第6話 おうちに帰ろ、一人の至福、終わる時

 ワンエメちゃんからの追撃からどうにか逃れた俺は、どこぞの公園の暗がりに紛れて変身が解けるまでじっと息を潜めて待った。

 宇佐美聖薇さんの家では、一晩ぐっすり眠ったら変身が解けていたので、もしかすると制御が可能なのかも知れないとできる限り心を落ち着けてみる。

 はたして効果があったのかどうかは分からないが、三十分ほどで身体が紫色の光に包まれたと感じたら見事に元の姿に戻っていたので、気持ちの制御か時間制限かはまだ判断出来ないが魔力切れまで待つ必要はなさそうに感じる。

 ともかく人間の姿ならば問題は無い!

 さっさと家に帰ろう!


 と思って、ふと思い出す。

 そういえば、ワンエメちゃんに襲われて逃げるのに精一杯で、学校の施錠してないような・・・。それより、校舎かなり壊した気がするし家の鍵と財布の入った鞄、用務員室に置きっぱなしだ・・・。


 取りにいかねば・・・。


 憂鬱な気持ちで学校に足を向ける。

 時間はすでに夜の八時を回っており、人通りも少ない道を歩くのは、なんとも物悲しい。

 いや、それ以上に、警察来てたら俺、捕まるよな・・・。

 あー・・・気が重ーい・・・。


 学校まで戻ってみて、恐る恐る校門を潜ると、どうやら警察関係者の姿は無く騒動にもなっていないようなので一安心。

 胸を撫で下ろして校舎に向かうと、玄関のガラス扉が一枚も割れていないのに気付いて驚く。

 あれ、ワンエメちゃん結構な勢いで破壊してなかったっけ?


 疑問を抱きつつも、俺は校舎内に戻り施錠を改めて確認すると、ワンエメちゃんに破壊されたはずの場所は全て元通りになっていた。ありがたい事なんだが、なんとも不思議である。

 考えていても仕方がないので、鞄を回収して今度こそ家路についた。


 アパートにたどり着くと、宇佐美聖薇さんがいるかどうかも分からなかったし、多分いないだろうからこっそりと自室に向かい、鍵を開けて入って素早く鍵を閉める。

 ああ! ただいま! 我が居城!!


 ひとときの安息を覚えつつ、明日は非番だしカメラ持ってどこかに動物撮影に行こうと準備をする。


 一眼レフよし、予備バッテリーよし、おっと一つ充電が減ってるな。充電器充電器・・・。

 カメラ鞄よし、清掃用具よし、財布よし。

 準備も整い、現実の生活に心が落ち着いてきたのを感じて、俺は風呂に入って熱いシャワーを浴びる事にした。


 そうだよ! 全部! 夢だよ!

 なんだよ魔法少女って!

 怪人にされて分かったけど、怪人ってあんなおっかない娘達に追い立てられてたんだな。

 まぁ、奴らがやってる大人げない犯罪行為からすれば自業自得なんだが。


 でも、俺は巻き込まれただけっつーか、全然関わりないんですけれどもね!?


 シャワーを浴び終えて、作り置きしておいた野菜炒めとコンビニで買っておいた「シャカシャカチキンくん」をシャカシャカする事無くレンジでチンしてビールを引っ張り出す。

 おっと、重要な餡饅を忘れていた。

 テレビがわりのノートパソコンをテーブルの上に置き、電源ポチッと。

 ニャコニャコ動画にアクセスして、いつものボカロラジオチャンネルを開く。

 配信者が選んでるのかランダムなのか分からないが、基本ボカロ楽曲が流れているのを聞きながら取り置きしていた動物写真を選別してフォルダー分けしつつ、ビール片手に夕食を取る。


 ああ! 至福の時!


 独り身というのは良いものだ。

 誰に気遣うこともなく、ひたすらに自分の時間を過ごせる贅沢。


 まぁ、既婚者の写真家の先輩やらジャーナリストからは、さっさと結婚しないと先々困るぞとは言われているが、周りを見ていると喧嘩が絶えなかったり離婚したりで、だったら最初っから一人の方がいいじゃんって思わなくはない。

 いや、絶対一人の方がいいっしょ!

 そう思う!


 そんな自己満足の中、酔いが適度に回って来たところで作業を中断し、食べ終えた皿を流しに落としてベッドに潜り、俺は眠りについた。





 そんな翌朝。


 トントンという物音にパチリと目が覚める。


 ベッドを飛び出して台所を見やると、昨日の地味な感じのボブカット少女が何故か料理していた。


 え?

 え?

 ナニコレ? なんのドッキリ?


「て言うか、不法侵入だろ!?」


 思わず叫んでしまう。

 間違いないよ、ワンエメちゃんだよ、昨日の凶悪バルカン弓娘のワンエメちゃんだよ、ナニしてんだよ俺んで!

 ワンエメちゃんは、くるりとセーラー服姿にエプロンという天使のような姿で振り返って言いやがりました。


「おはようございます、悪の怪人さん。監視しに来ました」


 背後でグツグツと鍋が踊ってますが、一体ナニを作っていやがりますか・・・?


「いやいや、監視って・・・監視って! なんで俺ん家入ってるの!? 鍵ちゃんとかけたはずだけど!」


「ああ、合鍵作っておきましたから」


「い・つ・だ・よ!!」


「あなたに初めて遭遇した日です。鞄を届けるついでにと」


「優等生か! と言うか犯罪だろそれ!!」


「怪人のくせに細かいですね」


「こっまっかっくっねえよ!! 魔法少女なら倫理的な所は守りなさいよ!?」


「そのカメラ、盗撮用ですか?」


「何でもかんでも犯罪に結びつけないでね!? 仕事だから!!」


「盗撮が仕事ですか。ゲスですね」


「チッゲーよ! なんなのお前! と言うかさっさと出て行けよ!」


 何も聞こえない風にキッチンに向き直って料理を再開するワンエメちゃん。

 オタマでグツグツしてる何かを掬い上げると、くるりと振り向いて俺に差し出して来た!?


「な、なんだよでございますかコノゥ」


「味見」


 えええ、何言ってるのこの子。コワイ。

 ビクビクしながら一口。


 んお、ナニコレ味噌汁うめえ!


「何よりです」


 ワンエメちゃんはニッコリと微笑むと(笑顔可愛いなっこん畜生)お椀に味噌汁をよそっていく。

 さらに電子ジャーから炊きたてご飯を御茶碗によそると、買って来たのか無かったはずの卵を冷蔵庫から取り出して言った。


「ごめんなさい、お料理まだ練習中なので、卵かけご飯で我慢して下さいね」


「あ・・・はい。ありがとうございます・・・」


 ・・・・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・


「じゃなくて! 押しかけ女房か!!」


「はい」


「はい。じゃねー! 俺をそんなに犯罪者に仕立て上げたいのですか魔法少女ワンエメちゃん!」


「今の私は、木更津輝きさらずきらりです。て言うか、ワンエメじゃないですワンダーエメラディアです」


「ごめん。長いからつい。ワンエメちゃん、可愛くない?」


「じゃあ、ワンエメでいいです」


「じゃなくてですね!? このロリコンがーって捕まっちゃうから出てってくれないかな!? お願いですから! 人生終わらせないでください!」


 小首を傾げるワンエメちゃんこと木更津輝は、何事もなくテーブルに配膳して言ってのけた。


「魔法少女は年齢不詳だから大丈夫です」


年齢不詳かよ!


「と言う事は、実年齢は、」


「花の十八歳ですぶっ殺しますよコノヤロウ」


 ああ、やっぱり魔法少女コワイ・・・。


 そんなこんなで、昨日命を狙って来た魔法少女と、何故か朝食を取ることになっている怪人な俺でした・・・。

 ナニこのシチュエーション。誰か助けて(涙)





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