第3話 

「へー。大体の事情はわかったわ」


 一誠の言葉を鵜呑みにしたわけではないようだが、聖薇はとりあえず怪人化が事故だった事には理解を示してくれた様子でコーヒーを少し飲んでカップをテーブルに戻す。

 しかし、鋭い目付きで睨みつけて来ているのは相変わらずで、何故一誠を部屋に連れ込んだのかという疑問は拭えない。

 困ったように頬を掻いていると、聖薇は無造作にカーペットの上に転がったリモコンを手に取ってテレビを点ける。

 お笑い芸人が寄り集まって、当たり障りのないネタでそれほど面白くはないコントを披露するバラエティ番組が流れていた。


「なんも考えないで見れるからさ。暇つぶし」


「あ、そうなんですか・・・」


 一誠としても、わりとどうでもいい返事だ。

 他愛もないネタに笑うでもなく番組を眺めながら、聖薇が言った。


「あんさ。アンタさ・・・」


「はい?」


「混沌広めろっわれたっしょ」


 そういえばそんな事言ってたな、あの珍妙生物・・・。


「ええ、まぁ、はい」


「なんて答えた?」


「まぁ・・・やらないよって?」


「なんて言って?」


 うーん・・・重要な事なのか?


「まぁ、しねーよ、死ねよって?」


 突然噴き出してクスっと笑う聖薇。

 え、いや、俺なんか変なこと言った?


「親父ギャグかよ」


「あー・・・はっはっは・・・」


「笑ってんじゃねーよ」


 聖薇さん目が笑ってないです。コワイです。


「あ、はい、すみません・・・」


 しばらくの沈黙。

 番組が終わってCMに切り替わると、聖薇は見たい番組があるわけでもなく次々とチャンネルを変えていく。

 天気予報になった所で、テレビを消して立ち上がると、部屋の隅に追いやられるように設置されたベッドに横になると言った。


「適当に寝なよ」


「ええ、いやいや、うちに帰りますから?」


「鍵もないのに?」


「あ、そうそう・・・出来れば鍵屋に連絡してもらえると助かります」


「身分証は?」


「え?」


「必要っしょ、ああ言う所」


 あー・・・そうだった。河川敷に全部放置して来てる。


「ああー、うん・・・取り行って来ます」


「ねーよもう。拾われてるよ」


「ああ、まあ、いやぁ」


「いいから寝ろよ」


 なんだろう、このひと。見ず知らずの怪人部屋に上げて無防備とか。それだけ強いって事を言いたいのかな。

 とりあえず、別段眠くはなかったが寝ておくべきかと床に横になる。

 布団に包まりながら背を向けて、聖薇が言った。


「ベッドに入って来たら殺すかんね」


「それは本心? 誘ってる?」


「殺すよ?」


「すんません。おやすみなさい」


「うん。おやすみ・・・」





 朝。

 どかっと腰の辺りを蹴飛ばされて一誠が目を覚ますと、寝起きらしいボサボサ頭の聖薇さんが見覚えのあるバッグを腹の上に放って横して来た。


「うげふ・・・あれ、これ・・・?」


「なんか知んないけど。地味な女子高生がこん鞄抱えてアンタん部屋ん前突っ立ってたから、もらっといた」


「はぁ? どうも・・・」


「鏡見て来てみ?」


「はあ?」


 言われるままにバスルームを拝借して鏡を見てみると、見覚えのある男の姿がそこに映っていた。


(戻った! 戻ってる! やった!)


 小躍りする一誠を見て、宇佐美聖薇は面倒臭げに言った。


「あんさ、これから仕事だぁら。もう帰ったら?」


「・・・・・・あー。はい・・・そうですね・・・」


 無情にも足蹴にされて追い出されて、一誠は寂しそうに背中を丸めて自室に戻っていく。

 その背中に向けて、聖薇が決して大きくない声で忠告して来た。


「あんまさ、アンタさ、変身とかすんなよ。事故でもさ、怪人なのに変わりないんから。あんさ。あんま変身してっと魂汚れて、本当に怪人なっから。覚えときな」


「はぁ・・・はい・・・」


「バイバイ」


「はぁ、どうも・・・」


 美人なんだが、よく分からない女性だった。

 それ以上に、年齢的には二十代前半と言った所だが。中学生時代から魔法少女やってるって、今の年齢で魔法少女と呼べるものなのだろうか?


(まぁ、いいか。人それぞれだし・・・)


 津崎一誠は部屋の鍵を開けると中に入り、土にまみれた服を脱いでバスルームに向かった。





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