第12話

「マルセルさんは」

 不意に、アリスが言いだして、思わずそちらを見る。

 怒ったような……真剣な顔をしている。そんな表情をしているアリスを見るのは、初めてだった。

「ここで私が、『大変そうだからやめます』って言ったら、マルセルさんはそれで良いって思うんですか?」

 ジッと、まっすぐ俺の方を見つめている。

「思うよ」

 それは本当。

 感情とは、別の次元で……財閥の跡取りの妻や婚約者なんて、気楽そうに見えても結構大変で。

 財閥間の人間関係はもとより、女性同士の付き合いもこなして行かないといけないし、それなりに教養を身に付けないといけない。

 それを、今から1年足らずでそれなりのレベルに引き上げないといけないのだから、かなり大変だろう。

 それでも……。

「理性では、そう思うけど……。ダメだったんだ」

 力無く笑う。

「大人のくせにって、思うだろ。10数歳も、離れていたって、子どもが思うほど、大人は大人じゃない事が多いんだ」

 世間じゃ、28歳なんてまだまだ若造。子どもの範囲かもしれないけど……。


「アリスを保護してるつもりだったのに、騙すように不安に付け込んで、自分のものにしてしまおうとしてたんだ。だから、アリスは、それに引きずられて……」

「違います」

 ピシャッと言われた。

「マルセルさんは、いつでも私を子ども扱いして…。最初は、本当に迷惑そうにしてたから、そうかなって思ってたけど、大切だって言ってくれたし……言葉では何とでもいえるからって、思おうとしたけど…。

 いつでも私に合わせてくれて…。子どもでも、本当に大切にされてるかどうかって云うことぐらい分かるし……」


 一生懸命伝える言葉を探してるようだった。


「そりゃ……思ったより、色々大変なんだって事は、分かったけど…。もしかしたら、分かって無いのかもしれないけど。

 か…覚悟くらい決められますから…」

「覚悟?」

「私、最初、マルセルさんに付き合っている人がいるって知った時、なんか、すごく胸が痛くて……すごく嫌で……」

 ああ、知ってたんだ。どこから漏れたんだか知らないが…。

「別れたよ。彼女とは。元々、彼女には本命がいたし……。その頃には、もう、アリスの方が、気になってたし……」

 自分でも、後から考えると笑えるくらい焦って言った。

 案の定、きょとんとした眼で見られてしまった。

「あ…えっと…それで、あんな思い、もうしたくないから…。

 マルセルさんが、私の事、子どもとしか見れないのなら、仕方ないですけど…」

 上目使いで、俺を見た。どこで覚えた、そんな表情……。

 子どもと思えないから、毎日外に連れ出していたんだけどね。

 あんな狭いアパートメントで二人っきりなんて、理性持たないし。10代の女の子には、言えないけど……


「まだ、保護者でいさせてくれ」

 そう言いながら、俺は辻馬車を発進させるべく馭者に合図を出した。

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