②十六夜の王

「入れ」


扉の奥から聞こえてきた声は、流れる水のようにすぅーと耳に入り、しかし確かに脳を揺らす衝撃があった。

でもその声には重みがあり、俺の心にのしかかる。


「失礼致します」


扉に手をかけると、いやに冷たく感じ、この重い扉は開けられるのを拒んでいるように思えた。

それでも、夢見てきた宮廷生活のため、俺は力いっぱいに扉を押す。

開かれた扉の先は、薄暗く目が慣れるまで数秒かかった。

そうして、暗闇に慣れた目で中の部屋を確認する。

そこには、これまで歩いてきた廊下が路地裏から続く狭い小道のように感じられるほど、広々とした部屋が広がっていた。

そして、部屋の正面は壁ではなく大きくひらけており、下町を一望出来るようになっていた。


「思ったよりも細いな。ちゃんと肉を食べているのか?」


いきなりの細い発言にムッとしつつも、声のする方を見る。

そこには、着物姿に腰まで伸びた長い金髪、そして全てを見透かすような紅い眼をした少女が胡座をかいて座っていた。


「え、えーと……魚なら食べてますけど……」


そんな素っ頓狂な答えになってしまった。

声の主は何も言わず、右手を頬にあてながら、ただコチラを見つめる。

姫君の背後から差し込む陽の光が、その御顔に影を落としている。

その影から浮かび上がる紅い目に、少し恐怖してしまった。


「まずは自己紹介だな。自分の名前は緋希あきだ。一応、この国の国主ということになる」

「俺は、京介。今日から宮廷勤めをさせて頂きます。よろしくお願い致します」

「おぉ…おかたいな。もっとくだけた感じで話せ。でないと解雇だ」


急な物言いに目が点になってしまったが、解雇されてはたまったものではない。

ここは言うことを聞いた方がいいのだろうか…それとも試してるのだろうか…わからない。

それにしても、こんな幼い女の子が国の主だったということに驚く。

本当に大丈夫なのだろうか?


「え……えと……よろしく」

「うむ」


どうやら、これで良かったみたいだ。

姫君は変わらず頬杖をついている。

今気づいたけど、姫君の髪は所々ボサボサになっていた。

朝は弱いってことだったし、あれは寝癖なのだろうか。


「今宵は十六夜いざよいの月が見れるな」


ふと、姫君は後ろを振り返り、空を見上げてポツリと呟く。

唐突な話題転換に戸惑ってしまう。

それに月については、あまり詳しくないから分からない。

それは珍しい現象なのだろうか?

それとも月に思い入れでもあるのだろうか?

考えに耽っている俺を見て、姫は少し口角を上げて説明を始める。


「ん?あぁ、自分の名前は十六夜緋希というのでな。十六夜の月には思い入れがあるのだ」

「姫は月が好きだものねぇ〜」


姫君の言葉に合わせるように、扉から風見さんが入ってくる。

どうやら姫君の前でも、この喋り方は変わらないようだ。

そして、その手にはお酒が握られている。


「風見か。また朝から酒か?ほどほどにしておけ」

「ん?考えておくよぉ〜。ところで、資料室の鍵を知らないかい?探してるんだけど、見つからなくてねぇ」

「残念ですが、私は知りませんね。京介さんを迎えに行く際に確認したのですが、その時はしっかりとありましたよ」


姫君と風見さんは至近距離で話し、近衞さんは一歩後ろで返事をする。

それぞれの人柄が如実に現れてるように感じた。

そんな中、姫君はこちらを凝視する。

姫君の紅い目で見つめられると、怖くて息もできなくなりそうだ。

そして、その目は俺に疑いの目を向けているということを示していた。

しかし、その目とは裏腹に姫君の口元は笑みを浮かべていた。


「怪しいな」


これでもかと言うほどわざとらしい態度で、姫君は俺の方に視線を集める。

もしかして、からかわれてる?

だとするなら、何と悪趣味なからかいだろうか。酷い。


「お…俺じゃないですよ!?」

「私は京介さんと一緒にいましたので、それはないと思います。一応、警戒はしていましたし」


近衞さんは、一歩後ろでそう進言する。

近衞さんのフォローは嬉しかったけれど、警戒されていたというのは少しショックだった。

確かに、初対面の人を警戒するのは当たり前だ。

けど、そんな素振りを一切感じなかったこともあり、警戒されているということの衝撃は大きかった。

それほどまでに、近衞さんはポーカーフェイスが上手すぎる。


「ところで…個人的には、ぐうたら風見が何を調べようとしていたのかが気になるな」

「なぁ〜に、ちょっと歴史・・を調べたくてねぇ」

歴史・・ねー、そういうことにしておこうかな」


いつもこんな感じの会話をしているのだろうか?

俺は今のこの状況が理解できず、呆然としていた。

そんな2人のやりとりに割って入るように近衞さんが報告する。


「残念ながら、鍵はありませんでした。」

「でしょぉ〜。困ったねぇ」

「ふむ、困ったな」


いつの間に調べてきたんだ……まったく気づかなかった……。

それにしても……姫君の"笑みを浮かべながら天を見上げてわざとらしく悩むその姿"に、とてもイラついてしまった。


「え……と……、俺はどうすれば?」


置いてけぼりをくらった状況と、まだお互いよく知らない人たち、さらに俺にとって未開の場所という心細さから、無意識に弱々しい言葉になってしまう。


「では、鍵を探すついでに隅々まで宮廷を案内してやろう」


そう言うと、姫君は立ち上がり俺の手を引いて部屋の外へと歩いて行く。

女の子と手を繋ぐのは久しぶりなので、かなり気恥ずかしい。

姫君の身長は俺の肩より下くらいで、かなり小柄だ。

そして、その手は細く白っぽく、さらにとても柔らかい。


俺が姫に連れられて、部屋をでるその時、部屋にはまだ近衞さんと風見さんが残っていた。

2人は抑えめの声で何か話始める。


「京介君……姫のオモチャにされなきゃいいけどねぇ~」

「どうなるでしょうかね。それはそうと、鍵の件ですが……」

「何だい?」

「資料室には極秘資料はないものの、そこそこ価値のある資料は置いてあります。しかし、あなたが焦ってるように見えないのはどうしてでしょうか?」

「んん~?」

「こんな一大事だからこそ、もっと真剣に調べてみるべきかと」

「そこは気にしなぁ〜い」


姫君に手を引かれ、徐々に何かを話している2人の声が届かなくなる。

そして、完全に姫君と2人きりになったところで、急に姫君は足を止めて振り返る。


「さて、とりあえず……少年、お前が犯人じゃないと証明してもらおうじゃないか。真犯人を自分の前に連れて来てみろ」


その言葉は俺を試しているようだった。

推理は苦手で、知識もあまりないけど、ここで引くわけにはいかない。

というか、姫君から見たら俺は少年じゃないような……


「分かりました!やってみます!」


頼れる男だとアピールするために、勢いよく返事をしてしまった。

この言葉を聞いた姫君は、笑みを強め、再び前を向いて歩き始める。

まるで、すでに勝負に勝ったかのような勝ち誇った顔をしながら。

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