第3話 死生観

それから父親の入院生活が始まった。

病院が近所にある事や看護師の計らいで、待合室においてある漫画雑誌を病室に持ち込ませて貰っていた為、半ば漫画目当てで毎日のように見舞いに行った。

父親は少年が来るたび笑顔で「よく来たなあ。今度退院したら昨日テレビで見たあの店にいこう」と退院後の話をしてくれた。だが少年には父親の死期がわかっている。それでも気丈に話を合わせ続けた。

入院から4か月が過ぎた頃から、父親は口から栄養をとることができず腸瘻という腸に管を通す方法で栄養をとるようになった。それから父親はみるみる痩せ細り皮と骨だけの身体へと変貌していった。まるで夏の終わりに枯れていくひまわりを見ているようだった。

それから程なくして残暑厳しい9月の下旬、少年は5限が終わってすぐ校内放送で呼ばれ職寝室へ向かった。職員室で血相を変えた教師から「すぐお父さんの病院へ行くぞ」と急かされ教師の運転する車で病院へ急行した。

病院の待合室には母親がいた。母親は教師にお礼をいうと少年を病院の屋上へ連れ出した。

母親は「今日が山になるそうよ。だから最後まで一緒に看てあげようね」と呟いた。父親を大部屋から個室の病室へ移し、そこへ簡易ベットを持ち込み最後に備えた。

父親の意識ははっきりしているが、いままで見た事がない大型の呼吸器をつけているため話すことはできないが意思の疎通はとれた。21時の消灯前に少年は「おやすみ」と挨拶をすると父親は笑顔で親指を突き上げた。

消灯後、少年も簡易ベットで横になるが寝付けない。それどころか30分に1回尿意を催した。そんな状態が3時間程続いた後、看護師と医師が病室に駆けつけ処置を始めだした。どうやら危ない状態のようだ。母親は泣きながら父親に「行かないで」と呼び続けた。少年は怖くて足がすくみ簡易ベットで体育座りをしたままおびえてしまった。

やがて医師と看護師は処置を止め少年と母親に「お亡くなりです」と告げると病室を去った。少年はその宣告でようやく事の現実性を認識し声を殺しながら泣いた。

母親が父親の瞼を閉じようとするが眼は見開いたままだった。その光景は妻子を残して逝く事に抗っているかのようだった。


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