portrait of the air

なかoよしo

第1話 序章

 ○創世主




 命には限りがある。

 よって生命が翳る瞬間というものは、あらゆる時空連続帯に生命体が共有する以上、使命であり義務でもある。

 もしもその、生命の終点である死というものに拒否権を与えられ、生物学的な意義をも否定し、尚かつ、それを実行できるものがいるとしたら、それこそ神以外にはありえないものではないかと、仮説と空想で自由に妄想を繰り広げることはできるものの、それを実行できるものの存在を、我々はあらゆる歴史と照らしあわせたとしても、未だ知らない。

 これは歴史という証拠が証明している事実である。

 と同時に、人類が知能をもっているという証拠でもある。

 そして、あらゆる栄華を極めんとするものは、誰もが憧れ、それを手に入れようとする。

 永遠というものに惹かれるのは、知的生命体である証拠であり、それは時間という概念に捕らえられてある筈の人類にとって、その存在を否定することに通じるともいえる。

 では、なぜ生物が種の保存に固執するのだろうか?

 古き生命は崩壊し、常に新しい生命を育んでいく根本的な自然の法則によって、古き生命の崩壊が、そもそも当たり前のように認知されてあることへの疑問。

 それは生物が本能を組み込まれているからである。 

 故に生物は、生きる知恵を受け継ぐ後継者を生まねばならぬ、もどかしさと葛藤せねばならぬ宿命にある。

 古き生命であるところの一つの生命が永遠に翳ることなく輝きつづけるとするのならば、いったい何の不備があるのだろうか?

 そして、その不備を感じるモノは何者なのだろうか?

 我々を生みだしたもの。

 妄信的な神。

 科学的には自然。 

 そのプログラムに対する不備とは、自然であるならば、そのもの自体が食物連鎖として自分たちではない何ものかに存在を掻き消されることを恐れているのだから当然とも思えるが、それが知的生命体である人類に通じるものなのだろうか。

 土地を概念にいれるならば古く農耕民族であった種は、存在の定義を支配によって得る肉食動物とも類をなさなかった訳であるし、生きるための知恵は、あらゆる歴史を乗り越えることに成功している確信と盲信は人類のうちに交錯してあるものである。

 人の叡智はもはや、そのものの人智をこえているのである。

 そして、創りあげられた新たなる人類の種であるあたしに破滅はない。


 もともと一人の人間として、あたしは母親に受胎した父親の精子によって産まれた、ただの人間として生きて、死んだ。

 あたしには家族はいなかったが、学会における意義が、後世への遺産として惜しいと称えるものがいたのだろう。

 幼くして死んだ命に、他人は過剰なまでの期待と可能性を抱いていた。

 脳みそというものは、シナプスと神経の結合によって成るプログラムであり、プログラムである以上、人類には仮説と定義を生みだし、現実にそのもののデュークを生みだすことが可能である。

 あたしの現在、活動を停止している脳みそは、そのものの記憶を記録として、機械仕掛けで組み込まれたハードウェアである器にコピーされたもの。

 オリジナルのあたしは苦しんで死んだらしく、死の直後、移植された彼女の記憶であるメモリーチップを移植されたあたしは、その痛みを今も憶えている。

 これは、この意識はあたしのものであるという自我へと通じている。

 そして、構成要因としてあるパーツすべてに代用品がきくあたしには、それしかない。

 人として形成されるべき決まったカタチというモノを他に持たないということは容姿や表情に、この性格が反映されることはない。

 そのため、あたしは好みの服を着るように、肉体をも入れかえる自由を持っていたが自身のアイデンティティを確立することは過酷だった。

 子供の姿をした創造されたばかりのあたしは肉体を成長させることができなかったため、人として記憶を成長させることができるあたしがネガティブになることを防止するための策で、当時の科学者はそんなことも考慮にいれていたのだろう。

 それ自体がプログラムである以上、あたしは自分自身の知識で自由に肉体を生みだすことができるのだ。

 あたしはずっと一人だったが、学術的な研究に好奇心が向いているあたしに孤独は無縁で、永遠に解き明かすことが出来ないロジカルな公式がいくつも、あたしの前に立ちはだかる。

 そして、決して滅びることのない肉体と、永遠に探求心を成長させる頭脳をもってすれば解析できないものは、この世にはないと思われた。

 でも、

 永遠に辿りつけない場所もある。

 永遠に解き明かせない謎もある。

 そういうものだ。

 それは人類の増長を押しとめるための、神様が残した最後の切り札なのかもしれないが。

 信心深くないあたしには関係ないか・・・


 あれから、幾千の月日が流れたのだろう?

 

 それは誰にも解らない。


 世界が崩壊したために、誰もがあたしを必要としなくなり、あたしが気まぐれに世界の底部に暗躍し、あらゆる生命を玩具にし始めてから、いったい、どれほどの月日が経ったのだろうか?


 神が人類を、人類があたしを、なんのために生みだしたのか?


 あたしという人間がなぜ生まれたのか?


 その理由は未だ解き明かせてはいない。 
















 ○破滅の刻


 (メトロクロス バビロニアの塔 地下3階 研究施設内にて)




 その男はたぶん自分が受け入れられることがないことを解ってもいたのだと思う。

 だけど、その運命を否定したい想いの方が強かった。

「君に選べるのは一つだけだよ。

 彼の命か、それとも世界の命運か?」

 愚問だった。

 あたしは運命に従事するもの。

「さぁね」

 目前の男は、カプセルの中で眠っている支倉望の命を掌中においている。

 彼の名はルミニ・コナー。

 人の中にある衝動にゆだねた恋を理解しない男。

 だから、あたしの心が解らなかったのね。

 君の決断ひとつで、僕たちが生きているこの、ほんのちっぽけな宇宙が破壊されるかもしれないのだよ」

「はんっ」

 あたしは、ある友人から受け渡されたシックスシューターというピストルをある装置に向けていった。

「それって命乞い?」

 その装置は一瞬で世界中の大気とコンピューターにウィルスをバラまいて、それこそ世界を、人類を破壊に導くことはコナーから聞いていた。

 彼が嘘を言っていないことは解る。 

 科学者のルミニ・コナーという男は、そういう男なのだ。

「Is not it right?」

 あたしはピストルのセーフティーをはずして、トリガーをひいた。

 ・・・

 ・・・

 ・・・

 空間が歪曲する。

 地軸に引き込まれていく。

 あたしは不乱に望のカプセルへ。

 それに届くと胸に抱きしめ、あたしはグッとカプセルに頬をおしつけた。

 あたしの眼球に投影している彼の顔、その安らかさは現実のものとは、かけはなれた、死後の世界を連想させる。

「おそれないで。

 大丈夫だよ。

 君は死ぬことはない。

 この塔の地下まではウィルスは入ってはこないんだ。

 そして、約束だ。

 その男を連れていくといい。

 君たちはアダムとイブになる。

 世界中で、君たち以外だれも生きているモノのいない世界で、孤独と絶望をおもいしるのだね」

「あんたは?」

 あたしは、彼を許してはいない。

 彼にシックスシューターを向けていった。

「僕かい?

 君に見限られ、どうやって、この窮屈な世界で生きていなければならないんだ。

 どうして、生きていることができるんだ」

「そーかい」

「君には、重荷だったんだね。

 君を愛しつづけている男が邪魔だったんだ」

「想う人を変えれば、もしくは幸せになれたかもしんないね」

「僕の決断がはやすぎたということかい?」

「繰りごとさ。

 それができないのは、あたしも解っているんだからさ。

 せめて・・・」


 あたしは彼に発砲した。


 愛しているというあたしの手で、あんたを地獄におくってやるよ。
















 ○傀儡師の苦悩


(イーストサイド タナトス 雨月邸近郊 高嶺山山頂にて)




 私は、研究のために生きて死ぬ。

 すべてを研究に捧げたことに悔いなどあろうはずがなかった。


 すべてはこのために・・・


「雨月博士。そろそろ・・・」

「クレス・ファウか?

 君にも世話をかけた。

 そんな化け物のような体に変えてしまって。しかし、ヤツらに対抗するには、これしかないのだよ。

 ・・・すまん」

「いえ、おきになさらずに星から降る女のことは知っています。

 たしか、アイラとか?

 歴史の執行者ですか?」

「逆だよ。

 歴史を崩壊させる。

 未来の開拓者たちだ。

 むろん、その野望は不明であるが」

「三津木あやね。

 彼女は望を救えるのでしょうか?」

「無論だな。

 その代償として、世界を。

 人類を、滅ぼすとしても、だ」


『そのために我々がいるのでしょう。

 博士。

 準備は整っています』


 携帯電話から弟子のシュバルツ・ハインが声をかける。

 彼にも迷惑をかけたものだ。

 おもえば、我々は多くの犠牲の上に成りたっている。

 彼女がコナーの説得などしよう筈もない。

 世界の崩壊を望んでいるのは、むしろ彼女の方なのだから。

 だからこそ、我々は生きのびなければならないのだ。

 カタチを変え、場所を変え、時空を越えようとも、我々は・・・


 そのためにある組織なのだから。


『これより中和装置を作動させます。

 一週間、装置の射程内から出ないでくださいね。

 我々が最後の人類なのですから』


「ああ、解っているとも」


 君たちは生きたまえ。

 だが、私は贖罪をしなければならない。

 それこそが、これを生みだしたものの報い。


「別れは終わった?」

「銀菜か?」

「そんな名前で呼ぶの、教授だけよ」

「君は、もっとも優秀な生徒だった」

「あなたを越えているのだものね」

「君が、私のもとに残っていてくれれば、こんなことには」

「因果応報ね。

 あたし、行くわ」

「私を殺しに来たのではないのかね」

「そのつもりだったけど、あなたの気持ちが解ったから」

「・・・」

「自殺するんでしょ?」

「ああ」

「じゃ、いいのよ」

「・・・」

「教授。

 あたしの本当の名前、憶えている?」

「・・・」

「おぼえておきなさい。

 伊藤春菜よ。 

 あなたに運命を弄ばれた可哀想な犠牲者の名前・・・」




 君たちは本当に私の大切な宝だったよ。

 たとえ、この身を失ってもそれは変わらない。




 だから、こんどこそは本物の楽園を・・・

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