第13話

 今朝、ルフォールを通じて母に連絡を取って、ここに戻る事は知らせていたので、部屋はすぐに使えるようになっていた。

 母は、さすがに会社から戻っていないけど、ここは使用人も、昔からずっと我が家に勤めてくれている者たちばかりなので、安心できる。

 セキュリティーも雲泥の差だ。

 俺らの部屋は、隣同士。しかも、中でドアを隔ててはいるけれど、つながっている。

 婚約者同士が、離れ離れの部屋に居るのも、変だって事で、こうなったんだけど……。

「じゃぁ、俺は、会社の方に戻るから……」

「え?もうですか?」

「ごめんね。

 でも……ほら……」

 と、俺はにこやかにアリスの後ろに視線をやった。

 そこには、マナーの先生が立っていた。


「なんせ時間が無いからね。やる事目白押しだよ。

 頑張ってね。」

 呆然とするアリスのほっぺに、チュッと、キスをして俺は部屋を出て行った。


 俺は、足早に馬車に乗り込み、会社に向かう。

 アリスの親族にパーティーの招待状を送ってから、アリスの周りに変な男達がまとわりついている。

 あの屋敷にいる分には、安全だろうけど、いつまでも、閉じこめておくわけにもいかないだろう。


 うちも、あちらも、女性向けのブランド品の貿易が主で、常にライバル関係になっている状態だ。

 最も、あちらの方は、最近になって、資金繰りが厳しくなったようで、思うように動けて無い状態だったようだけど。


 最初は、つぶしてしまおうかと思ったけど、追いつめてしまったら、アリスの身が危ないと思って、新しいブランドや取引先を何個かワザと譲ってやったのが、裏目に出たか……。


 会社についたら、すぐにルフォールがやってきた。

「……それで、状況は変わらないのか?」

「はい。どこから資金を調達したのか、今回の取引にちょっかいをかけてきてます」

「取引自体は、いいのだけど……。

 今回限りのはした金に目が眩むようならもう使えんだろうし……」

「それより、その金……」

「ええ……。多分」

 どうしたものかな……。

 俺は、ため息をついた。


 エルヴェシウス子爵家の資産を当てにして、銀行からお金が出ているのだろう。

「仕方ない、あまり使いたくなかった手だが……。銀行と取引先を一気に抑えてしまおう」

「そうですね……。あまり時間が無いですし……」


 そう、パーティーまで1ヶ月を切っている今、本当に時間が無いので、部下に任せられない。ヘタな奴に任せて、こちらの動きが漏えいするのも困るので、本当に動かせられる人数はごくわずか。

 かといって、間に合わなければ、安心してアリスを安心してパーティーに出すわけにもいかない。

 ルフォールが、少し笑って

「愛しい人と会えないのは辛いでしょうけど……」

「うるさい!!

 余計な事いう暇があったら、早く取り掛かってくれ」

「わかりました」



 屋敷では、毎日のように、ダンスのレッスンや立ち振る舞いや言葉遣い、テーブルマナー、必要な外国語の取得、果ては、経済界・政治家達の人間関係、日々の時事まで…。

 さまざまな事を覚えさせられていた。

「ふぅー。

 もう、頭がパンクしそうです。毎日毎日…」

「でも、アリス様は、優秀ですよ。

 外国語は最初から数カ国語出来てましたし、ダンスもマナーも一通りこなせております」

「あっ、それは一応少しはやらされてましたし…」

 イレーヌ先生は、にっこり笑って、

「気分転換に、お茶にでもしましょうか?」

「そうですね」

「俺にも、お茶を頂けますか?イレーヌ先生」

「あら、マルセル様。

 お帰りなさいまし……。

 でも、いくら婚約者のお部屋とはいえ、女性の部屋にノックも無しに入られるのは、どうかと思いますけどね?」

「はいはい……」

 うんざりしたような仕草で、開けたままのドアをコンコンとノックした。

 イレーヌ先生は、ため息をついて

「これですからね」

 と、アリスの方に目配せをした。

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