② ワシは人を刺させるか

下町では朝市が開かれている。いつも朝の10時までは開かれていて、中には昼まで続けている店もある。

活気溢れる朝市は、人々の生きる姿を映し出している。

山で採れた山菜や木の実、そして農家が育てた野菜など、様々な物が売られており、まさに市場という感じだ。


「凄いでしょ!皆、集まってくるんですよ!」

「それは構わないが、何を買うように頼まれているのかな?」

「えーとですね…」


南門で近衞さんに渡された買物リストを見る。

丁寧に書かれた文字を見ると、近衞さんの人柄がよく表れている。

メモには、以下のように必要な食材が列挙されていた。


『牛もも肉

にんにく

生姜

トマト

ジャガイモ』


書かれていた物は、意外とシンプルだった。しかし、内容からしてメイン料理に使う食材ではなさそうだ。

それにしても、メモに書かれた文字はキッチリと整っていて、それでいてすこし小さい。本当に近衞さんらしいと思う。


「ここからなら…すぐそそこに肉屋があるから、行きましょう!」

「肉は鮮度が大切だから、先ずは野菜から行こう。その方が良い」

「あ…はい」


しかしながら、姫には売り場の位置が分からないので、その場から動かない。

これまでの姫からは考えられない姿だ。少し笑ってしまいそうになる。

しっかりとリードしなければ。


「こっちですよ、姫」

「うむ」


しっかりとリードしようと頑張って…というより、かなり気をつかって歩いていたので、沈黙が訪れていた。

何かデートみたいだが、初めてのデートでは皆こんな感じになるのだろうか?

その沈黙を振り払うように、適当な話題を振ってみる。


「それにしてもこの食材で何を作るんでしょうか?トマトにジャガイモ、そして生姜…スープ系でしょうか?トマトスープとか!」

「生姜いり、ガーリックビーフトマトスープということか?」

「そんな感じですかね、美味しそうですよ!」

「詰め込みすぎだ。あまり美味しそうとは思えん」

「そうでしょうか?」


そんな話をしていると、あっという間に八百屋へとたどり着いた。

数多くの八百屋が立ち並ぶ通りに、店主が一際目立つ八百屋が一件あった。

その店主は、まだ30〜40代の若い男であった。

野菜を売る八百屋は、朝市においてそこらかしこで商売している。

何と言っても、田畑を持つ家庭が多いため、様々な農家が野菜を出品する。

お互いに、激しく競合しているということだ。


「いらっしゃい!何にしやしょう?」

「では、茄子を1つ」

「いやっ、何でですか!!」


ついツッコんでしまった。買物リストの内容を忘れてしまったのだろうか?そんなに記憶力はよくない?

そんなことを考えても、答えは出ない。それほど姫のことについて俺は何も知らない。

すこし大きめの声を出してしまったため、注目を集める。

ここはこの国の台所、色々な人が集まってくるので、見知った顔の人も数多くいる。

そう思っていると、以前からお世話になっているおばさんが声をかけてきた。


「あら?京介ちゃん!久しぶりねぇ!どうだい?宮廷生活は楽しいかい?」

「あぁ…おばさん、ええ楽しいです」

「子供の頃からママに連れられて朝市まで来てたところを見てきたけど、本当に大きくなったね」

「ありがとうございます。これからも頑張っていきます!」


子供だった俺のことを気にかけてくれた優しい人だ。

今では、息子も一人立ちし、夫と二人で暮らしている。

俺の母親は元気だろうか?少し懐かしく、そしてまた会いたいと思ってしまった。

俺が顔馴染みのおばさんと話している間に、姫は淡々と買い物しているようだった。

ちゃんと、必要な物を買えてるのだろうか?

まるで自分の子供のお使いを見守る親のような気分だ。


「茄子1つでいいんですかい?」

「おつまみで食べる程度だから、1つで十分だ」

「なるほどねぇ。それにしても、さっきからずっと目ぇ瞑ってやすけど、目が見えねぇんですかい?」

「心配は無用だ。目が見えなくとも、感覚を研ぎ澄ませば大体は分かる」

「そいつはすげぇや」


俺がおばさんとの話を終えて帰ってくると、姫に対して八百屋の店主が睨みを利かせていた。

見た目は姫が細く小さい子どもなのに対して、店主はガタイが良く身長も高い大男だ。

正直、俺でもビビって小さくなってしまう。

というか買い物できてないのかよ!?

今度はしっかりと心の中でツッコんだ。


「ところで聞きやしたかぃ?東国の件」

「え…東国で何かあったんですか?」

「それがねぇ、あんちゃん。どうやら侵攻を始めたようでさぁ、中小諸国へのね」

「えっ!?」


この世界は4つの大国が大部分を支配している。俺たちのいる国は小さな国で、同じく小さな国々が集まって中小諸国を形成している。その中小諸国を取り囲むように北に北国、東に東国、南に南国、そして西に中央大国が位置する。中央大国は、国の規模に関しては他の4大大国には劣るものの、技術力は桁外れに進んでおり、正しく世界の中心だと言える。


「東国か…厄介なところが攻めてきたな。とはいえ、攻めてくるとしたらそこからだと言うのは誰もが知ってはいたことだがな」

「あそこは4大大国の中で、唯一の軍部による独裁国家ですからね」

「いつ襲われておっ死んじまうか分からねぇから、準備しとかなきゃいけねぇ。怖ぇ世の中でさぁ。とはいえ、侵攻を始めたといっても、すぐ隣にあった国とも呼べねぇような集落を獲っただけでさぁ」

「なるほど…でも怖いですよね…」

「これから、どうなっていくのかねぇ…」

「…では失礼する」

「おっとぉ、まいどぉ」

「あぁ、えっと俺も買いますね。トマトと…」


そそくさと自分の買い物を終わらせた姫は、八百屋を離れていく。

その後に俺が、近衞さんに頼まれた買い物している間も姫はどんどん歩き続ける。

本当に下町に来たことがないとは思えないほど堂々と。

ここは迷いやすいから注意しなきゃいけないんだけど…。


「ありがとうございます!」

「まいどぉ。おっと、あんちゃん…さっきのは彼女さんかい?」

「いやぁ…」


国の主ということを言ってもいいのだろうか?

姫自身は、国主であることはオマケのような感じでいる。

とはいえ、彼女ではないし…


「えと…ただの知り合いですよ~あはは…」

「なんだぁ、そうですかぃ。でも、彼女は気難しそうだから、離さないように男としてしっかりすることを勧めるよ」

「あっ…はい。ありがとうございました」


真剣な物言いに違和感を感じながらも、八百屋を後にして姫の後を追う。

姫は意外と先まで歩みを進めているようで、息が切れるほど走らされることになった。


「はぁはぁ、先に行かないでくださいよ」

「少年がノロノロしているからだ」


いやいや、何でだよ…

喉まででかかる文句を呑み込み、話題を変える。


「ところで、先ほどの店主の話ですけど…もし東国が攻めて来たらどうするんですか?国主としての考えを聞かせて欲しいです」

「ふむ…まぁ、侵略国がしっかりと統治してくれるなら明け渡してもいいかもな」

「いいのかよ!?」

「誰が統治しようと変わらん。この町の営みは、自分たちで築き上げたものだ。下手に手出ししなければ、誰が頭でも変わらん」

「そうですかね?やっぱり、国の主がしっかりしなきゃって思いますけど」

「国の主の顔も知らなかった少年がよく言うな」

「すみません…」


目的地にたどり着き、姫と俺は足を止める。

目の前には肉屋の屋台が立っている。

牛に豚に鳥…いろいろな肉が揃っている。乳牛の飼育もしているのか、牛乳も売っている。

買い物をしようと店主に話しかけようとしたその時、大きな音が辺りに響く。


「うわぁぁぁぁぁぁ」


その音は誰かの叫び声のようだ。ただならぬ状況に、周りの住人もざわつき始める。その騒ぎが次々と伝染していく。

いち早く叫び声のする方向に歩き出した姫の後を追って、現場に辿り着く。

そこには、胸に刃物が突き刺さった状態で蹲っている中年男性の姿があった。


「ふむ。まだ生きてはいるが、事情を聞ける状態ではないな。まぁとりあえず…治療は専門家に任せよう。買うものも買ったし、自分達は帰るとしようか」

「えっ…調べないんですか!?」

「本人が喋れるようになれば解決だ。わざわざ出しゃばる必要はない」

「それはそうかもしれないですけど…」


後ろの方から色々な話し声が聞こえる。野次馬できた人たちは小声で口々に喋る。

いつの間に、こんな人だかりができていたんだろうか。

そんな中、被害者の知り合いと見られる男性が近づいて来た。


「見回りの方ですか?」

「いや…ち」

「似たようなものです!」

「おい、少年」


俺が遮るように姫の言葉に被せたので、姫はムッとした表情でこちらを睨む。

見回りは、悪事などを取り締まる組織だ。といっても、元々は町の平和を守りたいという志が高い若者たちが旗揚げした組織で、国の支援は受けていない。国民からの信頼は厚く、平和に貢献していることは間違いない。

ここからも、国民たちの営みにはできる限り干渉しないという姫の国政が如実に表れていると思う。

後で姫に何を言われるか分からないが、町の平和を願う者として間違ってはいない。

だからこそ、ここは引き下がれない。


「僕、見たんです…」

「見たって何をですか?」

「刃物が…空から降ってくるのを!」

「空から降って…?」


目撃者だと思われる男がパニックになりながらも、必死に状況を伝えようとする。

空を見上げるとそこには大きなワシが飛んでいた。

事件現場に舞い戻った犯人のように、ずっと頭上を飛び続けている。


「まさか…あのワシが…?」

「………」


何が起きているのか理解できず、呆然と空を見上げている俺をよそに、姫は面倒なことに巻き込んでくれたなとでも言いたげな顔でこちらを睨んでいた。

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