第2話 ちょっと、あの、話だけでも・・・
三人の魔法少女(?)達に散々追いかけ回されて、どうにか逃げ切ると追撃を恐れて回り道に回り道を重ねてようやく自宅へと帰り着く。
そう言えば、カメラとか備品や財布の入っていた鞄を河川敷に置いて来てしまった。部屋に入ろうにも鍵がない。
どうしよう・・・。
とは言え、行くあてなど無いのでどうしようもない。
途方に暮れて部屋の前で座り込んで膝を抱えて頭を埋める。
「魔力が切れるまでこのままって・・・。そもそも、魔力切れるってどう言う状況だ?」
ガバと顔を上げて何かを思いついたように天井を見上げる。
「魔力が尽きるって、怪人的には死ぬ時じゃね!?」
そう考えると背筋が寒くなってくる。
まさか、死ぬまでこんな姿なのか!?
木造築三十年の耐震補強が間に合っていないアパート、百々目鬼荘。
木造三階建てのアパートは、一階五戸で全部で十五戸の物件だ。建物の端に鋼製階段が設置されており、通路も鋼製で申し訳程度の手摺りが備え付けられている。
手摺りにはプラスチックの白い不透明な波板が設置されて目隠しされてはいたが所々熱影響や飛散物で穴が開いており、津崎一誠の部屋は二階の階段から四部屋目、9号室だ。
1DK5・5畳の部屋の外は夜風が寒いくらいの十月も終わりの頃、彼の座る正面の波板は半分外れかかっており、風でバタバタと音を立てて手摺りを鳴らしていた。
余計に寂しさが込み上げてくる。
「とりあえず、どうしよう・・・」
眠ってしまいたい気分だが、なんだか疲れを感じない。ものすごく疲れているのに、疲れていない、そんな奇妙な感覚にぼーっとしていると、階段を登ってくるヒールの音が響いてくるのが分かった。
足音は特徴的で、このボロアパートにして一人しかいない妙齢な女性、
宇佐美聖薇。百々目鬼荘の高嶺の花。保母さんをしているそうだが、その普段から目にする衣装は刺激的でブランド品が目立ち、間違いなく夜の仕事もしていると想像出来た。因みに美人。
(はぁ・・・宇佐美聖薇かぁ・・・。いっか、このまま見つかって、きゃー変質者ーって通報されて。鉄砲で撃たれて死ぬんだ俺は。うん。そうしよう。・・・いや、研究施設に売り飛ばされて解剖されちゃうかも!?)
無駄なことを想像していると、足音はどんどん階段を上がって来て、通路に彼女が姿を現すと一誠の姿を見て凍りついたように固まって見つめて来た。
「だよねー。びっくりだよねー。キモいよねー・・・」
ポツリと独り言を言ってしまって、言ってしまったことを気付かずに置物を装ってじっと座り続ける。
宇佐美聖薇は、何事もなかったかのように歩き出して二部屋目、7号室の鍵を開けると半分身体を入れて、背中で語りかけて来た。
「ねぇ、アンタ、そこで何してんの?」
(置物でーす。僕は置物でーす)
「ねぇ、そこで座り込んでるアンタ。キモいんですけど。何してんの?」
(ゴメンなさい置物は喋らないんです)
精一杯無視して置物を演じ続ける津崎一誠。
興味を無くしたのか、宇佐美聖薇は部屋に入るとガチャンっとわざわざ音を立てて鍵を閉めた。
さて、これからどうしよう。
通報はされるはずだから、あとは何分後に警察が来るかだが・・・。
待てども待てどもサイレンの音は聞こえてこない。
あ、聞こえて来た。あれは、消防のサイレンか。
どこかで火事でもあったんだろうか。
待てども待てどもサイレンは聞こえてこない。
深くため息をついて、明るくなる前にどこかに身を隠さないと、と考えていると7号室が唐突に開いて宇佐美聖薇がぶかぶかの茶虎柄の寝巻き姿で飾り気もないどちらかと言うとダサいつっかけを履いて出てくると、一誠の隣に腰掛けて来た。
女性の香りが鼻腔をくすぐって、驚いたように肩を跳ね上がらせる。
「反応するじゃん」
じっと、努力して沈黙するが、彼女の視線を感じてゆっくりと視線を床に落として言った。
「すいません・・・」
「何、それ。コスプレ?」
「コスならよかったんですが・・・」
「コスじゃなかったら何?」
「怪人?」
「あはは、アンタばか?」
あはは、と言う割に声色が笑ってない。ちょっと怖い。
「ちょっと来なさいよ」
と、立ち上がる聖薇さんはなんだか殺気立ってみえる。気のせいだろうか。
宇佐美聖薇は一誠を見下ろすと刺すような視線でもう一度言った。
「さっさと来いよ、極悪怪人野郎」
そして、右手を一誠に突き出すや、いつの間に手にしたのか鋭利なショートソードが、宝飾の煌びやかでそれでいて派手過ぎないショートソードが一誠の首筋にヒヤリとあてがわれた。
冷や汗が出そうなシチュエーションだが、今の怪人化した一誠には汗をかくことができない。
「来いって」
刃が結構本気で押し当てられる。
「あ・・・はい・・・」
ビビリながら一誠は立ち上がると、彼女に部屋に連行された。
宇佐美聖薇の部屋は、無駄なものが一切なく、それでいて女性らしい少し派手な色合いの香水の香りがする部屋だった。
中央に置かれた丸いテーブルに聖薇は腰掛けると、立ちっぱなしの一誠を睨み上げてくる。
「座んなよ鬱陶しい」
「あ、はい・・・」
黒光する昆虫人間みたいな大男の姿の一誠は、言われるままに聖薇の正面にあぐらをかいて腰掛ける。
聖薇もあぐらをかいて深くため息をついて言った。
「あんさー。アンタさー」
「・・・はい」
「なんで怪人やってるの?」
「いやぁ・・・あの・・・事故? みたいな?」
「事故で怪人にならねーよ」
「そう・・・。そうなんですけどね? 偶然? 空から変な生物が降って来まして・・・」
「どうでもいいわ。で、どうすんの? アタシを倒しに来たわけ?」
・・・ん? 何言ってんだこの人・・・?
「アタシもさー、中坊ん頃から魔法少女やってっけどさー。マジでムカつくんだよね。アンタみたいにさ、自暴自棄になって怪人化する奴」
「いやっ自暴自棄には・・・」
「そう言う奴らんとこしかグレムリンって現れないんよ。マジでさ、そんでさ、アンタらあれでしょ? アタシら魔法少女とセックスすればーとか、血を飲めばーとか欲望丸出しで暴れるわけっしょ」
んん・・・?
「そうなんですか?」
「別にさ。しらばっくれなくていいから。で、アタシとヤンの? ヤンないの?」
「仰ってる意味が分からないんですが・・・」
「ヤンのはいいけどさ。ヤりたいのは。とりあえず、アンタでアタシに勝てると本気で思ってるわけ?」
いや、マジで何言ってんだこの
ちょっと怖くなって腰を上げると、シャキーンとショートソードの切先を向けられて制止された。
「テメ無視してんじゃねーよ。バラすぞ」
「え!? いやぁ・・・ゴメンなさい?」
「ゴメンじゃねーんだよ。どうやって調べて来たか知んねーけど。マジぶっ殺すよ?」
「・・・いや? ゴメンなさい?」
「ゴメンじゃねーつってんだよ」
「や、あの・・・とりあえず、魔法少女がなんだか知らないし、よく分からないけど、・・・とりあえず説明させてもらっても、いいですか・・・?」
「ふざけてんのか?」
「いやあの・・・割と真面目なんですが・・・俺も、切羽詰ってると言うか、人の姿に戻る方法を考えてると言うか・・・?」
じっと一誠の顔を睨みつけてくる宇佐美聖薇。
ふっと小さくため息をつくと、聖薇は徐に立ち上がってキッチンに足を運んでいく。
「ねぇ、アンタ。コーヒー飲む?」
「え、あ、はい・・・いただきます・・・」
値踏みするように一誠の事を見つめ、ふうん、と何か納得するように彼女はインスタントコーヒーを作り始めた。
作りながら背中を向けたまま威嚇してくる。
「アタシもさ、いろんな怪人見て来たけどさ。騙し討ちにしてこようとするやつとかさ。そういうの、アタシ効かないから。適当なこと言い出したらその場でぶった斬るかんね」
「あー・・・っはいー・・・」
とりあえず話は聞いてくれそうだが、何か解決するんだろうかという疑問は拭えない。
とどのつまり、魔法少女と怪人というのは敵対関係にあるようだが、まずは自分の身の安全をどう確保したものかと一誠は頭を悩ませていた。
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