Love Is A Crime
なかoよしo
第1話 明日沙耶香の少冒険
暗い部屋に一人でいると鬱になる。
不健康な自分には相応しい。
よどんだ空気を肺に取りこみながら恍惚となる。
私の体は八割が煙でできあがっているんじゃないかなんて仙人のようなことを思う。
煙草は病みつき。
物心ついたころから吸っている。
他に癒しの術をしらないのだ。
私の心は堕落で邪悪。
吐息さえも勿体なく、今日も同じ夢見心地。
太陽の日差しさえも目障りで仕方ない。
私は落ちこぼれだからこうなのだろうか。
ベランダで今日も風にあたっている。
ハンモックの中で下着姿。
背骨が痛い。
おとといから食事をとっていないから空腹でもある。
食欲はない。
昨日も同じように思っていた。
ときどき、誰でもいいから自分と関係のない誰かを殺してやりたい衝動にかられることがある。
「だからって人殺しはよくないよな」
寒くて脳みそまで凍えてしまいそう。
上体を起こすと、無駄に長い髪の毛を後ろで結わえる。染めた髪はいたるところが傷んでいて、ほどくと山嵐のようになる。さっきまでの私がそうだ。
私の本性に相応しい。
憂鬱で怠惰な気持ちを引きずったまま、私は傍らから帽子を拾って深く被る。
「単なるカモフラージュにすぎないけれど」
なんだか邪悪な独り言。
なんだか不似合いなベレー帽。
「仮にも君は公僕なんだから不穏当な発言はひかえめたまえ」とか、そういうカタイ性格の恋人は、ベッドで野獣の性交渉をしたあとはグッスリ眠って、私のことなどたぶん、きっと忘れているのかも。
まぁ、夢の中まで追っかけて彼の心に自分の居場所を主張する気など露ほどにもないのだが。
「巡査部長は、心の底から笑ったことなんてないんですよね・・・きっと」
「地下都市の性活の方が性根にあってんのに、朝日で目覚めなければならない性活にジレンマなだけよ」
「人口が増えすぎなんです。
地下に都市を造ることも人類の未来のためですよ」
「あんたの未来は明るいだろうよ」
「巡査部長の未来は暗中模索ですか」
「かもね。
なんも見えてないんだよ。
特に自分の事なんてね」
他人の事なんて何とでも言える。
そういう人間の方が他人のために生きようとしないことも私は知っている。
「なにを考えても意味はないって事だけはわかってんだけどね。
ばかばかしい履歴にすぎないんだけど、私は私。
明日沙耶香は明日沙耶香以外の何者でもなく、明日沙耶香以上の何者でもないわけだからさ」
なんて、ちょっとエニグマに見られたくて、笑いかけた。
本当に心から感動をおぼえたら、感激して私は笑うだろう。
・・・泣くだろう。
私は誰よりも従順に幸福を求めているのだから。
「ねぇ、ちょっと外に出てみない?
セントラルアベニューにタイトな喫茶店があるんだって。もちろん、んなもんに興味なんかないんだけどさ。なんか自分が苦しくって。ねぇ、そういうことってないかしら」
自分自身に問いかけたって、答えはとっくに出てんだよ。
私は異国の軍服で上下を揃えると、帽子も被った。まるで戦場に出かけるような心地。ミリタリーマニアの私には自分らしい装いだった。
男はまだ眠っている。
そんな彼の耳朶にそっと、ジョークのつもりで恋を囁いた。
これも夢の延長線上にあるんだろうなって、動機も不純。
はやく雪が積もればいいのに。
花見の季節にそう思う。
自堕落に生きる私は携帯電話でスケジュール帳を開く。
先日、ながい暇をだされた私には生活さえも儘ならぬ。だから皆しっている。私が極秘の情報を漏らしたせいで任務に支障を・・・いや、後悔はしてないし、おわったことだと諦めてはいるんだけれど。
「そんなに彼のこと好きだったんだ」
さぁね。
もう解釈もつかないや。
自分の気持ちも不確かだし、ほんとは単に淋しかっただけなのかも。
「彼、いちども私のこと、女として見ていなかったと思うなぁ」
それほどに希薄な関係だったのに。
「なんだか心が振るえちゃってた。
なんだか動悸が勘違いしてたんだよ」
自分には弱いところが一杯ある。
その一番は心だって、私にはいつも自覚がある。
そこが弱点なんだって。
『シネマ・スミルナで蒼色の服を着た少女に声をかける?』
私は携帯電話を見ていた。
to do list。
スケジュールとは予定であって、予定は未定なんだけど、こんなものを打ち込んだ記憶は私にない。
過去からのメッセージに無関心ってのもアリなんだけど、
なんとなく不可解で楽しくなった。
「ちょっと面白いかもね」
と独りよがりな好奇心。
私の思考は決まっていた。
そして、私の一日、それはいつも玄関の扉から始まるのだ。
今日という一日も過言ではなくて、私は玄関口で軍足を履くと、自分自身を演じ切るために心を決めて、スミルナを目指す、細い裏路地を抜けて駅の前へ。
スミルナに入るには認識コードとパスポートが必要となる。
私は定期入れから、パスを抜きだして、機械にセットし、お決まりの認識コードを呼びだした。
SAYAKA AKEBI
かわりばえのない私の名前。
自分が自分である確認なんてバカバカしい。
足取りはいつも軽快で、というよりは大股に歩く。なんとなく自分を大きく見せたいのは、やっぱり自分を大切に活かしたいからなんだろうな。
街に入ると直ぐに路上、並木道が視界の端に映りこむ位置、私は適当にタクシーを拾うつもりだったのだが、東洋人だから嫌われているのか捕まらなかった。
私は歩んで並木道へ。
近くに公園があるのが見えた。
それから街の案内の地図。
私はシネマ・スミルナの場所を確認した。
携帯電話で写真を撮る。
「徒歩三十分ってとこかな」
独り言も私の日常。
いつも気持ち悪いとか言われているけどマイペースを崩してまで他人と協調していたくはなく。
「いくわよ。
べつに急いでいる訳ではないんだけれど」
そう言って、進むにしても直行ではなく、ゲームやCD、ファッションのショップを廻ったりして二時間以上かかってしまい、私が目的地に着いたとき、奇妙で嫌な気持ちになった。
それは舗道の隅にうちすてられているものを見たからだった。
「もしかして死んでいる?」
私はソレに近寄ってみた。
「なんで誰も立ち止まらないの?」
そんな疑問は最初の発言よりも前に思いついていた科白。
私はソレを放ってはおけなかった。
「ねぇ、大丈夫?
息してる?」
私は軽く揺すって訊いた。
ソレは麗しく優雅に笑って小さく首を振っていた。
「つまり大丈夫じゃないってことか。
でも息はしてるよね。
あなた、ねぇ、おかあさんは?」
こういうとき父親よりも母親の事を聞くのは、なんの意味があるんだろうかとか自分の疑問に疑問ながらも、その子の小さな手を握ってやる。
「お姉ちゃんは?
あたしが見えるの」
その小さな手の持ち主は少女で白いワンピースを着ていた。年は五歳くらいだろうか。髪の毛が肩まであって、私の三分の一にも満たない長さ。
「何いってんの?
ったり前じゃない。
それよりもあなた、頭から血がでてるよ。腕も変な方向に曲がっている。そんな所に倒れていたから死んでいるのかと思ったよ」
少女は笑って、
「生きているよ」
と答えるので、
「わかっているよ」
私も笑って返してしまう。
なぜ怪我をしているのか。
一人で外に出てきたのか。
家族はいま、どうしているのか。
確実な答えは何一つ聞き出せなかった。
それでも放っておくわけにはいかないので、私は彼女を両手で抱きかかえると、歩きだした。
「たしか市立病院が近くにあったはずだから」
私は彼女を診てもらおうと思ったのだ。
出血は致命傷にはいたらないだろうが彼女の頭部の損傷が気になって仕方がなかったからだ。
「死ぬのは怖いよ。
だけど、このままずっと一人きりなら私は死んでも構わない」
少女の声に馬鹿なことをなんて言えなかった。
「そうだね。
だけど、あんたは他人だし、私はいつも他人には良く見られたがっているんだよ」
なんて言葉はいつも裏返しで、私は彼女に自分のことを良く見せようなんて考えてはいなかった。
「着いたよ」
市立病院。
私は駐車場側から門を抜けて本棟に。
平日だったが病院は混んでいた。
緊急病棟の位置など知らないので受付で聞くことにする。
受けつけの看護士の女性に「この娘を診てもらいたいんだけど」と、手の中に抱しめているものを差し出した。
すると彼女は戸惑いながら。
「え~っと、申し訳ございません。
もう一回、言ってもらってもよろしいですか?
いったい何方を診てもらいたいのですか」
と、ちぐはぐな口調での返答。
私は何を言っているのか。
言われているのか訳が解らなく、状況を把握しようと。
「だからこの子・・・」
と、抱しめているものを相手にむけておしあげている時に気がついた。
私が何も抱しめてはいないということを。
そして彼女の戸惑いが晴れたのは、私に戸惑いが移ったからだろう。
動揺して困憊。
私は言葉でたいした弁解もできないで、
「わりい。
ちょっと混乱してたんだ」
と、そう言った途端、すっと肩の荷がおりるというか、実際に感じていたはずの重みが無くなったことに気がついて、おかしいと、それを確信した。
いま確かに感じていた温もりや感触が本当は紛い物であったなんて思えない。
『これは、いったい・・・』
私は考えを廻らして立ち止まっていた。
「どういうことなんだ?」
と、それは私の科白だったし、目の前にいた男の声だったのかもしれない。
それほど二人はタイミングを合わせて同じ言葉をクチにしていたからだった。
私はハッキリと顔を向けて、そこにいる男の姿をみた。
白衣の男、しかし、それは彼が医者であるとは言っていない。
彼は白いパジャマをきてスリッパを履いていた。
それも病院施設専用のそれで。
此処に入院でもしているのだろうか。
私は眼を疑いながら、おそらく記憶違いではないであろう彼の名前を呟いていた。
「・・・クシュリミーユ」
と。
彼は否定もせずに爽やかな声で、それでいて枯葉のように痩せ細った体の彼は、か細い右手をあげながら、こう言った。
「もう二度と逢うことはないと思っていたよ」
と、そんな科白を。
そして私は憂鬱に、「そうね」と首を傾げながら、「あんた、そういうことを言う人間だったわね」と。
私は今の状況に夢中になって、傷だらけの少女のことなど忘れていった。
「ちょっと、顔かしてもらえないかしら」
物憂い気分。
過去の積み重ねが、私をこんな硬っくるしい退屈な女に変えてしまった。
「君の誘いなら断れないな。
そんな理由も見つからないし」
勝手なことを・・・
思ってもいない癖に。
私は警戒を一層深めて間合いをとったまま、彼に、先を行くように促した。
彼は勝手口のドアノブをひねって病院の廊下から出ていった。
私はそれを追う形になる。
ゆっくりと歩いて、それでも全神経を研ぎ澄ませて外へ。すると周囲は舗装された小さな小道。周囲は芝が繁っていた。
新鮮な空気。
頭にくる。
私は無意識に一瞬、息を止めていた。
しばらくして貧血のような立眩みをおぼえたが、彼はそれに気づいていなかった。
何かを、彼は既に私に問いかけているようだった。
私はそれを聞いていなかった。
音のない景色の中で、私は恍惚、朦朧として、それで彼のことを思っていた。
目の前にいて、私に背を向けているこの彼と、以前、私と共存していた頃の彼は、もしかしたら別人なのかもしれないなんて、あてのない妄想と、取り繕って生きている無様な現在の自分の状況と・・・
「君はまだ、僕のことを恨んでいるんだね」
それは不確かな・・・
言葉としては、あまりに不確かで頼りなさげな科白であった。
「んにゃ。
そんなの、あるわけないよ。
決まりが悪いから言うんじゃなくて、本当に私は拘ってなんかないからさぁ」
口の端が綻ぶ心地。
私は自分を笑ったのだ。
バカげている。
過去の未熟で無様な自分を・・・
愛していると、それは感情を誤解した解釈だったと今の私は気づいている。
彼に夢中になったのは、ただ寂しかったから。彼の姿も言葉も。存在のすべては、魂さえも、他とは違う、私には特別なものに見えたから。
「皮膚は移植した?
それとも薬で変えたものなのかしら」
人種差別なんて過去の遺物だと思っていたが、その思考こそが既に過去の遺物となっている。
彼は遺伝子の塩基配列を組替えて造られたクローン人間の失敗作で、肌の色が灰。
彼らはグレイと呼ばれていた。
「僕たちのような不完全なクローンなど、産まれてきてはいけなかったのだ。
それはある街の権力者の意志だったのだろう。
どんなに抗って拒みつづけても、どうすることもできない現状というものがある。
僕には選択肢さえ与えられなかったのだ。
ただ日々を生きるという、たったそれだけの願望さえも、僕には充分に果たすことが出来ぬほど尊い願いだったんだ」
グレイが不完全な生物として無闇に惨殺されてきたことは知っている。
彼らは自分を保つ意志力に欠陥があり、情緒不安定で、見ず知らずの他人に対して暴力的な行動に出ることが多い。そのための最終的な処分が彼らの廃棄。
もはや彼らは人の目に、人とは映らぬほど当たり前に道端で命を奪われる存在になっていた。
「君の魂は暖かかった。
その色は暖色系で透き通っていて、それは今も続いているのかな」
私は首を燻らせながら、さてね、と呟くと。
「もしも、それが無いっていうのなら、私が貴方に出会った時に無くしたのよ」
自分が純粋だなんて例えられてもリアリティに欠けんのさ。
私は彼を許せないでいた。
「自覚していないかもしれないけれど、貴方は私を殺したのよ。
以前の、まだ誰かを信じていたい想いを抱いていた頃の私をさ」
と、私は先を行く彼を放って、立ち止まると、そう言った。
そして、それを聞いた彼は、その
雰囲気を察して振り返る。
むかしの、幼かった私の感情と、彼の当時の作為はもう、その感性を葬るのに充分すぎるものだったのだ。
「生き延びるために君を利用した。
愛とか恋とか僕には過ぎた願いだったんだ」
幼すぎた私は国際警察機構に関する極秘事項を彼に漏らし、彼を逃すために奔走した。
「一言も別れの言葉も言えないで、それは後悔していたんだ。
君のことを大切に想っていたからだ」
そんな言い逃れ、通じるとでも思っているのだろうか。私も適齢期を越した女なんだ。
甘い夢に取りつかれるような女じゃない。
「わりぃね。
私は貴方のことなんて、なんとも思っていなかったよ」
言うと、すかさず。
「それは嘘だろ」
と自信気に、それは鼻につく言い様だった。
「君にちゃんと謝りたいんだ」
彼が私に近寄ってくる。
「ねぇ、キスしてもいいだろう」
否定したいが、言葉に中々ならないほど、私の息は詰まっていた。
彼の顔が私に近づく。
だめだ。
ふりほどかなければ・・・
しかし私は眼を閉じていた。
それは一瞬、おそらくは瞬きをするまでもないような僅かな間だったに違いないが、私は、自分の喉に手をかけていた。
嗚咽。
ほそいピアノ線のようなものが私の喉に絡みつく。
「本当に愛していたよ。
しかし今、僕のことを知っている人間にいてもらっては困るのさ。
君が誰かに話さないとも限らない。
だから君には僕のために死んでもらう。
いいだろう?
僕は君を愛しているんだ。
こんなに愛している僕のためになら、君だって喜んで死んでくれるだろう」
ふざけた真似をしてくれる。
彼が体重をのせて覆い被さるので、私は転倒して頭をうった。
もんどりを打ちながら、ベルトに仕込んでいたクリスリーブナイフを自分の喉もとに突き刺して、そのピアノ線を引き裂くと、私の首筋に血が、十字の線を引いていた。
「なぜ君は気づかない??
抵抗すれば苦しみが長引くだけだと言うのにだ」
私は膝を曲げると、彼との密着を避けようと、彼の腹を蹴り飛ばした。
彼は背後に倒れこみ、私は充分の間合いを確認しながらベレッタを手に持った。
そして、これは私が唯一使い慣れている銃で、それを彼に向けていた。
「私に希望はいらないけれど、私に嘘は言わないで。
私は本気で聞きたいのよ。
私と暮らしたホンの数週間だったけど、一度でも本気で、貴方は私を愛してくれた?
女として見てくれていた?」
咄嗟の言動。
だからこそ、そこに嘘のつけいる隙はない。もしかしたら本当に、私はまだ彼を愛しているのかも・・・
思わず微動だにできなくなる。
私自身が、私の言葉に驚きを隠せなくなったからだ。
そのとき、
『お姉ちゃんはまだ、何処かで魂は救われるものだと信じているんだね』
さっきの少女の声を聞いた気が。
私は思わず周囲を見渡し、おもわず彼女を探していた。
その隙をついて、彼は起き上がり私の腕を蹴り飛ばしたのだろう。私は銃を手放していた。そして彼は、自分の手で、私の首を閉めにかかっていた。
その勢い。
私の体を押し上げるほどで、背に大木でもあったのだろう。私はそれに叩きつけられた衝撃を受ける。
このとき、二人の立ち居地は決まっていた。
彼の握力が増すのを感じる。
彼にも必死の想いがあるのだろう。
だけど、私にそれがあるのだろうか、疑問に思った。
「べつに死ぬのは怖くないわ。
いまさら生きている喜びに浸るつもりもない」
私は享受するべきだと思った、死を。
だから諦めてそういった。
破局も容易かったが、破滅も同じ、私には風に柳のようなもの。
こんなもの脅威でも何でもないんだもの。
息をするのも煩わしかった。
唇から蒼ざめていくのを感じていた。
爪先から痺れていって、小指さえも動かせなくなっていく自分が歯痒たらしくて仕方がなかった。
死んでいくのね。
あたりまえよ。
自虐的な自分は他人に対しても変わらない。私は命を弄んで生きていたのだ。
私は静かに眼をつむった。
もう何をする意志もない。
惰弱で汚濁的な死に様を、私は自らをもって良しとした。
命が破壊され、自分は心を食い尽くされ、ハイエナに陵辱されて土になる。
後悔も反省もしなかった。
私は自分を壊し尽くしてしまいたいほど憎んでいたし、自分が大嫌いだったからだ。
「君はいつもそうしていた。
自分のことなど、どうでもいいんだ。
他人にだって執着することがなく、だから・・・
けっして誰のものにもなろうとはしない。
君は、自分で気づいていないだろうから僕が変わりに言ってあげるよ。
君が僕に失恋したんじゃない。
あの頃の別れは、僕が君に失恋をしたんだよ」
と。
空白の時間が過ぎ去った。
「言葉もねぇよ・・・」
私は蹴飛ばされた時に手放したクリスリーブの柄から仕込んでいたアイスピックを引き抜いて手にしていた。そして、それで男を突き刺したのだ。それは狙った訳ではないが、彼の左胸に深く突きたてられていた。
「これ以上の侮辱には耐えられないね」
これまで私を縛りつけていた雁字搦めの強固な糸が、その瞬間に頭の中で、ブチッと音をたてて引き千切れていたのを感じていた。
「・・・かもね」
それから戯言を何かと吐いた。
内容は思い出せない。
立ちあがると蹲るクシュリミーユを蹴り飛ばし続けていたからだ。
もはや殺意しか浮かんではいなかった。
全身を蹴り飛ばされて、直接、なんども頭部を殴打されたものだから、彼はボロ雑巾のように脆くて粉々に磨り減ったみたいだ。
私は余裕でベレッタを拾い上げると、それを手にして、彼が起き上がるまで待ってやろうと考えた。
最後に別れの言葉を告げたかったからだ。
そしたら又、少女の声で、
『お姉ちゃんは間違っているよ。
本当は彼を求めているんでしょ』
と聞こえてきたが、私は空に銃弾を打ち鳴らし、今度は身じろぎもせずに吐き出した。
「うっせえ。
私が何をしようと勝手だろうに。
これ以上、ちょっかいだすと誰であろうと殺しちまうよ」
と。
残酷、冷徹、冷血を装う。
それはいつもの私に戻っての言葉だった。
幸せだなんて遠に捨てている。
私は一人で死んでいくんだ。
「かなりキツそうな怪我をしているけど大丈夫?
目は覚めたのかなぁ」
私は気取って、そう言っていた。
彼は苦しそうに私を見て、私には不吉な魔物が取り憑いていると掠れた声で叫んでいた。
そのフレーズが小気味よく、興味を惹きつけられたもので、私は耳朶を傾けた。が、男はそれ以上の言葉を持ってはいなかった。
私にはそれが解ったから銃口を彼に向け。
「目障りなのよ。
死んで・・・おねがい」
私はトリガーを引いていた。
しあわせになるには一人きりじゃダメなのよ。
一緒に笑って、怒って泣いて、叫んでグチャグチャになるくらい真剣に、その人のことを想う。
そんな恋に恋している時間こそ、本当のしあわせなんじゃないかなんて・・・
私は気を失っていた。
彼が私の右肩を打ち抜いたのだ。
彼もピストルを手に横たわっていた。
周囲には野次馬たちが群れていた。
私は手帳を見せて身の証しを立てると、彼のほうに向き直った。
彼は息も絶え絶えの様子だが、まだ生きていた。私は木陰に座り込むと止血のことも考えずに、煙草を唇でくわえて一服した。
私には、少女の声が聴こえていた。
「あんたいったい何者なのさ」
彼女は囁きつづけている。
それは私にしか聴こえていない言葉のようだ。
『本当は解っている癖に』
という少女の言葉。
私は黙って頷いていた。
「そっか。
本当は最初から解っていたのかも。
あなたが私自身だってことはさぁ」
私は携帯電話をかけていた。
自分から進んで、解っていながら私は絶壁を歩んでいた。
「粉々になってしまいたかったから。
あなたは私を邪魔しにきたのね」
血液が体内から吹き零れることで、私は体温をおとしている。
認識している。
いまさら自分を保てるようなものは何一つ持っていないし必要も無い。
「沙耶。
君はいま何処にいるんだ?」
なんて善人の彼は、いまだに私の本性に
さえも気づいていない。
私は冗談でも言うように、それでも苦痛を隠し切れない声で、
「此処にいるわよ」
と、そういった。
「さがしてみてよ。
この星の果てまでも。
この世界の何処かに存在する私は今、此処に生きているんだからさぁ」
私は私を自分で抱しめた。
ちっぽけでみすぼらしい無様な自分自身。
私の肌は変色して、いつのまにか灰色がかった色になっていたので、私は慌ててポケットに入れておいた染色体を刺激するとかの注射を自分の左腕に刺していた。
『お姉ちゃんは苦しくないの。
自分の仲間を、自分の手で危めているんだよ』
なんて、私の中に後悔はない。
苦しいのは、誰にも存在を認められずに死ぬことだけだ。
「さがしてみてよ。
ちゃんと此処にいるからさぁ」
陽が静かに暮れている。
陽の雫をこの身に浴びて恍惚。
シルエットが禍々しい。
私は木立に寄って座り込むと、空に向かって手を伸ばし、おもいっきり伸びをした。
ちゃんと此処にいるからさぁ。
Love Is A Crime なかoよしo @nakaoyoshio
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