 さっきは、にこにこと挨拶してたけど……

「アリス」

 ボーっと考え事をしていたら、年配の男の人から慣れ慣れしく声をかけられた。

「おじさま」

 お母さんのお兄さんだった……なるべくおっとりと、椅子から立ち上がる。

「おめでとうって言って良いのかな?

 さっきは、ベルトランくんがいて気楽なおしゃべりもできなかったから」

「ありがとうございます、おじさま。」

 にっこり笑う。

「もし良かったら、バルコニーにでも出て、夜風に吹かれながらお母様の思い出話しでも、どうかね?」

「まぁ。嬉しいですわ」

 さぁ、と出された腕に手をかけて、私はしずしずと夜食室を出ていった。

 バルコニーとは、違う方向に連れて行かれていたのに気付いてたのに、知らん顔をする。

 外に出ると、黒いスーツに身を固めた男に変な薬を嗅がされて、車に乗せられた。

 なんか、慌ただしくお母さんのお兄さんが指示を出している。

 お腹殴られないだけ、マシだったかな?って、頭の冷静な部分で考えて…。

 そして、何もわからなくなった。


 どれくらいたったのだろう、気が付いたら薄暗い部屋に手足を縛られて、口にはテープまで貼られて、転がされていた。

 身体があまり痛くないのは、毛足の長いじゅうたんが敷きつめられているからだろう。

 薬品をなるべく吸わないように、息を止めたつもりだったのだが、やっぱり吸ってしまったみたい。

 仕方ないよね、そんな経験、普通しないもん。

 胸に小さくてかたい魔道具の感触がするのを、感じて少し安心する。

 発信機の機能を備えた盗聴器。これさえあれば、私の居場所はマルセルさん達に筒抜けだから。

 ドアが開く音がした。私は、不安そうに音のした方を見た。

 半分演技で、半分本心。-だから、普通の学生なんだってばっ。

「手荒なまねをしてすまなかったね」

 やっぱり……お母さんのお兄さん……。

「でも、君も悪いんだよ。素直に、こっちに来ていれば、今頃普通の学生として暮らせていたのに、ベルトラン財閥の跡取り息子なんかと婚約するから……」

 嘘ばっかり。 私も殺すつもりだったくせに……。

 言いたい事は、山ほどあるけど、口をテープでふさがれているので、もごもごとしか言えない。

「あんな風に、ベルトラン財閥でお披露目されてしまうと、もう結婚したも同然だからね。

 今更、君をどうにかしても、遺産は入らない。」

 片膝付いて、私を見ながらため息をついた。

「君が、自分の意思で、遺産をこちらに渡してくれると良いのだけどねぇ~。」

 それ、無理です。

「まぁ、ゆっくり考えなさい。どうせ、ここは見つからないし…。

 朝までは、たっぷり時間がある。自力で逃げるなんて君には、不可能だろうからね。」

 笑いながら、出て行った。しばらくして、ドアに鍵がかかる音がした。

 誰か、ドアの外に見張りがいるんだ…。

 落ち着いて部屋の中を、見回す。最後のセリフにカチンときたおかげで、少し冷静になれた。

 普通の部屋だ。

 よく見ると、ベッドとテーブルがあるちょっと良いお屋敷のゲストルームって感じだ。ちゃんと、窓もある。

 さすがに本宅の御屋敷じゃないだろうから、個人で持っている別荘だろうか。

 手を後ろ手に縛られてるせいで、不自由ったらありゃしない。

 転がったまま、縛られた足を振り回しパンプスをなんとか脱いだ。

 頑張って、起き上がって足をまげて座る。後は、縛られた手をお尻にくぐらせて……って、い…ったぁ~。。

 私、お尻大きくなったかな? 少し前までは、もっと軽々出来てたのに…。

 なんとか手を前に来たけど。

 テープって、物語とかでは、取れないってお約束でもあるのかな?

 現実は、ちょっと汚いけど、口から唾液を出して、舌でぺローンって顔を舐めると、取れるんだけど……。

 自由になった口で、手を縛っている縄の結び目をなんとか外して、足もさっさと縄を解いた。

 パンプスを履かないまま、窓の近くにそっと寄った。3階……かぁ。

 月があんなに高いって事は、そんなに時間たってないのかなぁ~、って事は、マルセルさんの実家から、そんなに離れて無いって事か…。

 まさか、次の日って事は無いよね。

「マルセルさん。私、お母さんのお兄さんのお屋敷の3階にいます」

 小声で、盗聴器に向かって言ってみた。

 早く来てくれないかなぁ~、3階じゃ自力は無理だよ、なんて、のんきに思いながら……。

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