④ 東より

時刻は11時を過ぎた。太陽はせっせと昇っている。


「先ほど買った茄子だが…返品したく思う」

「どういうことですかぃ?」


自分が訪れた時には、既に店を畳んでいた八百屋の店主を追ってここまで来た。

当の本人は商売を終え、市場を出るところだったようだ。

大きな荷物を背負っている。

服の上からでもわかる大きな筋肉は、大荷物を軽々と運んでいることに説得力をもたせていた。


「人が刺されたようで、食欲がなくてな」

「それはそちらの都合じゃないですかぃ。困りやすよ」


市場を抜け、人気がすっかりなくなった町のはずれ。

目の前には山の入り口が大きく構え、生い茂った木々が人が立ち入るのを拒んでいるように見える。


「もういいですかい?」

「では、1つ聞かせてもらおうか」

「何ですかい?」


飄々としている。体格差は歴然だが、相手から敵意は見られない。

これからこの男を追い詰めることになるのだが、どのような反応をするのか見物ではある。


「お前が売ってる菜の花だが、東の方で採れたものだな。つまり、お前は東の人間ということになる」

「何のことですかい?こりゃあ、少し東に行った隣国の実家で育てたものでさぁ」


東という用語は重要な意味合いを持っている。

四大大国の中でもとりわけ野蛮と言われる東の国を表す言葉でもあるためだ。

本国は西に位置する中央大国に近い位置にあるものの、依然として中小諸国は東国の脅威に晒されている。


「菜の花はアブラナ科の植物だが、栽培地で少し見た目が異なる。お前のそれはヒガシアブラナで、東国で栽培されているものだ。少なくとも出身は東国ということになる」

「たしかに先祖は東国にいたと聞いてやすが、だったら何だって言うですかぃ?」

「なら教えてやろう。刃物を製造する際、使う炉の温度などでお国柄が出る。今回刺された男性のナイフは東国製だ。この意味がわかるか?東の物が出回ることはほとんどない。わが国でも規制しているからな」


そんな話をしていると、何やら背後から騒ぎが起こったのか悲鳴が聞こえる。

どうやら市場の方で、何かあったようだな。

差し詰め、目撃者の男性が暴れ始めたというところか。


「そいつは知らなかった。盲点というやつでさぁ。あんさんの考えているとおり、あっしは東の人間。だからなんだって言うんですかい?」

「被害者の男性の服に葉っぱが付着していた。ヒガシアブラナの葉だ。その葉っぱは、包丁で切られたような切り口だった。これは、試食用に置いてあるものだろう?」

「規制されている東の野菜を売っているのはあっしだけだから、あっしがその被害者と面識があったってことを言いたいんですかぃ?」


この男は東からのまわし者。そして、良からぬ理由で他国を巻き込む。

このように一人で黙々と行動されると厄介だ。

元々ガサツな国である東国は、行動を起こすときはいつも大胆になる。

だからこそ、この男が東国の人間で、国の命令で動いているのであれば、大きな脅威である。


「よく耳にするぞ。自国で作った毒物の実験台として他国の人間を使うとな」

「ただの噂ですかぃ?そんな話に付き合ってる暇はねぇんですけどね」


争いが少なくなったとはいえ、中小諸国の領土を狙って4大国がにらみ合う構図だ。

特に東国は殺りく兵器を未だに作り続けている。

だからこそ、東国は人間を使った威力の試験を行っているとよく聞く。

そして、おそらくそれは間違いない。


「なら目撃者もとい犯人に、どこで購入したナイフか聞いてみるか?良い答えが返ってくるだろう」

「なるほど…お見通しですかぃ」

「ちなみに、刃物の製造については嘘だ。カマをかけてみただけだ。素人の自分には国柄まで判別できん」

「ははは、そうですかぃ」


男は言葉こそ控えめなものの、その表情は変わらない。

こういう人形のようなタイプの奴は厄介だ。

逆に言うと、このような仕事をさせるにはもってこいと言うわけだ。

こいつのような人材は山ほどいるのだろうな、あの国には。

さて、やるべきことはやっておかなければなるまい。

心優しい少年には悪いが、国を護るためだ。

やるべきことはやらせてもらう。


「それにしても、怖いもんでさぁ。その紅い目。どういう代物なんでさぁ?」

「…話す義理はない。そして、貴様に質問する権利はない」

「おぉ、怖い目だなぁ…怖い怖い」


自ら紅い目に触れてきたということは、我が国への探りを入れるのも目的の1つということか。

さらに加えると…私の・・国も侵略の対象にされていると言うことか。

今までのようにコソコソしていても良いが、東国の国取計画に名前が挙がったのであれば、国を守るためにやるべき事はやっていかねばならないな…


「さて、本題だが毒物の正体は何だ?」

「あっしは、ばら撒くように言われただけで、中身については知らないんでさぁ」

「ふむ、ならばこちらで調べよう。ではもう一つ、その毒物はいくつ売った?まさかあのナイフ1つだけではないだろう?」

「さぁて、覚えてねぇや」


予想通りではあるが、質問には全く答えない。

しかし、聞く事は聞いた。上出来だ。真実を語らせることだけが全てではない。

あとするべき事は一つだ。

こんな状況でも、奴は相変わらず、飄々としている。


「ところで、あっしの見立てじゃあ、あんさんはこの国王妃か何かではと思ってるんでさぁ」

「残念だな。少し違う」

「違ってやしたかい?」

「あぁ、自分はこの国の主だ。故に主人として、わが国へのテロ行為は看過できないな」

「国主…?」


今まで無表情だったが、男は少しではあるが驚愕しているようだった。

自分が国の主であることが、そんなに意外だろうか?

そう考えると、自分は今まで宮廷から出たことがない。

他人から見るとどう思われているのか、初めて知ったことになる。

非常に興味深い。


「さて…自分の勝手な判断で申し訳ないが、ここで死んでもらおうと思う」

「…そんな横暴な、ここは独裁国家だったんですかぃ?危ない国だ」

「自分はこの国を護るためなら、人を殺す事も厭わない。国を護るための犠牲は必要だ」

「なるほど…でも、そんな細身…そして女子の力で、あっしを殺せますかね?」

「残念だが、私に男の力を跳ね返す剛力はない。だが、負ける気はしないな。どうだ、試してみるか?」


男は懐から、鈍く光り輝くナイフを取り出す。

そのどんよりした輝きからすると、おそらく例の毒が仕込まれているのだろう。

私に力がないのは本当のことだが、ここで死ぬつもりもない。

こうしてにらみ合いが数秒間続いた後、男は突撃する。

人知れず、小さな戦が始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る