第4話    SAILENT DESIRE

   A・G2019

(イーストサイドと未開拓地域の境界 旧世界遺跡近郊 故雨月邸にて)




   一日目




   main character〈シュー・クリーム〉




 かつて世界は崩壊した。

 そんなの歴史の教科書をめくれば、誰にだって解ることよ。

 それがいつのことかもね。

 まっ、そんなことは他の人たちが色んな冒険をのこしているからしないけど、無関心でもないのよね。

 暗躍している犯罪組織Judgeには興味津々だったりすんの。

 とくに、その組織が握っている旧世界の遺産や財宝は魅力的ね。

 ああ、あたしが誰かって?

 そうね、話を前後して喋るのはあたしの悪い癖だわ。

 世界崩壊後、多くの財閥や国家が解体の一途を辿っていったのは知ってるわよね。

 国が人を養えなくなっていったのだもの、当然だし、だからこそディシプリンなんて犯罪者の街や暗黒神話が流行っているのだけど、そういった人の不幸や被害を吸収して大きくなった国家も、世界に一つだけあんのよねー。

 ほらっ、つい先日、バビロニアの塔の再興、メトロクロスの復興に多額の寄付金を送ったとかでニュースにもなってたでしょ。現存する唯一の王朝であり、唯一の経済大国で資本主義の国家になるのかしらね。

「姫様。

 姫様はまだ見つからぬのか?」

 まっ、あたしはそんなもんに拘っちゃいないんだけれどさ。

 遅いな。 

 ミレーネとの待ちあわせの時間はとっくに過ぎてるわ。

 ドンッ。

「あらっ、ごめんなさい」

 ボケッと歩いていたせいね。

 あたしが人とぶつかるのは、あんまり珍しいことではないの。

「いえ、あたしが余所見してたから」

「ううん、こっちも人捜しでね」

「人捜し?」

「知らない?

 ヨレヨレのスーツを着くずしたダラシない風体の男なんだけど、無精ひげとか、はやしてるわね」

「それだけではちょっと」

「ううん、光り物に敏感な男なんだけど、そうね。説明しずらいわね。

 ・・・ごめんなさい。   

 なんか心当たりあったら教えてちょーだい。

 あたし、このホールをしばらく彷徨いているからね」

「はい、わかりました」

 彼女は、あたしに名刺を渡した。

 お下げ髪に眼鏡なんだけど、ぬぁーんか大人の女性だ。

 雰囲気が。

 フリーのルポライターなんだ。

 佐伯澪さんか、イーストサイドの人らしいわ。

「姫様!」

 あんっ。

 ぬぁーんだ、見つかっちゃったんだ。

「姫様じゃなーい。

 女王様とお呼び!」

「なんですか、それは?」

「ちょっと言いたかっただけよ。

 まっ、あながち冗談じゃないけど、あの女が女王でいられるのも今のうちだけだかんね」

「ななななっ」

「はちきゅうじゅう・・・」

「何を言っているんですか」

「あたしが女王になった暁には」

「王様がお聞きになりましたら」

「抱きしめてキスしてくれるわ」

「怒りますよ」

「そうかしら」

「王様と女王様は愛しあわれております」

「適齢期の夫婦が夜の営みだけで結ばれつづけていることをそういうのならば・ね」

「なにを?」

「それが真実。

 グラハムって今年何歳なの?」

「御年六十七歳になりますが?」

「その年で愛だの恋だの、聞いてて恥ずいわよ」

「姫様・・・」

「なによ。そのふかい溜息は?」

「疲れてしまいまして?」

「年なんだから、気をつけてね」

「その気遣いを他にまわして貰いたいものですが」

「地球の環境保全ね。もちろん気づかっているわよ」

「なんのはなしですか?

 そんなことより・・・」

「地球環境が、そんなことぉ?」

「話が進みません」

「ごめんなさい」

「リリィ様のお食事がお済みです」

「あらっ、リリィなんかに様はいらなくってよ」

 チューチューないてる。

「あらっ、愛くるしい。

 リリィ、あなたはどうしてそんなに可愛いの?

 あたしの存在がなかったら世界一の美女の座はあなたのものよ」

「女王様がおられます」

「あれは父様の新しい伴侶かもしんないけどね、あたしのママってわけではないのよ」

「戸籍上は・・・」

「紙切れだけの薄っぺらな関係よ。

 ねーリリィ。

 行こう」

 でっ、説明が遅れてるけど、リリィはペットのゴールデンハムスターなのよ。

 新種改良されていて優秀なのよ。

 ちゃ~んとあたしの言うことを理解するんだもの。

 でっ、グラハムは執事って感じの執事なの。

 子供の頃から一緒なんだけど、近頃は頭のほうが薄いのよね。

 執事の仕事って知らないけれど、気苦労が耐えないらしいわ。

 でっ、話が前後しまくりなんだけど、あたしがこのクィーン・アン様式の西洋館に賓客として来ているのは、政治的な外交のように思われているのだけれど実は違ったりして、

「いい。

 リリィ。この写真に写っているのが今回のターゲットなのよ。

 こらっ。

 写真を食べるんじゃありません。

 もう可愛いんだから、食べちゃいたいくらいだわ」

 パクッ。

 口の中にいれただけよ。

 租借していないから平気なの。

 あたしの口から出てきたリリィ、プルプル小刻みに震えているの。

 あたしが怖かったのかしら?

 可哀想に・・・あたしはリリィを抱きしめていた。

「ねっ。

 いつもどおりヨロシクね。

 まっ、決行は三日後の舞踏会の夜になるわね。

 みんなが事件に気がついたときには、すでにこの屋敷にあたしはいない。

 それが理想だわ。

 たいしたヤマじゃないけれど、ミレーネとルポルタを待ちましょう」

 ミレーネってのは子供の頃からの親友で、あたしの世話をしてくれている侍女なの。

 ルポルタってのは現彼氏ってことになるのかしら。

 チューチュー。

 あらっ。

 そんなに気に入ったの。

 じゃ、すこしだけ下見をかねて見に行きましょうか?

マダム・ゴアの部屋は此処から二つ先よ。

 クローゼットから屋根裏への抜け道をあけておいたから、すぐに行けるわ。

 ホコリっぽいのは苦手なんだけど、じゃ、屋根裏へ行くからついてきてね。

 ミシッミシッ。

 なんか嫌な音。

あの女、今朝、自家用ヘリでやってきたのよね。

 世界随一の宝石商マダム・ゴア。

 彼女の噂はきいているわ。

 欲の皮の突っ張ったエゴイストで金のためなら人命をも厭わないクズなんですって、そんな女にコレクションされるなんて宝石の方が可哀想だわ。

 やっぱり光り輝くものにも所有者を選ぶ権利があると思うのよ。

 次期女王のあたしにこそ相応しい?

 なんて傲慢でもないんだけどね。

 あたしの目的って実はそれじゃないんだもの。

 にしても、一つ処にマダム・ゴアとあたしがいるなんて好都合だわ。

 これまでは作為的すぎるほどにスケジュールの調整で邪魔がはいって有りえなかったのに、この西洋館の持ち主で舞踏会の主催者、たしかスクルド・カッシュとか言ったわね。

 彼は、あたしにチャンスをワザと与えているのかしら?

 それとも・・・

 罠?

 ただの考えすぎかな。

 あらっ。

 もうマダム・ゴアの部屋の上だわ。

 板目の小さな隙間から下の様子が見えるのは、この屋敷が古いせいなのよ。

 あたしはそっと、その隙間から下の様子をうかがった。

 内装はあたしの部屋と変わらないわね。

 でも・・・なんか床が黒い。

 不衛生なシミがあるわ。

 それもけっこー・・・いえ、これは黒じゃない、濃い朱なのよ。

 こんな深い朱なんて・・・

 血?

 そうね、血の色だわ。

かすかに人の手が見えている。

 それも赤く血塗られているわ。

 そうね、まわりくどい言い方はやめましょう。

 人よ。

 あれは人の血なのよ・・

 他に解ることは・・・かすかだけど声がきこえる。

 話し声? 

 ・・・誰かいるんだ。

 この状況で考えられる部屋にいる人間といえば・・・マダム・ゴア?

 いいえ、それは違うわね。

 なにしろ、彼女が死んでいるんだから・・・それは、床に散りばめられた宝石やらネックレスでの想像だけど、あれは争った形跡だわ・・・ってことは彼女は殺されたのね。

 けっこー隙間は細くて長いのね。あんまり広範囲には見えないわ。直線の真下だけが見えるのよ・・・とすれば下にいるのは犯人かしら。板目にそって動きながら見ているんだけど・・・ようやく死体が見えてきたわ。

 マダム・ゴア。

特徴あるもの、あんま女性には使いたくない形容なんだけど、その、割腹がいい? 変な言葉ね・・・まっ、そういうことよ。

 ・・・間違いないわ。

見覚えがあるもの、あの感じ。

 彼女が殺されたってことなのよ。でも・・・酷いわね。眼をひんむいてコッチを見ているわ。外傷はクビを一閃している。これだけで人を殺すのは技術のいる仕事だわね。尋常じゃないってのは解っていたけど・・・バカにできない力量・・・震えているわ。

 あたし、危険を感じているのよね。

 グロテスクな表情で死んでいる。

 恐怖を察知して死んだってことね。

 いやよ・・・そんな眼であたしを見ないでよ。

 錯覚でも・・・なんか不安にかられるから・・・

 あたし、どうしよう?

 たしかに好奇心はあるんだけど、それと同じくらいの畏怖もあるの。

 自分にそれをかんじるわ。

 ちょっと降りてみようかしら。

 いいえダメね。

 下手に関わらない方が利口なのよ。

 ここは、そうね。

 GO BACKよ。


 ガタッ。


 なに?

 背後から音?

 誰かに、つけられてきていたの?

「チューチュー」

 あらっ、リリィ。

 そういえば、あなたがいたんだわ。

「もう、リリィったら、あたしについてきたのよね。

 あたしのことが心配なのね。

 もう、なんて可愛いのかしら。

 食べちゃいたいくらい」

 パクッ。

 って、冗談よ。

 クチに入れただけで租借はしていないのよ。

「チューチュー」

 クチから吐きだしたリリィがぷるぷる首を振って泣いているわ。

 なんて、かぁ~い~のかしら。

 って、バカな感傷に酔っていないで、さっさと此処から離れましょう。

・・・

「ねぇねぇねぇねぇ・・・

 やっぱぁ、みつからないんだよ。

 デマじゃない?」

 この声。

部屋の中から?

聞き覚えがあるわ。

 あたしは動きをとめている。

 たしか、さっきのルポライターさんだったかしら。

下の方から聞こえてくるわ。

 あの人が犯人なのかしら?

「んなことより今、声がしなかったか」

 ギクッ。

 もう一人の男の声。

 当然ね。 

 あの女は誰かと会話していたのだもの。

 カンがいい男みたいね。

 でも、あそこには女の人がいるから、あたしとは限らないわ。

 大丈夫、ばれていない、はずよ。

「声ってぇ?」

「可愛いとか、食べちゃいたいとか」

 ・・・

 あたしだ。

 下手に動くと見つかるんじゃないかしら。

声のトーンは下げていた筈なのに・・・

 あの男、異常な地獄耳してる。

「それって、あんたの妄想の声とかぁ。

 あたしが可愛いから食べちゃいたいんでしょ?

 いいわよ。

 はい、食べて」

「アホか。

 クチをすぼめて顔を寄せるな、気持ち悪い」

「随分ね」

「天井の方から聞こえてきたような」

「天井?

 神様のお告げかも」

「アホか」

 ・・・

 やばいわ。

 退屈すると無意識に思っていることをクチに出しちゃいそうだし・・・

 そうだ。

 リリィ!

 ・・・

 リリィがいない・・・

「にしても作為的すぎるよな」

「スクルド・カッシュのこと?」

「ああ、あいつはヒューに殺されているんだぜ」

「うん、数年前にね」

「じゃぁ、ここに招待客を呼んでいるのは誰だ?」

「さぁね。

 クリーム王朝のお姫様に会ったんだけれど、彼女の道楽かも」

 いいえ、あたしじゃない。

 王様でも、こんなことはできないもの。

「もしくは・・・」

「?」

「レクイエム・フレディとか?」

「まさか?」

「あんたを愛しているもの。

 まだ諦めていないしさ」

「明日、エクレアが来る」

「国際警察機構の一級捜査官が道楽のお付き合い?」

「良くも悪くも無関心だが」

「公務においては非情に徹するものなのよね。

 あんたと一緒」

「皮肉にしか聞こえんな」

「そのつもりよ。

 マダム・ゴアだって、そう思っているわ」

「どうかな?」

「久しぶりにあなたが人を殺すところを見たけれどゾッとしたわよ」

「そーかー」

「悲鳴をあげる暇もない一瞬のあざやかさ。

 彼女、自分が死んだことにもまだ気づいていないのかも」

「そーかー」

「しかも無駄死に。

 あたしたちに役立つものは何もなかったわ」

「神々の聖典・・・

 sacred bookか?

 そんなもの、本当に存在しているのかも疑問だがな」

「それも過程のひとつに過ぎないけどね」


 ・・・

 チューチュー。

 ・・・

 チューチュー。

 ・・・

 チューチュー。

 ・・・


 あらっ。

 あたし眠っていたわ。

 隙間から部屋の様子を覗きみたが、部屋の中には誰もいない。

 正確にはひとり、マダム・ゴアの亡骸が・・・

そうね、わかってる。

 好奇心はあるんだけど、危機感はまだ続いているのよ。

 危ないハシなら渡らないが吉ね。

 とにかく自室に戻りましょう。

考えるべきことはそれからだわ。

って、なんかダメみたい。

 睡魔が・・・




 ・・・

 げげっ、五時間もたってる。

 よくもまー、こんなところで寝られるものだわって自分のことか。

 うーー、ホコリまみれ。

 シャワーでも浴びてきましょう。

 あたしにもプライバシーってものがあるから、シャワーとかトイレの話はよしましょう。

 もちろん、あたしに関わることだけね。

 って、なんの断りかしら?

 ・・・

 ったく、散々だわ。

 あいつら、いったい何者なのよ。

 あたしたちの敵かしら。

 まっ、とりあえず一人でどーこーはしないわよ。

 なにしろ、あたしは次期女王なんだかんね。

 って、シャワーを浴びたわ。

 さってっと、うーーーん、タオルの感触が柔らかくって気持ちいいーーーーーーー。

 もっっっっっっっと気持ちいいこと知ってるけど、一人じゃできないスポーツよね。

 答えは想像にお任せするわ。

 チュー、チュー。

「あらっ、リリィ。

 へとへとね。

 さっきから、どうしたの、何か声に張りがないんだけど。

 泣くときは、もっとこう、腹の底から、

 チューチュー。

 って泣かないと魅力が半減よ。

 あらっ」

 なによ、このファイル?

手帳くらいの大きさね。

 ヒモがあるわ。

 これを首にまきつけて運んできたの?

 でも、なんか・・・

 もしかして、これって、あの人たちが探していた・・・

 けっこー重いと思うけど、リリィ、よく運んでこれたわね。

 神々の聖典。

 ファイルの背表紙にそう書いてあるわ。

 なにが書いてあるのかしら。

 旧世界の文字みたいね。

 あたしはファイルの中の古文書らしき紙切れを見つめたの。

 ・・・

 ・・・

 ・・・

 読めないのよ。

 あたしがバカなんじゃなくて、この紙切れが使えないだけだけどね。

 すぁってとぅぉ、

 たぶんマダム・ゴアの死体が発見されるのは、時間の問題ね。

 古い建物だもの、あの出血の量だと廊下にいても鉄分を感じとれる。

 生臭い死体の臭気とは違うけれど、まぁ、すぐ、もしかしたらもう発見されているかも。 あの男の方が天井に気をかけたからって訳じゃないけれど、もしかしたら此処まで調査にこられる可能性を考慮するのは無駄じゃないわね。

 ボロをださないように女王として毅然と振る舞わなけりゃだわ。

 コンコンッ。

 狐が鳴いているんじゃないわよ。

 ノックなの。

 じゃ、扉を開けるわね。

「はい、なんでしょうか?」

 かくして運命の扉は開かれたってやつね。

「夜分、失礼いたします」

 その男は、この屋敷に関わっているような人ではない。

 屋敷は基本的にホテルの形式を取っているから、接客をする側も、そんな感じのばっかなんだけど、この人は、ヨレヨレのスーツを無理に着てる感じで無精ひげはやしているし、清潔感がない感じだった。

 あたしの眼をみる素振りもない変な視線の漂わせ方、こいつ、あたしのピアスに眼をやっている。このピアス、解るやつには解る。世界にたった一つしかないという立派な品だったが肩書きは忘れた。立派な盗品なんだけど、ばれたんだろうか?

「じつは、いいにくいことなんですが、本日、この屋敷にて人が殺されたんですよ」

「はい?

 それがあたしに何のかかわりが」

「ええ、まぁ」

「それは、いったいどのような」

「まぁ、あまり慣れてはいないので、どういったらいいのか、解らないのですが」

「単刀直入にお願いします」

「では、じつは・・・」

「・・・」

「執事のグラハムさんが亡くなりました」

「はい?

 それは心臓発作とか、天寿?」

あたしは耳をうたがっていた。

あまりに脈絡のない話だったからだ。

「いえ、これは殺人事件らしいのですが、胸を銃弾で撃ちぬかれて」

「それは・・・」

「ショックでしょうが」

「ええ、まぁ、そうね。

 意外だから、なんとも。その遺体は・・・」

「近郊の礼拝堂に・・・」

「そっ。

 犯人の心当たりは?」

「それを私が聞いているんですが?」

「あなたは?」

「名前のない探偵事務所所長の氷高りんたろうと申します。

 私はこの件に関して介入するつもりなどなかったのですが、一応、国際警察機構の方からの要請で調書をまとめているのですよ」

 ふ~ん。

あたしはグラハムの死なんかよりも、なんか別のことに心を奪われていた。

「事件に関わるものの情報ですか?」

「はい」

「心当たりはないです。

 意外なことですから」

「そのわりには落ちついていらっしゃる」

「それが?」

半信半疑。

 あたしがそう感じているから、そう見えるのだろう。

「不自然に映るのは私が歳だからですかね」

「そうじゃないですか?

 そんなの、性格にすぎませんから」

「そうですか?」

・・・

「あなた、あたしとドッカで会ってません?」

「いいえ」

「その声、聞き覚えあるんですけど・・・

 まぁ、いいや。

 では、友人との待ち合わせの時間ですので失礼します」

 その男の脇を通り抜け、通路へぬけると、そのまま、あたしはホールへ向かった。

 まだミレーネは来ていないようね。

 そして、フロント。

「すみません。

 ウチの執事が殺されたと聞いたんですが?」

「さぁ、存じませんが」

「グラハムって老人ですよ。

 今のあなたの表情で、知っているって解りました。

 それに、あたしはそのことをすでに知っていました。

部外者ではない筈です。

 教えてもらえませんか?」

「お客様、すみませんが、そのことを何処でお知りになられましたか?」

「ウチの執事ですから・・・」

「ホテルの者ですか?」

「氷高りんたろうって探偵からです」 

「なるほど、有名な探偵の彼なら、あるかもしれませんね」

「教えてくれます?」

「申し訳ありません。

 警察の方が来られるまで他言無用と言われておりますので」

「なぜです?」

「パニックを避けるためだそうです」

「そうですか。

 もうひとつ、友達が来る筈なんですけど見あたらないんです。

 ちょっと賓客のリストにのっているか調べてもらってもいいですか?」

「ええ、お客様のお名前を頂いてもよろしいですか?」

「はい、エディ・ミレーネ。

 それとルポルタ・クリームでいいですか?」

「はい、ミレーネ様とルポルタ様ですね。

 しばらくお待ちください」

「はい」

「ミレーネ様は翌朝、ルポルタ様は舞踏会の当日、おこしになられます」

 なんだ、まだ日があったのね。

「あっ、それから氷高りんたろうって探偵さんは、賓客リストに入ってます?」

「しばらくお待ちください」

「はい」

「おかしいですね。

 招待客のリストには載っておりませんね」

「ありがとう」

 やっぱり。

 氷高りんたろうという男は此処にいないんじゃないかしら。

 そして、男は・・・

 まぁいっか、考えても疲れるだけだしね。




 自室に戻ると小腹がすいていたのでパンとココアで軽食をとった。

 食事をしてると脳みそがよく動くのよ。

 だから、考えをまとめることもできるのね。

 ・・・


「チューチュー」

 あらっ、リリィ。

 あいかわらずプリチーよ。

 バターをぬってみたの。

 ねぇ、舐めて。

 ・・・

 もちろんパンによ。

 ・・・

 あっ、バターがこんなところに・・・

 おねがいリリィ、はやく舐めて。

 ・・・

 って、くるぶしになの。

 ・・・

 ひとりでバカしてると虚しくなるわね。

・・・

 プルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。


 あらっ、時間通りにかけてくるのね。

 さすがにあたし、愛されてるわ。

「もしもし。

 ああ、キュル。

 あいかわらず良い声ね。

 いっぱいヨガって、あたしをもっと夢中にさせて・・・

 冗談よ。

 あんまマジに怒らないでね。 

 じゃさ、とりあえず、うちの諜報機関で、氷高りんたろうって男と、ルポライターの佐伯澪を念のため調べておいてくれる?

 裏世界でのネームってのも知っておきたいかも。

 あと、神々の聖典っていうものについて、と、旧世界の翻訳本かな?

 あたしのノート型ナビに送ってくれたら自分で理解するわ。

 じゃ、よろしくね。

 キュル、愛しているわ。

 きゃははははっ、すぐマジに怒るんだもの、冗談よ。

 じゃ、またね」

 ぬぁーんちゅあってぇ、愛なんて信じちゃいないんだけれどね。

 とにかく、これでいいわ。

 あとはナビの連絡を待ちましょう。

 ・・・

 たしかグラハムには孫がいたのよね。

 その子に不自由のない金を振り込んであげなくちゃ、それから・・・

 あの氷高りんたろうを名のった男。

 あの男はヨレヨレのスーツ姿で、あたしの眼を見ずに首筋のネックレスをみていたような、澪って女が言っていたのは、そういうこと?

 いいえ、違うわね。

 彼のアレは、人を殺したことがある人間独特の殺意をおびた瞳だったのよ。

 あたしと眼をあわさなかったのは、それが憎悪を招くことを知っているから・・・


 ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。


 あらっ、メールが届いてる。 

 あいかわらず仕事が速いわね。

 氷高りんたろうは現在、国際警察機構の要請でシーズエリアに出張中か、顔も全然ちがってコッチのがタイプだわ。

 佐伯澪、ケチな情報屋ね。

 無視してもいいわ。

 神々の聖典については検索中。

 情報が多すぎて、どれが妥当なのか解らないのね。

 ワケの解らない映画とかも検索にかかっているわ。

 まっ、網羅する時間は欲しいわね。

 あんま興味がわかないから、とりあえず・・・

 いいわ、後まわしね。

 それにしても、グラハムとゴアの始末、どうなっているのか気になるわ。

 ホールでなら知っている人がいるかしら?

 あたしは駆け足で部屋の外へ。

 ドンッ。

「おっと」

 ・・・やっちゃった。

 また誰かにぶつかっちゃったわ。

「すみません、あたし急いでいて」

「気をつけろよ」

・・・この声。

 聞き覚えがあるわ。

「あらっ、氷高りんたろうさんじゃないですか?」

「えっ、誰が?」

「氷高りんたろうさんなんでしょう?」

「あいつは今シーズエリアだ」

 ・・・なるほど。

 たしかに、あたしは彼が氷高って探偵とは別人だと気づいていたけれど、彼にとって、自分の正体なんて気づかれようが、気づかれまいが、それほど重要ではないということらしい。

「じゃ、あなたは?」

「人に名を尋ねるときは?」

「自分のおじいさんから教えるのね。

 ピエトロよ」

「それから」

「パパはグルガ」

「次は君だ?」

「クリシュナ」

「嘘つけ」

「甘くて可愛くてチャーミングなクリーム王朝の女王の名前を知らないの?」

「おまえは女王じゃないだろ」

「しまいにはオマエって呼ぶのね」

「シュー・クリーム。

 だろ?」

「ムッ」

「恥ずかしいから自分で名前を呼ばないんだってな」

「ムカッ」

「澪の情報は正確だからな。

 おまえのすべてを知っているぜ」

「あたしのホクロのこと?」

「なに言ってんだ?

 裏の仕事のことだ。

 ワザと見逃してやったんだ。

 感謝こそされても睨みつけられる憶えはないぜ」

「ワザと?」

「ああ、ガキのオママゴトには付きあってられないからな。

 もし俺たちの求めているものを、おまえが持っているとしたら」

「嫌よ」

「持っているってことか」

「ちがうわ」

「ちがうじゃねぇよ」

「あたしに無礼をはたらいて」

「いつさ」

「いま、バカにされた」

「くだらないな」

「ムカムカ~ッ」

「とにかく」

「次ガキっていったら・・・」

「デートにでも付きあってくれんのか」

「ムっカぁ~ッ。

 あんた、いったい何者よ」

「ああ、いいぜ。

 教えてやるから、よく調べとけ。

 そして絶望して、涙をながしながら跪いて、すみませんと何度も頭を地面にすりつけて命乞いをするんだな」

「するか!」

「俺の名前は片桐脩だ。

 いっとくがグラハムってオッサンを殺したのは俺じゃねぇぜ。

 利用する予定で借りをつくっておくつもりだったんだ。

おまえは生きている」

「ゲッ! 

 あんた、あたしと同じ名前なの?」

「おまえ、どこを聞いていたんだ?」

「まっ、いいわ。

 もう二度と、あたしの前に現れないでよね」

「いや、おまえの方がぶつかってきたんだぞ。

 ちゃんと前みて歩けよな」

 ・・・

 神々の聖典とは、ひとことで言えば、世界が崩壊した理由をカースティ・ペックハムって科学者が仮説として書いている本らしいが、これは人類を別の空間へ運ぶ歪みというか、通路の在処とか、方法とかを書いているものらしい。

タイムパラドクスって概念がすでに有り得ないと事象レベルの知的なエッセンスが否定している以上、別空間に存在する事項は、あくまで別空間の事項であって現空間とは決して交わることはないって聞いたことあるわ。

 でも、その概念をも否定することができる概念なのかしら。

 もしも、それを手に入れたとすると、その価値は天文学的な値になるわ。

誰もが喉から手が出るほどほしがるでしょうね。

 ・・・ふ~ん。

そこには幾つかのキーワードがあるわ。

 アイラ・メイヤ、降ってくる天使、世界の破壊者、バビロニア、メトロクロス、サイエンスフェスティバル・・・

あたしの理解を超えた範囲の話ってのは理解できるんだけど・・・

 とにかく、あたしには不要なものだ。

 あの人が、これの何を必要としているのか、あたしには解らないのだけれど・・・って、金よね。

 それしかないし、それは命をかける動機にだってなるんだもの。

 あの人、片桐脩っていった。

 コードネーム一〇八号。

 通称シュラ。

 ナイフを扱う殺人鬼か。

 でっ、氷高りんたろうのいる名前のない探偵事務所のオーナーでもあるわけか。

 地上に舞い降りた最後の天使がいた殺戮現場で唯一生きのびたことがあるって、けっこーすごいんだー。

 よくあたしが殺されなかったものだわね。

あれっ、天使?

 天使ってサッキも見たな。

 本当にいるものなのかしら、まるで実在の人物のように書かれてあったけど・・・

 またキュルに情報をリークしてもらいましょ。


ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。

 キュルにメールを送ったわ。

ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。


 あらっ、はやい。

 すぁっすぐぁ~あたし、愛されてるわって、さっきも言ったわね。

 ヒュー・ザ・ヴァイオレット・・・

 どっかで聞いたわね。

 ああ、思いだしたわ。

 ディシプリンにおける所業やJudgeの三つの都市を破壊したとか、もはや伝説になっているアサシンよね。

 あんま昔話とか興味ないんだけれど・・・あれっ、これ機密情報? んなもんまで持ってくるなんて・・・やるわね、キュル。

 え~っと、今はクスハ・マイラの肉体によって再生されたJudge、現在ミティス・レスカと名のっている女に誘われて国際警察機構に雇われてんだ。

 ・・・一級捜査官に任命、これによりヒュー・ザ・ヴァイオレットがこれまで行ったグレーゾーンの犯罪行為に関しては不問と・・・って、政治的な取引をしたってことかしら・・・なんか薄汚いわね。

 保身のために狩られる側から狩る側にまわったなんて・・・

 こいつと脩は敵対したってことかしら?

 ・・・すごいのね。

 すこし彼に興味が湧いてきたかも。

 フロントで部屋番号をきくとか、ロビーやホールを彷徨いていたら会えるかもだわ。

 行きましょう。

 ドンッ。

「ったく、なによ!」

また誰かにぶつかっていた。

「それはコッチの科白だわ」

「・・・」

「よく会うわね」

 おさげの女だ。

「そうですか?」

「袖ふりあうも多少の縁っていうし、すこし食事につきあわない?」

 そういえば夕食、まだだわ。

間食はとったんだけど・・

「ええ、あたしも一人よりは」

「側近の子たちがいたのでは?」

 この人も、あたしが誰かを知っていたっけ。

「あれはグラハムの・・・

 いえ、執事の見習いで、あたしが自由に指示できるほど仲良くもないし」

「そっ、食堂はそこね。

 すぐ左にあるわ」

 なんか食堂なんて妙な響きだわ。

「レストランみたいですね」

「そうね。

 同じよ。

 ただし主催者もちでタダなの」

「そっか、じゃぁ頑張らないと」

「甘い者ばっか食べてブクブク太った女王様にはならないでね」

「はっははっはは・・・」

あたしは渇いた笑いを返していた。 

 この女、けっこーズケズケと、図々しいんじゃないかしら、つうかムカツク~。顔みてるとイライラするわ。綺麗は綺麗なんだけど・・・

 ブクブク太った女王様か。

 それは、あの女にこそ最適だと思うけれど・・・

 はっははっはは・・・

 ぶっ殺したろか。

「どうしたの?

 こわい顔してる」

「お腹空くと、こんな顔になるんですよね」

「そっ」

 話してるとウェイターがオーダーを聞きにやってきていた。

「とりあえず、ピッツアにミートスパかな」

「あたしはカルボナーラ」

 ・・・

 ・・・

 ・・・

「なにか聞きたいことがあるんじゃないの?」

「あなたにはありません」

「脩なら、いいのね」

「呼んで貰えます?」

「彼は忙しいわ」

「あの人なら、そうは言わない筈です」

「根拠は?」

「・・・」

「神々の聖典ね」

「こたえる必要がない質問です」

「そっ」

「・・・」

「あなたはアレについて、どれほどのことを知っているの?」

「こたえる必要がない質問です」

「話にならないわね」

「あの人なら、そうならない筈です」

「そっ」

 相づちしながら携帯電話を取りだす彼女は、彼にコンタクトしてくれているようだった。

「ヘロー・・・まだ勉強してたのね・・・で、わかったことは? 上出来ね・・・いま、あなたのお姫様が此処にいるわ・・・あなたに渡したいものがあるんですって・・・」

 ふぁーあ。

 ねむ、欠伸してたわ。

「すみませんが、シュー・クリーム姫様でいらっしゃいますか?」

 ウェイターだった。

「ええ、そういえる人よ」

「あちらのお客様からになります」

 そういうと彼は、白銀の中華料理的な匂い漂うフタのある皿をもってきて、あたしの前にさしだした。

「来るわよ、彼」

「そうですか」

 あちらのお客様、か。

 ・・・どのひとよ?

 まっ、いいか。

 もらえるもんなら貰っとけ。

 あたしは勢いフタをあけた。

「!」

 ・・・そんな。

料理されてだされたものは・・・

あたしがこれまでの人生で一番大切にしてきた唯一の・・・

「どうかした?」

「うそ!」

事実を否定したい衝動。

 あたしは狼狽えていた。

「どうかした?

 それとも気づいたの?

 ずっとあなたを付けていた男がいたってことに」

澪の科白に反応して・・・

「えっ!」

 バッと席をたちあがると、あたしは周囲を一周、見渡した。

「バカ。

 そんなことしたら気づかれたことに気づくのよ。

 ほらっ、いま扉にいる男よ」

 ・・・あいつか。

「待ちなさい!」

 あたしは駆けよってドアの向こう側へ。

通路へでた。

「待ちなさい」

 澪。

 あたしの左手をひいていた。

「丸腰でいくつもり?

 あいつの脇が不自然にふくらんでいた。

 ホルスターに銃を携帯しているのよ。だから」

「なによ?」

「これ、かしてあげるわ」

 なぜ?

 彼女があたしに銃をかしてくれるのかは解らなかったが、無駄話で相手を逃がしたくはない。

 銃には、あんまり詳しくはないんだけど・・・扱いが苦手ってことじゃない。

 使い勝手はよさそうだわ。

「ありがと」

 けど、視界には誰もいない。

 何処?

「音をききわけるのよ。

 走っていく人間は少ないわ。

 相手は素人。

 あなたを、おびきよせようと罠を用意している筈よ。

 だから・・・あなたは追いつくことができるのよ」

「えっ?」

 なんか今の科白、澪の声じゃなかったような・・・いいえ、そんな訳がないわ。

「急がなくていいの?」

 そうね。

 そうだわ、立ち止まっている暇はない。

 あいつを追って仕留めることに、あたし迷いなんか感じていないわ。

 あたしは追跡を試みた。




 八歳の頃、あたしを産んだ母が死んだ。

 そして、その国の王である父は、まるでそのことを悲しむ素振りもなく、別の側室を正妻と認め女王とした。

 あたしは自分が子供だから解っていないのだと解釈して、それに反対することもなかったが、母親が死んだばかりで、すぐに他の人を親だなんて呼べないうちに、あたらしい女王と父の間に子供が産まれた。

 あたしとは腹違いの妹になるのだが・・・

 あたしは、それも自分が子供だから蚊帳の外なのだと解釈して諦めたが・・・あたしはどんどん笑顔を失って、無愛想に育っていった。

「なるほど、たしかに笑わないお姫さまなんだね、君は」

「あなた、だれ?」

 それは母の側近をしていた男の人で笑顔の素敵な青年だった。

「心を閉じこめてしまうってのは悲しいことだよ。

 だって、もっと心を開いたら、感じること、想うこと、いろんな視野で感受性を刺激することができるんだって、むずかしいかな?

 うん、そうだ」

 彼は手品が得意で、何もないところからビスケットをだしてみせて、食事も心を豊かにしてくれるって笑っていった。

「君に、幸せって気持ちを味わってもらいたいんだ。

 本当の笑顔を取り戻してほしい」

 彼は、あたしの母親を崇拝、尊敬・・・いろんな言葉はあるけれど、簡単にいえば愛していた。

 あたしにはそれが解っていた。

「ママが死んでも、こうやって悲しんでくれる人はあたし以外にもいたんだ・・・」

 実感。

 今おもうと、身分の低い彼、あたしに会いにきてくれること事態が冒険であり抵抗でもあったと思う・・・絶対的な王様である父にたいする反抗・・・でも、父は、それを知っていながら猶、見逃していた。

 あの日までは・・・


「この子はゴールデンハムスターって品種なんだけどね、改良をほどこされているから寒さに強いし増殖しないし、人と同じくらい生きてられるんだって・・・人間のエゴのために都合よく生態をいじくられて・・・この子は意識なんかしてないかも、だけど・・・あたしが産まれた日にママが、おばあちゃんに貰ったんだって・・・ママが死んじゃったから、今ではあたしと仲良くしてるの。あなたのこと気に入っているみたいだよ」

「それは光栄だね。

 でも、この子は君の事を大切に思っているよ。

 君のママがいなくなって君しか頼れるものがいないんだ。

だから君を大切にしてる。

 大事にしてあげるといいよ」


 リリィは・・・あたしと、ママと、あの人を結びつけるための・・・唯一の絆だったのよ。


 父の拳は硬く、重かった。

 それは小さい頃のあたしの印象でしかないんだけれど・・・

 もう、なんで怒られたのかなんて忘れちゃったなぁ。

「おまえのような出来損ないが地獄へ堕ちるんだ。

 おまえの母親のいる地獄に・だ」

 母親のいる地獄。 

 父はそういったけれども、あたしに優しかった母親が地獄になんて堕ちるもんか。

 あたしは何も言わず、いや感情そのものを隠すことで、父に抵抗してみせていた。

 すると父は不服らしく・・・

「おまえのような可愛くない子供は、はじめて見る。

 さぞ、おまえの母親のように阿婆擦れとなって男を苦しめることだろうな」

 あたしは無表情でいた。

 すると父は、

「・・・を呼べ」

 と、あの人を呼んだ。

 あの人・・・か。

 もう、名前をおもいだすことさえ出来ないなんて、なんかヘンなの。

 そして父は、

「自分がなぜ、此処へ呼ばれたのか、解っておるか?」

彼に詰問した。

「いいえ、存じません」

「娘のことだ」

「心当たりは御座いませんが」

「おまえは近頃、娘のシューと懇意にしていると聞くが誠か?」

「それが問題でもありますか?

 ただ語学と数学と・・・手品を教えているだけです」

「なるほど・・・解った」

「・・・」

会話は淡々と続けられていた。

だけど、

「おまえには死刑を言いわたす」

「罪状は何ですか?」

「シューに悪影響を与えておるからだ」

「語学や数学は生活に必要な学問ではないのですか」

「そんなことはどうでもいい」

「では?」

「シューはおまえと係わるあまりに笑顔を忘れ、だれともクチをきかずに無愛想な顔をしている。おまえと付きあっているから、こうなったのだ」

父は、あたしのことを何も知ろうともせずに誤解していったのだ。

「バカな・・・シューは・・・王女さまの死以来まるで笑ってはいないのですよ。

 ようやく、まともに話ができるところまで・・・」

当惑する彼。

 彼は、あたしの方を見た。

死ぬことを恐れていないのは、すぐに解った。

 悲しい瞳・・・いや、あたしを励ますように優しく笑って・・・

「わかりました。

 死刑をうけいれましょう」

心を決めた。

「そうか、ありがたく思え。

 おまえは私みずから手打ちにしてくれる」

 そして・・・彼は・・・


「シュー。

 悲しまないで聞いてくれ。

 僕は、これから遠いところへ逝ってしまうが、決して悲しんだり、誰かを恨んではいけないよ。

 僕は、君が不幸になることなんか・・・君がまた心を閉じてしまうことなんか・・・望んではいない。

 君には・・・本当に・・・僕の力で・・・本物の笑顔を・・・取り戻して・・・あげたかったんだから・・・」


・・・死を受けいれた。


 あの日、あたしは目の前で・・・惨殺される彼をみた。


 あはっふはははっひゃはっあははあはっふはははっひゃはっあはははあはっふはははっひゃはっあはははあはっふはははっひゃはっあはははあはっふはははっひゃはっあははははあはっふはははっひゃはっあははあはっふはははっひゃはっあははははあはっふはははっひゃはっあははあはっふはははっひゃはっあはははあはっふはははっひゃはっは・・・


滑稽だった。

 すべてに無頓着なあたしが、彼を、彼を殺した人たちを、それを取り巻く環境を、潔癖な拒絶と諦めで寛大に受けとめて、自身はそれよりも上等な生き物と世界そのものを見くだした。

 あたしは天に両手をかかげている。

 そしてあたし、笑っていた。

 空を仰いで笑っていた。

自己逃避があたしのエゴイズムなら拒絶そのものもエゴイズム。

 いや、あたしは逃げだしたかったのだ。

 あらゆる汚らわしさをかねた現実の世界に住む住人たちから、あたしはそっと眼をとじていた。

 何も見たくなかったから。

 何も信じられないと信じたから・・・

 だけど父は、あたしの顎をもち、彼の亡骸をムリヤリ視野に入れさせようとする。

 あたしは眼をひらくことができなかった。

 ・・・笑うこともやめなかった。


「気味がわるい。

 まるで悪魔の子供のようだ。

 こんな出来損ないが私の子供などとは、あってはならぬこと、ならば・・・」

「自分の娘をも殺すんだぁ?

 権力をカサにきた者が弱者をいたぶるのが、この国の実体なの?」

「うちの家庭に口出しはよしてもらえますかな」

「や・だ・よ。

 なに言ってんのさ、いきすぎてると思うよ。

 あたしはさ、権力に逆らってる奴みると、なんか肩入れしたくなるんだよ。

 だからさ、いま死んだ子の気持ちを汚したくなかったから止めはしなかったけど、そいつの決意がみえたから、そうしたけれど・・・もしも、その子に手をあげたのなら、あたしがタダじゃおかないよ」

「あなたらしくもない。

 人情ですか?」

「さぁね。

 たださ、命を張ってまで犠牲になった者の死を無駄死にになんかしたくないんだよ。

 光り輝く者の意志は受けつがれてほしいってね。

 ・・・そういうことさ」


 あたしは自分が、なぜ助かったのかも解らぬままに救われていた。

 それからの父も、人が変わったように優しくなって・・・それに、あたしは・・・自分が女王になるってことを目標に生きるようになっていた。

あたしの母親の地位にいすわりつづけるあの女。

 あの女を貶めるには、あたし自身が女王になって、あいつを追放するしかないんだと・・・




 地盤が緩い、沼があるんだ。

 足をぬかるみに取られたりすると動作に支障がくるわ。

 陽が暮れた夕闇の視界域だけれど月光がある。

 相手が誘きだしてきたのだから、そいつにはあたしが見えているのかもしれないな。

 それに感傷なんて雑念はダメ、集中しないと・・・


 この子が君を守ってくれるはずだよ。

 きっと孤独を癒してくれるはずだから・・・

 ひとりぼっちでも寂しくはならないよ。


 はっ。

まさか背後に・・・

 いつの間に・・・いや、別人だ。


「死を実感した者は多いだろうが、本当に九死に一生を得たって奴を俺はしらねぇ。

 死を実感した者は、その瞬間には死んでいるものだからな。

 九死に一生なんて、そりゃ確かに話はきくぜ。鬼の首でもとったように自慢する奴もいるが、どうも俺にはそれが九死な状況だとは思えねぇんだ。

 てめぇ、俺が言ってる意味が解っているか?」

 後ろから羽交い締めにされて首筋にナイフを突きつけられている。

 ピストルで撃たなかったのは一発で確実に殺せないと思ったから?

・・・暗闇では人が撃てない理由・・・撃って野次馬にでも来られて騒ぎになることを嫌う人なんだ。

 たしかに・・・暗殺には手慣れているのかもしれないな。

「余裕ですね。

 あたしなんか、いつでも殺せるから?

 ・・・でっ、あなたが言っている意味なんですけど、あたしの思い出を揺り動かしたのよ。揺りかごから放りだされた思い出は、未熟な過去の自分と、のりこえなければならない未来における障害として、あたしの思念をとりかこむんですよ。そして、その思念を前に、もはや、どんな言葉も行為も問題ではなくなってしまうんです。

 ・・・あなたには罪を償ってもらいたいものですね」

「俺の言っていることが問題にならないだと?

 どっちが主導権を握っているのか解ってんのか」

「やめておいた方がいいと忠告します。

 これが見えませんか?

 あたしの右手には銃が握られているんですよ。

 あなたの脳髄を破壊するのは難しいことではありません」

「おまえの首筋に突きつけられているナイフよりもはやく撃ちぬくというのか」

「試してみますか?」

「・・・」

 ハッタリじゃないわ。

 背後から双肩を抱いて動きを封じている男は、まだ気づいていないのかも、両手を下にぶらさげているあたしが銃を逆に持っているということを・・・密着しているのだから、こいつがあたしの皮膚を貫こうと力を込めたとき、筋肉の収縮で、あたしにはそれを判断することが出来るから、そのときにあたしはトリガーを引けばいい。

 今は、こいつから、できるかぎりの情報を引きだしたい。

「なるほど・・・ハッタリではなさそうだ」

 男が締めつける腕の力を加減していう。

 でも、こいつが言っているのは、あたしのと意味が違うようだ。

騒ぎになるのを避けたがっているようにも見えたが。

「・・・か。

 てめぇ、いつからそこにいた?」

 あたしたちの、さらに背後にいる片桐脩を見つけていたからだ。

「さっきから居たさ。

 まさかVENOMのルックス・アラードといえば昔は超一流だったときくが、今ではバッカスに心酔しすぎたからか・・・腕がおちたな。おまえに、その小娘は殺せない」

「ガキだと思って油断すれば手痛い眼にあうか。

 そりゃ、死んだ女房に比べれば・・・」

「そうか」

「若造が知ったふうなことを言うもんじゃねぇぜ」

「見てたんだ。

 おまえが手を緩めていなければ、おまえの方が、もう死んでいた。

 女のことなんかじゃない」

「おまえこそ、女のケツを追って足を洗ったんだってな、今では国際警察機構の飼い犬か」

「所属なんかは関係ない。

 俺はいつでも一匹狼だ。

 それは今も、昔も変わらない」

「その女が死んだって?

 俺が女の元へ送ってやろうか?」

「陳腐だな。

 あいつはんなもん望んじゃいない。

 だから俺は抵抗するぜ」

「おまえを殺せば・・・

 おまえのネームバリューは今も健在だからな」

「よせよ。

 あんたと俺じゃ格がちがう」


 ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ・・・


風が薙ぐ音が少しずつ大きくなって、いつしか耳を塞がずにはいられなくなっていた。

 でも、それは錯覚だったらしい。

 ルックス・アラードって男が首をかっきられて血しぶきをあげる。その様があまりに残酷で、それに気づかせないほど鮮やかだったから、意識の及ばない思考回路がプロテクトを起こしたんだ・・・だから、あたしの耳が騒音として、それを明確に捕らえることに拒否反応を・・・でも、逃げるのはよくないわ。

 状況を明確に判断して分析をしなければ、万が一という可能性は常につきまとうものなのだから・・・

「袖口にナイフを隠し持っているのね。

 両利き?

 逆手に装備してんの。あんなふうにクロスさせても自分の肌に血飛沫さえ浴びないのは人体の構造に詳しいせいね。

 それと・・・」

「もうよせ。

 そんなことを聞いているほど暇じゃねぇ」

「褒めてんのよ。

 ナイフで、この破壊力なんだもの」

「おまえ、此処で何してんだ?」

「何事もなかったように訊くのね。

 死体はすぐそこにあるのに。

 すごいと思うわよ」

「俺の質問に答えろよ」

「別に・・・話すと長いから」

 あたしはルックス・アラードを見くだしていった。

「どうかしたのか?」

「いいえ」

 あたしが追っていたのは、こいつじゃない。

 ヤツは、あたしの前を走っていた。

 けれど、こいつは背後からやってきた。

「そっか」

「・・・サプライズ。

 あなたクチだけじゃなかったのね」

「当たり前だろ」




『ええ、彼女にはプレゼントを、気に入って貰えたようですよ。

 人を信じていれば苦しむのは当然です。

 ええ、もちろん私は誰も信じてはいませんよ。

 他人を信じられるなんてバカだけですよ。

 ええ、彼女には、もっと苦しんで貰います。

 気がついたとき、自分の周りには誰もいない。

 自分だけが、この広い世界で孤立しているのだと知るのです。

 それが因果応報というものでしょう。

 人は運命を受けいれなければならないのです』




あたしは脩と二人で澪のいた食堂まで戻っていた。

 が、物騒な話をすることになると脩が促すために、いちばん手近な澪の部屋に戻ることになった。

「ずっと一緒だったのに・・・」

 気がついたときには、もう二度と会えなくなっている。

こんなこと、これまでにもあった。

ママのときも、あの人のときも・・・

 そして今度は・・・リリィ。

「戻ってきたら澪がたいらげていたとはな」

「バカ、食うでしょ。

 普通、料理として出たんだから」

 だけど悲壮感になんて取り込まれたりはしないわ。

 悲しんだら思うツボってヤツよ。

 そうならないためにも、あたしは・・・

「普通に考えたら食べないわよ」

「こいつのペットだとは」

「普通かんがえないわよ」

・・・なんかズレている女だわ。

常識が足りない感じがする。

「そういえば、バターぬってたときぐらいから見なかったんだ」

ピストルを澪に差しだして返しながら一人ごと。

「なんにバターをぬってたの?」

「パンに・よ。

 わるい?」

「ほんとかしら?」

「いってる意味が解らないわ」

「バター犬?」

「・・・いってる意味がわからない」

「そう?」

「よく手入れされているんですね。

 その銃」

「当然よ、命を守ってくれる道具なんだからね」

「そうですね」

 ・・・

「宣戦布告だな。

 恨まれる憶えは?」

「・・・」

「・・・ヤマほどあるだろうが」

「ないわよ」

「じゃ、神々の聖典か。

 それを寄こせば楽になるぜ」

リリィが持ってきてくれたあれのこと?

「此処にあるわ」

 あたしは、それを彼にさしだした。

「旧世界の文字だな。

 俺には読めない。

 澪、たのむ」

「はあいはい」

「ハイは一度だ」

「イエッサー」

「・・・」

「リリィ・・・」

「たかがネズミだ」

「違うわよ。

 友達なの」

「だったの。

 過去の話でしょ?」

「・・・」

「こわい顔してるわよ」

「お腹が空くとこうなるんです」

「腕の一本くらい残してた方がよかったかしら?」

「・・・」

「グラハムのオッサンのときは泣かなかったくせに」

「そうよ。

 彼は金で雇っているだけだったんだから」

「情は、ないか。

 どうだ澪?」

「残念ながら目的のものではないわね」

「偽物なの?」

「いえ、脩が求めているものではないという意味よ」

「・・・だと思った」

「そぉ?」

「というわけだ。

 帰っていいぞ」

「なに、それ?」

「用済みだって言ってんだ」

「だって、聖典を」

「必要なものじゃなかった」

「でも、見たじゃない」

「奥の手なら出し惜しみするもんだという教訓だ。

 ひとつ大人になっただろ?」

「そんな・・・

 だって、力になってくれると思うじゃない」

「勝手な幻想を抱いていたのね。

 それは構わないけど、彼に押しつけるのは感心しないわ」

「・・・」

「だったら俺たちにどうしろって言うんだ。

 それを教えてくれ」

「・・・」

「なにも考えてないんじゃない?」

「ちがうわよ!」

「じゃ、なんだ?」

「あたしを守ってよ。

 誰かに狙われているみたいだから」

「いつまでだ。

 一生ってのはナシだぞ」

「・・・」

「考えてないんじゃない?」

「ちがう!

 舞踏会が終わるまで。

 いいえ、恋人のルポルタが来るの。

 それまででいいわ」

「報酬は?」

「カラダ?」

「金の話だよ」

「冗談よ。

怒らないで。

 傷心のヒロインなんだから」

「ヒロインは、あなたじゃないわよ」

「うそ?」

「おまえでもないがな」

「マジ?」

「なんか妙に疲れるよ」

「ガキと一緒にしないでよ」

「そぅ?

 よく言われるけど」

「だったら自覚しろ。

 おまえが傲慢で増長した小生意気な姫だということをな」

「姫の定理がわからなくなる科白よ、それ。

 撤回してよ」

「じゃ、クソガキで」

「ふざけ・な・い・で・よ!」

「俺は、いつでも本気だy」

「なお悪い・わ・よ」

「とにかく、あたし。

 その子のお守りはゴメンだから」

「いうと思った」

「おりこうさん。

 じゃ、忠告しとくわ。

 友情や義理に固執するのは愚かなことだわ。

 グラハムさんとの約束といっても、彼はもう死んでいるのよ」

「ひゅーなら、そうは言わないがな」

「賭けてみる?」

「電話でもするか」

「お望みなら・ね」

「と思って、もう電話をかけている」

「そっ」

「あっ、ヒュー・・・俺だ」

そういうと彼は電話の相手と話をはじめた。




『へろー、脩。

 あたしってばさぁ、安眠を妨害されんのってぇ、すんげーーーーーーーーーむかつくんだけどさぁ。

 くだんない用事だったら殺す・わ・よ』

「体で払ってやる」

『いらねぇよ』

「・・・つめたいな。

 まだ女としかしないのか」

『なにさ・・・それ、まわりくどいね。

 用件は手みじかに原稿用紙五枚以内にまとめてくんない?』

「ムリだ」

『でっ、なにさ。

 扇野かおりでも死んだってぇの?』

「皮肉はやめろ。

 あいつが死んだのは知ってんだろ?」

『死んだの?

 まっ、いいけどさ』

「知らないフリはしないでいい、こそばゆいんだ」

『あー、そーかい』

「ちょっと手をかしてほしいんだが・・・」

『い・や・だ』

「話くらい聞いてもいいんじゃないか?」

『どうして話をきかなければなんないのさ。

 あたしを巻きこもうとしてんのが見え見えなんだよ』

「鋭いな」

『アホでもわかるさ』

「じつはだな」

『きかねぇって』

「運命だと諦めてくれ」

『ベートーベンなんかに興味はねぇよ』

「んなもん関係ない。

 マジメな話だ」

『あたしはいつもジョークなのさ』

「ダメ人間だな」

『あんたにゃ負けるよ。

 そのダメ人間に助太刀たのんでんだからさ』

「頼む。

 悪い予感がするんだよ」

『一秒で五十とるよ。

 それでもいいかい?』

「ケチくさいことを言うな。

 たんまり稼いでいる筈だろ」

『国際警察機構の給料を舐めんじゃないよ。

 もぉぬぉすごぉぉぉくぅ安いんだからさ』

「力説すんなよ。

 そっちじゃなくてイリーガルな仕事の方だ」

『・・・さぁ、なんのことかしら?』

「とぼけてんじゃねぇ」

『あたしの財布のことなんかど~でもいいっしょ。

 んなこと言ってるとコンクリートで体を固めて、生きたままマリワナ海峡の底に叩きこんじゃうからね、おぼえておきなよ』

「・・・」

『それにぃ、いま重要なのは、かおりが死んだってこと』

「ち・が・う。

 興味もない癖に引き合いにだすな」

『かーいそーに、脩が命がけでも守れなかったんだねぇ』

「殺すぞ」

『やれば。

 できんなら、いつでもどーぞ』

「実感のない声で可哀想なんて言うな」

『まっ、そだね。

 そりゃ悪かった』

「でっ、本題だが」

『あそびでムリってんじゃないけどさ。

 今はムリなんだって理解してくんない?』

「ムリなのか?」

『ああ、そだね。

 ・・・行けない。

 まっ、あたしは、ってだけだけどさぁ・・・まぁ、それなりに・・・自分らでどーにかしてよ。

 あたしもさぁ、そんなに暇じゃないんだよね。

 んじゃ、ラック バイ』




「おまえ、んなキャラじゃないだろ?」

「・・・」

「・・・」

「・・・切れてる」

「紫苑さん、どーだって?」

「これないってさ。

 まっ、どーせ税金対策とか脱税とかで忙しいんじゃないか。

 ケチな女だから・・・」

「脩、携帯ふるえているよ」

「ああ。

誰かが、かけてきたんだな。

 もしもし・・・」




『ちがうよ』

「なにがだ?」

『あんたが思っていることじゃないよ。

 んじゃ』




「誰?」

「ヒューだ。

 あいつは人間ばなれしてるからな」

「どーいうこと?」

「こっちの話だ」

「んっ?」

「まぁ、いいさ。

 とにかく、お姫様は明日の朝まで自分の部屋で、ゆっくりしていろ」

「いやよ。

 あなたと一緒にいるわ。

 次は自分かもしれないんだから・・・」

「否定はしないが、俺にもまだ、やることがある」

「一緒に行くわ」

「ついてくんな。

 邪魔だ。足手まといだ。面倒だ」

「ムッ」

「部屋戻って寝てろ」

「や・あ・よ」

「・・・」

「脩、とにかくあんたも今日は休みなさいよ。

 あんた、ここ数日寝てないんじゃない」

「俺は一週間は寝なくても平気なんだが」

「異常よ、それ」

「そうか?」

「電話で思いだしたんだが、ルックス・アラードの携帯電話をスッてきたんだ」

「いつもの手ね」

「俺だと声帯がいじれないからな」

「機械を使われちゃ声帯なんて変えてもイチコロだけどね」

「相手が機械を使ってたらな。

 素人にそれは不可能だろ」

「プロなら有りえるわね。

 ・・・ふぅ、そんな顔しないでよ。

 わかったわ」


ぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴっ。


「何をしてるのよ」

「リダイヤルは便利だって話をしてるんだ」

「えっ」

「進捗情報の確認とか、定期連絡、ネゴシエート。

 まぁ、いろいろと言い方はあるけどね。

 クライアントと電話することはあるでしょ」

「よく解らないわ」

「つまり、今度はあたしが電話するってことなのよ」




『だれだぃ?』

「あたしよ、あったっし」

『だれだ?』

「わからないの。

 なんかさみしい」

『ミレーネか?』

「ええ、そうよ。

 いまルックス・アラードと会ってんだけど・・・」

『ああ、それで携帯を使っているのか。

 連絡ならバララットから受けているが』

「バララットって、バララット・デュラン?」

『そうだが、どうかしたのか?』

「いえ、あたしが連絡するって言ってたから、ちょい意外で、きいてなかったのかしらねぇ」

『まぁ、そっちの事情だな。

 私も、もうすぐ其処に到着する。

 君は・・・もうそっちに着いたのか?

 予定よりも早いじゃないか』

「まぁ、着いたのよ。 

 気にしないで」

「・・・」

『どうかしたのかぃ?』

「ちょっとナーバスなだけ。

 首尾は上々、案ずることは何もないわ。

 あなたはあなたの信じることをすればいい。

 そして、あたしも・・・」

『ああ、わかっているよ』

「じゃぁね。

 ・・・ルポルタ。

 あんたと会えるの。

 楽しみにしているよ」




「ルポルタって?」

「バララット・デュランだって?」

電話ごしの彼女の科白に反応していたあたしたちは各々の疑問を彼女に問いただす。

 が、彼女は面倒くさそうに・・・

「やれやれね。

 説明はしないわよ。

 自分たちで察してよ」

「それはないだろ」

「・・・でしょ」

「この携帯は危険ね。

 粉々に砕いて焼却炉にでも放っておきましょ」

「シルフ!」

脩が訳の解らない名前で彼女を呼んだ。が、彼女はスタンスを改める様子はない。

「いやよ。

 係わるんじゃなかったと今は思っているわ。

 あなた、かなり危険な立場にあるわ」

「あたしも?」

「あなたはあたしには関係ないのよ。

 でも脩、あんたは危険よ」

 にゃろ~。

 あたしは関係ないですってぇ、あたしが中心なんじゃないのぉ。

「もしかしたら、もう無関係ではいられないかも」

「俺は自分を変えられない。

 やれることをするだけだ。それじゃダメか?」

「さてね。

 もう手遅れかも。

 ノイマンやらカースティやら雨月やら、あんたがいきなり勉強しても理解できる範囲は限られているんだから」

「かまわん」

「じゃ、もう言わない。

 とにかく、まもる武器はあるんでしょうね」

「P230があるさ」

「なによ、それ。

 死ぬつもりなの? 

 あたしのチーフスペシャルを貸したげる」

「あいかわらず余分に銃を持ち歩いてんのか」

「エクレアだって、そうじゃない?

 あなたが生に無関心だから、周囲が気を配ってんのよって、おわかり?」

「んなこたぁないぞ」

「・・・」

「性には興味津々だぞ」

「脩、バカ?」

「知ってる」

「とにかく、言うだけのことはしなさいよね。

 じゃ、おやすみなさい」

「ねぇ、ルポルタって?」

「さぁ、ちょい仕事柄おぼえていた声だったから・・・

 背後関係から何となく事情も理解できたしね。

 あなた、すんごく幸運なのよ。

 偶然とはいえ世界屈指の凄腕をふたりも味方に引き入れているんだからね」

「本当に?」

「まっ、敵の敵が味方とは言わないけれど、あたしは脩のために働くわ。

 脩があなたを守る限り、あなたの命は保証される。

 そういうことよ」


 ・・・


「そういって、追い出されたの、あたしたち」

「そこが澪の部屋だからだ」

「あの女、言ってること矛盾してるって感じるの。

 気のせいかしら?」

「さぁな」

「あたし、銃もってるけど・・・」

「女が装備するのは好きじゃない。

 来い。

 部屋戻って休むんだ」

 ・・・

・・・

 ・・・

 何処の部屋もおなじ造りね。

 まぁ経済的なんだろうけどさ。

「なにもないのね」

 質素なのは彼の性分ってのかしら。

 あらっ、ディスクに写真が飾られてあるわ。

「これ、恋人の写真?」

「勝手に見るんじゃねぇ」

「こんなところにあるからよ」

「俺の勝手だろ」

「あんたの部屋だもんね」

「そういうことだ」

「どおりで、男臭いわ」

「いやなら帰れ」

「そうは言ってないじゃない」

「そっか」

「一緒に寝るの?」

「おまえがソファーだ」

「あなたがソファーよ」

「俺の部屋だ」

「あたしは女よ」

「だから?」

「あなたは、かよわい女性にソファーで寝ろと、そういうのね」

「ああ、そうだ」

「暗殺者に殺されたら化けて出てやる」

「勝手にしろ」

「毎日、枕元でドナドナを歌うの、他の幽霊も誘って合唱したげる」

「楽しそうだな」

「あなたもする?」

「いやだ」

「ねぇ?」

「あんっ」

「一緒に寝るって選択肢は?」

「安心しろ。

 まだ、やるべきことがある。

 自己の論拠と独自の考察がないと、あいつは相手をしないからな」

「あいつって誰よ」

「おまえには関係ない」

「眠る気はないってこと?」

「そうだ」

「だから邪魔をしないで、さっさと寝ろ」

「・・・あなたって、データーとは違うわ。

 へんな噂を聞いていたんだけど」

「データーなんていつもデタラメばかりだ。

 本質なんて何処にもない」

「期待しても良さそうだわ」

「さっさと寝ろ」

「ええ、そうね。

 わかったわ」




SAILENT DESIRE




   二日目




   character〈片桐脩〉




 いつも憂鬱な微睡みのなかにいる。

 自分が起きているのか寝ているのかも曖昧なんだ。

 だからといって、年がら年中眠っている訳じゃない。

 むしろ日に数時間ほどしか睡眠なんて取っちゃいない。

 それが俺という生き物なんだが・・・




「いつも早起きね」

「今日はルスカに会いに行くんだ。

 当然だろ」

「それにエクレア?」

「まぁな」

「お姫様は?」

「寝かしておけよ。

 疲れているんだ」

「あなたは?」

「絶好調だ」

「じゃ、平気ね」

「近くの礼拝堂で彼が待っているわ」

「ああ、行こう」




 ルスカか・・・

 懐かしい名ではあるか。

 その鋭い眼光、鷲鼻、オールバックをした洋装の紳士、一昔前はよく切れた男だったが、切れすぎたというところか、目障りに思ったチンピラが、やけに法外な額で依頼した暗殺者に脊髄を傷つけられ、今では車椅子生活を余儀なくさせられている。

「いそがせてしまったかね。

 ズボンに泥がはねている。

 屋敷で掃除係をしている女性は、すこし水まきがすぎるという難点もあることはあるのだが・・・

 私など、待たせても構わないのだよ」

「あの屋敷のこと、知っていたのか」

「さぁね、それは言わんよ」

「暇をもてあましているんじゃないかと気をつかったんだが」

「暇には、なれてしまったよ。

 君のおかげでね」

 ああ、俺のせいだ。

「すこし、やつれたか?」

「いや、その逆だよ。

 今は毎日、本を読んで暮らしている。

 そして時折、私の元に集ってくる迷えるもの達に昔話をきかせることもあるか。

 やつれるような気苦労など何もない。

 まぁ、少々、刺激はたりないかな」

「あんたの推理を久しぶりに堪能したいとも思っているんだが、ここではいくつか殺人事件が・・・」

「君だろ。

 私を前線から遠ざけた張本人が言う言葉ではないが、君との再会を楽しんでいない訳ではない。

 君が私を懇意に想ってくれるのはエクレア君や昌子君との友情のため?」

「ちがうだろ。

 あんたとは親友のつもりだ」

「そうかね」

「俺もとっくに廃業している。

 そもそも、かおりのために俺のすべてはあったんだ。

 あいつがいない今は・・・」

「すべてがむなしい。かね?

 その心に嘘はないようだ。

 君は自分が持ちうるすべてを賭けて彼女を守ろうとした。

 そうして、

 すべてを失っていった」

「いやみか?」

「そのつもりだよ。

 たしか、グラハムは君に姫君を託したと聞くが」

「うわさ以上のジャジャ馬だ」

「そうかね」

「ああ、そうだ」




 ・・・

「でね、ミレーネは、あたしの侍女なの。

 物心ついたときから一緒にいるわ」

「そうか」

「その彼女がある日、あたしに告白したわ。

 自分には好きな人がいる。

 その人のためなら、自分は、どんな苦しみにも耐えてみせると、そうして彼女が惚れているというのがルポルタだった。

 ・・・つまらない男。

 ただ実直とマジメだけが取り柄なひと・・・

 たぶん、あたしは彼女を侍女のままにしておきたかったのね。

 誰にも渡したくなかったから、あたしコッソリ、ルポルタに告げ口したの。

 ミレーネには好きな人がいるんだって・・・」

「・・・」

「・・・」

「・・・きいている。

 話をつづけろ」

「告げ口したの」

「・・・」

「だけど、それはあなたじゃないって」

「・・・」

「あなたを本当に愛しているのは、あたしだけ。

 あたしだけが、あなたを想っているって、だから彼、あたしと付きあいはじめたのよ」

「・・・」

「大好きなミレーネの幸せをおもって身をひいた優しいだけの愚かなあたしの王子様、それがルポルタだったのよ」

 ・・・



・・・

「ルポルタって、たしか第三王位継承者とかじゃなかったっけ。

 どっちにしたって侍女なんかが軽々しく付きあえる身分じゃないわよね。

 あの姫、侍女って子が、直接ルポルタにフラれるのを見てられなかったんじゃない?

 とくに、二人が好きあっていたとしたら、なおさら、ねぇ?」

「どういうことだ?」

「バカ、鈍感」

 ・・・




 ・・・

「ひどい女よね。

 ミレーネが、あたしを恨むの、仕方ない。

 だけど彼女、親友だから。

 この世で、たったひとりのあたしの・・・」

 ・・・




 ・・・

「それに物語は大抵、王子様とお姫様が幸せになって終わるでしょ。

 そこには世話役がいても、気にはならない。

 三人仲良くやってける。

 なんて、オママゴトな幻想、子供なら許されるのよ」

「・・・」

「でも、あたしたちが生きているのは現実で、そこには折り合いをつけがたい心と生活の問題が降りかかってくるものなのよ」

 ・・・




 ・・・

「人を信じすぎると裏切られたショックは計り知れない。

 だから、ふかく人を信じるべきではないと思うがな」

「そうすると、あなたみたく無礼になるのね」

「老婆心からの忠告だ」

「・・・悲しい人」

「真理だ」

「じゃ、偽善と欺瞞で教えてよ」

「人に心を委ねると、心が不自由になる。

 心の制御が効かなくなり、他のことを考えられなくなる。

 ロジカルな自分が失われるんだ。

 でも、利益や見返りを期待できないと解っていても、そこから離れることはできないんだ。

 人を好きになるのは理屈じゃない。

 理屈で片づけられないなら本能に忠実に生きればいい。

 ・・・そんなとこか」

「こっちの方が、もっともらしいけど、そうね、あなたそういう人なんだわ」

 ・・・




「シュラ」

 ・・・

「シュラ!」

 ・・・

「ああ、きいているぜ」

「アイラの定義は神か。

 なるほど、それは残念ながら理論でもなければ考察にも値しない。

 君の机上の空論につきあう者などいないだろう」

「ああ、そうか」

「もちろん、私はちがうがね」

「・・・」

「理由はない。

 私が少数意見を尊重しているというだけだ」

「期待はしてないさ」

「すこしはしてほしいものだが、まぁ、いいだろう。

 何かに躓きをおぼえたなら、まず現実を否定することだ。

 世間がどうだか関係ない。大衆の心理などは脆いものだ。数体のあやつり人形を脅威に感じたとしても、その釣り糸が一点に絞られていることなどザラなことだ。その一点さえ断ち切れれば、その者は世界を革命することもできるだろう。真理がそこにあるとするならば、まず進むべきだ。

 君が求めているアイラ・メイヤという女性。

 彼女を悪魔の申し子という者は多いがね。

 噂が事実となり、事実は歴史を組み立てていくといっても、事実と真実を食い違えることはない。

 私の感想をまず言おう。

 彼女は悪魔そのものだ」

「この場合、悪魔の定義とは?」

「現実にあってはならないもの。

 世界を崩壊に導くもの。

 すべてを無に帰還させる存在」

「・・・」

「次元帯というものを知っているかね」

「いや」

「一次元は点、二次元は線、三次元は、それに奥行きを持たせた立体の世界。そして、四次元は時間の概念を無くしたものである。その発展で、そのものの像を誕生から破滅までつかさどっている領域を四次元帯と呼ぶのだが、彼女、アイラ・メイヤという女性には、その理念が当てはまらない。

 いや、これは世界や時空間を切りはなして、単体として彼女自身の遅延派と電磁波で考察するならば存在するのかもしれないが、それを知る術は我々にはない」

「しかし仮説は組み立てられるはずだ」

「我々にあるのはカースティ・ペックハムの生みだした科学的な定義に突き進むのみだ。

そして、それを示した神々の聖典は・・・」

「そんなもの書いてなかった」

「いいや、あるはずだよ。

 かつてのハイゼンベルグの量子力学とシュレディンガーの波動理論との矛盾にも接点などは認められなかった。ノイマンがヒルベルト空間の作用素論を発展させ、ハイゼンベルグの行列力学とシュレディンガーの波動理論がヒルベルト空間において同等となることを立証するまでは・だ。

 ・・・なにかある。

 彼女が現れる、そのために引き金となるものが・だ」

「ひとつあるさ」

「気がついたのかね」

「いや、知っていた。

 紫苑比右が言っていたんだ。

 あんたも同じことを言っている。

 だから知っていたんだ」

「彼女は気高く美しい、そして、誰も耐えることのできぬ苦痛に、たった一人で耐えてみせている。たとえ世界を敵にまわしても、そのことを厭わぬほどに・・・」

「あんたが言っているのは歴史だろ。

 現在あることが過去となり、現在を未来から見渡せば歴史となる事件に必ず彼女は、現れている。

 いや、見物に来るという見方が正しいのか。

 彼女が、どういう科学的な根拠に結びついているのかは知らないが、時間を飛び越えることが、彼女には可能なように見えるんだ」




「どーったの?」

「おまえこそ、こんなところで何くつろいでんだ」

「あたしだって遊んでないもん。

 邪険にする女が来ちゃってさ」

「チッ、エクレアか。

 たまにゃ仲良くしろ」

「ムリよ。

 あたし、あいつ嫌いやもん」

「あいつも、そういってるぜ」

「昨日あった二つの殺人事件について訊きたいって、あんたをさがしていたわよ」

「容疑者として、か」

「犯人だって見破られてたよ。

 あのアマ、ほんま頭いいわ。

 ついでに推理の仮定とやらも聞いてきたら」

「俺が狙ってたヤツがナイフで殺されていたら、俺だって俺を疑うぜ」

「ゴアのヤツが命知らずなのよ。

 あんたに襲いかかるなんてさ」

「ダグラスの信者だったんだな。

 ダグラスを殺した俺が許せない。

 俺より低い意識にある。

 それが俺には許せない。

 いや、かまってられないんだ」

「そっ」

「ああ」

「そういえば、あのガキ姫ね。

 ミレーネってのと何か企んでいるみたいだったわよ。

 ミレーネの登場で、あなたもお役ご免かしらね」

「約束はルポルタじゃなかったか。

 まぁ、そういえるかもな」

「無関心ね」

「かまってられないだけだ」

「ルスカはどうだった?」

「・・・」

「・・・」

「・・・今度、酒を呑みにいこうってさ」




 エクレアは裏の林を現場検証しているようだったが、自分の任務でもないので本腰を入れているようではなく、暇つぶしという感じで、現場が荒れていることもあって不満なのか、木々に背もたれして煙草を吸っていた。

「よぉ、はやかったな」

「ええ、久しぶり。

 それより、その子、ちゃんと躾しときなさいよ。

 あたしの顔みた途端に逃げだすんだから」

「ちがうわよ。

 脩にはやく教えてあげなくちゃって思ったんだから」

「それで俺がやってきたんだ」

「そっ、ありがとね」

「ごめんなさいは?」

「グラハムの遺体は礼拝堂だ。

 そこに置いておくのは気が引けた」

「あたしは置いてけぼりなのね」

「むかし、クーデターで亡くなられた女王と自分の息子夫婦の仇を討ってくれと、あなたに依頼したことがあったわね」

「必死な形相だった。

 俺は今も、それを忘れてはいない」

「あたしもよ。

 グラハムを殺したのは、ごく身近な人間らしいわね。

 彼の部下とか、お姫様とか」

「あるいは通りすがりの銃乱射魔とか、自殺を他殺にみせかけているとか」

「そうね。

 ふふふふふふふふふふふっ」

「んだよ」

「犯人はシュー・クリーム」

「なぜ、そう思う?」

「状況証拠よ。

 でも、変なの。

 そう見せかけているフシもあるのよね」

「あいつは違うよ」

「すぐに非情な判断を遠ざけるんだから。

 必然性を考えるなら返って不自然になるじゃない。

 かおりが目の前で死んだときだって、あなたは受けいれようとはしなかった。

 今だって、そうして・・・」

「わりぃかよ」

「らしいのよ。

 優しくて素敵よ。

 だから実績よりも低い評価をいつも与えられるのよ」

「そっか」

「むかし、コンピューターと呼ばれていた頃のあなたは、命令をただ執行するだけの機械のように、何も見ず、聞かず、想わず、感じずて・・・」

「俺にだって感情はあったさ」

「そうかもね。

 そのときのあなたには何でもなかったのかもしれないけれど、それを見ていたあたしや、かおりは、かなしくて堪らなかったのよ」

「今は、そうでもないってことか」

「いえ、他人のために血を流して、傷は致命傷になっているのに、まだ他人を救おうと手をさしのばしているあなたを、みているあたしは、もっと苦しい・・・」

「・・・」

「いっそ、かおりのことなんて忘れてほし・・・」

「ひでぇな。 

 友人だろ」

「あなたを無視しつづけた女なのよ。

 彼女は子供のように答えをはぐらかしつづけていた。

 あなたは、彼女のクチから彼女の思いを告げられることを願っていたのに・・・

 地位も、名誉も、金も、時間も、いったいどれだけの犠牲を払ったとおもっているの」

「破滅しかなかったんだ」

「それでも彼女のクチから聞きたかったんでしょ。

 自分を、どんな風におもっているのか」

「・・・」

「・・・」

「きれいな唇だな。

 ムリヤリふさいでやろうかと思ったよ」

「何みてるのよ?」

「青空さ」

 まっ、人気のない屋敷の裏の林で撃ちぬかれて、あんだけ出血してるなら、知りあいに呼びだされて殺されたんじゃないかと素人でもアタリはつくが、問題は、それが誰か、であり、それが本当に、そいつだったか、ということだが・・・

 エクレアはもっと細かく認識して言っているんだろうがな。

「こわい顔ね」

「おまえが今、どんな下着をつけているかが気になっただけだ」

「つけてないわよ」

「・・・」

よこしまな誘惑にまけて俺はそれを想像していた。

「・・・バカ、冗談よ」

「・・・だろうな」

「想像でもしていたの?

 妄想も大概にしときなさいよ」

「いや・・・

 そうか、冗談か」

「へんな想像しないでよね」

「おまえが誘導したんじゃないか」

「かおりがいなけりゃ誰でもいい?」

「んなことあるか」

「あたしだって彼女の心変わりを願っていたんだからね」

「そのわりには」

「あんたがデリカシーなさすぎなのよ」

「まっ、諦めちゃいないがな」

「あいかわらず、よめない人ね」

「惚れ直したか?」

「かおりがいなけりゃ誰でもいい?」

「そうでもないさ」

「・・・」

「・・・」

「・・・もうひとつの殺しは?」

「ゴアを殺したのは俺だ。

 正当防衛だがな」

「それを立証できる?」

「できるさ。

 おまえなら現場を見ただけで状況が判断できるはずだ」

「かいかぶりすぎよ」

「おまえじゃなけりゃルスカがいる。

 あいつの腕は知っているだろ?」

「超一流だったらしいわね。

 車椅子のままでも万人の頭脳を越えると聞くわ」

「俺の友人だ」

「宿敵の癖に」

「そんなチッポケなことよりもだ」

「人命がチッポケなの?」

「掘り起こしたって、そこからは何も見つからない。

 意味のないことに時間をさくのは愚者の選択だぜ」

「まっ、そうね」

「とりあえず一緒に食事でもしてみないか?」

「そうね、いいわ。

 しばらく報告書をまとめないといけないから夜になるけど。

 宋江長官はルーズだから黙認してくれるけれど、補佐官がうるさいから、後でいくわ」「ミティス・レスカか・・・

 ヒューが面倒をかけてるから、文句を言ってくる暇もないんじゃないか」

「最低なのよね。 

 あいつら・・・

 とにかく後で・ね」

「了解。

 宋江にも世話をかけると言っておいてくれ」

「それは直接、本人に言ってあげなさい。

 じゃ、またね」

 ・・・

 ・・・

 ・・・

「・・・行ってしまった」

「なに余韻に浸ってんのよ」

「ああ、そうだな」

「あの女、あたし嫌い。

 あたしが話に入れないんだもん」

「おまえが邪魔だ」

「脩は感じてはいないの。

 あの女からは死臭がするのよ」

「俺だって人殺しさ」

「そうじゃないわ。

 わからないの?

 あたしのなかに取り憑いているものが危険だって言っているんだよ」


 ・・・シルフか。




 それから、ずっと自室にいる俺は、訳の解らない文献や、歴史的な資料と睨めっこしては無駄に時間を費やしていた。

 もう半日は部屋の中にいる。

 エクレアは夕食時にはやってくると携帯電話にメールをいれてきた。

 それまでには一息つきたい。

 俺は滅多に吸わない煙草をやった。

 あいかわらず何も置いていない部屋。

 何もないと言うよりは身軽という意味だ。

 いつでも、すべて捨てることができる。

 命さえもな。

 とくに俺の命は他人よりも安い。

 クズには人権なんてものがないからだ。

 コンコンッ。

「脩、いる?」

「あいているぜ」

「おまたせ」

「あいかわらず美人だな」

「かおりに言ってあげなさい」

「・・・」

「ごめんね。

 彼女はもう、つい口癖になっていたから」

「かまいやしない。

 気にはしないさ」

「食堂へ行くんでしょ?」

「いや、展望室だ。

 そこへルームサービスを運ぶように頼んである」

「気が利くのね」

「金を出すのは主催者だしな」

「ちがうわ。

 そんな部屋があることもあたし、覚えていなかったわ。

 だから・・・」

「当然だろ。

 でないと女性を満足にエスコートもできないと笑われてしまう」

「女としての満足感?」

「それもあるさ」

「そっ、たのしみだわ」




「うっ、あぁ・・・」

 かすかな嗚咽が小気味よく耳朶になびいてくる。

「あいかわらずね、素敵よ」

「さぁな、俺には理解できないが」

 そうして唇を・・・

 まず舌先から触れていく。

「んっ」

「・・・」

 彼女は舌の先端で、くすぐるように歯茎をつたうキスが好きなようで、あなたとのキスはいつも痺れると、お世辞をいった。

「いちおう大人だからな」

「ええ、大人の関係ね」

 女を抱くのは慣れちゃいないが苦手という訳でもなかった。

 ぬくもりが情緒不安定な俺を打ち崩していく。

 他人となれ合っていても本当の衝動はない。

 セックスをしていても、それは単なる傷の舐めあいであって、彼女を抱くことは愛でも何でもないと、自分の中で、あざむけない自分が嫌味をいったが、

「感情なんて、どうでもいいじゃない。

 そんなの理性に縛られているだけなの。

 もっと本能に忠実に生きてみない?」

 ・・・

 俺は朝まで、その女を離さなかった。



 

 そうして陽が高くなって二人、昼過ぎまで展望室に全裸で抱きあっていた。

 彼女が書きかけの資料が気になると自室に去っていくまでの間・・・


 彼女がいなくなるとシャワーを浴びるために部屋に戻った。

 そこでは、俺のベッドに、別の女が寝そべっていた。

 そんなものには構っていられないと、俺はディスクに眼を向けた。 

 すると・・・

「!」

 額にいれてあった扇野かおりの写真が斜め十字に切れ目がいれられていた。

「子供の悪戯にしては、悪ふざけがすぎるな」

 俺は、わざと、それから眼をそらして、かといって焦点をしぼるべき場所も見つからず、中空に視線を漂わせて、滅多に吸わない煙草をしながら逆向きの椅子に座っていた。

 ベッドの彼女は、上体をおこすと笑いもせずに俺の方を睨みつけて、

「それが報いっていうやつよ」

 冷然と俺に言い放つ。

 彼女は少女の姿から、大人の女へと成長しているのだと俺にも解るが、それには構っていられない俺は・・・

「誤解をするな。

 俺が好きなのは、かおり本人で、こんな写真なんかじゃないんだ」

 と呟くだけだったが・・・

「その彼女は、もういないのよ」

 笑顔を失った氷の表情に翳りはなく、彼女は現実を受けとめろと俺を追いつめていた。

 それから俺は、いつもの微睡みのなかにいた。

 自分が起きているのか寝ているのかも曖昧な時間の中に。

 日に数時間ほどしか睡眠なんて取っちゃいない俺が空気と一体化しているんだ。

 それが俺という生き物なんだが・・・

 気がつくと、

 彼女は、いつのまにか居なくなっていた。

 部屋には、いつもどおり俺しか居なくなっていた。




   三日目



   main character

  〈gigantic intention = maturity〉




「あんな男のことなんてもうどうでもいいの。

 あたしには、あなただけが、あなただけがすべてなのだから・・・」

 たわいもない恋を、恋と呼ぶのも烏滸がましいから、僕はこれをゲームだと言うのかもしれない。

「わかっています。

 だから、それ以上は・・・」




 ・・・

「そう、で。

 首尾は?」

「いっておいたとおり彼女のリボルバーから弾丸をすべて抜きとっておいたわ。

 彼女のクイックドロウの実力は知っているんだけれど、彼女、だらけすぎなのよね。

 私生活もそうだけど、身の危険にたいしても」

「そうか。

 彼女とは約束があったんだっけ。

 それを守りにいかないとな」

「約束?」

「たいしたことじゃないさ。

 彼女の命を僕がもらうって、そういうことさ」

「そっ。

 それは素敵ね。

 彼女さえいなくなれば、あたしたちは・・・」

「・・・」

「そうでしょ?

 ・・・ルポルタ」




『彼女が好きなのは、あなたじゃないの。

 あなたを愛しているのは、あたしだけ』

 そういうと女は男のうなじを掴んで唇を重ねあわせて言葉をつづけた。

『このキスは誓いの儀式なの。

 あたしたちはお互いを愛し、結ばれるために産まれてきた。

 だからあなたが、あたし以外の誰かに心を奪われるとしたら、あたしはあなたを殺すわよ』

『あなたが僕以外の誰かに心奪われたとしたら、僕があなたを殺すのですか?』

『ええ、そうよ』

 女は、そういって男の唇を愛しみ、舐めまわしては、それが誓いの儀式だからだもの、と言った。

 

 バンッ。


 それは片桐脩という招待客の部屋だった。

 女が出てきた。

 そして男と、すれ違う。

 彼女は、その男の存在に気がつかなかった。

 誓いのキスを交わしたその男のことを。




「まさか、あなたがこんなに早くに来るなんて、予定と違わなくない?」

「何においてもイレギュラーは存在しますよ。

 日を早めることなど、僕にとっては何でもないことです」

「そっ、ちょうどいいわ。

 あたし、あなたに話があったもの」

 ・・・

そうして彼に告白したんだ。


「もうダメなのですか?」

「そうね。

 あたし、もう、あなたのこと何とも想えなくなっちゃったんだもん」

「残念ですよ。

 あなたを、僕の手で殺さざるを得ないとは、思いもしませんでしたから」

「嘘つき。

 あんた、そんなヤツじゃないじゃない」

「約束は生きているのでしょうか?」

「ええ、もしも、あなたに、あたしを殺すことが出来るならね」

「ムリだと思っているんですか?」

「さぁ」

「ルールを決めましょう。

 此処に一枚のコインがあります。

 これを今から飛ばしますので、それが地面におちた瞬間を合図に」

「銃を撃ちあうのね」

「はい」

「いいわ。

 だけどあたしは銃を携帯していないのよ」

「公平に事を運ぶために、コインは彼女に任せましょう」

「ミレーネに?」

「彼女は、僕たちによく尽くしてくれています。

 結末を見届ける権利があると思うのですが」

「かまわないわよ。

 だけど銃を携帯していないの、あたし」

「こちらに用意しています」

「なんで?」

「シュー様のお世話をするのが、わたしのお役目ですから」

 意味は、なんで、そんなに手回しがいいのかって事なんだけど。

「そっ、ありが・ちょー」

 久しぶりに手にするデザートイーグルは重量があった。

 とても、かよわい女性が引けるようなトリガーじゃないし、ドローしにくいんだけど。てか、あたしには問題ないんだけどさ。

「じゃ、いきますね」

 ミレーネが人差し指と親指でコインを空に放り投げた。

 ・・・

 音もなくコインは地表に吸いこまれていった。

 ・・・

 あたしはモーションをとる。

 あきらかに、あたしの方がはやかった。

 それはそうよ。

 あたしは頭部に銃を突きつけている相手が自殺をするよりもはやく、そいつの頭部を撃ちぬくことができるのだから・・・


 ダンッ。


 でもそれは、銃に弾丸が充填されてある場合であって・・・


「ふふふふふふふふふふふふふふっ。

 かわいそうなお姫様。

 自分の能力に過信したために死んでしまうのね」

 彼は早撃ちをする気がなかったんだ。

 あたしを殺すには銃に正確性さえあれば、他には何も必要なかったんだ。

 スピードなんて関係ない。

「わたしから彼を奪おうとした、あなたを。

 わたしが許すとでも思っているの。

 ねぇ、ルポルタ?」

 そういってルポルタに寄り添う彼女の仕草は淫靡だった。

「簡単に人なんて信じてられない。

 人を信じているなんてバカだけの所業なんだって、それをあたしに教えてくれたのは、あなたよ。

 シュー・クリーム」

「なるほど、君も言うようになった。

 そうだね。

 甘すぎたというところかな」

 そういうとすがるミレーネの首に手をまわしキスをする。

 その彼の逆手にはナイフがある。

「・・・」

 あたしは、声にならない言葉を叫ぶ。

 予期することができたから急所は避けたつもりだけど、今のあたしは虫の息だ。

 何もできないでいる。

 彼女の衣服に刃物が突き刺さり、朱血の黒が闇色に染めあげられていく。

 その行為は、まるでスローモーションのよう、あたしの網膜に焼きついていく。

 スクリーンは、あたしたちの馴れあいにも似た仮面の関係を剥ぎ取っていったのだ。

「君もね」

「なぜ、なの?」

「許せないから、かな」

「わたしが何を?

 シューを殺して、ずっと、一緒に、ふたりで幸せにって」

「友人を裏切ってまで幸せになりたかったのかい?」

「どうして、あたしを信じてくれないの」

「信じる?

 いったい君の何を信じればいいんだ」

「・・・」

「自分の幸せのために他人を犠牲にして、その命すらも踏みにじる君の:::

 いや、他人のことは言えないな。 

 僕も、同類か・・・」

 あたしは必死で手を伸ばしていた。

 彼女の方へ。

「・・・ミレーネ」

 しかし、彼女は応えない。

 薄れていく意識と記憶のなかで、彼女は絶命した亡骸へと回帰していった。

「さぁって、次は君の番だが、覚悟はいいかい?」

 くっ。

「よくも・・・」

「やめてくれよ。

 負け犬の遠吠えなんて聞いていたくはない。

 君は運命に敗れたのだよ。

 君の父親である王は、すでにもう殺している。

 そして、君が望んでいた女王の存在・・・あれを使って私は、あの国を手に入れる。

 君は、私の手駒としてよく働いてくれた。

 礼を言うよ」

 くっ。

 あたしはいつも一人だった。

 子供の頃から笑わない、無愛想な娘・・・友達なんて出来なかった。

 自分のことを本当に心から愛してくれる人なんて、誰もいない。

 愛なんか、この世には存在しないものだと自分を納得させることで孤独を癒して、モラルとスタンスで、ありきたりの薄っぺらな自分を演じることに精一杯で・・・

 だけど、夢はあったんだ。

 それがあるから生きていけた。

 あたしが唯一願ったその夢はもう・・・

「言い残すことはあるかい。

 もはや亡き王国のお姫さまとなる君の遺言くらい聞いてあげるよ」

 彼はあたしの背中にのって、後ろ髪を引き、あたしの喉元にナイフを突きたてていた。

 自分の体が汚れぬように・・・

「あたし、わかってた。

 あなたが、あたしを殺すことも。

 ミレーネとあなたがグルだったってのも・・・

 だから、あたしは弾倉に銃があるかなんて確認もしなかった。 

 本当は否定したい想いの方が強かったから」

「負け惜しみかい。

 そんなことしか君は言えないのかい」

「そうね、あなたならそう言うと解ってたわ。

 でも、いいの。

 あたしはただ、最後に信じてみたかっただけなんだから」

「私を、ですか?」

「いいえ、人を愛するという気持ち。

 人を尊く想う心を・・・

 あたしは愛を信じきって死んでいくのよ。

 つまり、あたしの勝ちなのよ」

「言っている意味がわかりませんが」

「あなたには、わからないのよ」

そのとき、あたしは最後の捨て科白を吐いたつもりだった。

 でも、

「ぐぉっ」

それは別の意図で、あたしの範疇を越えてくる。

『脩?』

ルポルタが胸を撃たれて吹き飛んだ。

いや、違う。これは・・・

そのあと、

 ダンッ。

 と音が鳴った。

 いったいどこから撃ってきたのだろう。

銃声よりも先に相手を撃ちぬくなんて。

 少し血を流しすぎたかしら。

 あたしは疲れて眼をとじてしまっていた。




 くるしい?

 まぁ、そうよねーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。

 なんかふざけた三文芝居みてる感じだったけっっっっっっっっっっっどーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー、なんかぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー想いが伝わってきちゃったよーーーーーーーーーーーーーーーーー。

 安心していいよ。


 いまラクにしてあげるから。


 ・・・おもいだすと泣けてくるでしょ。


 だからもう、何も想わなくていいんだよ。


 あとは、あたしに任せてくれればいいからさ。




 それは女性の声だった。


 思い起こすと、確かにそうだ。


 もう二度と会えないと悲しみで涙に暮れた日を、あたしはまだ忘れていない。


 あたしの一番大切な気持ち。


 大切だったその人の声だったんだ。




 ・・・マ・・・ま・・・ぁ。




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