第2話 Take it or leave it
○虚空の肖像
それは幻とも夢ともつかぬ現実の物語。
恋心に気をとられてよそ見をしていようが関係なく、あらわれた悪魔に身を散り散りに切り裂かれた少女と、その虚ろな瞳に映る最後の瞬間を模した肖像のことだった。
そして、あたしは子供の頃にその絵をみて、何を想ったか憶えてはいないが、それでも確かな記憶、呼び起こす。
「愛情は偶然なんかじゃないの。
これは必然の決断なのよ」
幼かった自分に見ず知らずの女性の言葉。
「現実は悪夢と忘れて立ち直りなさい。
あなたにはその力がある筈なのだから」
あたしは知らず頷いていた。
これは必然の成す力であると。
She is junky in a state
未知なる境遇を、なんの感慨もなく受け入れるには潔癖すぎる性分の自分が、ほんのひととき、またたきの空間に、虚ろにもない夢をみたのはきっと、ナチュラルに運命に流されて、自我を確立しなかったからだと思う。でも、そんな人生を思うとき、自分を誇らしく感じると同時に、すこし空虚な、空白に垣間みるような、なんだか寂しい、なんだか残念な涙をながすのは、きっと自分の商品価値を、そこで諦めてはいないからなんだ。
あたしにとって世界とは、なんとも不公平で、不平と不満にみちみちた、偽善と虚飾の色褪せた球体、そんなもの・・・
「なんですか、それ?」
「カースティ・ペックハムの自伝の冒頭にある文句さ」
悪魔の遺伝子は赤と白。
まぜると、紫色に変わる。
「あたしにもコードネームが必要かしら?」
特別な遺伝子がそれならきっと、あたしにもそれはあるはずさ。
「目の前で、愛する者が息をひきとる光景は凄惨だったろうな」
「んなの、あたし見てないって」
赤い瞳の女が死んだのは過去のはなし。
男が遺伝子を組みかえて、女になるのもサイエンス・フィクションでは有り触れたはなしだ。
たとえば、あたしが、それだったり。
「口先だけで愛してるって言われて、それでカラダを拒絶されんのは残酷?」
「そんなことないよ」
「なんでさ」
「それは解釈の違いだけだから」
心にかかる重圧と欲求。
戯れきっちゃいないから、此処にいる自分は唯一無二の自分だと自慢したくて生きている。
クスハは、肉の重みを噛みしめて、あたしの耳朶に接吻した。
そして、それが別れの挨拶となったことを、あたしはまだ認めているわけではない。
たとえ彼女が、もう、この世の者ではなく。
永遠に、あたしと再会することがないと立証されていたとしてもだ。
「忘れられない心の痛み。
その原因。
それがクスハは、もう死んでしまっていつという現実」
自分にわざわざ言い聞かせるのは、その認識が浅いことを自覚しているからって事だろう。
まぁいいや。
べつに莫迦だって阿呆だって、なに言われても構わない。
あたしはただ、最後に狂い咲きたいだけなんだ。
Take it or leave it
記憶とは、脳内の微小管内にある粒子が振動してデータをロードして浮かびあがるものであるが、ふと、それが自分の意志とは関わりなく悪夢のようにやってくること、あたしは知っている。
誰もが救われない世の中だが、誰もそれを否定しない。それはすさんだ空気や雰囲気が世界を受けいらせているからだ。
光が強ければ、より闇は濃いとか聞くんだけど、あたしからすればナンセンスでしかないってね。それは本当の暗闇をしらない贅沢者の言い逃れだ。
闇は濃く、深く、その先にはどんなに誰が望もうとも一点の光すらささないことを、この街の人間たちは言葉ではなく、実感として分かっていることなんだから。
ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ・・・
「あたしはもう死んでるの」
誰も信じてはくれないが、あたしにだって目眩がある。偏頭痛が刺激となって神経組織を殺しにくる。そのとき、よびおこされる記憶は死んでいる。
ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ・・・
「だからもう、起こさないで」
あたしは朝がとてつもなく弱い。それに世間の奴らがあわせてくれる訳でもないんで状態を擽ってカルマを少し吸って恍惚となる。
「さむっ」
皮膚に何かが密着する感覚が歯がいったらしくて下着で寝てた。いつものことだ。モーニングシナモン、これもそう。
ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ・・・
たくっ、いい加減にだらしくなって受話器を握る。電話の鳴き声がいま消えた。
「もう、うるさいって。あたし死んでるって言ってんじゃん」
「じゃぁ、なぜ喋ってんの?
ゾンビにでもなってんの?」
「そう思う?
いい大人の見解とも思えないけど」
聞き覚えのある知人の声に、あたしは軽口を叩いていた。
「でっ、警察があたしになんのよう?」
むかし、あたしが所属していた国際警察とかのヴァイパーって中年男。声帯はけっこう若かったり、いい男なんだけど善人すぎて相手にならない。
「つれないねー。昨日今日の仲じゃないんだからさー」
「あっそ。あたしって優雅な朝ってけっこう貴重なものだと考えたりするんだけど、高くつくわよ」
冗談ではない。
「こわいねーーーー。きみに睨まれちゃ此処では生きてけないっていうし」
「あくまでもウワサでしょ」
「いまもアレ使ってんの?」
「んっ、あたらしいファンデーションかったよ。化粧とかも大人びたと思うけど」
「みられなくて残念だよ」
「なにさ。すけべオヤジが、あたしに興味ないって言ってんの」
「んなこたない。男ならヒュー・ザ・ヴァイオレットと寝たいと誰もが思うがなって、だれがんな話したいの? 話のコシをすぐおるクセ、いいかげん直したら」
「じゃ、あたしの何に興味があるの? カラダ以外で」
「あのね、私たちは何者なの?」
「美女とオッサン」
「人をみくだすクセも直しなさい」
あたしの発言にあきれてんだ。
「やだ」
まっ、いいけど。
「あのさぁ、きみ、もう殺し屋家業は引退してんの?」
「ふふふっ、なに、それって随分な言い方しちゃってくれんじゃない。
バリバリ、まだ現役だっちゅうねん。
んにさぁ、アサシンとか言えないのー。ムーディーじゃないのって嫌いなのよ」
「うっさい。いつまでも、おふざけに付きあってらんないんだよ、こっちはさぁ」
「そりゃ、お互い様。
でっなに? あたしのシックスシューターに文句があんの」
ため息がきこえてくる。
「なんだ、やっぱ使ってんだ。きみのトレードマーク」
「なによ。ダラダラと。あたし、依頼以外では話しないのよ。一分で五十とるわよ」
「そりゃ貨幣によっちゃ払わないでもないが、聞くのはやめとく。ロクなもんじゃないだろうし」
「わかってんじゃん」
「まっ、冗談はともかく」
「あたしは本気よ。取り立てるから」
「あのねーーーー」
「より、なに?
あたしいま急ぎの仕事あって手、貸せないわよ」
「だれがきみに手を借りるの。私の方が凄腕なんだよ。国際警察のヴァイパーといえば・・・」
「ストットットット。自慢話はヨソでして。年寄りの自慢聞いてるほど暇じゃないって」
「んなこと言うの? だれがここまで育ててやったと思ってるの?」
「自分で産まれて、自分が育った。他人の手なんか借りてないと考えてます」
「自立してるね」
「キャリアウーマンってヤツー」
「人殺しのキャリアウーマンなんて願い下げだよ」
「いいんじゃない。あたしが殺さなくてもソイツの寿命がそこまでだったとするならば、あたしが殺して金になったほうがソイツの為にもなるし」
「勝手に寿命きめつけて殺されちゃうなんて、なかなかの不幸だね」
あたしは欠伸を繰り返して飽きていた。
「より本題は? 言わないとキるよ」
「あのねー。きみがコシをおるから」
「腰おられても生きていられるわよ」
「何言ってるの?」
「ちょっとタワゴト・ザレゴト・ヨマイゴトやらを」
「いいかげんにねー」
「ソッチこそ。あたしはこう見えても真面目なのに、あんたが話をそらすから」
「それはこっちのセリフってやつ」
「あらっ、そぉ。
ごめんなさい」
声がマジなんで、とりあえず反射で謝った。そいからちょいヤな間があいた。
口火をきるのはいつもヴァイパーから。
「それより、もう会えなくなると思うんだが」
その言葉の意味をすぐには理解できないんで、
「どっか行くの? 旅行。いいなぁー、あたしもイーストタウン出ていきたいよー」
とか言うんだけど、
「残念だけど、きみを連れていくことは出来ないんだ」
あたしもバカじゃないからさ。
「ケチ」
「ケチでも」
「バカ」
「バカでも」
「オヤジ」
「オヤジはやめなさいって、こうみえても国際警察のヴァイパーといえば・・・」
「いいから、もうそれは」
せっする相手の対応で雰囲気をよみとるくらいできちゃったり、
「きみだって私と同じ立場ならこうする筈だよ」
だれかに同調してもらいたいって、
「どうよ?」
「VENOMって聞いたことない?」
はなしがすりかわってく、まえふりなのか。
「Judgeの特殊部隊ね。無能な大人たちに死を、幸福な子供たちに絶望を、っってスローガンにしてる血生臭いヤツら。リーダーの伊藤春菜が死んだって、クレスから聞いたような。それが?」
「へまをしてね。もうすぐ私は始末されるんだよ。それは確実だ。どっちに転んでも」
「そいで?」
「最後にきみの声が聞きたくなったんだ」
ぎゃはははははははははっははあはっははははあっははあっっははは。
いい度胸してんじゃん。
すぐにわかる嘘なんか、ついちゃったりしたりして。
「もしかして、笑ってる?」
「あんたは隠居してるから分かんないかも。あたしならVENOMと殺りあうチカラあるよ」
簡単ではないけどね。
「バカをいうな。きみが危険にさらされることを私が望むと思うのか」
どうかしら?
「きいちゃったから、そりゃムリだ」
「きみでも立ち向かえない。わかるだろう?」
本気でいってる?
「あたしぃ、バカだからぁ、わかんなぁーい」
「きみは頭もいいし判断力にも長けている。わかるはずだ。VENOMには手をだすな。これは私の遺言だ、守りたまえ」
なんかうざったいわね。
「これから死のうって人間が、偉そうよ」
それが本気とも思えないんだけど。
「すまんね」
「謝ることないよ。ヴァイパー、安らかに。変な言い方だけど、あなたは大切な理解者だから、わかるでしょ」
「ああ、もちろんだ。簡単にはやられない。あがいてあがいて、それで運がよければ生き抜いて、この空の下、再びきみと巡り会えることを願っている」
「限界まで行きついてね。まってる。その限界点で」
「ヒュー・ザ・ヴァイオレット。
最後にきみと話ができたことが、私にとって、とても幸福なことだった」
われながら儀式的な会話だと、そのとき思った。
ガチャッ。
他人なんか信用しないの、利用してもね。
つかいがっての悪いものに気やすく触るのが愚の骨頂なら、それを知ってすんのは阿漕かもしんない。
あんたさぁ、結局ただのクズで終わる気なの?
ツーーーーーツーーーーーツーーーーーツーーーーーツーーーーーツーーーーーツーーーーーツーーーーツーーーーーツーーーーーツーーーーーツーーーーーツーーーーーツーーーーーツーーーーーツーーーーーツーーーーーツーーーーーツーーーーーツーーーーーツーーーーーツーーーーーツーーーーーツーーーーーーツーーーーーツーーーーーツーーーーーツーーーーーツーーーーーツーーーーーツーーーーーツーーーーー・・・
要約すっとさぁ。
ツーーーーーツーーーーーツーーーーーツーーーーーツーーーーーツーーーーーツーーーーーツーーーーツーーーーーツーーーーーツーーーーーツーーーーーツーーーーーツーーーーーツーーーーーツーーーーーツーーーーーツーーーーーツーーーーーツーーーーーツーーーーーツーーーーーツーーーーーツーーーーーーツーーーーーツーーーーーツーーーーーツーーーーーツーーーーーツーーーーーツーーーーーツーーーーー・・・
「なにトチってんだよ、バカ」
ってこと。
悪魔を相手に、人間が生き延びることはできない。悪魔は、地獄にしか現れないからだ。地獄にいる人間の生命は停止していると決まっているから、勝負にならない。
「人間じゃダメなんだ」
あたしのピストルを、
シックスシューターを握りしめた。
この残像。
今も消せない記憶。
悪夢と、悲劇と、その残骸が胸にもたれて息苦しい。
なにさ、これ。
あたしの指先に振動が。
ふるえが・・・
とまらない。
XXXX
この街では、誰もが犯罪にたずさわっている。
誰もが心に闇をもってるから、人間が腐ったあたしみたいなヤツもいる。
雑踏、交差点、歩道橋、信号機、ビルの街、人の波、人の波・・・
ノイズにフラッシュバックするビジョン。
あのひと、紫苑比右じゃない?
あっ、あたし雑誌でみたことあるよ。
あたしもー。
なんか地味だよね。
えっ、でも比右くらいのクラスになると私生活は地味だってよく言うじゃん?
だれかを待ってんのかなー。
きっと煙草も酒もしないとおもうよ。だってすっげープロポーションいいじゃん。
それよりさ、なんかイヤミな感じだよね。
あっ、それあたしも思ってたー。
ホントなんかヤな女ー。
他人の評価なんかアてにしない。
あたしの評価は別にある。
見ている現実にヒラキがあんのに、そんなもんに構ってらんない。
あたしの今は別にあると、あたしは立ちどまって街とは別の方角を凝視した。
ピッ、ツーーーツーーーツーーー。
携帯電話、情報提供にあたしが飼っているクレス・ファウを呼びだしてんだけど繋がんない。
「ちっ、なんて窮屈なの。この街は」
なんだかなー。
アンティークショップでオルゴールをかったんだ。
衝動買いでもないんだけど、われながら無駄な買い物だと思ったよ。
クーレアってロックグループの曲、入っていた。
「あたしの心はひきさかれ、焼きつくされ、目標をうしなったまま、地獄で串刺しにされ埋められたんだ」
とか、詩が書いてある。
つたない失恋をした女の物語のようだった。
あんま、おもしろくなかったよ。
さびれたホテル街の中にある廃屋。
その地下には闘技場と、それを囲んだバーがあって、けっこう繁盛しているようだった。
檻の中にいる剛健な男たちの殴りあいが客寄せの役をかっているからだ。
二層に分かれて下では檻のリングにビット台、賭けをしたいなら降りてけばいい。
あたしがいるのは純粋なショットバーだ。
カルアミルクをオーダーした。
屏風の中にある虎を見ている心地。
好みが分かれる雰囲気だなぁと、そう思った。
「馴染めないなぁ」
あたしは気のない眼で天井を仰いでばかりいた。
「待ち合わせ場所をかえるか、ふつー。迷ったじゃないか」
気やすくあたしの肩にそれは触れた。
「高いよソレ」
「あん?」
「あたしのカラダは商売品なの、気やすく触らないでほしいわね」
四肢をずらして、その手をほどく、拒絶した。
「まるでコールガールの物言いだな」
「かもね」
あたしが此処、ライト&シャドウで待ちあわせたのはクレスが敵対している組織もJudgeだとあたしが知っているからだ。
「このまえ来たのに覚えてなかった?」
「いちいち覚えちゃないだけだ」
「そっ」
あたしはカルアミルクで喉の渇きを癒していた。
「事態は最悪?」
「そうでもないなー」
アンドロギュヌスのこいつの思考をどう判別して聞くべきかなんてスタンスは見当もつかないが、こいつは雨月教授の下で働いていたとかで頭はいいし、余計なことにクチを挟まない、便利なヤツだ。ただし、こいつはあたしにとって。扱いをひとつ間違えばとんでもなくイヤな敵になる。
そんな情報を持っている。
外見はオールバック、こざっぱりした男、そいだけ。あんま特徴がないのは敢えて、目立たないってのはやっぱり有利に働くことが多いって事なんだろうな。。
「それより、まさかライト&シャドウとはな」
過去、いくつかの事件が発生した此処では、その数だけ揉み消された闇がある。
そのことを彼は言っているんだ。
「意味はないわ。気分転換よ。トランキライザーいる?
あたしはいらないから」
「俺もいらねぇ」
クレスに睨まれると背筋が凍り付く感じがする。いい殺気もってんだ。人間殺すのを趣味にしてる。Judgeの快楽殺人許可証をもってて、人を殺しては気分で生き血をあびるんだって。まぁ、Judgeを裏切った今となっては効果があるのかどうかは知らないけど。
あたしがいる丸テーブルに配置してる椅子にクレスが腰かける。
「それよりクレス、景気はどう?」
「気やすく名前を呼ぶんじゃねぇよ。殺すぞてめぇ」
煙草のボックスが空だったのか、あたしが置いてた煙草に手をつけたクレスがいる。あたしはさっきから呑みながら吸っていた。
「高くつくわよ」
「情報をくれてやる」
「じゃ、あたしからはインシュリンあげる」
「いらねぇよ」
「ざんねんね」
「ホントにふざけた女だぜ」
「そう?」
「おまけにいい女だ。吸いつきたくなる」
ちゃらけたあたしに真剣な視線、あたしは、はぐらかしてみせた。
彼の舌なめずりが、どうも感に触ったからだ。
「やめてよ。アンドロギュヌスとやる趣味ないよ。それよりさ、わざわざ無能なアンタを呼びつけたのわね」
「それが人にモノを頼む人間の科白かー、殺すぞてめぇ」
「殺せば、できるなら」
「あやまれば、許さんでもない」
「だから殺せって」
シックスシューターが通じる相手じゃない。
なんせ人間じゃないんだから。
雨月博士が生みだした百八の遺伝子の塩基配列により造りかえられた二十六人の化身のひとり。彼はかつてコアという生物と機械、両方に通用する部品の欠けた部分をおぎなう機械を完成させたことで有名だ。あたしは科学者ではないから巧く説明できないけど、生まれつき腕がないまま生まれた人間に腕をあたえたり、生まれつき言葉が喋れない人に声を与えることができるというシロモノだ。あと電気とか燃料のかわりもするとか、タンパク質でできた機械だっていうけど、タンパク質だとかグリコーゲンだとかを部品として考える知恵とか有機物と無機物のさかいめを無くすというのは、あんま理解できなかったりする。いまはもう存在しないんだけど、教授の助手のカースティ・ペックハムってのが空気感染するウィルスを機械と大気にばらまいたとか。あれをいま肉体に埋め込んでるのは天然記念物ものだって。かくいうあたしの中にあるんだけど。むかし内戦とかに巻き込まれてカラダの三分の二が無くなったときに移植されて、コアが破滅したあの日も仕事で死にかけてて息できなかったんだ、ほんの数分。それはあたしが特殊な因子を有していることも関係あると考えられた。まぁ、仮定なんて関係ないんだ。おかげであたしの内臓器官では、まだ活動しているコアを扱っているという事実はステータスなわけなんだし。
もっとも神に近づける原理なんだって、実感ないけど。そいでなんでコアをリサイクルしないかっていうと、世界の破壊者っていう三津木あやねが世界中からそのメモリーを封じ込めたとか、ここも一般には未公開であたしは理解できてなかったり、なんだけど。
「レインダースの死刑場でこれから処刑される囚人が笑って断罪の十三階段を上っていったんだと、そいで執行人が最後に言い残すことはないかときいたらクソッタレと毒づきやがった」
それは三年も前のあたしの事だ。
「ふるい話だわ」
「そいつが百万ボルトの電気椅子でも死なねぇで釈放されてんだから、くさった世の中だぜ」
「んなの、いまに始まったことでもないでしょ」
彼はジンをロックで一気に呑みほした。
唇の片端をつりあげ笑ってみせる。
「ひとつだけ情報があるぜ」
あたしもつられて笑っている。
「買うわ」
見つめあって笑いあっていた。
「ヴァイパーが狙われているなんざ初耳だ。これが、なにを意味しているのか、オマエならわかるだろう?」
「さぁ、どうかしら」
あたしをなんか万能だと勘違いしている。
だから過度な期待をかけているんだろうな。
まぁ、それはそれで置いておいて、べつに考えることにしてる。
なにもないことがすべて、そんなものかなんて。
「Thank you」
あたしは煙草のケースに相場の金をつっこんでクレスに差しだした。
「Your welcome」
いやらしい微笑で舌なめずり、そんなクレスの殺気は心地よくって、さきに席をあけたあたしを見えなくなるまで追っているようだった。
「いつかは戦わなければならない、か」
そんなフレーズが脳裏に浮かぶ。
まっ、命を粗末に扱わなければ負けることもないだろう。
たとえ相手が誰であっても。
取材ですか?
ちょっと紫苑さんはモデル以外の仕事は受けないようになってるんで、すみません。
えっ、エイル・ヒーリングってクーレアってバンドのヴォーカリストでしたかね。一応、紫苑さんの耳にはいれておきますがね、そういう仕事はうけない女性なんですよ。どうかわかってあげてくれませんかね。
躍動して脈うつもの。
血が自分の中に満ちている。
いいしれぬ恐怖、あいまいな不安には脆いものだけど、あたしのなかには血の衝動がある。
敵意を前にしたり、自分が追いつめられたとき、それと知らず笑ってしまうこの顔は、あたしのなかで畏怖を殺意に塗りかえるんだ。
「いまでも眼をそむけているんですか」
「あたしが無意味に人を殺すとこ、見たいの?」
純粋な、あらゆるすべてに対する憎しみが、あたしに血の匂いを嗅がせようと殺戮へ誘うんだ。眼をあわすと憎しみにストッパーが効かなくなるの。
「十分ですむから」
「待ってます」
ドーパミンぐちゃぐちゃでアドレナリンが噴射してんの、Aテン神経が活性化する。
「もう最高」
そうして生気をうしなった物体は、
「弾丸ふたつで六千か、やすいものね」
あたしの記憶に残ることもない。
「生物が幾らかの累積をかさねて新たな価値のあるものに導かれる。か」
ダーウィンの進化論に学んだもの、生きていく術、生きている命、命そのもの。
「冷えるわね」
「この街には季節や気候などがありません。それに生物に反応して体温調整をする処置がドーム内にはありますから、体温がさがっていると感じられるのは錯覚だと思いますが」
「ドームのなかに閉じこめられて、なにが自由の国よ」
「それでも、あなたは自由じゃないですか」
「そうね」
裏と表、両方でケアしてくれているアルバート・ギブレ。
彼は表情をもたない生き物だ。
ながし見つめるあたしをエスコートした。
「そう、みえるかもしれないわね」
いまでも悪夢をみる理由ってのはアレなんだけど・・・
一度、仕事で死にかけたとあたしはいった。
死あったのだ。
相手のことはよく覚えていない。
「実力だけではボクに勝つことはできないよ」
そういった。
あたしは五体を切り刻まれて、えぐりとられた心臓をつなげた数本の触手と脳みそだけで生きのびた。
そういう風に聞かされている。
最後に記憶しているのは彼女の言葉。
「このまま生き続けるのは辛いよね。殺してあげるよ」
・・・生きのびた。
「キミはボクと戦えるだけのスキルを持ちあわせていないんだから」
・・・生きのびた。
「なぜ、あたしを救ってくれたの?」
あたしは助けられたんだ。
「くきゃくくうくくくくくくくくくくくくくいききききききくっきうきうくくく」
妙な女、白いチャイナドレスを着ていたのが印象的、それにデタラメな化粧とか。
「きひたいのららー」
そのときはミティス・レスカを知らなかったから脳に障害をもっている女性なんだと理解していたが、実際はまだ卵から孵ったばかりの試作品で、思考が安定していなかったらしい。
「ええ、とっても」
本当は大きなチカラを隠していると、それは感じていた。
「くえっへへ。きゃきゃくやきゃかうきゃきゃくやきゃきゃきゃー」
「なにがそんなに楽しいの?」
「子供のケンカで勝ったときゃ、まけたとかなんら、興味ないんらー。んなマスターベーションしてりゅろ後がこわいりょ」
言語も定まっていない。
「あたしを見下してんだ」
「ちゃいにょ。ヒューがとっても大好きにゃんにょ」
「うそつき」
「ちゃいにょ、ヒューは地上に舞い降りた最後の天使らったんにょ」
そういった。
あたしには、ヒュー・ザ・ヴァイオレットと紫苑比右って二つのパーソナルフェイスが存在する。
ヒュー・ザ・ヴァイオレットは進化を遂げるまえのあたし、男だった。
紫苑比右は、進化をし、性別すらもすげかえられた女の名前だ。
女のあたしはモデルを生業として、オーディションを受けるため、免許のないあたしの変わりに運転してくれるアルバートと仲良しだって。
こいつは、
「左と右とで眼の色がちがうでしょ」
って、今の世間では当たり前のことなんだが、親友のパズル・ファントムは得意げにそういった。遺伝子を組みかえられたミュータントの特徴だ。
「それでも感情がある、か。なんのために」
彼もあたしを恐れている気配がある。
まぁ、パズルと友情でつながってるあたしに、パズルに忠誠をちかっているこいつが裏切るはずもなく、
「一応、念のため、お耳に入れておこうかと。やはりいつものように断っておきましょうか?」
律儀に仕事をこなすんだ。
「いつも悪いわね。でも、わがままだけで言ってんじゃないのよアルバート」
その科白は少しでもあたしを勉強してほしいと心の表れだ。
「それは、勿論です」
あたしはカルマを吸っている。
「いいぇ、違うわね。本質で理解してないのアナタは?」
あたしはカルマを吸っている。
「どういう意味ですか?」
「いぜん、運命を感じたことがあった。そして、それはある人と出会ったときに感じた衝撃だったわ。あたしにはわかったの。彼が自分の人生におおきく関わってくる人だということを」
「それが?」
「記憶をさがしているの、自分のなかで欠けたピースをつまみあげてみせなくちゃいけないから」
「よくわかりません」
「正直ね」
「そう造られていますから」
「素敵よ。だったらマニュアルどおりに命令をきいてるだけのロボットに徹して言うことをきくのね」
「まだ何も命令されていませんが?」
自分がいってることの矛盾には気づいている。
「二十代を後半にさしかかってしまうと、考えるの。自分の商品としての賞味期限を。だから、自分の危機には自分で対応しなくちゃいけないわ」
「受けるんですか?」
「そうよ。ほかにも興味あるじゃない、エイル・ヒーリングと一緒にいるあの」
「三津木れいら、ですね」
「彼女はいまも元気にやってるのかしら」
心の矛盾を自分のなかだけで解決してしまうのはマスターベーションでしかないから心にクエスチョンを残しておく、それが自分の平静だからだ。
バスルームにはフレグランスミントを、心に平静をもたらすため。
湯につかる趣味はあたしになくてね、スポンジで肌身をこすりつけるだけ、泡の匂いは好きなんだ。
シャワーをあびる。肌にふりかかる感触は不快以外の何物でもないんだけど。それは、たぶん、自分のカラダを自慢しているわりにこのカラダがいつわりのものだからだ。
キャリアを重ねていくうちに、あたしは彼女たちに近づいてきた。それがわかる。彼女たち、Judgeの上層部にいる存在に。あたしは乗り越えなければならないんだ。ただやり過ごすだけでは終わらない今を。
白皙の肌に朱血の唇、ホクロひとつない完璧なカラダ、プロポーションが、すべて造りものと自分の心に嘘がつけないからだ。
カルマをやる。
カルマは煙草とおなじように愛煙してる。
煙は心を覆い隠すカーテンであり煙幕だ。あたしにはそんな役に立っている。けど、どうしてそんなに後ろめたいのかさえも分からない自分は嫌になる。
「カラダに傷はつかなくとも、心に穴はあくようね」
湯けむりがガラスをくもらせた。
その日は朝から慌ただしかった。
街はずれの質素なマンションの二階に住んでいるあたしにアルバートがやってきて享受するのは、そもそもあたしがクーレアに無知だからだ。
「雑誌なんか読むのもなんだかだしー、いまさら興味わかないって」
とかなんとか言ってたら。
「とりあえず彼らの曲をもってきました」
と、SDカードを手渡してくれるアルバート。
あたしはフローリングの床に座りこんで、そこのパソコンを起動してそれをやる。
「寝起きでいきなりこんなんすんのー。すっげーだるー」
「子供みたいな事をいわないでください。それに窓のカーテンぐらい開けて換気をしてください。冷暖房もなしにパソコンをホコリまみれにするのはどうかと思いますよ」
「アルってけっこークチうるさかとよ」
性で、あたしは寝間着がダメな奴だから、ウチでは白Tシャツに黒スパッツで通してる。
「病的ですよ」
「あにがぁ?」
「パソコンと敷き布団以外なにもない部屋がです」
まぁ、靴はいて動いてる傍に敷き布団おきっぱなしって問題あるかも。
「そうかぁ、みんなこんなもんでしょ」
「パズルはこんなに乱れていませんよ」
「だれだってベットのうえでは乱れるものなの」
スピーカーをONしてミュージックに部屋がみたされた。
「あに?」
あたしにはよくわかんない、バリバリのヘビーメタル。
メタリカみたい。
「あんたこんなん聴いてんの?」
無表情の男。
「バラードもあるんですよ」
アルも座ってマウスを移動させてちがう曲。
「女の声だね」
「三津木れいらです」
「エイルとつきあってんの?」
「いえ、どちらかといえばグエルと」
「グエルって?」
クーレアはヴォーカル兼ベースのエイルとれいら、ドラムのペネロペー、ギターのアン・グエルで成りたってる、はじめて知った。
「れいらは世界の破壊者の娘だそうですよ」
皮肉?
「だってねー。きいてるって、んなの」
自分のことなのよ。
「あなたのメモリーが娘に会ったら、どうなるんですか」
「そりゃ、キメラって下等なもんだし、何も思えないんじゃないのかなー」
「私はそうは思いませんがね」
「そう?」
地球はかつて自力でまわっていた。
自転とか公転とか。
地球は死んじゃっているからさ、地球自身がもつ8hzのシューマン共鳴とかなくて、電磁層も地層も死んじゃってんの。でも、とまってちゃ引力なくなるよね。んでカースティ・ペックハムって科学者の理論で無理強いされて回されてんのよ。つまり脳死なんで脳に機械うめこんでカラダをコントロールしてる感じなんだ。
「そっかも」
記憶を失っているものたちが地球の人口の八割を占めている世界。全部じゃなくて一部分だけなんだよね。CDに傷がついて、そこのデーターが読みとれないこと有るけど、それね。CDって脳髄に似てるよ。レーザーから粒子でデーターをロードすんのと、隔膜で像をインプットして脳に粒子で伝達すんのを、逆して記憶をよびだすのと。
「ヘーゲルにでも心酔しましたか」
「ヘーゲル?」
「歴史哲学的でしたから」
「そのジョーク解りにくいうえに笑えない、最低だよ」
「すみません」
「アルは功利主義でしょ」
「パズルですよ、それは」
「彼女はマテリアリズムってのがあるよ」
「じゃ、ヒューは」
「んっ。まぁ、なんでもいいや。アマリってんでプラグマティズムもらっとく。J・Sミルって専攻してたの。ハイスクールでさぁ」
「学校かよってらしたんですか」
「なにそれ?」
「この街で?」
ここらはスラムが多くて教育をうけない子供がそのまま大人になっていく。自分の名前すら書けない者が人口の大半をしめているから、なんか王様、どうにかしろよ。
「封建制度って、どこの国です」
「あたしがいずれ世界征服した暁には」
「多くの罪のない人たちが紫苑さんの身勝手で死ぬことになります。その思考は捨ててください」
「あたしの勝手でしょ」
「共存する世界の問題です。自分がスッキリしたいならマスターベーションでもしてればいいじゃないですか」
「・・・殺すよ」
「そうですか」
「まぁ、ベビーヘッドってあるしさ、学校じゃないよ、人の価値は」
「はじめて良いこと言いましたね」
「まっ、ね」
「で、ベビーヘッドって何です」
「親に甘やかされて育った子供が、自分以外の他人を認められなくて見下すこと。組織的にもネガフィーリングって悪影響だし、周りにも信用されないでさ、んなのに付いてくる奴いないからさ。自分のことかえりみるスキルがないし、自分のこと棚にあげて発言して、それに気づきもしないでオマエが悪いって他人を責めるの。いわゆる欠陥をもったうえに、それを広める大人になっても気づけないんだからさ。そいつが死んだときに泣いてくれるのって家族だけなんだよね。それすら、生活の面での悲しみで、そいつのこと思われているとは限らない。よくいるよ、とっちゃんボウヤのベビーヘッドって」
「あなたが死んだらパズルは泣くでしょうね」
「そうかしら?」
「三津木れいらも」
「それはないって」
「心に歪みがないんですね。罪悪感とか」
「あいつが悪いとか、社会が悪いとか、責任転嫁すんの」
「殺すのに気兼ねがいらないですね」
「好き勝手に殺してんじゃないのよ、あたしは」
「そうは思えませんが」
「あんまり仕事は好きじゃないし」
「なぜですか」
「夢をみなくなるからよ」
「どうでもいいことですね」
「いいけどね」
「他の曲も聴いてみますか」
「んっ、よりさぁ、人の心の中身覗くのやめてよね。あんま、いい気分しないんだー」
「しかし、アナタの心の管理も任されていますから」
「また世界を壊されちゃたまんないって?」
「ノーコメントです」
「大丈夫よ。そのまえにあたしの心が壊れるから」
「ノーコメントです」
「けっこうマイちゃってること、あんだよねー、いろいろと」
遠い眼をしてあたしは思う。
アルが心を読んでいるのはわかっていた。
それでも、
思わずにはいられなかった。
そのことを・・・
それは市街のしゃれたアパートの一室での出来事。
つまりは、あたしのセイフハウスって事になるんだが。
あたしの眼前にはエイル・ヒーリング。
ラフなシャツにジーンズ、飾りっけがなくて意外、それがサマになった好印象の青年。
名乗られなければ分からないような面識のない男。
彼だけだ。
他にいない。
変だなと、おもって向きあって椅子に腰かけた。
「どうやってここに来たのか。
なぜ此処にいるのかなんて聞かないであげるけど。
なに?」
それは用件はって事なんだが、通じているかどうかは疑問符が必要だった。
「以前、CDのジャケットのモデルをお願いしたことあるんですけど、覚えてますか?」
けだるいのは早起きしたせい?
ちなみに、あたしは寝起きだった。
リビングのテーブルでトーストにハムエッグを食べていた。
「いちいち仕事のすべてを把握しておくのはマネージャーの仕事で、あたししないの。
あんたも椅子にかければいい」
あたしは食後の煙草をやった。
あたしの真ん前に腰かける男。
「俺らの曲を聴いたことは?」
考えるのが面倒くさい。
低血圧の頭にきかないでよ。
「ちょくちょく街でショッピングいくにもバーで酒かっくらっているときでも流れてるあれでしょ。
げっげっ、げげっげのげってやつ?」
「それはキタロー」
「ちがうんだ?
まぁ、聴くともなしにっての、あるけどね」
考えるのが面倒くさい。
朝に弱いんだからさぁ。
「それだけ?」
「さぁ、どうかしら」
「これからする質問は俺が記して雑誌に掲載する手筈になってんで、あんまり不利益なことは避けた方がいいんじゃないっすか?」
そんなんあるの?
「不審者に家宅侵入されてる件は棚上げ出来るつもるなのね」
「それなりにですがね」
「それで二人っきりでおなじ空間にいて、あたしがレイプでもされたら誰がどう責任とるつもりなのかしら」
「心配ないですよ。いくら俺でも悪魔を襲うほど命しらずじゃありませんから」
「失礼な言いぐさだね」
つうか敵意。
殺意とも取れるが。
「そうでもないですよ。それより、魔女を吸収した女って方が真実に近かったですか」
「とんでもない言いがかり、つうかノーコメント」
なに言ってんだこいつ。
「奏多美緒って女をしっていますか」
質問を叩き込もうとしていやがる。
「モデルの仕事に関係ある?
すくなくともそんなモデルは聞いたこともないわ」
「世界の破壊者について知ってることは?」
三津木あやね、あたしのメモリー。
「んなこと聞くの? しんない」
「自分が自分でなくなっている感覚を味わうこと、ありますか」
「いってる意味がわかんないー」
あやねがあたしの感情をコントロールするとでも。
「血の匂いに異常に興奮するとか」
しない奴がいるのかしら、たくっ。
「あたし行かなきゃ。
仕事があんのよ」
席をたつ素振り、揺さぶってみる。
きかないアトラクションだったけど。
「じゃ、最後の質問です。この写真の女性に見覚えは?」
みなかった。
「ん、しんない」
不満でしょ。
「以上です。どうも有り難うございました。
でも、一応言わせてもらえば僕を裁くことは出来ませんよ」
でしょうね。
でないと、こんなに堂々としている訳もないし。
「うん、気づいてた。最初から。だからあいてしてあげたんだしね」
「それは何故?」
「あんたと一緒よ」
「情報がほしかったのですか」
「さっきのが最後の質問でしょ。答える気はないの」
「俺がアンタを本気で襲うかも、さっき言ってましたよね」
「そうね。でもオフレコだから言っとくわ。それ、とっても高くつくから」
「恐いな」
「あんたの命じゃ足んないのよ」
「肝に銘じときますよ」
奏多美緒ってのは、魔女だった。
産まれながらに不思議な力を持っていたが、ある日から、その力を失った。
彼女はそれをESなんて読んでいたけど、可愛い子だし、助けを求めているのが分かったから、あたしは嫌いじゃなかったけど。
その彼女が失った能力が、彼女の意思と関係がなく発動するようになった事も。
「カ・ナ・タ・ミ・オ?
それが新しいあんたの名前?」
「私は自分を変えたくて、だから名前を捨てようと思ったのよ」
「変わんないよ。
あんたはあんたさ。
まぁ、あたしが言えた義理じゃないけどね」
彼女に手首を掴まれると痣ができる。
それを解除しなければ四十九日目に必ず死んでしまう。
みんなはそれを呪いと言っていたし、意思に反する能力に彼女は苦しんでいた。
エイルが此処に来てたのは、それなりに止む得ない理由があったって事なのだろうけど、どちらの気持ちが解るから、あたしは肩入れが出来ない立場にいた。
「葛藤を経て、人は生まれ変わるものだと思わないかしら」
「あなたの差し金だと思っていました」
エイル何某がやってきたのは仕事場だった。
今度はシティホテル。
「話の意味が解らないけど」
「このまえのお詫びのつもりです。
申し訳ありませんでした」
「話の意味が解らないけど」
「だから、あなたの差し金だと思っていましたから」
「何度、おなじセリフを言わせるつもりよ」
あたしは彼に背を向けて部屋をでていた。
そしたらそこで彼女に出会ったのだ。
ドアの外壁にもたれて地べたに座っている彼女に。
『実力だけではボクに勝つことはできないよ』
悪夢にふたたび嘖まされる。
『キミはボクと戦えるだけのスキルを持ちあわせていないんだから』
ターゲットの血液をコレクションしているJudge配下のVENOMの女。
その悪夢は、
こうして現実のものとしてあたしの眼前に、確かにある。
でも、ちがうこの子は・・・
「ちっす」
敬礼する女は、あたしを透かして背後のエイルにそう発した。
「ちっす」
エイルが返答。いきなりその子がエイルに抱きついていた。
おいおい。
「あたしなんでだろう、バカだよね。こうならないように、こんな事にならないようにいつも思ってた。変なこと言っちゃってんじゃないかって、いつも不安にしてたのに」
とか、言ってる。
「なに、痴話げんか」
似ているのは、あたしを殺そうとしたルキフェルって奴と、救ってくれたミティスの両方。二人は雨月博士が培養したクローンで中身は別物だが、おなじ素体を使っているから似ていて当然と言えるんだが、彼女は違う。
正真正銘の人間だった。
「いえ、ちがいます。れいらは感激屋さんなんですよ」
アーミーファッションにビリビリにやぶった服きて露出をあげてハイソってる。爪先にネイルアート、爪ピアス、外ハネの髪は染められていて紫色。下唇と両耳にも合計で十個のピアスがある。
「だれ?」
あたしを見た。
その眼には冷たいものが感じられる。
「その左肩にあるタトゥーは」
彼女がれいら。エイルの首にまわした腕をそのままに、自分の肩へ視線をおとす。
「ああ、これね。呪いなの。
魔女、奏多美緒がターゲットを呪い殺すために浮かびあげる黒龍の印」
「聞いちゃいないわよ」
「これができた人間って、ことごとく死んじゃって、生きてるのはあたしだけなんだって、あたしも死ぬかも」
黒龍の呪いは、呪いをかけた術者にさえ解くことはできない。
だから彼女は自分で自分を傷つけていた。
生きる事さえ罪だと自覚して。
「なーんて冗談。死ぬなら寿命だけどね」
笑顔のなくならない女で、線が細い女だった。
世界の破壊者の娘。
「冗談が鬱陶しいけど、何が言いたいの?」
「Yes、it,s joke」
ただのタトゥーだと誤魔化していた友人もいたけど、あたしが見間違えるはずもなく、
「美咲も結衣も、それで死んだのよ」
と、つい昔話を口走っていた。。
「ああ」
不適な彼女は、あたしの全身を舐めまわすように観察しているのがわかる。
「ルキフェルと見違ってたんでしょう?」
だれ?
「あたしの遺伝子で創られたクローンだってさ」
冷たい瞳だ。クレスのそれよりさらに強い戦慄を覚える。
「そっか、あんたがヒュー・ザ・ヴァイオレット?」
エイルを見遣る、彼もあたしの正体を知って呼んだことだろうし、隠しても無意味か。
「答えないってのは、そういうことね。
さっきの理由、何故か、おしえてあげる」
舌なめずり、彼女はわらって、エイルの首が軋むほどに抱きしめたまま、エイルが苦悶の表情を浮かべているのに構いもしない。
「あたし、レジスタントもやってんの。
だから情報に事かかない」
「呪いにかかっていたのね、あなた」
「呪いの事は知らないけど、彼女に触れた瞬間に、なにか死が覆い被さってくる感覚に襲われたのよ。
あたしは感覚で理解していたの。
だから・・・
奏多美緒は、あたしが殺したのよ。
My mother」
あたしのメモリーに問いかける。そして、エイルの首筋にchewing。かすかに血が流れている。
「能力に気がつかなかったから、見逃した事に後悔したんだけど、あたしには死んだママが残した遺産がある。
どうにかなると思っていたわ」
「聞いた事があるわね。
あんたには三人の使徒がついているってね」
「空をいけ、海をいけ、変身だって奴ね」
「バビル二世のこと言ってんの?」
「いや三蔵法師。
猿と犬と雉の奴」
「それモモタロウ」
「垢から生まれる奴ね」
「ア力タロウじゃん。
なに言ってんの?」
「どうでもいいから。
どうでもいいこと言ってんの」
苛立ってんのか。
そのトバッチリがエイルの首に。
れいらの腕にある握力が、まるで絞首刑のようだった。
「恋人でしょ、殺すの?」
意識はすでに遠のいているはず。
「まさか、恋人じゃない。利用価値まだあるし、あたしの商売道具だもん、死なせはしないわ。けど、あなたの本性がみたいのよ。知的探求心が勝るんだ。あたしは世界のヒロインになるんだから」
「あなた今でもヒロインよ」
「そう、でも記憶なんて漠然なもんでもなくてね。記録であなたを脅かせるから」
「それで殺すの?」
「エイル、ヒュー?
どっちよ」
「エイル」
「こいつは勝手な事するから、ちょっとお仕置きなの」
「あたしは?」
「ママって、あなたの胸に飛びこんで良いっていうなら一緒に幸せになりましょう。
選択肢なら、まだあるわ」
それでエイルみたく血を吸われんの。
「ごめん、遠慮しとくわ」
「ざんねんね」
「じゃ、さぁ。
あたしの赤血球とかヘモグロビンとか弁償してくれるの」
「保証はしないタチなんで」
「じゃ、ダメ。
ついでにタマシイも持っていくんでしょ」
「当然」
「じゃダメ」
「じゃ、せめてママって呼ぶくらい」
「ダメダメ、全部ダメー」
「ケチ」
「ケチだから」
「どうりで老けてるわけだ」
「笑える」
「笑えば、まっ。ママをつけねらう理由がないから、おとなしく帰ってあげる」
「親の教育が悪いと反省するべきところかしら」
「ママに似たのよ」
「メモリーの方ね」
「どうかしら?」
「また逢うことになるんでしょうね」
「だって、んな運命じゃん」
「Buy、れいら」
「アディオス、マイ、マザー」
だいぶスレちゃってるけど、強い子には育ってんだ。
ひさしぶりのアトラクションは、すこし目覚めがいい朝のようなものだった。
「あたしは一児の母親なのか。
肉体だけで計測するなら。
歳、五つも離れていないんだけど・・・」
XXXX
ノートルダムの寺院で宣教師の洗礼をうけたダグラス・ブラウン神父は、神の慈悲により純粋な人類の叡智を復興させるために悪魔の一族と戦っている。
かくいうアタシは神父の教えをこうた愚かな人類のまつろに関係する優秀な兵隊だ。
「テーマを・・・」
ウェイターにそう声かけた。
アタシの無能な部下たちは心無しか不安な面もちで、アタシの動向の一挙手一投足を見はっている。
「Key of goldくらいは理解してるのね」
部下を監視しながら呟いた。
「テーマは、いかがいたしましょうか」
ウェイターがいる。
「ベルリオーズの幻想交響曲なんかピッタリね。とくにあの女には」
人類であることを最初に捨てた人間にはね。
唇の端がかすかにひきつってくる、チックとはちがう、歓喜の衝動を抑えきれない信仰への忠誠からだ。
「あっ、それと」
ピアノを弾いている、透けるような金色で長髪の女性に耳打ちしにいったボーイをひきかえすよう手招いては、あたしの傍へ。
「グラウチュア・ブラウンって知ってるかしら?」
きいてみた。
「しばらくお待ち下さい」
彼はさがって、仲間の何人かと、一言二言、言葉をかわして戻ってきた。
「申し訳ございません。私どもにはその方の心当たりがございませんが」
「記憶しておくといいわ。この世界を破壊する二人目の破壊者の名前をね」
舞踏会、曲がながれている。
音楽にのめりこんでいくピアニスト。
曲はあたしが思っている以上にはかなく、絶望を暗示しているものだった。
「無能な大人たちに死を、幸福な子供たちに絶望を、か」
グラウチュア・ブラウンって、アタシの名前なの。しっかり記憶しておくがいいわ。
XXXX
「不思議だよねー。愛してたのに、そう思ってたのにバカだったよね。あんたに会えなきゃあたしまた同じことしてた、おなじ間違い犯してた。ありがとう、感謝してる。そいで、あの、頼んでたこと、どうだった?」
もっぱらライト&シャドウを利用している。
タイトな感じに逆らえない。
むかしチーズバーガーを食べたとき、あんまり好みじゃなくてダメだったんだけど、ある日、シュリンプのハンバーガーを食べたとき、ひとくちで虜にされちゃって、それからは眼にはいるとすぐにそれをオーダーするクセがついている。
習慣ってのは、なかなか不意に出来ないものなんだ。
「そうね、簡単だったわよ。それよりお金、はやくしてくれる、あんま時間ないのよねー」
この店のシュリンプも絶品だったりすんだよなー。
「うん、そうよね、わかったわ」
そうしてポシェットの中から封筒をとりだす女は若い、あたしよりもずっと。そして太っている。ブサイクだ。気持ちが悪い、首がない。だから男にフラれるんじゃないの、自業自得だ。見ているだけで悪口雑言が溢れてくる。
あたしの性根は誰よりも汚い。
シェリンプのバーガーくって唇ぬぐい、化粧直しに席をたった。
さっきから物騒な奴らが彷徨いている、第六感ってのでわかる。
サーモグラフィー。
あんな感じ、よく解るんだ、見えてるの。そこと、そこと、そことそことそこ、にいる五人。この状況からして逃げるには、やっぱそこ行くしかないのかなー。
ちょっと死角になってるとこに女いるけど、ぶつからなければいいでしょう。
あれっ、曲かわった。
幻想交響曲だ。
ベルリオーズって恋人にふられて自殺しようとか、失意のなかでこれ創ったのよね。なんか気味がわるいわねー。
テレポートとかされたりして。大丈夫かな。あたしのステータス、あんま使ってないから。とにかく、この女、ロッピーナ・クラルドを逃がしてやる事もできるけど、やめとこう。だって具合がいいんだもの。
あいつらがあたしたち取り囲んでいるときから考えていたの。ホントその太り具合がいい感じだわ。
化粧をなおして戻ってきたら、
ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダッッッッッッッッッッッ・・・
あたしがいつも愛用してる丸テーブルは原型もなく、肉塊が朱肉をひろげて転がって、一階フロアあたりのビットしてる奴らが何事かと頭上であった惨劇の確認を急いでいると、ゆっくりと五人の武装した兵隊らしきものがやってきた。
たぶん、これが幕開けなのかな。
第六感でわかるから。
それは単に、なんとなくって事だろう。
「ヘブンズゲートって知ってる?
アタシ友だちが死んじゃってさ。
悲しいとか思ったことないけどさ。なんだかシャレにならなかったんだよ。
あいつ、なんかこのごろ夢にでてくんだよ。
そいで、なんでオマエ生きてんのって聞いてくんのォ。それってシャレになんないじゃん。だから言うの。オマエこそなんで死んじゃったんだって。
そしたらね、ヘブンズゲートだって、ヘブンズゲートくぐりたかったんだって、
なんだかだよねー。よくわかんねぇや。でも」
「マシンガンくらいじゃ死なないよ。あの女を殺すには此処ごと吹き飛ばさなきゃ、ね」
カチッ。
そうして五人の誰かがスイッチしたんだ。
大爆発が発生、爆風と共にみんなが死んだ。
「みんなで行こうよ。一緒に行こう。アタシたちの光だ。ヘブンズゲートくぐるんだ」
淘汰する。乱打する。吐き気がする。狂いもする。腐肉を喰らう。骸に恋する。地獄へ堕ちる。業火に焼かれる。記憶を失う。黄泉へと誘う。手段に闊歩する。決意を委ねる。人を捨てる。大量殺戮。
夢でもみてるんじゃないの?
「なーんだ、そこに居たんだ」
「仲間を犠牲にして失敗?
とんだピエロね」
シックスシューターかまえたあたし、左利きなの。隻手にはロッピーナの左目まで壊れてもげた頭。
「だれにケンカを売ってるつもりかなんて安いセリフは言いたくないけど、杜撰すぎるわよ」
そいつの前、足元にトランクおいてる、半開きで中身のマシンガン見えている。爆弾の装置もある、主犯だろうな。
そいつがマシンガンとるよりシックスシューターが脳天ぶちぬく方がはやい。
「あたし良い奴だから、まったげる。それ構えるの」
素直に応じるわりに、そいつの逆鱗にふれたようで、
「貴様をまず血まつりにあげて、次の世界の破壊者になってやるのよ。そのためにあんたには死んでもらうわ」
プライド傷つけられたって。
んな顔したらダイナシよ。そのひらひらの白いドレスとか帽子とかハイヒール、髪をたばねたリボンとか。乙女チックで可愛いから。
「そっ」
女の衝動、憎悪、罵詈雑言。
熱血してんなー、とか思ったり、それもいいけど、しらけちゃった。
「ダグラス・ブラウン神父は言っていた。
三津木あやねを殺さなければ例え世界を破壊しても真の破壊は成りたたない。と、だから貴様は此処で死ぬんだ」
女の名前はさっき聞いた。
グラウチュア・ブラウン、
まだ子供じゃない。
「じゃ、あげる?」
彼女の表情がとまって不格好にみえた。
シックスシューターもった手でマシンガンはじくあたしがいる。
「あなた、じゅうぶん世界の破壊者だから、それあげる。あたしハナからそんなものに興味ないもの」
「何を、今さら、引けるわけが」
純粋な子だ。
銃がなくても、この距離なら噛みついてくるかも、痛かったらなんかヤダな。
「じゃ、光をみせて」
「なに言ってんの?」
「あたしを連れだしてくれるひと見つけてよ。そしたら死んだげる」
「バカにしてんの」
「あたし本気よ。ぜったい死ぬ。いつか、たぶん、寿命とかで」
キッ!
と手袋の中に隠しもっていたモノであたしを突きさした。
「・・・ばか」
バタフライナイフなんかじゃ貫通しない、とどかない。
表層をなでるだけ、そいなら飛んでマシンガンをかまえなおした方がマシ。
「・・・Judgement」
彼女の耳にそっと銃をそえたあたし。
パンッと軽快な音、それは潰えた。
「甘いよ。
それにくだらない事に人生を賭けすぎだよ」
ロッピーナを捨てて両手で彼女を抱きしめるあたしがいる。
あたしも母親の記憶をもってんだと実感したが、涙なんかなかったんだ。
一滴も、なかったんだ。
もしも翼があったなら、自由に空も飛べるのに、子供の頃は夢をみた。たとえ世界を失っても自分は守りぬいてみせる。夢を、希望を、尊厳を。
愛と呼ぶには烏滸がましいが、それでも一時の恋って、それぐらいは許されるだろう。
たとえ夢をうしなっても、
・・・カタチをうしなっても、
・・・心をうしなっても、
儀式には必要な利権ではあったと納得して生きればいい。
そう言ったのは安道全。
あたしにコアを埋め込んだ人間、科学者だった。
朽ち果てていく心を見殺しにできないからこそ救世主ではないんだろうか。とミティス・レスカのことを言ったのは宋公明。あたしを否定しつづけた男だ。
「コアはたしかに君が亡くしたカラダを復元させたが、欠けた心のトラウマまではどうにもできない、そうだろヒュー」
そんなことも、
「君がいまの自分に固執するなら、そもそも二重生活してること自体が間違いなんじゃないのかな」
こんなことも、
あたしにとってはつれない言葉、疲れただけだ。
どうにもできない状況を知らないから責められる。どうにもできないから不安になる。不安を痛いと感じるから、心が傷ついていく。
「否定するのは簡単だけど、みとめて元気づけるってムズカシイこと、だよね。言葉でも人は死ぬんだよ。シネシネ語って知ってる。ネガティブに人の心を潰していくの。それがまだ誇りに至らなければいいんだけど、あたしはもうどうでもいい、みんながオマエはバカだとか愚かだというけれど、いったいなんの違いがあるのかな、あたしと、あなたたち。みんな死ねって言ってるけどさ」
因子って知ってる、ある結果をともなうためのチカラなんだけどね。あたしのなかにあるオリジナルが遺伝子の塩基配列に変化をあたえる。人間は進化の最終形態であってもう進化しないって学説があるけれど、生物は変化しつづけることを宿命に義務づけられているの。その矛盾を叶えることは決して出来ないから、すべてはおなじ周期で発展し、昨日とおなじ軌道を描いているとしても、やはり今日という一日は変化の上に成りたった違う一日であると人は知らなくてはならないの。
「だから、変わるというのか?」
「おもいっきりナイスバディにしてくんないかなー」
「でけんわボケ」
それでもあたしのカラダを復元してくれた安道全には感謝してる。だってあたし、本物の天使になれたんだもの。
そのとき、一陣の風に舞って、それは羽ばたいた。
何物でもない、虚ろな神をきどった傀儡が乖離して闇に帰還した。
それは獲物をまさぐっての行動だ。
獣が獲物を喰らうことを愛だというのならば、あたしは今、愛に飢えた獣に違いないだろう。獣は常人ばなれした嗅覚で獲物のありかを嗅ぎわける。
「けけけけけっ、いまさら来たのか。あんたのためにメインディッシュは残しておいてやったぜ」
「Thank you」
「まっ、俺なんか不要、とでも言いたげだな」
「そうでもないわ」
「どうした? 行かないのか」
「考えてるの」
「なにを?」
いつしか彼に言うべき言葉を探していた。
そして、
「いまさら何を言えっていうのさ」
・・・結果。
彼と正面きって対峙する。
こんな光景は久しぶりだ。
暮れる陽が二人を闇に包みこんでいく。
恩を仇でかえすとは、こういうこと。
ぜんぶ、あんたが悪いからだよ。
だから、あんたを批判する。
それを否定する心もあるんだけども、もう遅い。
「なんであたしを殺すのよ」
そう聞いた。
「それは君が一番わかってるんじゃないのかなー」
廃工場の一角、二階建ての倉庫、コケくさい、ペイントの剥げ落ちた部屋で吸っていた煙草を吐きすてて、中年の彼は、あたしを見つめていた。
「なんであたしを殺すのよ」
もういちど、
「君が人類を裏切った生き物だからだと上層部のほうでの結論だ。警察じゃないよ。私が影でお世話になっている組織でだが」
「なんであたしを殺すのよって」
彼があたしを凝視する。
「ロッピーナ・クラルドの科白なんだけど」
「だれだよ、それは?」
「あたしの依頼人。ブサイクなメスブタだわね。タマよけになってくれたのよ」
「それで、きみは?」
「いまさら何か聞きたいの?」
「なぜ私だと?」
「ダグラス・ブラウン神父って知ってるの。
マシンガンを打ち鳴らして戦場でひろった二十六人の孤児を育てていた。
教会の鐘は壊れて鳴らなくて、晴耕雨読、自給自足の生活してたの。
本名はグロックって言うのよね」
彼は煙草をもうひとつ。
「そうだったかなぁ」
あたしはカルマをやっている。
「あなたに聞いたのよ。
そんなメモリーでしか語らないもの、くちばしる人間、他に存在する、わけでもないから」
「私が主犯か」
「あるいは神様」
「あるいは悪魔」
「あるいはリベル・ナハト教の教祖さま」
「ふふふふふっ」
「なにがおかしいの?」
「いや、ただ素晴らしく綺麗なんで驚いたよ」
「なにを今さら」
「君の翼さ」
「そう」
あたしの背中には金色の翼が伸びていた。
あたしの特殊な因子と、コアによる副作用から科学者の安道全がうみだした、後世への最高傑作だと彼は言っていた。
「つかい古されたチープなセリフかもだけど。
この羽をみた人たちは、みんな死んだわ」
「そっか」
「最後に言い残すことはあるかしら?
誰の差し金でしたとか」
「このまえと変わらないよ」
「んなの忘れたわよ」
「きみに会えて幸せだったって」
「このまえと違ってるわ」
「・・・そうかも」
「死ぬのよ」
「そりゃぁもう、きみに手をあげたらそうなるってわかってたから」
「仕方がないわね」
「処置なしかな」
あたしは静かに銃をかまえた。
「あっ、それから」
「なによ。死ぬのが恐いとか?」
もどかしさを楽しんでしまう。
「そりゃ恐いけど共存できないんだから仕様がないんじゃないかなー」
「じゃ、なに? はやくしてよね」
あたしは自分が恐いんだ。
「きみ、そんなに私を殺したいの? こうみえても若い頃はだねー」
「どーでもいいのよ」
「まっ、そうかもね」
Torn down。
「っで?」
「きみがなぜJudgeに刃向かってるのか知りたいね」
「あたしにはヴァイパーが仲間になったのかと思えて嬉しかったんだけど」
「おしえてくれる?」
「冥土のみやげに教えてやろうか」
それはあたしが、まだ愛を信じていたいからさ。
・・・なんちって。
「終わったか?」
「んっ、ええ、まぁ、そういえるわね」
「にえきらねえ返事だなおい、大丈夫か?」
「ええ、OKよ」
「ウツワが違いすぎたな、俺がでる幕もなかったしな」
「チープなこと言わないで。彼が善人すぎただけでしょ」
「善人が仲間を裏切るのか」
「善人だから、自分が嘘をつけないってこと、気づけなかったのよ」
「そうかもな」
きやすめなのか、クレスがあたしの肩にそっと手の平をおとしてきた。
「さわらないで」
ビクッと退くクレスの表情、彼もあたしを恐れていることは理解している。いつか服従を忘れて噛みつくこと、あるかもしんない。
「すこし、一人にさせてちょうだい。ちょっと、そんな気分なの」
「好きにしろよ。どっちみちこれからパートナーになるんだぜ、なかよくやろうや」
赤い月。
あれを見てると気が狂いそうだ。その気持ちが街中に繁殖して世界に地獄をうみだしている。そう、この街では多かれ少なかれ誰もが犯罪にたずさわって生きている。
それは今も変わらない。
あたしがまだ男だったころ、クスハ・マイラって女に恋をした。
最高の女だが心を病んでいた。
あたしは彼女を愛したから、彼女とひとつになりたいと願ったのだ。
組織に始末された彼女をあたしは、奪った。そして、そのカラダを切りきざんで自分の中に取り込んだんだ。愛する人はバーベキューになって芳しく、仄かにあたしの印象どおりの美しさを維持しつづけていた。
「I am a perfect」
それは彼女の肉を喰らったからだろうか?
「I am a angel」
あたしは辿りつかなければならないんだ。
たとえどんなに過酷な空で、ジオラマの街、ブリキの人形に阻まれたとしても、自分に固執して生きねばならないから。
正義なんて問題じゃない。
金も、地位も、名誉も、すべて否定して野垂れ死んだっていい。あたしは探している最中だ。自分が、自分のために、自分らしくある道を。
たとえ命をうしなっても、悪魔と罵られようとも、あがいてみせる、
自分を見つけるためにあるこの世界だと知っているから。
自分には出来ないなんて、そんなの架空の運命でしかない。
ビッグベン。
時計台の鐘が夢の終わりを告げていた。
「財産があるの」
「そうか」
「気のない返事ね」
「あるだろうな、と思っただけさ」
「世界はふかく、無着色。透明だから透けてくるのはなんせ夢だけじゃないんだなー」
「もっとムードのある喋りを勉強しろよ」
あきれるクレスと路地裏の石畳、街路樹にさしかかる。
「なんで、あたしを裏切らないの。
みんな、あたしを裏切るのに」
「さぁな。
俺は義理堅いんだよ。
むかし、生命を助けてもらっている」
「それ笑える?」
「何度もだ」
「知ってる。
でも忘れな。
ちいさな事だよ」
あたしは誰の枷にもなりたくないと思ったから、そう言っていた。
「まだ悪夢をみるんだよ」
「そうか」
いつしかequalityな彼は誰よりも善良なかおをして聞いていた。
「みるんだろうなって思ってた?」
「なに言ってんだオマエ」
「この街では犯罪に携わっていない人間は存在しない。だれもが自分の存在意義を求めているから、自分を曲げないために世間と戦って傷ついていくからなんだって、思ってた。
でも、最初から自分なんて問題にされていないのよ。みんな違う世界観に生きていて自分を大切に生きてるから、自分に一生懸命すぎるから、少し見失っちゃってたわけなんだ」
「自分を?」
「自分の都合で現実をまげていいわけがない。
自分のこと棚にあげて、人のこと見下していいわけがない」
「・・・」
「気づいたのよ、あたし」
無言の彼に表情はなく、ただ静かに肯定してうなづくだけ。
それがなんだか嬉しくて、心地よかった。
「アルには大切なものってあるの?
あたしなんか見つかんない。
れいらはれいらで大切に思ってはいるのかもしんないけれど、もしかしたら敵対してしまうかもしない。ねぇ、参考のため聞いておきたいの。
アル、あなたには大切なものってある?」
運転席のシートが血によどんで、その者の意識は失せていた。
「たくっ、ついさっきまで余計な皮肉いってたのに、なんか無口だね。今日は」
魂が肉体に愛想つかして抜けだしてんだ。
助手席にすわっているあたしはハンドバッグを片手に飛びだした。
「もう、ウチすぐそこだしさ。歩いて帰るよ。グッバイ、アルバート」
死んでいると解っている筈なのに、なに言ってんだろう、このあたしは。
殺意に罪悪を感じることがなく、それに委ねて実行することを当然だと感じてしまうのは、すべて必然で、当然そうなるべきして時間は進行しているとイズムがあるからだ。
「しくったなー。またパズルに新しいオモチャかってもらわないと」
一次元は点、二次元は線、三次元は奥行きをもった立体で四次元とは時間を概念として含んでいるもの。
四次元帯は、あたしという像を存在から消滅まで司っているものをいう。
だれが?
「神様」
Who are you?
んなの知んない。
んな漠然としたものに自分を委ねるなら、あたしはいつでもやってやるよ。
それが神でも、悪魔でも。
自分のためなら。
此処にたったひとつの、かけがえのない、何者も気やすく触れることなど許されない、
大切なあたし自身があるんだから。
ねぇ、わかるでしょ。
Why am I.So great!
しかし、そんな単純なものじゃない。
人生と、生活は。
スピア。
それを恐怖と受け入れた。
彼女の屍があたしの心を吸いこんで、今もその翼に欲望という災いを封じこめている。 誰も当てにはできないから、
誰もが信用できないから、
孤立している自分は闇に喰い殺されていくだろう、いつか。
死を意識しているから、無力な自分が許せず憤りを感じているんだね。
あたしと一緒だ。
ざわめきは遠く、景色はかすんで、カラダは透きとおっていく。この手も、足も爪先も、かかとも髪の毛も。
この街は誰一人として救おうとはしないんだ。
だけどみんな此処で暮らしている。
痛みや弱さを隠して格闘しながら、朝をむかえて、闇にとりこまれ恍惚となり、そして自分をうしなって、それでも此処から出ていこうとしない貧しい子供たちが住む街の犯罪者と死刑執行人たち、
あたしもその一人だ。
闇はふかく、夜もふかく、やはりあたしは辿りつけない。
もう若くはないから一生たどりつけないかも、なんだけど。
「あなたは何も知らされていなかったのね。
あたしはただ、降りかかってくる火の粉を振りはらっているだけだってことすらも」
あたしの両手首には手錠があった。
罪人として捕らわれた時のものだ。鍵が壊れて今はない。でも、ヒュー・ザ・ヴァイオレットに立ちかえるとき、あたしの眼には幻覚となって見えるんだ。
おそらくは・・・
自分が求めている本当のもの、過去に失ったかもしんない、その気持ち。
今も求めて・・・
Now let,s get started with success stories.
ひたむきな眼差しで投射するあたしがいる。
「そうね、
冥土のみやげに教えてやろうか?」
まるで時代劇の英雄だ。
幼稚で馬鹿げていて遣り切れない。
「それはあたしが、まだ愛を信じていたかったからさ。
・・・なんちって」
それはみんなにあてた言葉なの。
あたしにかかわる人、あたしを知る人、すべてにたいして、警告の鐘を鳴らしているの。
『 ・・・Buy.new age』
あたしは、みんなを愛しているわ。
だから世界を救いたいの。
このどうしようもない世界からね。
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