④種明かし

「さて、では犯人を教えてもらおうか。なぁ〜に、心配は無用だ。自分が成敗してやるからな」


そういうと、こちらを見つめてくる。

時刻はもう夜だ。

夜になると姫君の紅い目がよく映える。

場所は謁見の間、俺が初めて姫君の顔を見た場所だ。

そして、ここには姫君と俺以外に、近衞さん、風見さん、露霧さんが集まっていた。

姫君は胡座をかいて座布団の上に座り、近衞は一歩引いて壁際に背筋を伸ばして立っている。

一方、風見さんは入口の扉近くに背中を預けており、露霧さんは姫君の正面に正座している。


「こんなに広い部屋なのに、どうして入口に固まってるんですか?」

「少年が入口で足を止めたからだ」

「俺のせいですか!?」


姫君は笑みを浮かべながら俺を見る。

俺をからかうのは楽しいか?

それはそうと推理の時間…といってもまだ何も分かってないんだけど…


「えと、では始めますね。俺は…内部犯だと思っています」

「ほぅ、それはどうしてだ?」

「確かに宮廷は出入り自由になってるし、塀だって軽く乗り越えられます。けど、庭に足跡らしきものはなかったし、最強の兵士である露霧さんが反応していないからです」


どうだろうか。

露霧さんこそが最強の防衛みたいなことを言っていたから、理由に挙げてみたがこれでは弱いだろうか?


「ふむ、確かに露霧が反応していないなら、侵入者はいないのかもしれないな。忍びなら話は別だがな」

「流石に忍びが来たら、気付かないからねぇ〜」


忍びなんているのかよ!?

国の機密がたくさんある宮廷だからこそ、忍びによる侵入もザラにあるのかもしれない。


「なら、理由をもう1ついいます。それはせっかく鍵を盗んだのに、資料室を開けた形跡がないことです。外部犯なら、鍵を盗むだけなんてことのために、侵入するというリスクは取らないと思います。鍵を盗んだのなら、使わなきゃ意味がないですから」

「確かにそうですね。私も確認しましたが鍵は開いていませんでした」

「型を取るための可能性もあるぞ?」

「ですが気付かれては元も子もないです。新しい鍵に変えられてしまう可能性がありますから」

「なるほど。では犯人とされる内部の人間とは、誰のことかな?焦らさずに指差せ!お前だ!とな」


どうしてこんなに軽い空気なんだろうか。

喜劇をさせられている気分になる。

それは、おそらく…


「露霧さんはずっと外で鍛錬していました。宮廷から庭へと続く足跡はあったのに、宮廷に戻った場合につく足跡が無かったからです」

「無論だ。某が、鍛錬を怠ることなどありえない」


露霧さんは、当たり前だと言うように腕を組んで頷く。

そもそも、露霧さんは何が起こって、ここに皆が集まっているのかも知らないのだろうと思う。

呼びに行ったのは、風見さんだから適当なことを言って連れて来たに違いない。


「次に風見さんですが、鍵を盗みたいのなら、わざわざ盗まれたなどと報告しにくる必要はありません。そのまま資料室に入ればいいんですから」

「だねぇ〜。僕は資料室に用があっただけだからね〜。盗まなくてもいつでも入れるしね~」


風見さんは適当に返事する。

この人は慕われてるって言ってたけど、本当なのだろうか?


「俺が絞れたのはここまでなんです。近衞さんは、ポーカーフェイスが上手すぎです。だから、俺に会う前に鍵を取っていた可能性があります。けど、忠誠心が強い近衞さんがそんな事するとは思えないし…それに鍵を取ったなら、わざわざ俺と会う前に見たときはまだ鍵があったなんていう必要がないんです」

「よく考えていますね、京介さん」


相変わらず、表情を変えずに近衞さんは答える。

ここに来てから、ずっと爽やかな顔で、微かに笑みを浮かべたような顔をしたままだ。


「そして、姫君…。姫君は国主なんだから、わざわざ鍵を盗まなくても自由に入れるはず。それに、自分から率先して、犯人探しをする必要もない。けど、それを言い始めると内部の人は全員鍵を盗む必要がなくなる…。お手上げなんです」

「それでも内部犯だという意見は変えないのか?」


姫君はこちらを見つめたまま問う。

その目は俺を容赦なく責め立てる。

まさしく、無言の圧力だ。

俺の中で、外部犯の線は無くなっていた。

けど、だからこそ分からない。


「変えません。外していたらすみません。俺は…姫君が犯人だと思います。理由は、犯人探しを言い出した張本人であるにも関わらず、犯人探しに消極的だったからです。理由になっていないかもしれません。すみません」


主である姫君に疑惑の目を向けたのに、近衞さん、風見さん、露霧さんは怒る事なく、ただ話を聞いている。


「少年。1つ抜け落ちているぞ。お前が犯人だという線について述べていない」

「いやいや、俺来たばかりで、ここのことをよく分かってないし、そもそも鍵置き場も資料室の場所も何も知らなかったのに、どうやって盗むんですか!」


つい語気を強めて反論してしまった。

これは、もしかして逆に怪しい?

というか、この流れマズいのかも?


「では答えてみよ。自分は少年とずっと一緒にいたのだが、今鍵はどこにあるのか」

「それを言うなら、俺だって鍵なんて持ってないですけど!」

「ほぉ、ではその後ろの帯の膨らみは何だ?」

「はん!?」


背中部分の帯が膨らんでいる。

何じゃこりゃぁぁ。これは…か…鍵…?

どうして俺の手元に鍵がぁ… その瞬間、俺は目の前が真っ白になった。


「くははは。何だそのマヌケ顔はぁ〜」


その顔を見て、姫君は大爆笑する。

悪魔の笑いにさえ聞こえる。ひどい。

俺はいったいどうなってしまうんだ。

これぞまさに絶望… 物的証拠があるのだから、反論のしようがなかった。


「では成敗するとしようかな」


そう呟くと、姫君は立ち上がり、一歩一歩静かに近づいてくる。

姫君の紅い目が俺を凝視する。

もう動くことさえできなかった。

瞬きも、呼吸でさえ止まってしまいそうだった。

そうして、俺の目の前に姫君が来た時、壁側から声が聞こえた。


「その辺にしてあげればどうでしょう。遊び過ぎると、壊れてしまいますよ」

「だねぇ〜。せっかく宮廷に自ら志願した珍しい人なんだから、それくらいにしておいた方がいいとは思うよぉ〜」


近衞さんと風見さんが、姫君を止める。

2人が言っているのは、どう言う意味なんだろう。


「ふむ。仕方ないか」


姫君はそう言うと、元の位置に戻り、再び座布団に座る。


「では真相を話してやろう。まず鍵を盗んだのは自分だ。ぐっすり眠っていたのに、風見に客が来たからと起こされてな。すこしイラっとした。そこで、この考えを思い付いた」


衝撃の事実、犯人は自分だとサラリと言ってのけた。

あまりの自然な流れに、俺の耳がまだショックから抜け出せず、幻聴を聞かされたのかと思ったくらいだ。


「まず近衞が出迎えているだろうから、風見に足止めをお願いした。近衞のことだから、庭を回るだろうとふんでな。その隙に鍵を拝借し、謁見の間で少年が来るのを待った」

「じゃあ、どうして俺の帯に鍵が?」

「順を追って説明しよう。初めて謁見した時、風見が鍵がないと報告して来たな。その時、風見に鍵を託した」


確かに、あの時姫君と風見さんは至近距離にいた。

それに風見さんの後ろにいた俺からは、その瞬間を見ることはできない。


「その後は、少年と一緒に行動した。自分はもう鍵を持っていないから、堂々としていれたというわけだ」

「じゃ…じゃあ、いつ俺の帯に?」

「少年と自分が部屋に来た時、風見と露霧、そして近衞がすでにいた。特に風見は入口の扉近くにもたれかかっていただろう?少年が入った時に、扉近くにいた風見がこっそりと帯に鍵をしのばせたというわけだ。都合よく入口付近でお前は足を止めてくれたからな」


何だよ…はめられたのかよ…っていうか…状況がのみこめない。


「それにしても、どうしてこんなことを!?」

「うーむ…。宮廷に新しい人など不要だと思ったからだ」

「それって、ど…どういう意味…?」

「わざわざ新しく人などいらないということだ」


意味がわからない。

志願して採用してくれたのは宮廷側じゃないのか?

話が噛み合わない。


「ではあえて聞こう。お前は本当に役に立つのか?」


こちらを見つめるその目は真剣だ。

これは面接のようなものなのだろうか?

今、俺の覚悟が問われているようだ。

俺が役に立つのか、示していかなければならない。


「役に立ってみせます!」

「ふむ…では仮採用だ。しばらく様子を見る。せいぜい頑張るがよい」


笑みを浮かべる姫君。

その笑みは、からかいの笑みなのだろうか?

それが識別できるほど、まだ詳しく姫君のことを知らない。

これから頑張らなきゃいけない。


「じゃあ、パーティが必要だねぇ〜。酒をドンと用意しなきゃだねぇ〜」

「風見、お前は酒を飲みたいだけだろう」

「これから、よろしくお願いしますね、京介さん」

「近衞、まだ仮採用だ。そこを間違えないように頼む」

「某は鍛錬相手をしていただければ、何でも」


こうして、その日は眠りについた。色々あって疲れた。

初日に起こるような出来事じゃないぞ、これ…。

そう思いながらも、今日の疲れは凄まじかった。

それに初めて都会に出て、宮廷に入るという緊張のせいもあって、その夜はすぐに眠ってしまった。


***


翌朝、扉を叩く音で目が覚めた。

強すぎず弱すぎない扉の叩き方だ。

扉を叩いていた人は、近衞さんだった。

扉の先に広がる長い廊下と近衞さんの姿を見て、宮廷に来たということを改めて実感した。


「朝食の時間ですよ」

「へ?」

「食堂に来てください」


近衞さんの呼びかけが廊下に響く。

けど寝起きのだったから、ボケた返事をしてしまった。

しかし、確かに良い匂いが漂ってくる。

何の料理だろうか。


「皆さんはもう集まっていますよ」

「あっ、すぐ行きます!」

「では、お待ちしておりますね」


可能な限り急いで身だしなみを整える。

良い匂いは空腹を誘い、早く食べたいという食欲を増進させる。

また、他の人たちも来ているなら、待たせるわけにはいかない…んだけど…


「って、食堂ってどこだぁぁ」


俺はまだ宮廷について何も知らない。

あまりに広すぎて、どっちに行けばいいのか分からない。

そう…絶賛迷子中だ。


「朝から騒がしいな…」


背後からした声に振り向くと、姫君が立っていた。

昨日よりもさらに寝癖がひどく、また弱々しい声からも寝起き感が漂っていた。

緊張感のない寝ぼけた顔は、紅い目の存在感を打ち消し、ただの少女にしか見えない。


「すみません、姫君。食堂がどこか分からなくて」

「食堂の場所が分からないから大声を出すのか?少年、頭大丈夫か?」

「ぐっ…なら言わせてもらいますけど、俺は少年ではありません。これから宮廷メンバーとして、しっかりと働いていくんだから、少年は違うと思います」

「ふむ…だがまだ仮採用だから、やはり少年だな」

「くそぅ…」


少年に違和感しか感じないがここは我慢するしかない。

欠伸をしながら歩き始める姫君の後ろをついて行く。


「あと、自分のことは姫と呼べ。呼び捨てでもいい」

「えーと…、じゃあ、姫」

「うむ、それでいい」


また何を言われるか分からないので、ここは素直に言うことを聞くことにする。

こうして姫の後をついていく。

食堂に辿り着くと、近衞さん、風見さんがすでに座っていた。

机の上には料理が並んでいる。

何だろうか?

田舎者の俺は、食べたことのない煌びやかな料理だった。

そんな中、風見さんが先陣をきって口を開く。


「さて、さっそくだけど、京介君の役割を決めないとねぇ〜」

「だな、自分の考えでは、今のところはまだ外交の予定はないし、しばらくは雑用かなとは思っている」

「外交の予定はない…そうなのかぁ…」


そう上手くは行かないと思っていたけど、まさか、いきなり仕事ない宣言されるとは思ってなかった。

そんな時、近衛が小さく手を挙げる。


「では、私から提案があります」

「ほぉ、近衞から提案とは珍しいな。聞こうではないか」

「京介さんの役割は、姫の付き人というのはどうでしょうか?」

「おぉ〜いいねぇ〜」

「おい待て、自分は納得していないぞ」


いつもの何気ない会話だとは思うが、テンポが早すぎて会話に混ざる隙がない。

とはいえ、姫の付き人? 先が思いやられる…

そんなことを考えていると、驚異的な早さで話がまとまっていったようで、話がひと段落していた。


「仕方ない。今日から少年を自分の付き人とする」

「おめでとぉ〜」

「頑張ってくださいね」


よく分からないけど、姫の付き人になってしまった。

結局は雑用なのかもしれないが、夢にまで見た宮廷生活。

ふに落ちないことも沢山あるけれど、俺の新しい生活がようやく始まったんだ。

これから頑張らなければ!

期待と不安を胸に、いつもよりも少し早い朝食を食べたのであった。

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