幕間(ガリレオと血流)

「人の事を好きになるとドキドキするっていいますけど、本当なんですかね?」


俺がふと呟いた一言に、姫はこう返す。


「実際に心臓の鼓動は速くなるからな。恋愛には脳内で分泌されはホルモンの影響も大きいだろうな」

「詳しいですね。恋愛に興味がおありですか?」

「別に、そうではないかという勝手な妄想だ」


俺からすると、そこをかなりつつきたくなるのだが、やめたおいた方が良いのだろうか。


「心臓の鼓動と言えば、振り子の等時性を見つけたガリレオを思い出すな」

「ガリレオさんですか?」

「そうだ。重さが異なる同じ大きさの物体を同じ高さから落とすと、地面に到達するのは同時になるという|落体の法則$補足①$を見つけた人として有名だな。ピサの斜塔から落としたという逸話はあるが、実際は斜面に球を転がすことで見つけたようだ」

「全然知らなかった」


姫はこの手の話になると、口が止まらないから困りものだ。


「|振り子の等時性$補足②$についてだが、天井から吊るされたランプを見て、振れ幅と往復にかかる時間は関係がない事を示した。その時間を測定するのに、自分の脈を使ったそうだ」

「ランプ見て、そんなことが分かるんですか?」

「振り子の揺れは、時間とともに減衰し、揺れ幅が小さくなっても、ランプが往復する時間は変わらないことに気がついたのだ」

「ちなみに、ガリレオよりも14歳若いウィリアム・ハーベイは、ガリレオが教授を務めたケンブリッジ大学で学位を取得した物理学者で、心臓の解剖結果から心臓から出る血液量を計算し、血液が体内を循環することを明らかにしたのだ」


こういう歴史の話は好きだったりする。

こういう話をたまにしてくれるから、楽しみにしてたりする。


「ちなみに、ガリレオは振り子の等時性をヒントに振り子時計を発明し、その振り子時計を用いてハーベイは心拍数を正確に計測したのだ」

「なるほど〜、俺は脈を整えるのは無理ですかね」

「それはどうしてだ?」

「だって、毎日がワクワクですから」

「そうか」


素っ気ない返事ではあるが、それでも嬉しかったりする。

こうして今日も、他愛も無い話で1日が終わる。

俺は、この日常が好きだ。



用語の補足

①落体の法則

落体の法則は、数式で論理的に証明するとこうなる。

球をある高さhから静かに手を離して(初速度0で)落とす。すなわち、自由落下させる。t秒後に地面に到達するしたとする。

微小時間dtが経過すると、移動した距離dyは距離x-速度v-加速度aの間に存在する微分積分の関係"a=dv/dt=d^2x/dt^2"の関係から、

dy=vdt

と表される。またこの場合は、速度vは初速度v0に重力加速度gと時間の積を足したものといえる(v=v0+at)ので、

dy=gtdt

と書ける。


今、地面に球が到達するのにかかった時間tは、微分方程式を解くと、

dy=gtdt

∮dy=g∮tdt

y=g・t^2/2+C (C:積分定数)

経過時間t=0の時、移動した距離はy=0となるので、

C=0

よって、

y=g・t^2/2

すなわち、

t=√(2y/g)

となる。


この式には質量mも、重さmgも含まれないため、落体の法則が示されたことになる。



②振り子の等時性

ある振幅(振れ幅)で振動している振り子を考える。この振り子は長さlで質量を無視できるひもで天井と質量mの球を結んでいる。今、振り子の天井から球を結ぶ直線をy座標、振り子の進む向きをx座標とする。振り子と天井のなす角度がθの地点において、x方向で運動方程式を考える。すなわち、原点から球への距離をxとする。すると、

F=ma=m(d^2x/dt^2)=-mgsinθ

となる。

ここで振れ幅が小さい時、天井とひものなす角度θとひもの長さlで、球の位置xをx=lθと表わし、さらにθが微小量の場合、sinθ≒θと近似できるので、F=-mgsinθは、

F=-mgx/l

となる。

ここで、加速度aを単振動として角速度ωを用いて表すと、a=xω^2となるので、

F=-mxω^2

上の2式は等しいはずなので、

-mxω^2=-mgx/l

ω^2=g/l

ω=√g/l


角速度ωは、弧度法で一周2π円運動するのに時間Tかかった時に、直線運動における距離と速度と時間の関係と同様に、距離/時間=速度を用いると、

T=2π/ω

と表せる。ここで、Tは一周するのにかかる時間を特別に周期と呼んでいる。

よって、周期Tは、

T=2π√l/g

となる。

この式から、周期Tには振れ幅が関係ないことが分かる。これを振り子の等時性という。ただし、振れ幅が大きくなる、すなわち天井とひものなす角度θが大きくなるにつれて、振り子の等時性は破れてしまう。




本主題の解説

1564年、かの有名な物理学者 Galileo Galileiガリレオ・ガリレイが生まれた。数多くの成果を残した彼が書いた名著「新科学対話」(原題:Discorsi e dimostrazioni matematiche, intorno a due nuove scienze attenenti alla mecanica ed i movimenti locali)は、物体の運動と力学に関する色々な法則について議論している。

ドラマでも名前を聞くガリレオは、様々な発見をした物理学者である。例えば、本文中に示した落体の法則に関して、

①全ての物体は同じ高さを等しい時間で落ちる

②最終速度は所要時間に比例する

③落下距離は落下時間の平方に比例する

という当時の常識とはくい違う結論を出したことからも、その天才さが垣間見える。

また、天文学にも精通しており、自作で望遠鏡を作製し、天体現象を観測した。特に、木星にも周りを回る衛星があることを突き止めたことは有名である。その時見つけた4つの衛星は、後にガリレオ衛星と名付けられることとなる。

当時は、太陽が地球の周りを回るという天動説が主流であったが、ガリレオ本人は地動説を支持していた節がある。しかし、後に地動説の強力な後押しとなるケプラーの法則の1つ"天体は楕円運動をする"という事実を受け入れられなかったとされている。

ちなみに、地動説を支持したことで裁判となり、天文学に関する論文や書物の出版を禁じられた。晩年は、隠遁生活を送り、そこで「二つの新しい科学」を執筆した。その中には、構造材料の力学的性質と梁の強さに関しての記述があり、初めての材料力学における出版物と言えるだろう。


ここで、そのガリレオが述べた一般論を記しておく。

「構造物の大きさを途方も無く大きくするということは、人為的にも自然界でも不可能である。オールとか帆桁、梁、鉄のボルト等の部品をただ巨大にしただけでは、舟、宮殿、寺院などを巨大にすることは不可能なのだ。自然においても、巨大な木を作ることは出来ない。何故なら、枝が自重で折れてしまうからである。同様に、人間や馬等の動物の丈を非常に大きくしようとすれば、その骨組を一体に保ったまた通常の機能を持たせるようにすることは不可能になる。何故なら、丈を高くするためには、普通より強い材料を使うか、怪物のように骨組の大きさを大きくする以外に方法がないからである。これとは逆に、体の大きさを小さくする時には、体の強さは同じ比率では小さくならないで、相対的に強くなる。例えば、小さな犬は、自分と同じ大きさの犬を2,3匹背負っても大丈夫であるが、馬の場合は自分と同じ大きさの馬を1頭でも背負えないだろう」


参考文献

林紘三郎著 バイオメカニクス入門 コロナ社

S.P. Timoshenko著 History of strength of materials, Dover Publications

Y.C. Fung著 Biomechanics Material properties of living tissues, Springer

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