③鍵の行方
「やります!」
そう言ったのはいいものの、どうすれば良いのか分からない。
宮廷は警備が厳重だろうし、考えたくはないけど、内部犯の可能性を考えないといけないとは思う。
そう考え込んでいると姫君は立ち止まる。
「少年は何故、宮廷に入ろうと思ったのかな?」
不意に聞かれた質問に少し間が空いてしまった。
答えに扮していると、宮廷に2人取り残されたのかと錯覚するほど辺りが静まり返っていることに気付く。
この世界は4つの大国とそれ以外の中小諸国で構成されている。
大国にはそれぞれの言語があるが、大国間の会談などでは1つの言語が使われている。
とはいえ、大国内では母国語しか話せない人も多い。
「え…と…。俺、語学が好きで色々な言語を勉強したんです。それで、外国との関わりが大事になる外交官になろうと思ったんです。」
「ふむ。そうか、まぁ期待している」
期待しているという言葉は、予想外ではあった。
まだ複数の言語を話している姿を見せたわけではないし、鍵を見つけなければ解雇にされるかもしれないのに。
何だか少し、不思議な感じがした。
それに、"まぁ"とはどういう意味だろうか?
「俺、頑張ります!」
「最初は誰しも不安もあるし、失敗もするだろう。だが、諦めずに前に進むことが大切だ。何より、ひた向きな男には好感が持てる」
今までとは違う笑みを少し浮かべ、姫君は再び歩き始める。
姫君のからかうような態度がムカついてたのに、なんだか少しやる気がでてきた。
「ここが宮廷の最北端だ。少年が入ってきたのは南の大門だから、ここは真逆だな。」
「改めて思いますけど、宮廷って凄く広いですね。ここに住むことになるなんてまだ実感がわかないです。」
宮廷は塀に囲まれてはいるが、頑張れば誰でも登れそうだ。
その後、姫君と一緒にぐるりと外周を一周した。
一周してみて、正式な出入口は俺が通ってきた南の大門、その他の出入口は西に小門があるだけだということが分かった。
「この塀って、頑張れば誰でも乗り越えて中に入れそうですけど、警備はどうなってるんですか?」
「警備などしていない。自分は来るものを拒まずの精神だからな」
「いやいやいや、ここって国の中心ですよね!?…あっ」
流石にフレンドリー過ぎたかと、思わず口を塞いだ。
恐る恐る姫君の顔を見てみるが、まるで気にしていないようだった。
そのまま何事もなく話し続ける。
「何かあれば露霧がいる。防衛面は心配無用だ。それに自分は人に慕われるタイプではないが、風見は人望があるからな。近衞は何を任せてもこなしてくれる万能執事だ。死角はないだろう?」
「そうですね。って…あれ…じゃあ俺っていらない?」
その言葉を聞くと、姫君はからかうような笑みを再び浮かべた。
くそぅ…。とはいえ、聞きたいことが1つできた。
「さっきから人に全然会わないんですけど、他の人はどこにいるんですか?」
「他の人?いるわけないだろう。宮廷にいるのは少年含めて5人だけだからな」
「え?ご…5人!?」
「そうだ。この宮廷は5人でまわっているのだ」
この広い宮廷にたった5人しかいない。
加えて、誰でも自由に入れるというのは衝撃的だった。
とはいえ、これでもう3年は続いているのだから上手く行っているのだろう。
「ところで、宮廷で働くことを志願した割には、何も知らないのだな」
「えーと…」
歩きながら姫君が話しかけて来た。
確かに、俺は宮廷に関して何も知らない。
けど、宮廷に憧れていのは本当だ。
それに、おそらく俺以外の国民も宮廷内の実情について知っている人は少ないと思う。
それくらい謎に包まれた場所だ。
「俺…田舎で暮らしてたから、宮廷みたいな華やかな場所には疎くて…。けど、宮廷って国の中心で凄い場所だってイメージだけはありました」
「まぁ、間違ってはいないな」
「それで俺は、昔から国語が好きで、語学を勉強しました。でも、田舎に住んでると活かせる場所がなくて。それで、さっき言ったように宮廷でなら役に立つかもしれないって思って志願したんです!」
姫君は俺の言葉を静かに聞いていた。
振り返ることなく歩き続ける。
どんな顔をして聞いていたのだろう。
とりあえず、今は疑いを解かなきゃいけない。
まずは、できる限り多くの情報を集めなければ。
「少し露霧さんに話を聞いてみてもいいですか?」
「む?あー、では聞きに行こう」
そういうと、姫君は庭の方に歩いていく。
何故か、あまり乗り気ではないようだ。
露霧さんは庭で鍛錬していたはず。
何か不審な人を見ていたかもしれない、そう思った。
「ふんっ、ふんっ」
庭に入ると、気合の入った声と素振りの音が聞こえてくる。
露霧さんが鍛錬しているのは、西の小門につながる庭の真ん中だ。
見晴らしも良く、西方面を見渡すことができる。
「露霧さん、鍛錬中にすみません。少しお聞きしたいことがあるのですが…」
「手短に頼む」
少し鋭い目つきでコチラを睨む。
そう呟くと、汗を拭きながらこちらの言葉を待つ。
露霧さんは、たとえ内部犯であったとしても、遠慮なく証言しそうな人だと思う。
ここは単刀直入に聞こう。
「誰かしんにゅ…」
「君のスリーサイズは?」
俺の質問にかぶせるように、姫君が口を開いた。
しかも、俺の声に似せてきてる。
ってか…はぁ!? 何してんの!?
「某、おふざけに付き合っている暇はない。」
そういうと、再び鍛錬を始めた。
ただでさえ、鍛錬の邪魔をしてしまっているのに…
こうなってしまえば、もう話をしてくれる雰囲気ではない。
鍵探す気があるのか、この野郎! …心の中でくらいならいいよな…
「犯人を見つけたいんじゃないんですか?」
「露霧は良い体格をしているからな。一度聞いてみたかった」
「それ、今必要でしたか!?」
姫君はこちらのツッコミなど意に介さず、歩き始める。
気がつくと陽は沈みかけ、辺りは紅に染まり始めていた。
というか、俺今日1日何してたんだろ…。
「少しお聞きしたいんですけど…」
「何だ?」
「もしかして、もう犯人分かってます?」
姫君の乗り気でない犯人探しや、鍵を盗まれるという大事件なのに、全く焦らず俺に宮廷を案内している。
明らかに怪しいと思った。
姫は立ち止まり、振り返る。
「少年は、犯人の目星くらいはついているのか?」
「いや…でも内部犯かな…とは思いますけど…」
「ほぉ…では答え合わせだ。少年の名推理を期待している」
「え!?」
トントン拍子で話が進んでいく。
こうして、よく分からないうちに俺の推理ショーが始まった。
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