第21話 お見合い
里親候補者の顔合わせ数日前、少年は一つ、先生にお願いをしていた。
それは顔合わせ時に学校の制服を着用させてほしいという事だ。
何故なら官品の作業服で、初対面の、それもこれから同じ釜の飯を食うパートナー候補に
そのような不細工な恰好で会いたくないからだ。敗残兵ですら投降時は礼装を整える。
少年にとって官品はコンプレックスそのものだ。そのような精神性の物を着衣し、外部者と接触する事は憚られた。
しかしそのような少年のコンプレックスに行政機関はいちいち特例措置など認めるはずは無かった。
「官品作業服の着用で問題なし。所内で規定以外の服装着用は贅沢行為に該当する。」
実に事務的な返答だ。
少年は恥辱の念に苛まれた。
人としての尊厳より組織の運用を優先する。行政機関とはそういうものだ。
顔合わせの日を迎えた。
昼食後、午後の作業が始まる少し前に所内の応接室に通された。
「暫し待ってくれ。少し道が混んでいて遅れるそうだ。」
少年は仲人もとい児相職員の指示に従い待機した。
しばらくするとドアが開く。
児相職員と身なりの良い夫妻が3名で入室した。
夫妻は共に、少年の実親より10歳ほど歳を取っているように思われる。だが少年の祖父母世代より若く見えた。
「始めまして、檜木と申します。こちらは家内の和子です。」
男性が挨拶をする。紹介された女性は一礼した。
少年も軽い自己紹介と挨拶をする。
形式的な挨拶が終了すると、条件面で踏み込んだ話に移った。
「私は家内と礼場の支配人をしています。礼場は信者の皆さんがお祈りを捧げる場所の事です。仏教ならお寺、キリスト教なら教会に相当するものです。住居も礼場に併設しています。」
少年は警戒を厳に問うた。
「つまるところ、私も礼場に住み信仰に参加するという事ですか?」
「いえ、住居に関しては礼場の近くに下宿者用の集合住宅がありますから、そちらを使ってもらいます。信仰の自由は人それぞれですから強要しません。」
少年は安堵した。なぜなら、信仰と無縁の生活を送っていたからだ。
だが、夫妻は続けてこう言った。
「ですが通う中学校は地元の学校ではなく宗教法人が運営する学校へ編入してもらいます。」
少年は耳を疑った。信仰の強要は無いが宗教学校への編入という思いもよらない提案だからだ。
「しかしそれでは信仰の自由が守られないのでは?それに私はここ数か月、勉強する余裕などありませんでしたから、恐らく転学試験に合格しないでしょう。」
「あくまで学術として教義を学ぶだけですから、信仰の強要にはあたりません。編入試験に関しては私達の推薦書を学校へ出しますからポーズだけの試験ですよ。」
夫妻は笑みを浮かべ、そう言った。裏も表もない純粋な表情だ。
少年は暫し沈黙した後、その旨を了承した。
宗教とは無関係だがノーテストで私学の学校へ入れるチャンスだからだ。
少年は合理的に思案した。自分の経歴に箔をつけれるかもしれないと。
面会終了の後、職員に所感と方向性を聞かれたので、前向きに検討している旨を伝えた。
後日、体験外泊の日時が通達された。つまるところ先方も少年を認めたのだ。
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