第2話 姫と下町 

① 買い物

宮廷に入ってから3日が経った。姫の付き人としての仕事は特になく、暇を持て余していたので、宮廷内を探索した。

おかげで、完全ではないけれど、部屋の位置などの大体は把握することができた。


「せっかく付き人としての役割を貰ったのに、姫は部屋にこもってまつりごとばかりしてるから、やることが何もない…」


今日も例にもれず、姫は部屋にこもり、"少年は自由にしていろ"というので、困り果てて宮廷内をブラブラしているところだ。


「あれ、京介さん? どうかされましたか?」


そんな俺に話しかけてきたのは近衞さん。正直、話し相手がいるだけで嬉しい。

ブラブラし始めたのは今に始まったことじゃないけど、宮廷の広さの割に人が少ないので、あまり会うことは無い。

こうして話しかけてきてくれた近衞さんに感謝しつつ、ここ3日間で仕事が何もなかったことついて軽く説明した。


「そうでしたか。ふむ…。では、こうしましょう」


そういうと、近衞さんは懐からメモを取り出してきた。何なのだろうか?


「ちょうど夕食用の食材が切れてまして、姫と一緒に買いに行っていただけませんか?」

「は…はぁ…」


普通、主に買い物に行かせるだろうか? それとも、何か裏があるのだろうか?

その顔に浮かべている笑みはいつも通りの笑みで、そこからは何も感じ取れない。

とはいえ、このままだと何もすることがないので、その提案をのむことにした。


「といっても…上手くいくかな…姫とはロクに話もしていなんです…」

「大丈夫ですよ。頑張ってください」


そう背中を押されたので、姫を誘うために執務室に向かった。というか、そもそも仕事姿を見たことがないから、本当は遊んでるんじゃないかと疑っていたりする。それは、流石に失礼だろうか?

そうしているうちに、執務室の前にたどり着いた。


「姫、すみません。少し話したいことがあるんですけど」


扉の間で少し大きめで話しかける。すると、扉がゆっくりと開き、辛うじて目が見える程度の隙間からこちらを覗く。

その目はこれまで以上の不機嫌さを撒き散らしており、その紅い輝きは俺の心を射抜くほど鋭かった。


「何か用か、小僧」

「え…と…近衞さんが買い物をお願いしたいって」

「貴様がいけ。下町には詳しいのだろう」


相当イライラしていることをあからさまに表現している低いトーンの声に、タジタジになりながらも、もう少し粘ってみる。


「篭ってては仕事も捗りませんよ!気分を晴らすためにも、一緒に買い物に行きましょうよ!」

「買い物?何故、自分が…。下町になど行ったこともないのに…」

「えっ…行ったことないんですか!?」


この国の主が、下町に行ったことがないというのは意外だ。でも、そうとなれば、やはり何としてでも行かせたいと思ってしまう。下町が良いところだというのは、俺がよく知っている。


「行きましょう!もう終わりがけだけど、まだ朝市やってますよ!」

「うるさい奴だ…」

「ね!行きましょうよ!」


その後も俺は粘り続けた。まだ、姫の好みや交渉材料もないので粘るしかない。俺がこんなにこだわるのは、下町の人たちの優しさを知ってるし、姫に合わせてあげたいという思いが強いからだ。

俺を含めて下町の人たちは宮廷に国主がいることだけは知っているが、どんな人なのかなどは全く知らない。

村や町は人が集まってできるものだ。最初は信頼できる者が長となる。しかし、だからといって暮らしは何も変わらない。

でも、国が大きくなるにつれて、他国との交渉など複雑になっていき、面倒になる。

この国では、国だけど人々の集まりという感じが色濃く残っている。だからこそ、国主については皆知らない。

人が集まって生活しているだけで、誰が主かなんて関係ないのだ。

すると、姫は部屋から少し顔を覗かせ、コチラを見つめる。


「自分は人とあまり関わりたくない」

「どうしてですか?」

「少年も分かるだろう?この紅い目…」

「え…気にしてたんですか?」


勝手ながら、そういうことは気にしないタイプだと思っていた。確かに紅い目というのは聞いたことがない。

それに、その目で見られるだけで全身の毛が逆立ってしまうような恐怖を感じる。

確かに人前に出るのははばかられるかもしれない。

しかし、まだ分からないことは多い。その目は生まれつきなのだろうか?姫は、どれだけこの目で苦労してきたのだろうか?聞きたいことは山ほどあるけど、今は目が紅いのなんて、全く問題ないってことを教えてあげなきゃいけない。


「俺がついてる。だから、行きましょう!」

「…。これでは埒があかんな…。仕方ない…少しだけだぞ」


そう言うと、姫は1度部屋に戻る。外に出る支度でもするのだろうか?

先ほども返事と話の流れから、買い物に行ってくれることになったとは思う。

一緒に行動できることに喜びを感じながらも、ぐっと喜ぶのを抑え、この後の計画を立てる。

そうこうしていると、姫が部屋から出てきた。姫は、頭にフードのように布を被り、目元を隠している。


「少しだけだからな」


そう言うと、自ら南門の方に歩き始める。慌てて後を追い、すぐ後ろを歩く。

特に会話もないまま一緒に歩いていると、向かいから風見さんが歩いてきた。


「あれぇ〜、何だいその服装?」

「気にするな。お前も朝から酒など飲まないようにな」

「分かってるよぉ〜」


すれ違う時に、さらっと言い合う。長く一緒にいる風見さんでも、今の姫の格好は珍しいのだろうか?

それにしても、この会話のテンポには未だになれない。

そうして、しばらく歩いてたどり着いた南門には近衞さんが待っていた。


「お待ちしておりました、京介さん。こちらが、買っていただきたい食材のリストです。よろしくお願いしますね」

「ほぉ、お前の差し金か。随分と暇そうだな、近衞」

「これからやる事が山ほどありますよ、姫。宮廷は広いのでお掃除1つするにも大変です」

「なるほど、いつも悪いな。今日も頼む」

「はい、任せてください」


近衞さんが信用されているということがよく伝わった。風見さんとの会話はサラッとしているが、お互いの信頼があるんだろうと思う。俺もそうなれるだろうか…


「何をしている?下町に行くのだろう?」

「あっ、はい!」


門をくぐり下町に向かって、坂を下る。前を歩く姫は、いつもよりも少し早歩きな気がする。

何はともあれ、これからが大事だ。失敗しないようにしないと。

こうして、下町の活気溢れる声が聞こえてきたのだった。

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