③ 毒味

「ワシ…?」


空を見上げて呟く。ワシがクチバシでナイフを持って突っ込んできた?もしくはナイフを投げて刺した?そんなバカな。


「アホくさいな…」


そんなことを考えている俺を差し置いて姫は呟く。国の政という大仕事に比べればしょうもない事なのかもしれないが、人が死ぬかもしれない大事件なのに、アホくさいはないだろうと思う。


「そんなこと言ってるということは、犯人が分かったんですか?」

「いや…そもそも、あんな証言を鵜呑みにするとは…頭大丈夫か…?」


確かに鵜呑みにしているのかもしれないが、あんなにパニックになりながらも、状況を伝えてくれた目撃者を疑うことはできない。

それにしても、こんな事態になってもしっかりと目を瞑っていることは逆に感心する。

そんな俺たちをよそに、少し前に到着した医師が治療を試みている。

死んではおらず、まだ息があるという話だったが、どれほど深刻な状態なのだろうか?

ふと姫の姿がそこにないことに気付く。先に帰ったのかと辺りを見回すと、被害者のそばにいる姿が見えた。

医師に隠れて気付かなかった。


「ふむ…服についてるこれは、葉っぱか…」

「あの…救助の妨げになるので、よろしいですか?」

「あぁ」


姫は刺された被害者の側で何か探っていたようで、救助に来ていた医師に怒られていた。

というかいつのまにそこにいたんだよ!

いつ移動したのか、全然気づかなかった。忍者かよ…


「少年…お前は目撃者のところへ行け」

「え?もっと証言を聞き出せってことですか?…よしっ、分かりました!」

「頼んだ」


俺は姫に頼まれた…頼りにされてるということにこの上ない喜びを感じ、急ぎ足で男性の元へと向かった。

戻ってみると目撃者の男性は、後でやってきた本物の見回りの人と話している。


「まさかこんな事になるなんて…」


ナイフが空から降って来たと発言した目撃者は、見回りに事情を聞かれていた。

とはいえ、新しい証言を得られたわけではないのは目に見えていた。


「すみません。俺もお話伺ってもよろしいですか?」

「何だぁ?君は。仕事の邪魔をしないでくれるかなぁ?」

「え…と…すみません。俺は宮廷に勤めている京介という者なのですが…」

「宮廷…?ちっ、またあのお姫さん絡みか」


俺は宮廷の人だと伝えれば、問題ないと思っていた。

もちろん見回りからすれば、仕事の邪魔になる俺のことは気にくわないだろうとは思う。

しかし、それ以上に宮廷という言葉に異常に腹を立てているようだった。

見回りと宮廷というのは仲が悪いのだろうか?

そんな話は特に聞かないけど、とりあえず今はしっかりと協力しなければならない。


「で?その宮廷の御仁が何か用でございましょうかねぇ?」

「えと、姫に証言を聞き出してくるように頼まれたので来ました」

「お姫さんにかい?坊や1人でできるなんて、偉いね〜。まぁ、好きにするといいさ。俺はこれでさようなら」


どうしてこれほど敵意をもたれているのだろうか?

宮廷と見回りの間に何があったのか気になる。

文句の1つでも言いたくなる。


「何だよあの人…。っと、すみません、俺にも話を聞かせてください」

「あっ…はい…えと…どちらさまですか?」


名前も聞けなかったが見回りのことは一旦忘れて、目撃者の話を聞くことにする。

目撃者は、相当落ち込んでいるのが目に見える。

さっきの取り調べを盗み聞きしていたが、どうやら被害者とは友人の仲だったらしい。

とりあえず、どんな些細なことでもいいから聞いてみよう。

何か新しい情報が得られればいいんだけど。


「俺は京介と言います。たまたま現場に遭遇しまして、事件の話を聞かせて欲しいのですが…」

「見回りの人ですか?先ほど、全て話しましたけど…」

「あぁ、いえ、見回りではないのですが…協力している者です。見回り公認です!」


誰かを確認するのは当然の反応だ。俺の返しは、少し苦しいかもしれない…。

けど、宮廷の人だから何だということになるし、ここは見回り関係者のような微妙な立ち回りで行こう。


「はぁ…私は池上と言います。少し遠いのですが、ここから東に行ったところで定食屋を営んでいます。今日は食材の仕入れのために市場まで来ました。刺された男は、私の定食屋の常連客でして、いつも贔屓にしてくれていました…」

「なるほど…ではいきなり核心をついた質問をしますが、空からナイフが落ちて来たって、どんな風に落ちて来たのか教えてくれませんか?」

「…。あまり思い出したくないのですが…正直にいうと一瞬のことで何も覚えていないんです…。上から飛んで来たのは何となく覚えているのですが…」

「上からか〜。うーん、どうなってるんだろう」


足りない脳みそを回転させつつ、自分なりの答えを探してみるが、なかなか見つからない。空からナイフが飛んで来たのは間違いないということだけど、まっすぐナイフを投げるだけでも対象に当てるのは難しいのに、空に向かって投げるというのは殺人として理にかなっていない。まさか無差別なのだろうか?

そんな時、背後が騒がしくなる。どうやら、刺された男の方で何かあったらしい。とりあえず見に行こう。


「ぐぅあぁぁ」

「大丈夫ですか!しっかりしてください!」


この緊急事態に、救助していた人たちの顔が引きつる。

医師の人たちはずっと尽力していたけど…その後しばらくして、その男はこの世を去った。

医師の先生曰く、まだ不確定ではあるが、ナイフに毒物が盛られていた可能性があるらしい。

被害者の男性は、損傷は酷くなかったが、その毒物が原因で帰らぬ人となってしまった。

あっという間の出来事で、頭の整理がついていない。

目の前で、人が苦しみながら亡くなる。心が張り裂けそうになった。

未だに俺は、その場に立ち尽くすことしかできなかった。


「とりあえず見回り所まで来てくれますかな?」


ふと我に返り、振り返ると見回りが目撃者の男性を拘束しようとしていた。

何が起こっているのか、さっぱりわからない。どうなっているんだ?


「被害者のすぐ側にいた貴方を疑うのは当然のことです」

「姫様にも言われちゃったっすからね」


ひょこっと新米らしい若い男性が顔を覗かせる。

先ほどの見回りの部下であることは間違いないようだ。

それにしても、上司に馴れ馴れしすぎるような気もする。

見回りにも部署がいくつかあり、現場整理、現場監督に分けられ、どちらの人も頭がいい。

一方、凶悪犯との接触も多いことから、力のある若者を多数連れている。

基本的な仕事は、現場での手伝いになるが、犯人確保や立てこもり時の突入なども担う。

そんな彼らのことは、見回り所の警備も担っていることから警備班と呼ばれたりするが、専用の勤務部屋が見回り所内にあるわけではないので、呼び名が決まっているわけではない。


「これは奴に言われなくてもしてたことだからな、姫さんの名前を口に出すなよ」

「いや、でも実際に言われたことは事実っすから。それに決定的な証拠の件だって教えてもらっ…」

「だとしても、ここでいう必要ないだろうが」


言い合いを始めた2人だが、いつものことなのだろう。手慣れた感もあるし、違和感が少ない。

それよりも話題として名前が挙がった姫について、そういえば何をしているのかと疑問に思った。

というか、姫はどこに…


「さぁ、こっちに来なさい」


そういうと、警備班の人が、目撃者から容疑者への変わった男の肩に手を添え、連れて行こうとする。

俺も姫を探さないと…そう思った時…


「うわぁぁぁぁ」


思わず耳を塞ぎたくなるほどの雄叫びを目撃者であり、容疑者の男はあげていた。

野次馬に加え、周辺の人たちも足を止めて、何が起こったのか、声の先を凝視する。


「どうなってんだ…」


誰もが何が起こったのか分からず、声の主を見た瞬間、警備班の男性が崩れ落ちたのだ。

誰も頭がついていっていない。そして池上容疑者を確認しようとするが、その場所にはもういない。

一瞬のことで何も分からなかったが、少し遅れて目から入った情報は脳に到達した。

池上容疑者がこちらに向かって全力で走って来ていたのだった。


「抵抗するな!」

「取り押さえろ」


数人来ていた警備班が総出で取り押さえようとする。しかし、池上は止まらない。

その手を真っ赤に染め、警備班の人たちを倒していく。


「もうどうなっても構わねぇ!誰だ、さっきから話に出てくる姫っていうのはどこにいやがる!ゆるさねぇ」


あまりの豹変ぶりに声が出ない。しかし、今の状況について、ある程度の見当はついた。

おそらく、彼の爪にも毒が塗られているということに。

先ほど目撃者に証言を聞いていた見回りの男がそばまでやってくる。


「どうなってんだぁ…」

「爪に毒を仕込んでいたということでしょうか?でも毒なんていったいどこで…」

「さぁな、ったく姫さんが絡むとロクなことがねぇ」

「そういえば、聞いたことがあります。毒というのは意外と身近にあるということを。土に住む細菌だったり、食べたらいけないキノコなど、入手経路はたくさんあるので、おかしな話ではないです。」

「毒の入手経路に関しては、今はどうでもいい、この状況をどうするかが重要だぁ」


そして、池上はこちらを睨み、再び走り始めた。

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