第3話 一条の光

 暗い地下牢に、一条の光が射し込む。

「この私を呼びつけるだなんて、お前、自分の立場が分かっているのか?」

「わざわざお出で下さり、光栄でございます」

 そう、わざとらしく応えて、俺はペコリと頭を下げる。

 早朝、『姫様に内密に話がある』と見張りに告げたところ、白石真純――姫はわざわざこの地下牢まで足を運んできてくれたのだった。

 地下の牢屋に二人きり。何も起きないはずはなく――。

「ふん。ようやく長老の孫、村長の娘さんの居場所を吐く気になったか」

「そうですね、姫様だけなら、教えて差し上げてもいいですよ」

 白石は驚いたように目を見開くと、剣に手を掛けた。

「お前!やはり……!」

「待ってくれ、それは誤解だ!それに俺を殺したら居場所を聞き出せなくなるぞ!!」

「……ふむ、それもそうか」

 納得したような姫は、剣の柄から手を離す。

 そんな彼女に、もっと近づくよう合図すると、声を殺してその場所を告げる。

「おそらく、その娘さんとやらが居る場所は――」


「そんなこと!馬鹿にしてるのか!?」

「声が大きいって。でも、可能性はかなり高いと思うぞ。村の中は粗方、捜してあるんだろ?」

「まさか……」

 動揺する白石の長い黒髪が、わずかにたなびく。

「まあ、信じられないのは分かる。動機も分からないしな。……でも、確認する価値はあるんじゃないか?」

「それは……そうかもしれんが」

「生憎、俺はここから自由に動けないんでな。姫様が頼りなんだ」

「私に指図するのか?」

 跪く俺を、不満そうに見下ろしてくる。こんな状況で、少しゾクゾクしていたのは内緒だ。

「頼む。……よろしくお願いします」

 深く頭を下げると、白石は小さく息を吐く。

「はあ……。まあ、一回くらい聞いてやろう。一生に一度のお願いを聞いてやらんほど無慈悲でもない」

「ありがとうございます……って、え」

「しかし、これが嘘だったら、お前の命は無いものと思え」

「え、ちょっと」

「誰か、もう用は済んだ。こいつを連れて行ってくれ」

 パンッ、と手を叩くと、上から兵士が何人か降りてくる。

「嘘か真か、確かめさせてもらうぞ」

 兵士に引きずられていく俺に、白石は笑みを浮かべてそう言った。

 俺は力強く頷いて、それに応えた。



「さて、いい加減つまらない芝居に付き合うのは飽き飽きしたんだ。さっさと娘の場所を吐け」

 中田――似の村長は、机を蹴りながら太々ふてぶてしく言った。その頭上には、60と赤い数字が浮かんでいる。

 そんなウザさまで中田に似なくていいのに。そう思いながら相手を睨み、嫌味をふんだんに溶け込ませて応える。

「それはこっちの台詞ですよ。もういい加減、止めにしてもらえませんか?今どきAVの方がまだマシな芝居しますよ」

 言い終わるか終わらないかのうちに、村長は血相を変えて俺の胸倉を掴み上げる。少し息が苦しいが、特別痛みは感じない。

 ……まだ見つけられていないのだろうか、脳内ではそんなことばかり考えていた。

「何だと……!どうでも良いことばかりペラペラとぬかしおって!この性犯罪者が!!」

「……性犯罪者?」

 思いがけないワードに、眉をひそめる。てっきり身代金目的の誘拐とかを疑われているもんだと思っていたが、違うのか?

「うるさい!お前みたいな――」

 胸倉を掴む手に力が入るのを感じる、その時だった。

「お父さん!!」

 声の方角に、村長はバッと振り返る。

 胸倉の手を離され、俺は落ちるように椅子に座り込んだ。

 剣に手を掛けた白石。その隣に……一人の若い女性が立っている。その表情は、青ざめていて。

「お父さん!!これは一体――」

「ユリコ!ど、どうして」

 椅子に身体を預けながら、ユリコ、と呼ばれた女性をじっくりと眺める。

 短く切り揃えられた髪から覗く瞳には、困惑と責めるような色が見える。その頭上には、120と白色……いや、すこし黄色がかった数字が浮かんでいた。

 ……ふむ。悪くない。

 身体の自由を奪われながらも、心の中で頷いた。

「どうして、はこちらの台詞だな。村長さん、ご説明願おうか」

 そう言って白石は俺に視線を寄越す。

「まさかお前の言う通りだとはな。本当に、あの地下牢の奥に隠し部屋があったよ」

「だから言ったじゃん、密閉された地下に風なんか吹かないはずだって。な?俺は犯人じゃなかったろ??」

 そう応えると、白石は不満そうに腕を組む。

「まあ……な。村長の屋敷の地下にある牢屋。その奥に地下室を作れる人間なんて、村長さん、あなたしかいませんよね。しかもよりにもよって、自分の娘を監禁するとは……」

 冷たさの滲む声で、白石は問い詰める。

「ち…違う……!」

 対する村長は、明らかに動揺していた。

「何が違うんだ?」

「違う……っ。監禁なんかじゃ…ない……!保護、保護なんだ……!」

「……お父さん」

「こんな…状態の娘を……外になんか出せない……」

「…………」

 絞り出すような村長の声に、白石は何故か無言で俯いている。

「自分の娘を監禁するだなんて、とんだヘンタイだな」

 沈黙の中、つい感想を口にしてしまった俺を、村長が睨み付ける。

「変態…だと?お前のような変態、人間の屑と一緒にするな!!」

 自作自演の罪を他人に着せといて、何なんだこいつは。

「うるせえ!ヘンタイで何が悪い?自分の心の声を大事にしているだけだろ!!大体、どんなヘンタイであろうと他人に迷惑をかけなければ罪なき一市民だ!監禁なんて、一線を越えてしまったお前こそ、性犯罪者なんじゃないか!?」

「変態は犯罪者予備軍だ……!」

 相も変わらず、こちらを睨み付ける。はあ、反省の色が全く見えない。

「大体、年頃の娘を地下に監禁しておいて、お前どこか興奮してたりしたんじゃないか?とんだ変態だなあお前も」

「何を言い出すか!!」

「口ではそう言ってるが――」

「全く、反吐が出る」

 後ろから、酷く低く冷たい声がした。

 と、その瞬間、女の悲鳴が空気を切り裂く。

「嫌ああああああああああああああああ!!」

 目の前が青白い光に包まれる。

 何が起きたか、全く分からなかった。

 やがて目が馴れてくると、悲鳴の原因が分かる。

 目の前に立っていた男――村長の胸に、青白く輝く刃が突き刺さっていた。

「お父さん、お父さん、お父さん!!」

 その青白い刃の出所を求めて辿っていくと――。


「え、え、え、俺?俺??」

 どう見ても、自身の胸の辺りから、その青白い刃は真っ直ぐ伸びている。

 え、じゃあ、ということは。

 恐る恐る後ろを振り返る。

 そこには、驚くほど冷たい目をした白石が立っていた。

 その手には青白い剣の柄。それを、俺の背に突き立てていて。

「え、ちょっと、なんで……?」

 視線をぴくりとも動かさず、白石は小さく口を開ける。

「この、人間の屑どもが。……男ってのは、みんなこうなのか?」

 そう独りこぼすと、白石は迷いなく青白い剣を引き抜いた。

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