第2話 0な執行人

「お前!なんと無礼な!!殿下に対してなんて口の利き方をする!!」

 側に控える見張りの怒声が飛ぶ。

 とはいえあれは、どう見たって白石だろ。あれほど日々脳裏に思い浮かべていた顔を、この俺が間違えるはずがない。

「白石!白石真純だよな!?どうしてこんなところに……」

 見張りの制止も聞かずそう問いかけると、白石とおぼしき女は勝ち気な笑みを浮かべる。その頭上には、白く0という数字が浮かんでいた。

「どうして、って。この村で長老の孫娘が行方不明になるという事件があってな。その噂を聞きつけた私が、直々に赴いた、という訳さ。……失踪した孫娘と、その犯人を捜しに」

「ちょっと待て、俺が犯人だとでも言いたいのか?俺は何もやってない!!」

「まあ、そう言うだろうな。……ここへ」

 隣に立つ見張りの兵士にそう告げると、彼は鉄格子に近寄り鍵を外す。ギィという音と共に扉が開かれると、俺を外へ引きずり出した。

 両手を縛られ、ひざまずきながら見上げる彼女は、間違いなく俺の知っている白石真純だった。背後から吹き抜ける風に、彼女の長く美しい黒髪がたなびく。

「おい……白石真純、俺のこと分かるよな?知ってるよな??なら助けてくれよ……」

「……何を言っているんだか。その訳の分からない発言が、今のお前の最期の言葉になっていいのか?」

 呆れたように返しながら、白石――いや姫様と呼ばれる女は手の中の剣を持ち上げる。その動きに合わせて、青白い光が地下空間内に揺らめいた。

「白石!俺たちゃクラスメイトだろ??待ってくれよ!」

 これには彼女は反応を示さず、剣の柄を、両手で握りしめる。

 ――もう、おしまいだ。

 俺は咄嗟に目をつぶる。流石にあんなものを直視していられる強い心は持ち合わせていない。

 どうせあのとき、一度死んだようなものだ。……けれど、どうせ死ぬなら、あの純白パンツに埋もれて死にたかったものだ。

 瞼の裏に、あの白い光景を思い描く。

 ブンッ、と、重いものが空気を切る音が、鼓膜を叩いた。



「な…なぜ……。いや、それどころか……!」

「姫様これは……」

「分からぬ。とりあえずはここでは処理しきれん。私が連れて行く」

 目を開けると、困惑した表情の白石と、同じく困惑し動揺した兵士の顔が映る。

「お前、一体何者だ?」

「何者って……俺はクラスメイトの近藤だよ」

 白石は隣の兵士と顔を見合わせると、肩をすくめる。

 兵士から縄の一端を受け取ると、強くそれを引いた。

「さあ、立て」

 えっそれは、特殊すぎやしませんか。

「早く立って歩けと言っているんだ。お前はしかるべき所に連れて行ってする」

 その語気の冷たさに、思わずいろいろなところが縮こまる。冗談では、済まされないようだ。

 白石に手綱を握られ、兵士に後ろから見張られ、階段を上ると比較的大きな建物の一角に出た。その脇に、一人の中年男性が平伏している。

「姫様…!その不届き者をお連れになると伺いました……!」

「少し、想定外のことがあってな」

「しかし、まだ失踪事件が…私の娘の居場所を、聞き出せておりませぬ!貴重なお時間とは承知ですが、一週間だけ…いや三日間だけでも、取り調べの機会を下さりませんか」

「予想外の事態に取り乱して失念してしまっていた、申し訳ない。ただこれも比較的急を要する案件、三日間で許してもらえないか」

「勿論でございますとも。御寛大な配慮、感謝申し上げます」

 そう言って頭を上げる男の顔は――。

「中田!!」

 そう叫ぶ俺の声には目もくれず、男は周囲の者に指示を飛ばしている。

「姫様に三日間の時間を頂いた!この間に何としてでも娘の行方を吐かせるんだ!」

「はい!!」

「お前はこっちだ!」

 白石から縄を受け取った兵士は、揚々と俺を引っ張る。そうして俺は、建物の一角、小さな部屋に投げ込まれた。


「一体いつまでシラを切るつもりかね」

「シラもクソも、俺は昨日初めてここに来たんだ!何も知ってるはずないだろう!!」

「とぼけるな!お前みたいな奴で、そんな言い訳が通用すると思うな!」

 何て理不尽な。やっぱり中田は中田じゃないか。

「チッ……もうこんな時間か。まあいい、牢屋の中で、少しは頭を冷やすことだな」

 中田のような男はそう吐き捨てると部屋から退出し、控えていた兵士が俺を再び地下へと引き連れていく。

 まあいい、望むところだ。牢屋の中ならあのクソ中田と顔をあわせずに済むし、それにあそこなら……。

 ガチャリ、と金属製の鍵が掛けられる音がした。

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