第4話 崩壊の予兆

父親の死後、少年は母親と近所のアパートへ引っ越した。校区は変わらないので学校生活はなにも変わらない。子供というのは順応性があるようで少年の父親が鬼籍に入ってすぐは話題になったがすぐに平穏を取り戻した。

母親はコールセンターでパートを始めるもすぐに辞めてしまった。10年以上も専業主婦をしていたのだ。無理もない。それから急にFXで生計を立てると言い出し、毎日画面のチャートとにらめっこを始めた。リーマンショックの前後にFXを始めるなんて博打としか言いようがないが、当時小学生の少年が母親に理論で対話する知識などなかった。

少年は小学校を卒業して地元の中学校へ進学した。周辺3校区の出身者が通うマンモス中学校という事もあり新たな人間関係がスタートした。

中学校に入学して1か月程経過した時から、家計の資金繰りが生き詰まっていることを知る事になる。ある日、夕暮れに「ピンポン」とインターホンが鳴った。母親が扉を開けると中年の男性が間髪入れずに「家賃を払ってください」と強めの語気で迫る。母親は「もう少し待ってください」と繰り返し頭を下げると取り立て業者は「いつまでもそんな事は通用しませんからね」と捨て台詞を吐くと引き上げていった。それからというもの居留守スキルが向上したのはいうまでもない。

中学1年生の2学期が終わり冬休みに入った頃、奥歯に違和感を覚えた。どうやら詰め物が外れてしまったらしい。染みる上に痛む。少年はすぐ母親に病院に行きたいと伝えたが保険料を滞納しているから病院にはいけないとあっさり返された。これは「貧困による口腔崩壊」という社会問題である。少年はこれからより一層、社会問題に巻き込まれ翻弄されていく事を、この時は露程も知らない。

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