第11話

 結局起きたのは、10時ごろ、ルームサービスで遅めの朝食をとってホテルを出た。

 いったん、自宅に戻り、辻馬車を拾って、これからの予定を言う事にした。

「ん……だから、どうしても自分で処理をしないといけない仕事が入って、会社に出ないわけにはいかなくなってね。夏休み中は、俺の実家の方で暮らしてもらう事になったから……」

 ちらっと見ると、横に座ったアリスは心なしか元気が無い。

「俺も、一緒に…だよ」

 パッと俺の方を見るアリス。

 心なしか嬉しそうな顔をしている。ちょっと、可愛い。

「部屋も一緒が良い?」

 くすくす笑いながら、俺は言う。途端、アリスは赤くなりながらパタパタと両手を小さく振った。

「……でも、隣なんだけどね。

 もともと、夏休みの途中からは、俺の実家に移る予定だったんだ。それが、少し早まっただけだから……」

「そうなんですか?」

「うん。アリスは、俺らが思ってたより食事のマナーや立ち振る舞いはきちんと出来てるんだけど……。

 あっ、ごめん。でも、ずっと貴族のご令嬢として暮らしてきたんならともかく、出来ない方が普通だから」

 コホンと咳払いをして。

「それで、マナーやダンスの先生のレッスンを受けてもらって、ピアノもこれからある程度弾けるようになって貰わないといけないし。ドレスも何着か、追加で作ってもらって………。アリス?」

「え?いえ……なんか、クラクラして……でも、ドレスは、もう作ったんじゃ……」

「今回のは、ね。でも、多分、身内に紹介した後は、立て続けにパーティーが入ると思って良いよ。16歳になったら、社交界にもデビュタントして出てもらうようになるし、いろいろ、覚える事もあるから…」

 アリスは、まだ、クラクラしているようだった。


 そうだよね、本当なら、小さい時から少しずつ身に付けていく事だからね。しかも、普通の暮らしをしていたら、覚えなくて良い事を、これから猛スピードで頭や身体に叩きこんで行かないといけないんだから…。


 俺は合図して辻馬車をいったん路肩に止めて貰った。

「やめる?」

「え?」

「俺との婚約。まだ、間に合うよ?パーティーの招待状はもう送ってしまったけど、そんなのはなんとでもなるし…」

 言葉に出すと、結構……自分でも、驚くくらい堪えた。前にも言った事があるセリフだったのに……。

「大変だよ?パーティーは夫婦同伴だし。

 婚約してたら、ある程度は出ないわけにはいかないし…。

 学校の授業以外の勉強も山ほどあるし……それに……。」

 アリスの方は、見ないまま続ける。

「それに、アリスが将来何かになりたいと思っても、叶わなくなる…。

 アリスが、俺のそばにいたいって云うのなら、婚約しなくてもそばにいるよ。アリスが、自立できるまで…」


 今回の事が片付いたら、アリスは普通の生活に戻れる。


 多少の危険が付きまとうかもしれないが、母が出している成人するまでの後継人としての手続きが完了すれば、財産管理はこちらでやる事がハッキリして、向こうも手が出せなくなる。

 今回のお披露目の事は、アリスの不安に付け込んだ、俺の我儘だったんだから…。

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